Saint School Life

【02:最初の授業】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 その日、グラード学園で編入生が加わると増えた机から悟った生徒たちのクラスは朝から浮ついた空気となっていた。

 2年A組もそのひとつである。
特別進学クラス───特進クラスと生徒たちが呼ぶ、各学年でハイレベルな進学先を目指す成績優秀者や学力特待生が集まっているクラスでも、他と同じく級友と宿題の確認がてら談笑または授業の予習をしながら教室に置かれた真新しい机に期待の眼差しを向けていた。

 なぜなら、話題の編入生達を今朝見かけた生徒が言うには、10人のうち1人だけとんでもない美少女がいるらしい。

───大柄な編入生達が守るように囲い込んでいたからはっきり見えなかったけど、ものすごく可愛かった。

───眼鏡っ娘で僕っ娘だってさ。

───きっとあのごっつい兄貴達からお姫様みたいに大事にされてる妹だろう。

 そんな断片的かつ妄想交じりの情報から、自分たちの教室に編入生が加わると分かっている生徒達は新しいクラスメートがあの集団の中の誰であるかという話題で盛り上がる。

「金髪で眼帯してた奴は帰国子女枠でD組だと思うんだよ」

「めっちゃガタイの良い2人はさ、オレらと同い年じゃあないよな」

「前に居たちっさいの2人は同い年っぽかったよなー」

「あの奇抜な奴と目立たないのも違ってて欲しい」

「やっぱり編入生は美少女がいい」

「だよなー」

 男子生徒の夢見がちな希望論に女子生徒の多くは眉を顰めるが、彼らの推測に部分的には同意もできた。

「後ろの方に居た人達は同い年とは思えないかなー」

「金パの人ってさ、地毛かな?」

「脱色であんな色になる?」

「なんか茶髪っぽい人多かったし、ダブルかもよ」

「ロン毛で眼鏡掛けてた人、良くない?」

「てかさー、男子ちゃんと制服見てないよねー」

「それなー」

 女子生徒の方が落ち着いているのは誰がクラスメートになろうが、自分好みの編入生への足掛かりになるだろう、という考えからだろうか。
そして男子よりも物事が見えているのに、指摘はしない。
彼女たちは男子たちがいつ気づくかを楽しんでいるのだ。

 そんな会話が交わされているうちに予鈴が鳴り、話し足りなさを抱えたまま立ち歩いていた生徒達はそれぞれの席に着く。
担任が来るまでは隣り合った席の生徒と続きを話合っているが、教室の戸が開かれた途端に口をつぐんで一斉にそちらへ視線を向けた。

 教室の戸を開けたのは、当然ながらクラス担任の越塚小春である。
まだ年若く可愛らしさが抜けきらないほんわかとした印象の女性教師で、新学期の担任発表の時は多くの男子生徒が浮き足立った程の人気がある教師なのだが、今生徒たちが気にしているのは彼女ではない。
生徒たちが醸し出す肩透かし感に気付かないのか、それとも予想通り過ぎて相手にする気も起きないのか、越塚教諭は背後にいた生徒に頷いてから彼を伴って教室へと入り、教壇を上がって出席簿を教卓へと置く。

 担任に従って教室へと入ってきた編入生は、多くの男子生徒が願っていた通りの美少女めいた顔貌をしていたけれど、前を行く女性教師よりも背が高く、彼らと同じ制服を纏っていた。
待望の編入生に悲喜交々で騒つく生徒たちを置き去りに、越塚教諭はマイペースに週番へ挨拶の号令を促す。
戸惑いが先立っていつもより声が小さく揃わない生徒たちの挨拶も気にせず、越塚教諭は話し出した。

「はい、おはようございます。本日からこのクラスに加わる編入生を紹介します。城戸瞬くん。一言、どうぞ」

「城戸、瞬です。ずっと海外に居たので、日本の学校に通うのは初めてです。慣習の違いに戸惑ったりもするかもしれませんが、仲良くしてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします」

 お辞儀をすると耳の下辺りに切り揃えた茶色みの強い柔らかそうな髪がふわりと揺れ、一瞬隠した整った優しげな顔を彩りながら元の位置へと収まっていく。
にこやかな笑顔は確かに美少女と言えなくもないが、すらりとしたスタイルはクラスの中でも背の高い方だろうし、何より声も制服も紛う事なく男子の物である。

「誰だよっ!? 美少女転校生って言った奴!」

「かわいいー!」

「やったー!!」

「美少年! 美少年よ!」

 堰を切ったように上がる男子生徒の嘆く声より、女子生徒の喜びの声が勝った。
中には「……男の子でも、いや男の子だからこそいい……」と新しい扉を開いてしまった声もあるが、この喧騒では誰も聞き咎めたりはしない。
ある程度予想していた騒ぎに本人はかすかに苦笑を浮かべるだけだが、担任は他のクラスからの苦情を考えると早急に鎮静化を図りたかった。
大きく手を打って生徒たちの注意を引くと、編入生に座る席を示す。

「はい、出席取るから静かに! 城戸くん、荷物は空いてるロッカーに、席はこの列の後ろです」

 この学園の教室は廊下側にホワイトボードと教壇を据え、生徒達は窓に背を向けて座るように設計されていて授業中にぼんやりと窓の外を眺めたりはできない。
完全な勉強をする為の造りになっている初めての教室を眺め渡した瞬は6列に並んだ机の左から2列目、その1番後ろの席に着いた。
机の上に大振りのトートバックを載せたまま、出席簿を手に名前を読み上げる担任の声にこちらを気にしながら応えるクラスメートたちを眺めていると、自分の名前が呼ばれたので同じように返事をする。

 それから幾つかの連絡事項を述べた担任は朝のショートホームルームを終えて教室を出ていった。
残された生徒達がそわそわと編入生を見やり、誰が最初に声をかけるか牽制し合う中、注目を浴びている編入生の方から前の席の生徒に話しかけてきた。

「あの、ロッカー、どこを使えばいいのか、分かりますか?」

「え? あ、ああ。ちょっと待ってろ……」

 自分が様子を伺っていた相手から話しかけられた事で狼狽たその生徒は、周囲を見渡して誰も助けてはくれないと悟る。
腹を括って立ち上がると教室の両サイドに置かれた腰高の2段ロッカーのうち、席に近い1つを中身が空になっているか確認してからここを使えと教えた。

「鍵は掛からないから、携帯とか貴重品は入れない方がいいぞ。更衣室のロッカーには鍵掛かるボックスあるけど、体育とか授業以外では使えないから」

「そうなんですね。ありがとう。えっと、名前を聞いてもいいですか?」

 ずいぶん重そうなトートバックをロッカーへ大事そうに収めると、編入生は人懐っこい笑顔で名を尋ねてくる。

「岸川敬吾だ。城戸、でいいか?」

「同学年だけでも他に2人いるし、名字で呼ばれ慣れてないから、名前で、瞬って呼んで貰ってもいいですか?」

「わかった。そんでさ、やっばり編入生集団、みんな兄弟なのか? 何人いんの?」

 席に戻りながら話す2人の言葉に、クラス中が聞き耳を立てているのは互いに解っていて、続ける。
どうせ後で質問攻めにされるのだから、誰もが気になっている事は先に言ってしまった方がいい。

「僕の兄さんは1人だけですけど、義理の、というか戸籍上の兄弟は何人いるのか分からないんです」

「は?」

「じゃあもしかして全員、元理事長の養子って噂、ホント?」

 席についた所で隣の女子生徒が割って入ってきた。

「どんな噂か知りませんけど、養子なのは本当です。君は?」

「あ、いきなりごめんね。藤宮聖心よ、瞬くん」

 岸川も藤宮も特進クラスの生徒だけあって校則通りに制服を着用し、色も質も手を加えていないナチュラルな髪型だが特別気負って風紀を気にかけている様子もない、ごく普通の一般的な生徒のようだ。

 そのまま雑談に終わらず、次の授業で使う教科書とノートを取り出して、どの辺りまで進んでいるのかまで教えてくれる。
新学期が始まって既に2ヶ月近く経っている上に特進クラスだからか、瞬が予想していたよりも進みが早い。

「結構進んでるんですね。追いつくの大変そうだなあ」

「後でノートコピーしに行こうよ。選択科目は何にしたの?」

「ありがとう。助かります。第2外語はスペイン語を」

「じゃあ、俺と一緒だな。ちゃんとノートとってないけど、それでよけりゃ貸すぞ」

 休み時間に購買へ案内するついでにノートのコピーを約束した所で、最初の授業が始まる本鈴が鳴り響いた。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 編入生の加入によって一喜一憂した他のクラスとは違い、4年S組は概ねいつも通りに授業が始まった。
通信制という特殊なクラス故に常にクラスメートの半分近くが不在なために少数では騒ぎにくいというのもあるし、既に仕事を始めている社会人でもある生徒たちの多くが精神的に成熟しているからかもしれない。
それから、このクラスに新たに加わった生徒が騒がしい性質でもなく、一見した限り派手な存在ではなかった、というのもあった。

 後でその状況を知った編入生の兄弟達が『知らぬが仏』なることわざを実感を伴って理解したのだが、その話はいずれ別の機会にする。

 4年S組で最初の授業は先週出された課題の提出と新たな課題の受け取りの時間であり、担当教諭に質問をする為に教室を出ていく生徒もいて半ば自習に近い空気感だ。
仲の良い生徒同士で雑談をしていても余程に騒がなければ、監督教師も注意はしない。
ただ、選択科目や出席率によって課題の量が違うので、のんびり新しい課題を眺めている生徒がいる一方、さっさと新しい課題に手をつける者もいた。

 このクラスに編入してきた城戸一輝は後者のようで、山積みのプリントを教科書片手に読み崩している。
所々、付箋を貼っているのは後で教師に質問したい疑問点などをチェックしているのだろう。
そんな一輝へ、前の席から呆れた声が掛かけられる。

「城戸ー。おま、選択幾つ取ってんだよ?」

「……6教科、だったと思うが」

 顔を上げることも手を止めることもせず、一輝は答える。
ぶっきら棒な編入生の態度に臆することなく話しかける前の席に座る喜田柊仁はプロサッカークラブのユースに所属しており、年代別代表に選出される機会もあって高校からこの学園の通信クラスに編入してきたのだ、と一輝が着席すると同時に話しかけてきた人懐っこい生徒だ。
将来を有望視されるサッカー選手だからか、制服を多少着崩した爽やかなスポーツマンという風貌でやや細身だが背丈は一輝より少し高い。
ユースの練習は放課後からだけど、トップの練習試合に駆り出されたり代表招集などで不定期に登校できない日もある、など聞いてもいないのに話してくれた。

「ああ、それで課題の量凄いんだ……」

 隣の席から同情交じりの声が加わる。

「いや、2ヶ月近く遅れてるからな。これは5月分をまとめて貰っただけだ」

 隣に座る難波六科は中学生の時になにやら受賞してデビューした学生作家であるらしく、自分の執筆ペースを確保する為に中学2年の途中に編入してきたそうだ。
暇なら毎日登校するけれど取材旅行や締切間際になると数週間顔を見せないのだ、とは喜田情報である。
小説家という職業柄なのか、柔らかな喋り方や大人しげな印象は瞬に似ていて、背丈も同じくらいだろう。
難波の方が少々ふくよかだが。

「えー、てことは城戸くん、もう4月分終わらせてるんだー」

「え、マジで? ペース早くね?」

「一応、週1回は登校するつもりでいるが、急に来られなくなるかもしれないからな。出来る限り進めておきたい」

 財団では海外への支援を担当する部門の代表者を任されているし、城戸を名乗っている関係で総帥代理の1番手にもなってしまっている。
これまでは総帥が10代前半の少女ということで避けられていた夜間の会合や長期の海外出張に総帥の叔父として───2歳しか違わない、10代後半の男子ということは考慮されるとしても、駆り出される可能性はあるし、すでに覚悟も了承もしていた。

 なにより、何処かの神が不穏な動きを見せれば女神の聖闘士として闘いに赴かねばならない。
人を巻き込まずに神々だけでやりあってろと言いたいが、アレらが動けば必然的に大地が変動したり天候が荒れたりするのだ。
抗う力を持ち、神々の存在を知ってしまった者である彼らにとって、闘いは宿命である。

「そっかあ。城戸くん、忙しいんだねえ。弟さんたちは財団には関わってないの?」

 難波は喜田が自分の事をベラベラ話す合間に聞き出された断片的な一輝の家庭環境を耳にして作家魂が刺激されたのか、取材モードで話しかけてくる。
最初に個人情報の取り扱いとプライバシーには配慮すると宣言し、いずれネタにする気でいる事を隠すつもりがないのがいっそ清々しい。
だからこそ一輝も当たり障りのない内容であれば答えている。

「ああ。希望してる奴もいるが、とりあえず義務教育を終えるまではな。……総帥があの歳で代わっていたのは、イレギュラーだ……」

「ふーん。城戸くん、家族想いなんだねえ」

 本来なら現在の総帥ももっと歳を経てから今の地位につく筈で、急遽その補佐をする為に一輝が財団で仕事を始めた、と難波は受け取ったようだ。
結果的に間違いではないが、事実とは絶妙に乖離した城戸家のストーリーが彼の中に紡がれ出しているのだろう。

 そんな会話を交わしているうちに授業時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「よーし、やっと体育だ! 着替えに行こーぜー!」

 威勢よくロッカーから着替えの入ったバッグを取り出す喜田とは対照的に、難波は気鬱げにため息を吐きながらのろのろと立ち上がる。
通信で受けられる科目と違い、体育のような実習科目は登校してきた日にしか受けられないからよほど体調が悪くなければ見学とはいかない。
あまり運動が得意そうに見えない難波は見た目通り体育が苦手教科らしく、一見すると背が高いだけの内向的なオタク気質の青年といった風貌に擬態している一輝へ仲間意識を期待した目を向けてくる。

「……城戸くんは体育、得意?」

「……体を動かすのは嫌いじゃないんだが、怪我をしてから禁止されてる事が多くてな……」

 わざとらしいが、残念そうな声音で眼鏡のフレームを直しながら答え、一輝もバッグを手に喜田を追う。

「……う、裏切り者ー!」

 勝手な思い込みから期待した難波の悪態に喜田と2人して笑ってしまったのは、仕方がない。

 4年の教室は第2校舎の3階にあり、S組は授業中の出入りも多いから階段室のすぐ横だ。
更衣室は中央校舎の1階で、男子用は反対側───第1校舎に近い場所にある。

 ぐずぐずと行きたくなさそうに歩く難波を挟んで喜田と一輝が階段を下っていると、少し上から嬉しげな声が降ってきた。

「兄さん! こんな所で会えるなんて、移動教室なの?」

「瞬か、お前こそどうした? オレは次が体育でな」

 階段の半ばだというのに躊躇なく飛びついてきた弟を難なく受け止めた一輝は「(他の生徒にぶつかったら)危ないだろう」と嗜める。
これが星矢辺りだったら受け止めずに首根っこ掴んで怒鳴りつけていたが、実弟は言って聞かせれば理解すると分かっているからこれで済ませているのだ。
傍目にはどう見えていようと本人は贔屓しているわけでも、甘やかしているわけでもない。

「はぁい、ごめんなさい。あ、クラスの人がノート貸してくれてね、購買にコピーしに行くところだったんだけど、兄さん見つけたら思わず、ね」

「……次は声をかけるだけにしておけ。喜田、難波。コイツが噂の美少女編入生、弟の瞬だ」

 突然の出来事に呆気にとられているクラスメートに、一輝は冗談めかして自分に抱きついたままの噂の人物を紹介してやる。
真っ先に喜田からされた質問が「一緒に登校してきた美少女って、お前の妹?」だったからだ。

 しかし、一輝から離れた瞬が「弟の瞬です」とお辞儀をしても、男子の制服を同じように着こなした2人を見据えたまま喜田は「えー、こんなかわいいのに、男?」と納得しきれないといった面持ちで首を傾げ、難波は興味深そうに顔付きや表情を見比べてはなにやら頷いている。

「兄さんのクラスでも噂になってるの? 日本の学生って情報掴むの早いんだねえ」

 伝わるのはやたら早いのに正確性に欠けるいい加減な噂に踊らされている生徒たちを憂うような困り顔の瞬を見かけた生徒たちが足を止め、噂の齟齬を知って騒ぎだした。
その声で休み時間で廊下に出ていた生徒たちが集まりかけていると察した一輝は難波を促し、まだ茫然としている喜田を連れて先へ行くよう言いかける。
だがそこへ、瞬のクラスメート2人───岸川と藤宮が追いついてきた。

「おーい、瞬。おまっ、いきなり飛ぶなよー! チョービビったっつーの」

「そーだよー。危ないよー」

「あ、ごめんなさい。そうだ、2人に僕の兄さん紹介しますね。兄さん、クラスメートの岸川くんと藤宮さん。さっき言った、ノート貸してくれた2人です」

「そうか、弟が世話になったな。兄の一輝だ」

 人数が増えた事で騒ぎからの離脱は難しいと悟った一輝はとにかく全員を促し、階段を降りながら会話を続けた。
先頭を喜田と難波、続いて一輝と何故か腕に絡み付いてくる瞬、最後尾に岸川と藤宮で並んで。
同じく階下に用事のある生徒が遠巻きに見聞きしているが、通りすがりの断片的な会話は聞かれても仕方がない。

 上級生について歩きながら、多少遠慮がちに岸川が城戸兄弟を見比べての素直な感想を口にした。

「あー、言っちゃ悪いけど、お前と兄ちゃん、全然似てないのな……」

「それは僕が母さん似で、兄さんはすごく男らしい人だから仕方ないのは分かってるんです。だけど、すっごく気にしてるんであんまり言わないでください……」

 そしてそれは、幼い頃から一輝の地雷でもある。
幼少時に単なる印象としてならともかく、からかいや蔑む目的で揶揄した者は誰であろうと肉体言語で黙らせていた兄の勇姿を瞬はしっかり覚えている。
折角仲良くなれたクラスメートを不用意な一言で失うのは、兄の心痛を思えば仕方ないと思えるけれど少し悲しい。

「あのさ、瞬くんって、お兄さん、大好きなの?」

「ええ。僕の兄さんは世界一カッコいいですから!」

 藤宮の含みある問いに、瞬は少しの照れも躊躇もなく、花が綻ぶように笑って答える。
その笑顔に何かを確信した藤宮は左手を強く握りしめて何らかの衝動に打ち震えそうな体を必死で堪え、難波は心底微笑ましいという声音で一輝に問いかけた。

「城戸くん、弟さんと仲がいいんだねえ」

「他の兄弟がどんなものか知らないが、悪くはない……」

 一輝が比較対象と出来る兄弟は互いを利用しあっていた暗黒の双子か、行き違いを拗らせた末にとんでもない事をやらかした黄金の双子くらいだ。
射手座と獅子座や、鷲座とその弟などの関係性は詳しくないが、どの兄弟もサンプルとするには極端過ぎる。

 まあ、一輝と瞬を日常的に見ている者たちに問えば「彼らが不仲だったら、この世に仲の良い兄弟などいない」という答えしか返らないだろう。

 そんな会話をしているうちに階段を降りきり、難波が背後を振り返った。

「弟くん、購買は第2校舎側だよ。で、城戸くん、男子更衣室は第1校舎側だ」

「あ、じゃあ俺らここでー」

「瞬くん、行こー」

 普段交流のない上級生と一緒では居心地が良くないのかそそくさと離れようとするクラスメートに構わず、瞬は兄の腕を取って強請る。

「兄さん! お昼休み一緒にお弁当食べましょうね。星矢たちも呼んで」

「構わないが、クラスメートはいいのか?」

「兄さん、月曜日しか学園に来ないでしょう? だから、今日だけでも僕らと一緒に食べましょうよ」

 声を潜めて「午前中の星矢たちの様子、確認しといたほうがいいと思うんだ」と付け加えれば、一輝としても気になっていた事なので了承するしかない。

「わかった。昼休みにな」

 そんな兄弟のやりとりを眩しそうに眺めていた藤宮は岸川に促され、名残惜しげな瞬と共に購買へと向かった。
下級生たちと別れて未だぼんやりしている喜田を引っ張って更衣室へ向かいながら、難波は一輝へ確信を持って楽しげに問い掛ける。

「城戸くんって、弟くんに弱くない?」

「……否定はせん」

 その言葉に、曝された彼の弱点が同時に逆鱗でもあると察し、扱いには注意しなきゃ、とクラスメート2人は己を戒めた。



[登場オリキャラ]
*越塚小春(こしづかこはる):2-A担任。現代文担当。未婚。
*岸川敬吾(きしかわけいご):2-A。瞬の級友。前の席。フットサル同好会。
*藤宮聖心(ふじみやしょうこ):2-A。瞬の級友。隣の席。腐女子(?)。
*喜田柊仁(きだしゅうと):4-S。一輝の級友。クラブユース所属。
*難波六科(なにわりくか):4-S。一輝の級友。ミステリー作家(南田六花)。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2020/09/10 〜 2020/09/17 
UP DATE:2020/09/17 
RE UP DATE:2024/08/16
4/13ページ
スキ