Saint School Life

【00:編入試験】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 戦女神と冥王による聖戦は今回も多大な犠牲を出したものの長年の因縁に終止符を打った女神の勝利で終息し、地上に平和が訪れた。
建前上は。

 女神の意向により聖戦で失われた聖闘士や冥闘士、ついでに海闘士を復活させたはいい。
が、海皇と女神の間でシードラゴンの海将軍と双子座弟の処遇を巡って再び争いが起きかけ、更に仲裁に入ったはずの冥王までもアンドロメダ座である自身の依坐と鳳凰座となった依坐の守護者の返還を女神に求めた事で事態は完全に混乱した。

 聖戦時以上の険悪ムードに陥った3神の諍いを治めたのが、当事者たる鳳凰座とアンドロメダ座。
聖戦から蘇った闘士たちは戦う能力を失ったただの人として復活しているのだから、今更聖闘士も海将軍もないだろうと海皇と女神を言いくるめ、冥王にも現状は聖闘士であるが依坐であることは変わらないからわざわざどちらの所属と明確にする必要はないと諭す。

 彼らの言葉に3神ともごねたのだが、一介の聖闘士の脅迫まがいの物言いに負け、結局は黙って頷いたのであった。
そして揃って、鳳凰座とアンドロメダ座の聖闘士を本気で怒らせる真似はしないと誓い合ったという。

 その上で地上と海界、冥界の間で和平協定が結ばれる事となり、生き残った聖闘士はこのやっかいな3神が再び何かしでかさないよう見張り役を務めることとなったのである。

 それはともかくとして。

 地上を治める戦女神には人間としての顔があった。
日本有数の資産家である城戸家の若き女主人であり、グラード財団の総帥にして流星学園に通う女子中学生、城戸沙織。

 しかし、その肩書きと資産は女神を養育した今は亡き城戸光政翁の実子たちが受け継ぐべきものであった。
にも関わらず、光政翁は数多くいた己の子を全員孤児として扱い、男子だけを女神を守る聖闘士とすべく世界に点在する修行地へと送り出したのである。

 結果、生き残って聖闘士となれた者は10名余。
世界のためとはいえ父親の非情な決断に、己の出生を知って怨みのあまり女神や兄弟たちへ拳を向けた者もいた程だ。

 だからこそ平和を取り戻した今、戦女神は考えたのである。
自分を守る為に犠牲となった多くの兄弟たちや、生き残った聖闘士たちの為に光政翁から受け継いだ物を使うべきなのでは、と。
本来なら彼らが受け継ぐはずだったものを、少しずつその手に返していくべきなのではないか、と。

 そこで沙織が提案したのが、まだ少年である聖闘士たちを学校に通わせることであった。

 しかし、それは未だ義務教育の範囲にある者たちにとっては決定事項とも言える。
なにしろ本人の意思ではなく、保護者都合で義務教育を受けさせない場合は『就学義務違反』であり、彼らには教育を受ける権利がある───かつて修行地へ送られるまでの1年間を小学校へ通わせる事なく城戸邸で過酷な訓練を行い、本人の意思を無視して単独で海外へ渡航させた件はより重大な犯罪であるのだが、これはもう今更だ。

「皆さんによりよい教育を受けてもらうことは、あなたたちの保護者たる私の義務ですから」

 城戸家の広間に住人を全員集めた沙織は、自身が総帥を務めるグラード財団が運営する学校───グラード学園へ聖闘士たちの編入をそう宣言したのであった。
もちろん、義務教育の年齢を過ぎていた年長の3人───檄、一輝、蛮も。

 この決定に不満を持つのは、あまり勉学が好きではなく得意でもない星矢くらいのもので、彼の意見は黙殺された。
向学心の高い瞬や紫龍らには歓迎され、群れる事を嫌う一輝ですら了承した以上、今更学校なんて、と口を尖らせて拗ねる星矢に味方はいない。

「それはそうと、編入試験はあるんだろう?」

「ええ、それはあるでしょうね。どれくらいの学力があるか確認する意味合いも含めて」

 一輝の問い掛けに答えながら、沙織は星矢を見やる。
いや、彼女だけでなく、その場にいた城戸家の全員が。

「……な、なんだよ?」

 一応、帰国した後の事も考えて、グラード財団名義で世界各地に派遣した聖闘士候補生には学齢に相応しいテキストを持たせていた。
真面目で就学意欲の強かった一輝や瞬、紫龍などは自主的に、それ以外の者もそれなりにこなしているのできっと学力的には問題はない。

 ただ1人、テキストを開きもしなかったという星矢を除いて。

「……ねえ、星矢。あの、自分の名前、漢字で書ける?」

 恐る恐る尋ねる瞬に、馬鹿にすんなよっと息巻く星矢へ傍らの氷河からノートと筆記具が突き出された。

「そこまで言うなら書いてみろ」

 ちなみに、日本に居たのが7才の頃の1年間だけだった氷河自身は会話はともかく漢字で自分の名前は書けない。
ロシア語のキリル文字なら読み書きできるし、フランス語とギリシア語も分かるが日本語はひらがなならなんとか、というレベルだ。

「おう! 見てろよ!」

 高らかに宣言し、さらさらと書かれたのは多分、彼の名前である。
かなり歪で、ややもすれば『皇失』と見えるのだが。

「……これは、まあ、帰国子女だから、と考えれば……」

「それにしたって、自分の名前だろ?」

「これはちょっといただけないザンスねー」

 紫龍がフォローを入れる横から、邪武や市が茶化すのでだったらお前が書いてみろ、と星矢は邪武にペンを握らせる。
ここで最も簡単な漢字の市や、漢字圏で修行をしていた紫龍へ噛み付かない程度の小賢しさはあるらしい。
しかし、邪武は鼻で笑って書いて見せ、続いて瞬から市へとノートは巡る。
氷河に紫龍、那智に蛮、そして檄と回ったページに一輝までもが署名すると兄弟10人の名前が見開きに並んだ。

「流石に紫龍はうまいよね」

「いや、一輝も達筆じゃないか」

「瞬も随分上達したな。驚いた」

 誰が見ても読みやすく流麗な文字を書いた3人が互いを褒め合う脇で、星矢と氷河は己の文字を睨んでいる。

「……ぐぬぬぬぬ……」

「……ひらがなでは、ダメなのか?」

 他の5人も市はともかく、邪武と檄の字は少し怪しい。
那智と蛮もなんとか、という感じである。

「……学力は一夜漬けでなんとかするとして、面接はどうするつもりだ?」

 呆れ気味に互いの字を貶し合う兄弟を見やりつつ、一輝は沙織に問い掛けた。

「面接? それはまあ、普通に……」

 言いかけて、沙織は言葉に詰まる。

 普通。

 幼少時から6年も日本を離れ、常軌を逸した環境で何度も死ぬ目に遭ってきた少年たちの、普通。
それはきっと、平穏で安全な日本の教育者に受け入れられるようなものでは断じてない。
世間に知られれば、グラード財団と城戸家はマスコミに付きまとわれ、児童保護団体や人権団体から槍玉に挙げられることは必至であろう。

「……ど、どうしましょうか?」

 ひきつった笑顔を見せる沙織にため息を吐き、一輝が提案する。

「とりあえず、誤摩化しの利く程度に嘘の設定を作って覚えさせるしかあるまい……」

 面接の場で機転を利かせるなんて真似、この兄弟に出来る訳がないと精神的長兄は悟っている。

「……そうね。そうするしかない、でしょうね……」

 だったら、どうしたら。
と、思考を巡らす沙織を他所に、一輝は瞬を呼び寄せて兄弟の署名が揃ったノートを持って来させる。
筆記具とともに受け取ったノートの新しいページを開き、3分割するように線を引いた。

「俺たちが日本を出て、バラバラに海外で暮らした事は誤摩化し様がない。だったら、今になってそこから連れ戻されて一緒に日本の学校へ通う理由をでっち上げれば、多少は治まりがいいだろう」

「例えば?」

 いかにもありえそうな事を幾つか、考えをまとめながら書き付ける一輝の傍らで沙織と瞬が頷いたり、それは幾らなんでもと否定したり。
そして幾つ目かの提案。

「……海外留学させたはずの子供らが、手違いで紛争地や僻地に働き手として送られていたのを見つけた、とか」

「それにしましょう。不幸な話題なら、あまり突っ込んで聞いて来ないでしょうから」

「うん。僕もこれがいいと思うな」

 一輝としては過去に出会った少女を思い出す嫌な内容であったが、確かに過酷な環境に異国の子供がたった1人で放り込まれていた理由としては妥当だろう。

 実際にギリシアに送られた星矢以外は皆、人間の生活不能環境とも言えるような僻地であるし、聖戦という神々の紛争にも巻き込まれたのだから全くの嘘とも言い切れない状況だ。
そして、彼らを保護して帰国させ、日本で改めて教育を受けさせたいという意図も青少年の育成と教育を掲げて創立されたグラード学園の意義に適っているはずである。

 ただやはり、面接という短時間での会話なら誤摩化せても、学校生活に馴染んでからが危険かもしれない。

「……体育の授業で聖闘士の能力を隠し切るのは、難しいかもしれんな……」

「……そうだよね。特に星矢と邪武はお互い意地を張り合ってボロを出しそうな気がするよ……」

 懸念を口にする一輝に同意するように瞬もあり得そうな出来事を述べれば、その光景がありありと見えた沙織が思わず額を押さえた。

 聖闘士だからと言って、常日頃から小宇宙を燃やして音速や光速で行動している訳ではない。
けれど、ちょっとした反射行動───落としそうになった物を受け止めたり、といったとっさの動きが既に超人の域にある。
多少の怪力ぐらいなら体格の良い檄や蛮辺りは誤摩化せるだろうが、正直なところ小柄な星矢や華奢な瞬の方がずっと力が強いのだ。
体育の授業でうっかり本気を出しでもしたら、音速を超える物体の移動によって生じる衝撃波───通称:ジェノサイド・アタック───によって周囲にいるクラスメートの肉体は四散し、校舎は全壊するだろう。

 それにずっと俗世間から隔離された幼少期を過ごしてきた所為で、聖闘士となった兄弟には日本の一般常識が欠如している。
一輝たち年長組は1年だけ小学校に通った覚えがあるが、瞬たち年少組は幼稚園や保育園にすら通えなかったので社会性と協調性がどれほど育っているのか不明だ。
特にロシア生まれでシベリア育ちの表現の奇行子がどこまで順応できるか全く見当もつかないし、一見常識人な紫龍だって天然ボケの気がある。

「……事ある毎に氷河がマーマとか我が師とか口走ったり、事ある毎に紫龍が脱衣したりしたら、どうしましょう?……」

「……市の言動とルックスはもう矯正不可能だよね。那智は普通だし、大丈夫そうだけど……」

「……俺は、厄介な連中に絡まれそうな気がする。瞬、お前も変な輩に言い寄られるんじゃないか?……」

 街を歩けば確実に時代錯誤で粋がった若人や、ちょっと脛に傷のある大人達から因縁つけられるであろう鋭い眼光を眇めた一輝。
同じく、けれど別の意味で多くの少年少女たちの目を惹き付けるであろう華やかな微笑で毒舌を吐く美少女めいた瞬。
どちらも厄介な人々から呼び出されたり呼び止められたりするのは想像に難くない。

 改めて見回してみれば、本人たちだけの責任とは言いがたいけれど、揃いも揃って問題児ばかりの兄弟たちだ。

「……まあ、なるようになるでしょう……」

 それでも、気掛かりは幾らでもあったが、決めてしまった事は仕方がない。
問題が起きたらその時、と沙織は腹を括るしかなかった。
 


   ★ ☆ ★ ☆ ★



 さて、それから数日後───5月の大型連休の最中。
休校中のグラード学園を後見人である城戸家の顧問弁護士と共に訪れた兄弟たちは、それぞれの学齢に合わせた編入試験と個別に面接を受けた。
もちろん、事前に───主に星矢への───勉強の集中特訓と、これまでの暮らし振りについての口裏合わせが行われた上で。

 その結果。

「皆さん、よく頑張りましたね。全員、編入許可がおりましたよ」

 一部、かなりギリギリの点数を取った者も居たようだが、知恵の女神より和やかに合格が告げられたのであった。

 こうして、聖闘士である城戸家の兄弟たちは初めて学校生活を送る事となったのであるが、それはやはり想像したとおりにはちゃめちゃなものとなるのである。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2017/05/05~08 
UP DATE:2017/05/08
RE UP DATE:2024/08/16
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