Saint School Life
【04:そして放課後】
〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]
グラード学園では、午後の授業と掃除の後にショートホームルームを終えれば放課後となる。
下校時間までは委員会や部活動、同好会などがあり、自習の為に図書室や自習室を利用したり、教師に質問があったり呼び出されたりしていなければ、多くの生徒は帰宅していく。
今日は編入生たちの噂話が尽きないからか、教室に居残っている生徒が普段より多いようだが。
なにしろ、たった1日で生徒たちに共有された10人の編入生たちの情報はかなりの量になる。
それぞれの学年とクラス、名前とだいたいの容姿は当然として、どこから流出したのか分からない出自まで。
中でも最も話題になっているのが、当初は美少女だと騒がれていた美少年の編入生だ。
名前は城戸瞬。
特進クラスの2年A組に編入したことから学力は優秀、と思われる。
最初に見かけた生徒たちが美少女だと誤認する程の美少年だ。
他の兄弟達の証言から、城戸兄弟の末っ子トリオの中ではお兄さん的なポジション、らしい。
お昼休みに大きなトートバッグを持っていたから兄弟たちの分までお弁当を作ってきたのではないか、とか。
だとしたら優しくて、兄弟思いで、料理上手なのだろう、とか。
一緒に編入してきた戸籍上の義兄弟とは別に実の兄が居て、その兄をすごく慕っている、とか。
そんな虚実の入り混じった噂の的になっている当の本人は、学年もクラスも違う数人の女生徒に取り囲まれて放課後のお誘いを申し訳なさそうに断っていた。
「ごめんなさい。今日は、授業が終わったら寄り道せず帰るよう言われてるんです。仕事に行く兄さんを見送りたいですし……」
誘いを断るにも気遣いを見せる瞬に、少し自分に自信があるのか強気な女生徒たちは押せば行けると勘違いして食い下がる。
「えー、いいじゃん。行こうよ、瞬くん。そんなに遅くならなかったらバレないしー」
「なんだったらウチらも一緒にお兄さん見送り行くよー。あ、お兄さん紹介してよー」
「瞬くんのお兄さん、カッコいいんでしょ? 幾つなの? どんな仕事?」
他の兄弟たちがいる事を忘れているのか、彼らより遅く帰宅したり彼女らを引き連れて兄を見送ったら寄り道が即バレすると気付いていない女生徒たちは執拗に瞬を誘う。
瞬本人に好意を抱いている、というよりは芸能人でも滅多にいないレベルの美少年を引き連れて優越感を覚えたいのだろう。
他人の注目を集めるペットかアクセサリーを選んでいる感覚なのか、自分はそれを所有するに相応しいのだと思い込んでいるからか、相手の気持ちを察して引くことはない。
そんな女生徒たちに群がられて瞬が困っているのは分かっていても、ちょっと派手な素行で有名な先輩がいるせいでクラスメートたちは割って入っては行けない。
しかし、偶々通りがかった何も知らない末っ子が空気も読まずに乱入してきた。
「おーい、なにやってんだよ瞬。早く行かねーと、一輝行っちまうぜ」
「あ、星矢。僕もすぐ行きたいんだけどさ……」
同じ兄弟でもやんちゃな末っ子には興味のない女生徒が乱入者に食ってかかろうとするより早く、取り出した携帯電話のカメラで女生徒に取り囲まれた瞬を写した星矢が逃げていく。
「瞬は女の子に囲まれててこられませーんって一輝に言っとくなー!」
「ちょっ、星矢、待って! そんな写真、兄さんに送らないでよ! それに、走ったらダメだってば。あ、ジュネさんにも言ったらダメだからねーっ」
逃げた末っ子を追いかけるべく、クラスメートにだけはまた明日と告げた瞬は教科書の詰まったカバンと昼食の弁当が入っていたトートバッグを抱えて教室を足早に出て行く。
逃げられた、追いかけなきゃ、と動きかけた女生徒たちに、それまで様子を伺っていたクラスメートたちが聞こえるように噂話を始めて追い討ちをかけた。
「そういえば瞬くん、年上で美人なガールフレンドいるって言ってたもんねー」
「あー、ジュネさんってその人かー」
「すっげぇ美人だもんな。長くてきれーな金髪でさー」
「なにそれ、うらやましい……」
「休み時間毎に携帯の写真眺めちゃうのも分かるなー」
瞬の携帯の待受は金髪で美人なお姉さんとのツーショットで、それが文字通りの女性の友人 だとは本人も認めた事だ。
けれど、彼女が瞬にとって日本語的な意味でのお付き合いしている女性 なのかまでは誰も確かめていない。
第一、瞬の携帯のメモリいっぱいまで保存されているのはほぼ大好きな兄さんの画像であり、休み時間毎に幸せそうに眺めてはかっこいいかっこいいと呟いていたのもそれだ。
クラスメートたちは学園中の噂になっている美少年編入生が極度のブラコンである、と初日に悟らざるを得なかったのである。
「瞬くん、お兄さんのお見送り間に合ったかなー」
「さっきの弟くんファインプレーだったね」
「めっちゃ困ってたもんなー」
「瞬は兄ちゃん大好きだからなー。間に合わなかったら絶対落ち込むぜ」
「だよなー」
クラスメートらの会話にを耳にした女生徒たちは怒りや羞恥で顔を真っ赤にし、苛立たしげに教室を出て行った。
さすがに先ほどの言動は悪印象を与えただけでちっとも相手にされていなかった、と匂わされているのに追いかけていける程、厚顔無恥ではないらしい。
「いやー、美少年も大変だねぇ」
「顔が良けりゃ人生勝ち組ー、とか思ってたオレがバカだった……」
「肉食女子おっかないもんね。あー、平凡顔で良かったねぇ」
慰めになっていない慰めに、その生徒は素直に応えられなかった。
★ ☆ ★ ☆ ★
逃げる星矢を昇降口で捕まえた瞬は、まず携帯電話から先ほどの画像を消去───しなければ携帯電話毎消去する、と警告した上で自主的に消去───させ、続いて走った事を注意する。
「星矢、君、自分が大怪我した(設定になってる)の忘れてるでしょ?」
「あんなの走ったうちにはいんねぇよ」
早足で追いかけた瞬が追いつけたのだから、と星矢は言いたいのだろうが認めるわけにはいかない。
お調子者な末っ子がついうっかり超人的な能力を発揮して他の生徒に怪我をさせてしまう可能性がある以上は。
「あんまり無茶したら、沙織さんに言うよ。そうしたら、いつまでたっても体育解禁の許可でないからね」
「えー、なんでだよー」
「最初からそういう約束だったでしょう?」
互いの下足箱が近かったので、靴を履き替えながらお小言と言い訳を交わしていると聞き慣れた声が近づいているのに2人は気づいた。
履き替えた上靴を下足箱にしまい、揃って4年生が使っている下足箱へ向かう。
思った通りに一輝が午前中にも一緒だったクラスメート2人と談笑しながら靴を履き替えていた。
週に1回しか登校しない一輝は上靴を持ち帰るようで、靴袋に突っ込んでからカバンに放り込んでいる。
「兄さん!」
「よう、一輝」
「瞬。星矢も一緒か」
飛びついてきた瞬を難なく受け止めた一輝はそのまま左腕に取り付いた弟を気にせず、近くにいたクラスメートに新たに出現した弟を紹介する。
「喜田、難波。コイツが末っ子の星矢だ」
「へぇ。なんだか、瞬くんより星矢くんの方が城戸くんと顔つきが似てるね」
作家なだけあって観察眼の鋭い難波が触れられたくない所を指摘してくる。
弟2人はちょっと緊張した表情になったが、一輝はなんでもないように流した。
「ああ、良く言われる」
「うーん、如何にも事情有りって感じだけど、こんな所で話すような事でもないね。ごめん、変な事言ったね」
ただ、兄弟3人の反応から何事かを察したのか、それ以上は追求してはこなかった。
5人はそのまま昇降口を出て前庭を通り抜けて正門へと向かう。
どうやら星矢はスポーツマンの喜田と、瞬は難波と話が合うのか、間に一輝を挟んで交流している。
クラブユース所属の喜田にが語るプロになる道筋の険しさやに感心し、作家として活動している難波から普段読む本の傾向をリサーチされながら。
正門を出て柵沿いに大通り方面へ歩くとバス停とタクシー乗り場を備えたロータリーがある。
喜田と難波は最寄駅までスクールバスを使い、そこから電車でクラブハウスか自宅へ向かうのだそうだ。
徒歩で帰宅する弟たちとは別に都心の仕事場へ向かうという一輝へ、喜田が駅までは一緒かと尋ねる。
「城戸もバスか?」
「いや、迎えが来ている……」
やけに平坦な声音で答える一輝の視線はロータリーの中程に停められた黒塗りの乗用車と、その車体に寄りかかって行き交う生徒たちを眺めている運転手らしき男に向けられていた。
ただの運転手にしては長い金髪を結い上げていたり、随分と仕立ての良い群青のスーツをモデルと見紛うスタイルの長身にまとっているのも目を惹く。
そしてサングラスをかけていても鼻筋や口元から相当な美形と思われるからか、多くの生徒が足を止めてその人物に見惚れていた。
「うおっ! でけぇなー、あの人。SPなのかな?」
「宮内庁御用達の最高級国産車! こんな所でお目にかかれるなんて!」
すかさず携帯電話を取り出し、写真を取り始める難波はどうやら車マニアであるらしい。
多くの生徒の目を惹きつける運転手らしき男に対し、邪魔だのなんだの悪態を吐く姿は普段と人が違っている。
「……やっぱ、すっげぇ目立つな。カノン……」
「……サガじゃないだけ、マシだと思うけどね……」
弟達と共に、もしもあの場に居るのがサガだったらと、想像しかけた一輝はひとつ息を吐いて考えを改めた。
今はそんなくだらない事を思って現実から目を逸らすべきではない、と。
そもそもサガはカノンから「お前はハンドル握ったら人格変わりそうな気がするからやめておけ」と説得され、運転免許の取得を見送っている。
車での送迎にサガが来るはずはないのだ。
ちょうど戻ってきたスクールバスに乗り込む喜田と難波とはバス停で別れ、一輝は注目を集めている男の車へと向かう。
突如現れた美丈夫に見惚れて立ち止まっている生徒たちの間を抜け、近づいてくる人物に気付いた男の方も歩道側へと移動して姿勢を正すと恭しく主人を出迎える。
「お待ちしておりました、一輝様」
「……迎え、ご苦労」
表情も変えずに応答する兄の背後で、弟2人は必死で笑いを噛み殺していた。
なんというか、完璧にお抱え運転手として一輝に応対するカノンはどこか不自然で白々しく、非常に胡散臭い。
あと、何故かはしゃいでいるのがダダ漏れだ。
めちゃくちゃ楽しんで悪ノリしている。
どうしてこんな大根役者に海皇ポセイドンは騙されたのか不可解だ。
どこか芝居がかった仕草で後部座席のドアを開けて主人が乗り込むのを待つカノンに視線もくれず、一輝は無表情に弟たちに告げる。
「じゃあな。2人とも寄り道せずに帰れよ」
「はぁい。兄さんもお仕事頑張ってくださいね」
「いってらっしゃーい」
一輝が乗り込んでから静かにドアを閉めたカノンは弟たちへもしっかりと会釈をし、運転席へ戻ると滑らかにハンドルを操作して大通りへと走り去った。
残された弟たちは周囲の視線から逃れるように、そそくさとその場を離れようと歩き出す。
小声でこそこそと話しながら。
「絶対、笑うの堪えてたよな、一輝……」
「僕には怒鳴りたいのを我慢してるように見えたけど……」
「今、あの車ん中、どうなってんだろうな……」
「うわぁ、すっごい面白い事になってそう……」
その真相は、財団での仕事を終えた一輝の帰宅後に明かされる───かもしれない。
[登場オリキャラ]
*喜田柊仁(きだしゅうと):4-S。一輝の級友。クラブユース所属。
*難波六科(なにわりくか):4-S。一輝の級友。ミステリー作家(南田六花)。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2020/09/26 〜 2020/09/30
UP DATE:2020/09/30
RE UP DATE:2024/08/16
〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]
グラード学園では、午後の授業と掃除の後にショートホームルームを終えれば放課後となる。
下校時間までは委員会や部活動、同好会などがあり、自習の為に図書室や自習室を利用したり、教師に質問があったり呼び出されたりしていなければ、多くの生徒は帰宅していく。
今日は編入生たちの噂話が尽きないからか、教室に居残っている生徒が普段より多いようだが。
なにしろ、たった1日で生徒たちに共有された10人の編入生たちの情報はかなりの量になる。
それぞれの学年とクラス、名前とだいたいの容姿は当然として、どこから流出したのか分からない出自まで。
中でも最も話題になっているのが、当初は美少女だと騒がれていた美少年の編入生だ。
名前は城戸瞬。
特進クラスの2年A組に編入したことから学力は優秀、と思われる。
最初に見かけた生徒たちが美少女だと誤認する程の美少年だ。
他の兄弟達の証言から、城戸兄弟の末っ子トリオの中ではお兄さん的なポジション、らしい。
お昼休みに大きなトートバッグを持っていたから兄弟たちの分までお弁当を作ってきたのではないか、とか。
だとしたら優しくて、兄弟思いで、料理上手なのだろう、とか。
一緒に編入してきた戸籍上の義兄弟とは別に実の兄が居て、その兄をすごく慕っている、とか。
そんな虚実の入り混じった噂の的になっている当の本人は、学年もクラスも違う数人の女生徒に取り囲まれて放課後のお誘いを申し訳なさそうに断っていた。
「ごめんなさい。今日は、授業が終わったら寄り道せず帰るよう言われてるんです。仕事に行く兄さんを見送りたいですし……」
誘いを断るにも気遣いを見せる瞬に、少し自分に自信があるのか強気な女生徒たちは押せば行けると勘違いして食い下がる。
「えー、いいじゃん。行こうよ、瞬くん。そんなに遅くならなかったらバレないしー」
「なんだったらウチらも一緒にお兄さん見送り行くよー。あ、お兄さん紹介してよー」
「瞬くんのお兄さん、カッコいいんでしょ? 幾つなの? どんな仕事?」
他の兄弟たちがいる事を忘れているのか、彼らより遅く帰宅したり彼女らを引き連れて兄を見送ったら寄り道が即バレすると気付いていない女生徒たちは執拗に瞬を誘う。
瞬本人に好意を抱いている、というよりは芸能人でも滅多にいないレベルの美少年を引き連れて優越感を覚えたいのだろう。
他人の注目を集めるペットかアクセサリーを選んでいる感覚なのか、自分はそれを所有するに相応しいのだと思い込んでいるからか、相手の気持ちを察して引くことはない。
そんな女生徒たちに群がられて瞬が困っているのは分かっていても、ちょっと派手な素行で有名な先輩がいるせいでクラスメートたちは割って入っては行けない。
しかし、偶々通りがかった何も知らない末っ子が空気も読まずに乱入してきた。
「おーい、なにやってんだよ瞬。早く行かねーと、一輝行っちまうぜ」
「あ、星矢。僕もすぐ行きたいんだけどさ……」
同じ兄弟でもやんちゃな末っ子には興味のない女生徒が乱入者に食ってかかろうとするより早く、取り出した携帯電話のカメラで女生徒に取り囲まれた瞬を写した星矢が逃げていく。
「瞬は女の子に囲まれててこられませーんって一輝に言っとくなー!」
「ちょっ、星矢、待って! そんな写真、兄さんに送らないでよ! それに、走ったらダメだってば。あ、ジュネさんにも言ったらダメだからねーっ」
逃げた末っ子を追いかけるべく、クラスメートにだけはまた明日と告げた瞬は教科書の詰まったカバンと昼食の弁当が入っていたトートバッグを抱えて教室を足早に出て行く。
逃げられた、追いかけなきゃ、と動きかけた女生徒たちに、それまで様子を伺っていたクラスメートたちが聞こえるように噂話を始めて追い討ちをかけた。
「そういえば瞬くん、年上で美人なガールフレンドいるって言ってたもんねー」
「あー、ジュネさんってその人かー」
「すっげぇ美人だもんな。長くてきれーな金髪でさー」
「なにそれ、うらやましい……」
「休み時間毎に携帯の写真眺めちゃうのも分かるなー」
瞬の携帯の待受は金髪で美人なお姉さんとのツーショットで、それが文字通りの
けれど、彼女が瞬にとって日本語的な意味での
第一、瞬の携帯のメモリいっぱいまで保存されているのはほぼ大好きな兄さんの画像であり、休み時間毎に幸せそうに眺めてはかっこいいかっこいいと呟いていたのもそれだ。
クラスメートたちは学園中の噂になっている美少年編入生が極度のブラコンである、と初日に悟らざるを得なかったのである。
「瞬くん、お兄さんのお見送り間に合ったかなー」
「さっきの弟くんファインプレーだったね」
「めっちゃ困ってたもんなー」
「瞬は兄ちゃん大好きだからなー。間に合わなかったら絶対落ち込むぜ」
「だよなー」
クラスメートらの会話にを耳にした女生徒たちは怒りや羞恥で顔を真っ赤にし、苛立たしげに教室を出て行った。
さすがに先ほどの言動は悪印象を与えただけでちっとも相手にされていなかった、と匂わされているのに追いかけていける程、厚顔無恥ではないらしい。
「いやー、美少年も大変だねぇ」
「顔が良けりゃ人生勝ち組ー、とか思ってたオレがバカだった……」
「肉食女子おっかないもんね。あー、平凡顔で良かったねぇ」
慰めになっていない慰めに、その生徒は素直に応えられなかった。
★ ☆ ★ ☆ ★
逃げる星矢を昇降口で捕まえた瞬は、まず携帯電話から先ほどの画像を消去───しなければ携帯電話毎消去する、と警告した上で自主的に消去───させ、続いて走った事を注意する。
「星矢、君、自分が大怪我した(設定になってる)の忘れてるでしょ?」
「あんなの走ったうちにはいんねぇよ」
早足で追いかけた瞬が追いつけたのだから、と星矢は言いたいのだろうが認めるわけにはいかない。
お調子者な末っ子がついうっかり超人的な能力を発揮して他の生徒に怪我をさせてしまう可能性がある以上は。
「あんまり無茶したら、沙織さんに言うよ。そうしたら、いつまでたっても体育解禁の許可でないからね」
「えー、なんでだよー」
「最初からそういう約束だったでしょう?」
互いの下足箱が近かったので、靴を履き替えながらお小言と言い訳を交わしていると聞き慣れた声が近づいているのに2人は気づいた。
履き替えた上靴を下足箱にしまい、揃って4年生が使っている下足箱へ向かう。
思った通りに一輝が午前中にも一緒だったクラスメート2人と談笑しながら靴を履き替えていた。
週に1回しか登校しない一輝は上靴を持ち帰るようで、靴袋に突っ込んでからカバンに放り込んでいる。
「兄さん!」
「よう、一輝」
「瞬。星矢も一緒か」
飛びついてきた瞬を難なく受け止めた一輝はそのまま左腕に取り付いた弟を気にせず、近くにいたクラスメートに新たに出現した弟を紹介する。
「喜田、難波。コイツが末っ子の星矢だ」
「へぇ。なんだか、瞬くんより星矢くんの方が城戸くんと顔つきが似てるね」
作家なだけあって観察眼の鋭い難波が触れられたくない所を指摘してくる。
弟2人はちょっと緊張した表情になったが、一輝はなんでもないように流した。
「ああ、良く言われる」
「うーん、如何にも事情有りって感じだけど、こんな所で話すような事でもないね。ごめん、変な事言ったね」
ただ、兄弟3人の反応から何事かを察したのか、それ以上は追求してはこなかった。
5人はそのまま昇降口を出て前庭を通り抜けて正門へと向かう。
どうやら星矢はスポーツマンの喜田と、瞬は難波と話が合うのか、間に一輝を挟んで交流している。
クラブユース所属の喜田にが語るプロになる道筋の険しさやに感心し、作家として活動している難波から普段読む本の傾向をリサーチされながら。
正門を出て柵沿いに大通り方面へ歩くとバス停とタクシー乗り場を備えたロータリーがある。
喜田と難波は最寄駅までスクールバスを使い、そこから電車でクラブハウスか自宅へ向かうのだそうだ。
徒歩で帰宅する弟たちとは別に都心の仕事場へ向かうという一輝へ、喜田が駅までは一緒かと尋ねる。
「城戸もバスか?」
「いや、迎えが来ている……」
やけに平坦な声音で答える一輝の視線はロータリーの中程に停められた黒塗りの乗用車と、その車体に寄りかかって行き交う生徒たちを眺めている運転手らしき男に向けられていた。
ただの運転手にしては長い金髪を結い上げていたり、随分と仕立ての良い群青のスーツをモデルと見紛うスタイルの長身にまとっているのも目を惹く。
そしてサングラスをかけていても鼻筋や口元から相当な美形と思われるからか、多くの生徒が足を止めてその人物に見惚れていた。
「うおっ! でけぇなー、あの人。SPなのかな?」
「宮内庁御用達の最高級国産車! こんな所でお目にかかれるなんて!」
すかさず携帯電話を取り出し、写真を取り始める難波はどうやら車マニアであるらしい。
多くの生徒の目を惹きつける運転手らしき男に対し、邪魔だのなんだの悪態を吐く姿は普段と人が違っている。
「……やっぱ、すっげぇ目立つな。カノン……」
「……サガじゃないだけ、マシだと思うけどね……」
弟達と共に、もしもあの場に居るのがサガだったらと、想像しかけた一輝はひとつ息を吐いて考えを改めた。
今はそんなくだらない事を思って現実から目を逸らすべきではない、と。
そもそもサガはカノンから「お前はハンドル握ったら人格変わりそうな気がするからやめておけ」と説得され、運転免許の取得を見送っている。
車での送迎にサガが来るはずはないのだ。
ちょうど戻ってきたスクールバスに乗り込む喜田と難波とはバス停で別れ、一輝は注目を集めている男の車へと向かう。
突如現れた美丈夫に見惚れて立ち止まっている生徒たちの間を抜け、近づいてくる人物に気付いた男の方も歩道側へと移動して姿勢を正すと恭しく主人を出迎える。
「お待ちしておりました、一輝様」
「……迎え、ご苦労」
表情も変えずに応答する兄の背後で、弟2人は必死で笑いを噛み殺していた。
なんというか、完璧にお抱え運転手として一輝に応対するカノンはどこか不自然で白々しく、非常に胡散臭い。
あと、何故かはしゃいでいるのがダダ漏れだ。
めちゃくちゃ楽しんで悪ノリしている。
どうしてこんな大根役者に海皇ポセイドンは騙されたのか不可解だ。
どこか芝居がかった仕草で後部座席のドアを開けて主人が乗り込むのを待つカノンに視線もくれず、一輝は無表情に弟たちに告げる。
「じゃあな。2人とも寄り道せずに帰れよ」
「はぁい。兄さんもお仕事頑張ってくださいね」
「いってらっしゃーい」
一輝が乗り込んでから静かにドアを閉めたカノンは弟たちへもしっかりと会釈をし、運転席へ戻ると滑らかにハンドルを操作して大通りへと走り去った。
残された弟たちは周囲の視線から逃れるように、そそくさとその場を離れようと歩き出す。
小声でこそこそと話しながら。
「絶対、笑うの堪えてたよな、一輝……」
「僕には怒鳴りたいのを我慢してるように見えたけど……」
「今、あの車ん中、どうなってんだろうな……」
「うわぁ、すっごい面白い事になってそう……」
その真相は、財団での仕事を終えた一輝の帰宅後に明かされる───かもしれない。
[登場オリキャラ]
*喜田柊仁(きだしゅうと):4-S。一輝の級友。クラブユース所属。
*難波六科(なにわりくか):4-S。一輝の級友。ミステリー作家(南田六花)。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2020/09/26 〜 2020/09/30
UP DATE:2020/09/30
RE UP DATE:2024/08/16