Saint School Life

【03:最初の昼休み】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 3時限目の終わりを告げる鐘が鳴ると、グラード学園の生徒たちは一斉に動き出す。
ある生徒は授業の終了と同時に購買へと駆け出し、ある生徒は仲の良いクラスメートと机を寄せ合い、ある生徒は予め購入していた食券を手に悠々と食堂へ向かう。
多くの生徒が待ち侘びた昼休みだ。

 今日初めて登校してきた城戸家の兄弟たちは一緒にどうかと誘うクラスメートに断りを入れ、2時限目の終わりに末っ子の1人からメールで呼び出された場所へと向かう。
弁当の詰まったトートバッグを下げて。

 それぞれ途中で立ち寄った購買や自動販売機で飲み物を購入して集まったのは第2校舎と食堂の間にある小さな庭園───生徒たちからは裏庭と呼ばれる場所だ。
数種類の低木の生垣に囲まれた藤棚の下にはテーブル付きのベンチが幾つか据えられていて、数人の生徒が食事や読書や昼寝をしている。
2つのテーブルに陣取った新入生兄弟を珍しげに眺める者もいるが、他人と関わりたくないと無視を決め込む生徒が殆どだ。

「学園にこんな所があったんだな」

 小さいながらもきちんと手入れされ季節の花を咲かせる裏庭を見渡す紫龍に、招集をかけた瞬がここを知った経緯を話す。

「皆でお弁当食べられる場所ないかなって聞いたら、同じクラスの藤宮さんが教えてくれたんだ。夏場は日差しが強いし冬は吹きっさらしだから、お昼休みもあんまり人いないよって」

「なんだよ、瞬。お前もう、クラスの女子と仲良くなってんのかよ?」

 持参したトートバッグから取り出した大振りのおにぎりにかぶりつきながら邪武が茶化す。
すると、那智も購買で買ってきたペットボトルのお茶を飲みつつぼやいた。

「それはそうとさ。最初に教室入った時、クラスメートにガッカリされなかったか? なんで美少女編入生じゃないんだーって叫ばれて、あれは弟だって返したら更にガッカリ感が倍増だ……」

「お前もかー」

「俺たちも言われた」

 彼らの体格なら1人分と言われて納得しかないサイズのタッパーから唐揚げやウインナーを摘んで檄と蛮も苦笑し、同じサイズのタッパーを片手に煮玉子を飲み込んだ市も加わる。

「あら、ミーも言われたザンスよ。100歩譲ってあの美少女ちゃんが男だったとしても、なんでうちのクラスに編入してくるのがコイツなんだ、とかー」

「それはちょーっとクラスメートたちの気持ちも分からないでもないけどなー」

「ちょっと星矢。どーゆー意味ザンス? だいたい、そーゆーアンタはどうだったザンスか?」

 やはり大きなタッパーを抱え込んで好きなおかずから片付けている星矢がからかえば、他の兄弟からのやめておけという視線に気づかずに市が噛みつき返す。

「んー、瞬が兄ちゃんって言ったら男共はガッカリしてたけどさー、女の子たちは「金髪の人もお兄さんなの?」とか「長髪のお兄さん、彼女いる?」とか「美少年くんは瞬くんって言うの?」ってずーっと騒がしかったぜ」

 シナを作って下手な女声で物真似しながら休み時間はずっと女子に囲まれていたのだ、と言外に告げる朗らかな末弟の笑顔に兄弟たちの半数は言いようのない敗北感を覚えた。

 何故だかこの末っ子は女受けが良く、気付くと女性に囲まれているし、特に年上のお姉さんから可愛がられる。
羨ましさに食べかけのおにぎりを掴む手に力が入って握り潰してしまいそうになるが、すぐ側にいる精神的長兄に見られでもしたら「粗末にするなら、いらんな?」と言われて作って貰えなくなりそうなので必死で堪えた。

 少し騒がしい兄弟たちの隣のテーブルでは午前中の授業について話が弾んでいる。
紫龍は編入が決まってから不得意な理系科目を心配していたのだが、実際に授業を受けてみれば思いの外楽しく、クラスメートにも良くしてもらえたらしい。

「意外と進んでいなかったんだ。少し不安だったが、なんとかついていけそうだ」

「え、そうなの? 僕のクラスすっごい進んでたけどなー。分かんないとこあったら兄さん教えてくれる?」

 大きなタッパーからバランス良くおかずを消費しながらおにぎりも食べ進む2人に対し、他の兄弟たちに比べればかなり小ぶりの───多分、標準サイズであろう弁当を持て余していた一輝は実弟のお願いにはすぐに了承を返した。

「時間がある時なら、構わない」

「一輝、マヨネーズが足りない」

 好きなおかずだけを先に食べ尽くした氷河が製作者に抗議するが、この重度のマヨラーに合わせて全部マヨネーズ味にする気はない一輝は自分の弁当箱から手付かずだったポテトサラダを融通してやるだけで済ませる。

「それで、お前たちのクラスメートはどうだった?」

 周囲に生徒がいるから敢えて何がとは言わず、一輝は全員に問いかけた。

「うん、大丈夫みたい。みんな良い人だよ」

「ああ、問題はない。初対面でも親切にしてくれる」

「遠巻きに騒ぐ女生徒はいるが」

 瞬と紫龍の報告に氷河は頷き、檄と蛮も拍子抜けしたと付け加える。

「面接で大丈夫だとは分かっていたが、やはり初めて教室に入る時は緊張した」

「クラスメートは普通に迎え入れてくれたからなー。まあ、瞬じゃなくてガッカリはさせたが」

「そうだな。でもフォローしてくれる奴もいて、逆に申し訳なくなったな」

「みんな良いザンスねえ。アタシなんてちょっとクラスで浮いてる気がするのに」

 那智の報告にオレのクラスもだと頷き、市が浮かないクラスというのは多分この学園にはないと全員が考えていた。
邪武と星矢も同意し、最後に一輝に尋ね返す。

「オレも一緒だな。いい奴ばかりだ」

「だよなー。で、一輝はどうだったんだよ?」

「通信クラスだから全員は居なかったが、ちゃんと受け入れられたさ」

 初日にこうして揃って昼食を取っているのは何も瞬がブラコンを爆発させたからでも、クラスに馴染めない可能性の高い個性的な兄弟のボッチ飯回避の為でもなかった。
とある確認をする為であり、ただ瞬が兄と一緒にお弁当を食べたかっただけではない。
───そんな思惑は一切ない、とも言えないが。

 かつてグラード財団主催で行われた聖闘士による格闘トーナメント《銀河戦争ギャラクシアン・ウォーズ》の記憶が一般の人々から消えているのか、確認しあう為だ。

 多くの人間に個人で戦略兵器並みの戦力を誇る神の闘士───聖闘士の存在が知られているのは神々としてはよろしくない。
人間同士や国家間の争いに聖闘士を駆り出そうと考える者は出てくるだろうし、実際に聖闘士の能力を持って神に成り代わろうとした者がいる───サガとカノン、そして一輝だ。
そうさせない為に人間の記憶からこの催しを抹消しようとしたのだが、神々が地上や人間に干渉するには支配権を持つ戦女神アテナに無断でとはいかなかった。
下手を打てば侵略と見做され、聖戦が再発してしまう。
なので面倒くさい交渉の末に、建前として失われた聖闘士たちを復活させる代償として、神々による人間の記憶の改竄を受け入れる事になったのだ。

 色々不審な点や不穏な言い回しが見受けられても、そういう事に落ち着いたのだから、もう蒸し返してはいけない。
今、ここは、そういう経緯を経て存在している世界なのだ。

「兄さん、午前中は体育だって言ってたけど、平気だった?」

「ああ。着替える時に背中の傷で驚かせてしまったが、皆察してくれたからな」

 傍目には負っていた怪我の再発を案じる弟に、クラスメートが気遣ってくれたと報告する兄のやりとりに見えるだろう。
まさか、うっかり超人的な身体能力を披露していないかの確認とは思わない。
誰も聖闘士など存在している事さえ知らないのだから。

「えー、一輝体育やったの!? ずりぃー! いいなー、何やった?」

「50m走の計測と、フットサルの見学だ。クラスメートにプロクラブのユース選手がいてな、そいつとリフティングしてた」

 内臓に大きな怪我をしていてまだ運動の許可が出せない───という診断書を出されて体育の見学を厳命されている末っ子が羨ましがるのを承知で、精神的長兄は初めての体育の様子を語ってやる。
体育の授業に出たいなら、さっさと普通の人間の動きに慣れろ、という発破だ。

 実際に自分が授業を受ける時の参考にするつもりか、紫龍が質問してくる。

「50m走の記録って何秒くらいなんだ?」

「日本記録で5秒台と聞いてる。クラスの平均は7秒台だが、一緒に走ってた奴が早かったせいか、つられて6秒台に乗った」

 まるでギリギリ6秒台だったかのような口振りだが、実際は5秒台にあと少しだった。
そのせいで体育教師が本気で陸上やってみないかと熱心に勧誘してきたり、リフティングがあまりにも続くのでプロ志望の喜田から怪我を惜しまれたり、じっと観察していた難波から怪しまれたりしていたなど、一輝はおくびにもださない。
追求してきそうな弟には食べ残した弁当を横流しして黙らせる。

「そっかぁ。中学生だと、何秒くらいが普通なのかなぁ」

「後で調べるか」

「まず授業でどんな競技をやるのかが分からないんだが……」

「それなー」

 普通の中学生や高校生をやるのも楽じゃない、と思いながら兄弟たちは学園生活最初の昼休みを過ごしていた。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2020/09/24 〜 2020/09/25 
UP DATE:2020/09/26 
RE UP DATE:2024/08/16
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