Saint School Life

【SSL 01:初登校】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 些か複雑な家庭の事情により、城戸家の10人兄弟は帰国子女として5月の末という中途半端な時期に中高一貫教育の学校法人グラード学園へと編入することとなった。
とある界隈においては定番───いや、王道と言われる時期の、年齢も容姿も性格もバラバラで個性豊かな兄弟の一斉編入にきっと彼らの同窓生となる一部の趣味人たちの妄想は頗る捗って薄い本が厚くなるのだろう。

 それはさておき。

 実は城戸家の兄弟のうち年長者3人組の檄と一輝に蛮の他は未就学のまま世界の僻地へと送られた為、1度も学校へ通った事がなかった。
集団生活については孤児院や児童保護施設育ちの者が多いから問題はないと思いたいのだが、経験者たる年長者3人組ですら実際に登校できたのは1年足らずの期間な上に8年も前の話になる。

 この日、彼らの初登校が色々な混乱に見舞われたのはもはや必然だった。

 まず予定の起床時間を過ぎて朝食の時間になっても部屋を出てこない星矢と氷河、そして市。

 日頃からゲームやマンガに夢中になっての夜更かし癖を注意されてきた星矢は自身の準備にも忙しい中呼び出された精神的長兄たる一輝に一喝され、ようやく目を覚ました。
けれど前日に持ち物の用意をしていなかった、と騒ぎ出して瞬や邪武ら同年の兄たちに世話を焼かれながら新品の教科書を真新しい指定鞄に詰めていく。

 前夜に海外で生活する恩師と長電話をして寝不足らしき氷河は半ば寝ぼけたまま紫龍に身支度を手伝われ、独特な美意識を持つ市が「髪型が決まらないザンス」と嘆くのを那智が「あー、パーフェクトだろ」と宥めて洗面室から引っ張り出す。

 そんな騒動を経ても家長たる沙織の『朝食はできるだけ家族全員で』との言葉通りに10人の兄弟だけでなく5人の居候達まで朝食に顔を揃えたのは奇跡かもしれない。
今日この日だけ、の。

 忙しい家長の少女は直近の予定や世界情勢などを居候との話題にしつつ、用意されたしっかりめの朝食を優雅に収めてしまうとすぐに財団総帥としての仕事へと出かけていった。
勿論、居候達にもそれぞれ仕事があるし、今日から学生となる兄弟たちものんびりとはしていられない。

 なにしろ初登校の今日は諸々の手続きがあるからと始業30分前───8時までに職員室へ来るように言われたのだ。

 城戸邸からグラード学園までは(邸の玄関から門までを含めて)常人が普通に歩いて25分。
車なら5分ちょっとの距離だが、怪我や体調不良など正当な理由を事前に連絡していなければ自家用車での送迎は校則で禁止されている。
当然ながら寝坊は正当な理由にはならない。

 だが、聖闘士たる彼らが本気で走れば瞬く間である。
けれど聖衣以外の衣服は高速の摩耗に耐え切れないし、音速を越える時に発生する衝撃波で大惨事を引き起こすのは目に見えているので、日常生活において聖闘士の能力を振るうのは御法度と家族会議で取り決められた。

 よって本日、邸を出るタイムリミットは7時35分。
城戸邸の玄関ホールに登校の準備を整えた兄弟が全員揃ったのは、ギリギリの時間である。

 編入先であるグラード学園の制服は濃紺のブレザーに生成りのニットベスト、白いシャツに学年毎に挿し色の違うロイヤル・レジメンタルストライプのネクタイ、そしてブルーグレーを基調にしたピンストライプのパンツだ。
ちょうど衣替え前の間服期間で昼間は梅雨前のからりとした熱さになるという天気予報に全員がブレザーは羽織らずに半袖シャツを選び、半数はベストも着ていない。
紫龍と那智と蛮は半袖シャツにベストを合わせ、一輝と瞬は長袖のシャツにややサイズが大きめのサマーニットのカーディガンを羽織っている。

 そして最初の登校ということで、全員がネクタイを結んでいた。
ネクタイはブルーグレーとシルバーグレーに学年色が挿し色になったレジメンタルストライプに校章がダイヤグラムに配置されている。
挿し色は一輝ら4年生が橙色、紫龍ら3年生が青、星矢ら2年生が黄色だ。
ただ半数は悪戦苦闘の末に結局は誰かにネクタイを結び直されるのはご愛敬である。

 それと、氷河はまだ癒えぬ左目を白い医療用眼帯で覆っているのは普段と変わらないが、一輝と瞬に紫龍はフレームのしっかりした眼鏡を装着している。
これは『事故による負傷で視野が部分的に欠損している』という素人には一見して判断不可能な理由で球技や格闘技などの体育の授業を回避し、うっかり聖闘士の能力を発揮しない予防線である。

 星矢も見た目こそ健常だが内臓に致命的なダメージを受けた怪我から復帰したばかり、という内容の診断書をつけて当面の体育は見学が厳命されている。
実際、彼らは常人なら何度か死んでいる怪我を何度も負ってきたので、学園に提出された診断書は本物だ。

 ただ一輝に関しては長めの前髪と黒縁眼鏡のフレームで眉間の傷と威圧感の半端ない鋭い目を誤魔化す目的があり、瞬は単に兄とのお揃いを希望しての伊達である。
この2人は厳しい戦いを彼らと共に潜り抜けてきたのだが、防御力と再生力に極振りされた聖衣のおかげか目立って大きな負傷をしていない。
本当に眼鏡は飾りなのだ。

 しかし一輝が長めで癖の強い前髪と眼鏡でその強烈な目力を隠し、鍛え上げ引き締まった肉体をややダボついた制服でヒョロいと誤認させてしまうと途端に内向的なオタク青年にしか見えなくなったのはどういうことか。
届いた制服を試着して見せ合った時、本来の姿とは真逆とも言える格好で現れた一輝に実の弟以外は揃って「誰だお前!?」と叫んだのも無理はない。
尚、これは言うまでもないと思うが、実の弟の感想はブレる事なく「兄さんかっこいい」であった。

 それと10代半ばの日本人としては相当に大柄な檄と蛮の制服は当然ながら特注なのだが、才能ある若者を募ってきたグラード学園には彼らに比肩する体格のスポーツ特待生も各学年に数人いるから悪目立ちはしなさそうではある。

 さて、兄弟たちが玄関ホールで互いに身嗜みや忘れ物の有無を確認しあっていると、4〜5人前の行楽弁当でも入っていそうなトートバッグを9つ載せたワゴンが使用人として働く居候らによって運び込まれてきた。
厨房で見習い料理人をしているイタリア人───通称、カニが声を張り上げる。

「おーし、ガキ共! 弁当忘れんなよー!」

 元の通り名は邸で働く一般人には呼びづらく、本名は忘れたの一点張りで口にしないこのイタリア男には便宜上『カルキノス』という仮名が与えられている。
しかし蟹座の神話に登場する大蟹の名は日本人には馴染みのない語感と本人が気に入らないこともあり、結局は由来の星座名そのものが愛称として定着しているのは仕方がないだろう。
厨房にいるイタリア料理を学んだ料理人などは『グランキオ』と呼んだりもするが、結局はイタリア語での蟹だ。

 ワゴンに群がって自分の名札が付けられたトートバッグを手にする兄弟達の中、唯一標準的な弁当箱を鞄に収めるのは一輝である。
実はこの弁当は彼の手による物で、偉そうにしているイタリア男は未だ弁当文化に慣れていない為にアシスタント扱いだ。

 一輝は幼少時から弟の面倒を見てきたから、という理由だけで家事の一切をほぼ完璧に熟す。
瞬も生まれた時から兄に世話を焼かれ、離乳食から兄の手料理に慣れ親しんだお陰で味覚が『お袋の味=兄さんのご飯』となっている。
故にかわいい弟の「お邸での料理人さんのご飯も美味しいけど、たまには兄さんのご飯が食べたい」という細やかなわがままに自分の弁当を作るついでになるから月曜日の昼だけと限定付きで応えてしまう。

 おまけに己と敵に対しては厳しすぎる程な癖に身内に対しては極めて甘いので同胎の弟1人だけを贔屓せず、他の異母兄弟どころか家長と居候たちの分まで用意しだしたのだ。
揃って大喰らいの総勢16人分───実質50人前近い、もはや仕出し屋の仕事とも思える弁当を。

 持ったトートバッグの重さから中身を予想して盛り上がる兄弟たちに、ホールの一角に据えられた古い大時計を示して居候達が兄弟たちに登校を促す。

「君たち、そろそろ出なければ遅れるのではないか?」

「弁当の中身なんざ昼に分かるんだ。さっさと行きやがれ、ガキ共」

「車を轢かないよう、気をつけてな」

 よくある冗談を半ば本気で付け加えられると、それぞれのテンションで登校の挨拶をして兄弟達は玄関を出ていく。

「「「「いってきまーすっ!」」」」
「いってくるでザンスー」
「「「いってきます」」」
「「いってくる」」

 とは言っても、都内とは思えぬ広大な敷地を持つ城戸邸から学園への通学時間の2割弱は邸から門外までの道程である。
車での出入りを想定した正門ではなく、徒歩での出入りがしやすい通用門から裏通りへと抜けて大通りを越えた先の学園を目指して彼らはやや急ぎ足で歩く。
10人という大人数なので背の低い順に2列縦隊───瞬は後ろから2番目を歩く兄の横について。

 大通りを越えて学園が近くにつれ、兄弟たちの前後にちらほらと同じ制服を着た生徒たちの姿が増えていく。
彼らもそれぞれの友人と合流しながら、見慣れぬ集団に無遠慮な視線を向けてきた。
まず、遠目からでも目を引く大柄な2人に、続いて目立つ色彩や異相を持つ氷河や市へ。
顔貌の判別がつく距離になれば長髪で涼しげな顔貌の紫龍や、美少女めいた容姿の瞬へと注目が移っていく。

 そんな周囲のざわめきを気にする事なく、兄弟たちは学園へたどり着くと生徒用の昇降口ではなく来客用の玄関から校舎へと入っていった。
兄弟達が持参した上靴へと履き替えている間に、一輝が代表して事務所の窓口へ本日からの編入生だと告げる。

「おはようございます。本日から編入する城戸です」

「おはようございます。全員一緒に登校してきたんですか?」

 応対に出た初老の事務員は微笑ましそうに仲が良いんですね、と呟いて机に置かれていたリストを手にした。

「とりあえず全員いるか確認させてくださいね」

 そういって1人ひとりの名を読み上げる。
点呼の習慣がなかった氷河だけワンテンポ遅れたものの、全員が常識的な返事をして無事に終える。
多分、市の「はいザンス」は許容範囲だ。

 点呼の間に一輝も上靴へと履き替えたのを確認し、事務員はリストを手に事務所を出てくる。

「では、職員室へ行きましょうか」

 先に立って歩き出す事務員の後ろに続いて兄弟たちは職員室へ向かう。
校舎の1番端にある事務所から1番近い階段を上がり、中央棟へ入れば職員室だ。
職員室の引き戸をノックもなく開けた事務員は声を上げる。

「編入生が来ています。担当の先生方、よろしくお願いします」

 その声に兄弟たちの人数を越える教員が一斉に立ち上がり、ずいぶんな早足で寄ってきた。
教員たちの表情は相当に緊張しているように見える。
最後に、かなり慌て気味にやってきた壮年の男が額の汗をハンカチで拭いながら、やたらと低姿勢で話しかけてくる。

「おはようございます、城戸様。えー、人数が多いので、そちらの会議室の方でお話させていただいてよろしいでしょうか?」

 そんな教師たちの様子に、兄弟の半数は自分たちの素性───学園の母体であるグラード財団創始者たる城戸光政の血縁者というものが、この学園では厄介な問題を引き起こす予感を覚えた。
特に、あの男の遺した物を利用する覚悟を決めていた一輝はここで正さなければ不味いと感じ、声に威圧を込めて教員たちを見渡す。

「構いません。それから、学園では我々は生徒です。どうか、普通の生徒と同じように扱ってください」

 会議室はこちらですか、と口調を和らげて問えば、教員たちは気圧されたまま肯く。
兄弟たちを促して踵を返した一輝は気を引き締める。

 この学園で起こる面倒を引き受けるのは自分の役目だ、と。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2020/08/14〜2020/08/21 
UP DATE:2020/08/21 
RE UP DATE:2024/08/16
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