Happily Ever After

【01 Saga】
───June of the first year

[Happily Ever After]




 城戸邸の中庭を臨むテラスに置かれたデッキチェアに腰掛けて初夏の爽やかな風に白金色の緩やかに波打つ長い髪を遊ばせ、洗いざらしの白い綿のシャツとややゆったりとしたブルーグレーのパンツというラフなスタイルで手元のペーパーバックから顔を上げたサガは、すぐ傍で繰り広げられる若き聖闘士達の手合わせを微笑ましく眺めやる。

 先日から通い始めた剣術道場で稽古着としている白い短袖の着物と紺袴という出立ちで警棒を手にしたシュラに、色違いで揃いのTシャツを着た星矢と瞬が挑み、同じく揃いの紫龍と氷河が少し囃し立てるように声をかけていた。

 少年達のシャツはそれぞれ聖衣の色で合わせたらしく、星矢と氷河がホワイトで瞬がピンク、紫龍がライトグリーン。
各自の胸元にはなにやら日本語で文章が書かれているのだが、日本語を習得し始めたばかりのサガには氷河の白いTシャツの中央に流麗な筆致でプリントされた『冷やし中華はじめました』しか読み取れず、意味も不明だ。

「サガ、お茶はいるかい?」

「ありがとうアフロディーテ、ちょうど喉が渇いていたんだ」

 屋敷からお茶の支度をして出て来たアフロディーテが傍らのテーブルにアイスティーのグラスが2つ乗ったトレイを置き、ついで重たげな音を立てて足下にクーラーボックスを下ろした。
今、目の前でじゃれ合っている少年達と友人の為に用意した飲み物を冷やしてあるのだろう。

 この屋敷で暮らすようになったばかりの頃から、アフロディーテは自ら申し出て邸内の広大な庭を手入れする園丁の仕事をしている。
今は午前中の作業を終え、休憩に来た様子だ。

 北欧生まれのせいか太陽の光はとりあえず浴びるものと考えているらしく日除けの帽子等は被らず、ただ作業の邪魔にならないよう鮮やかな赤地に色とりどりの花々が描かれたスカーフで軽やかに巻いた黄金色の長い髪を結い上げている。
晴れた夏空の色をしたダンガリーシャツの肘や深い海のような色合いのデニムパンツの膝や裾を土で汚していたけれど、彼本来の輝くような優美さは少しも損なわれていない。

「今日は気温が高いから、アイスミントティーにしてみたのだけれど、どうかな?」

 薦められるまま手にしたグラスを口にすれば、茶葉のふくよかな香りとすっきりとしたミントの風味、それからほのかに蜂蜜の甘みを感じた。

「ああ、とてもおいしい。やはり君が淹れてくれる紅茶が私の好みにあう」

「それはどうも」

 サガの感想にはにかむように微笑み、アフロディーテも空いたデッキチェアに腰をおろすとグラスを手にする。
ストローなど添えられていない大振りのグラスに直接口をつけて煽っているのだけれど、2人ともその優雅で美麗な容姿と無駄のない動きのおかげか少しも粗野に見えない。

「それにしても、彼らはやけに楽しそうだ」

 鋭く警棒を振るうシュラの攻撃を紙一重で交わし、カウンターの拳を繰り出す瞬と、大げさに避けて背後に回り込もうとする星矢の姿は、子犬が飼い主とふざけているようだった。
けれど彼らを相手にするシュラは息を切らし、かつてのようなギラついた目をしている。

「実際、楽しいのだろう」

 シュラには堪ったものではないようだけれど、と苦笑をこぼしてサガは言葉を続ける。

「彼らにしてみれば、じゃれ合いでしかないからな」

 かつての私たちもそうだった、と懐かしむように目を細めて空を見上げるサガの脳裏にはどんな光景が浮かんでいるのか。

「……そう、でしたね」

 ちょうど彼らくらいの年頃だったサガや少し幼い自分たちの姿を思い浮かべているのだろうと察し、淋しさを覚えながら呟いたアフロディーテが強くグラスを握ったところで薄く脆いはずのガラスはただ中身の冷たさを伝えてからりと氷とぶつかる涼し気な音を立てるだけ。
以前ならば、ほんの少し指先に意識を向けるだけでグラスも氷も粉々に砕け散っていたのに。



★ ☆ ★ ☆ ★




 1年前はまだその行方どころか存在すら判然としていなかった女神が聖域へ帰還し、海皇や冥王との聖戦に勝利したのは───そして更なる女神と若き青銅聖闘士たちの活躍の末に神々との交渉によって死した聖闘士たちが生命を取り戻したのは、1ヶ月も前の話ではない。

 半年程前に聖域で反逆者として死を迎えたサガとアフロディーテ、シュラとデスマスク、そして海皇を欺き海闘士として女神と敵対した後に冥王との聖戦では双子座の黄金聖闘士として戦い散ったカノンは、何故か女神アテナが城戸沙織として暮らす、日本の城戸邸に蘇った。
聖闘士としての能力を剥奪された状態で、2度と聖域へ足を踏み入れることも赦されず。

 それが復活の条件だったのだ。
いや、聖闘士として死んだが故に、改めて人としての生を女神から与えられたと言うべきか。

 それならば何も知らぬ赤子として新たな生を与えてくれれば、とサガやシュラには思えた。
しかし彼らの胸の内もお見通しの女神は柔らかくだが決然と「それが、あなた方への罰でもあるのですよ」と告げる。
戦士としての能力を剥奪され、かつて害した人々へ謝罪する事もできないまま、己の為した罪を忘れずに何の力も持たぬ人として生きてゆけ、と。

 こうして、彼らは罪人として女神の治める聖域から追放されたのだ。

 しかしそれは表向きの話で、聖闘士でなくなった彼らは未だに女神から庇護されている。

 なにしろ幼少時からこの年齢になるまで聖域や海底神殿という俗世間から隔絶された場所で人に知られず生きて来た彼らには戸籍も学歴もなく、それなりの知識や技術はあっても就学や就職の手段どころか生活の拠点すらなかった。
故に女神アテナはグラード財団で彼らの身元を保証して新たに戸籍を作り、それぞれ今後生活していくのに必要な知識や資格を取得するまでという有って無いような期限付きで、聖域の反逆者たちに城戸邸で衣食住を提供している。

 その事を申し訳なく感じて辞退を申し出るサガに、女神ではなく城戸沙織の顔で少女は憤りを見せた。

「まだ学生として通じる年齢でもあるのに、社会で生きて行く術を何も持たないあなた方を放り出す程、私は薄情でも無責任でもないつもりです」

 20代前半のシュラたちはともかく、30路に手がかかる双子はいくらなんでもそれは、と反論しかけたけれど城戸邸の若き女主人にしてグラード財団の総帥たる少女は華やかに微笑んでみせる。

「それにあなた方はとても有能です。そんな人材を放置しておくなんて、もったいないじゃありませんか」

 正体を偽っていたとは言え、聖域と海界をわずか15歳で掌握しただけでなく、13年もの間破綻なく運営し続けたサガとカノンの施政者としての手腕は間違いなく本物だった。
サガを補佐してきたシュラやデスマスク、アフロディーテたちも10歳になるかならないかという年齢から様々な働きをしていたという。

 さすがに言葉や資格の習得や習慣の違いに慣れるには時間はかかるだろうからすぐに日本で働けるとは思ってはいないものの、グラード財団総帥の目には即戦力として映っているのだろう。

「どうしても無償が心苦しいなら、月々の諸費用は記録しておきますので、収入を得られるようになった時に返済してください」

 そう締めくくった少女は、5人の大人たちを新たな扶養家族として受け入れると決定してしまったのだ。

 それは同じく女神の庇護の元で城戸邸に暮らす10人の青銅聖闘士たちも同様で、元黄金聖闘士たちが日本での生活に早く馴染めるよう縁のある者が色々と気を配ってくれている。
聖闘士ではなくなった事をあっさりと受け入れ、新しい生活に乗り気のデスマスクとアフロディーテは積極的に彼らと関わり、最近では買物や遊びに連れ立って行く程度に親しくなっていた。

 当初は彼らと直接対決した紫龍や瞬、そして警戒心むき出しの邪武などは距離を置いていたのだが、妙に人懐っこい大人達と今では普通に会話している。
まあ、真っ先に園丁として城戸邸での仕事を始めたアフロディーテが地味な力仕事を黙々とこなしている姿に絆され、続いて気まぐれに腕を振るうようになったデスマスクの料理が食べ盛りの少年たちの胃袋を鷲掴みにした、とも言えるのだが。

 逆に、この状況を中々受け入れられず、悩みまくったのがシュラとサガの2人だ。

 それぞれの趣味や特技を生かして新しい生活にとけ込んでいけた2人とは違い、シュラにはこれというやりたい事もできそうな事も思い至らず、途方に暮れているようだった。

 そこで紫龍やデスマスクらから彼の為人を聞いた一輝が剣道の心得のある辰巳を介し、シュラを近くの剣術道場へ放り込んだのである。
とりあえずそこで免状でも貰って、お嬢さんのボディガードとして食い扶持が稼げるようになれ、と告げて。

 剣術に興味のある留学生という触込みで道場に通ううち、元々鍛錬を繰り返す事で己の心を定めて行く性質でもあったシュラは己に課した枷の範囲で出来る事を自ら模索しだすようになっていた。
口実でしかなかったボディガードに必要そうな資格やスキルを調べ、自動車運転免許やらプログラミングやらを本格的に学びだしたのである。

 そして己の罪悪感から女神からの温情を受ける資格無しと思い詰めていたサガは、意外にも弟のカノンに説き伏せられ、共に財団を手伝いだした一輝の補佐をすることとなった。

 その時、まずカノンに問われたのが「お前、オレがずっと背後に張り付いて謝罪し続けたら、嬉しいか?」だった。
当然「なんの嫌がらせだ、それは?」と嫌そうに眉を顰めたサガへ、カノンは嘲笑を持って切り返す。

「今、まさにお前が女神や青銅聖闘士たちにしているのが、そういう事だといい加減理解しろ。誰だって顔を合わせる度に謝罪しかされなかったら、逆に気分を害する。お前は自分の罪悪感にばかり捕われて、贖罪の道を示している女神や彼らを悩ませていると知れ!」

 カノンの指摘通り、女神たちが楽し気にお茶をしている席で事ある毎に謝罪とこの温情の取り消しを求めるサガを取りなそうとして場の雰囲気が沈む、ということが度々起こっていた。
近頃、似たようなシチュエーションのホラーゲームを偶々プレイしていた少年たちは必死で笑いを堪えているようだったが。

 そんな面倒な状況にあっても女神はぜったいに彼を見放さないし、お茶の時間に呼ばないということもしない。
サガの手を離してはいけない、彼から目を離してはいけない、と最初に自害された時に痛感したようだ。

「いいか、サガ。お前のやってることは贖罪でも謝罪でもなく、ただの自己満足だ。女神はお前の死後、どうやって聖域を運営していいものか度々困られたそうだぞ。これまで聖域を取り仕切っていた偽教皇とその一派が全て死んでしまって、何がどうなっているのか聞きたくとも誰にも聞けなかったのだからな」

 女神としての記憶と丹念に綴られた記録を頼りに、何を誰に頼むべきか、どの祭祀をいつどのように行うべきかを少しづつ学んでいかれたのだ、とカノンは語る。
どうやら聖戦の最中、ミロが去ってサガたちが運ばれて来るまでの間、どれだけ大変な思いをしたのか愚痴られていたようだ。
これまでの言葉が刺々しいのは、同じ顔だからと、鬱憤晴らしに使われた怒りもあるのだろう。

「だが、幸運にもオレたちは女神のご慈悲により蘇り、こうして償いの機会を与えられた。ならば今度こそ、私心は捨てて女神と彼らの為に働こうという気にはならんのか、お前は?」

 そう問われ、咄嗟に答えられなかったサガは、卑怯にも問い返していた。

「……そういう、お前こそ、だ。カノン、お前が今後どうするつもりでいる、という話は聞いた事がないぞ」

「オレは既に、女神に伝えて了承も得ている。残るは、お前だけだ」

 即答するカノンの声に宿る迷いのなさは、アフロディーテよりも先に自らの処し方を決めていたように感じられた。

 この弟が一体、どんな償いをするというのか。
サガはそう考えたが、聖戦でサガに代わって双児宮を守り、双子座の聖衣を纏って冥界で青銅聖闘士たちを助けていたのはカノンだ。
女神や聖域に対する贖罪は既に済んでいる、とも言える。
少なくとも、何もせず嘆き謝罪するだけのサガよりは。

 そう思い至ったサガは、焦りを露わにした。

「……既に、決めているだと? 私に、相談もなしに?」

「オレの罪はオレ自身が背負い、購う。例え双子の兄と言えど、他人に押しつける程、腐ってはおらん」

 まあ相談などしたところで、お前には聞く余裕などなかっただろうが、と指摘されてもぐうの音も出ない。

 そして黙り込んでしまったサガの様子に、呆れているのか仕方がないとでも考えているのか、それとも決意を新たにするためか、深く息を吐くとまっすぐにサガを見据えてカノンは言った。

「これは提案なのだが。サガよ、お前自身がすべき事に思い至るまでで良い。オレを手伝ってくれないか、兄さん」

 そう請われ、サガは驚きのあまり呆然と弟を見返すしかできない。
なにしろカノンこそかつてサガに悪を囁き、その野望へと駆り立てた根源───と、ずっと思い込んでいたのだから。

 あのカノンが、と動揺しながら、不意に、今更ながら気付く。
カノンにあのような言動を取らせていたのはサガ自身だったのかもしれない、と。

 当時、カノンの存在を知るのは全く同じ容姿をした双子の兄、サガだけ。
その兄が自分に何かあったらお前が双子座の黄金聖闘士として戦え、とまるでスペアとして生かされているのだ、ともとれる心ない言葉を幾度となく言い放っていたのだ。
思春期の少年であったカノンの自尊心はきっと酷く傷ついただろうし、反抗期とも相まって敢えて兄がしそうにない振る舞いや物言いをせざるをえない時期でもあったのだろう。

 それにもし本当にあの頃のカノンが何か悪さをして誰かに見られていたとしたら、それは存在を知られていないカノンではなくサガの仕業にされていた筈だ。
けれど、聖域でのサガの評判はずっと品行方正な聖人じみたもののままである。
アテナと青銅聖闘士が聖域へ乗り込み、自らその所業を暴露するまでは。

 第一、誰にも存在を知られていないカノンが得られる聖域───それも教皇や女神に関する知識や情報の出所はサガしかなかった。
当時の兄の言葉の端々から教皇シオンへの不満だったり、次期教皇に選ばれたアイオロスへの嫉妬や頼りない姿で降誕した女神への失望を感じとっていたからこそ、カノンは他に味方がいないであろうサガに賛同するつもりで教皇や女神の弑逆を口にしたのだとしたら。

 ずっと不器用ながらも弟なりに兄を思っていたのだとしたら、なのにそれを理解しない兄から詰られ続けていたのだとしたら───。

 そんな考えに捉われて返事もできず、瞠目して見返すだけのサガに焦れたようにカノンが問う。

「どうなのだ、サガ? オレの言葉など、今更聞く価値もないか?」

 物言いは不遜だが、探るようなカノンの瞳には不安が見えた。

 思い返せば、自分たちはきちんと向き合って互いの気持ちを話し合った事がないように思う。
双子故に姿形はもちろんのこと、犯した罪まで似通っているせいか、互いの事など分かりきっているつもりになっていたのではないか。

 そんなこと、ありはしないのに。

 サガはカノンがずっと何を思ってきたのか知らないし、カノンにもサガの考えは予想はできてもすっかり理解はできないというのに。

「……カノン、お前は、何をするつもりでいる?」

 私の返答はその内容次第だ、と絞り出した声で伝えれば、人の悪い下卑た笑みが返った。
こういう笑い方は全く似ていないのだな、とサガは眉をひそめながらも心の内で苦笑する。

 そんな兄の心中など気にしてもいないのか、カノンが話し出したのは自分自身の事ではなかった。

「アテナが城戸沙織として財団の仕事をしているのはお前も知っているな? 直接聞いたわけではないが、一輝も彼女のサポートをする為に財団の仕事を始めるらしい。だからオレはアイツの秘書とはいかんだろうが、なにか手伝いをするつもりだ」

「一輝の?」

「ああ。今、オレがこうして居られるのは、一輝のおかげだからな……」

 そう告げたカノンはかつて海龍の海闘士として鳳凰座の聖闘士と対峙してからの事をサガに語って聞かせた。
一輝の言葉によってアテナの温情に気付き、海皇から身を挺して女神を守った事。
そしてサガの代わりに聖闘士として聖戦を戦った時にも、一輝に助けられた事を。

 それだけでもカノンが一輝に恩義を覚えるには十分だとサガは感じたが、弟の話はまだ続くようだった。

「こうして蘇ってからアイツと話をして、気付いた事もある……」

 冥界での戦いの最中、一輝は突如としてカノンの目の前から姿を消した。
それは冥王に呼び寄せられたからで、一輝はその場で過去にあった冥王との因縁を知らされたという。

「まだ2歳になったばかりで聖闘士ですらない一輝が、たった1人の弟を守る為に冥王に立ち向かったと聞いてな。その頃にオレ達は何をしていたのかと考えて、酷く恥ずかしくなった……」

 苦々しく語るカノンの言葉に、サガも左手で顔を覆う。

 弟の瞬が生まれたのは一輝も2歳になったばかりで、ちょうどアテナが聖域に降臨してサガがカノンをスニオン岬の岩牢に幽閉した時期と重なる。

 己の力を過信して神へ刃を向けたサガと、兄に見捨てられて自棄気味に神を誑かしたカノン。
2人が自身こそ地上を支配するのだと高笑いを上げていた裏で、幼い一輝が弟を守る為に冥王を退けていたのだ。

 それは一時的に冥王の侵略から世界を救い、後に聖戦が決着する布石ともなった偉大な勝利である。
幼い一輝は冥王とその手先となった少女しか知らなくとも、間違いなく英雄だ。
だからこそ冥王は、あの聖戦でも一輝にだけ敬意を示していたのだろう。

 それに引き換え、と我が身を省みれば後悔と羞恥がサガの心を苛むばかりである。
完全に項垂れてしまい、なんとか泣くのは堪えている有様だ。
当時の2人は今の一輝と同い年だと気づいてしまえば、若気の至りとも言い難い。

「……私たちは、何という事をしてしまったんだ……」

「あと、これは完全にオレの推測なんだがな……」

 いたたまれなさに嘆くサガへの追い討ちを承知でカノンは持論を展開する。

「スニオン岬でオレが溺れそうになるとアテナの小宇宙により救われていたのだが、あのお力は本来なら冥王から瞬と一輝を守る為に使われる筈だったのではないか、と気付いたのだ」

「……そ、それは……」

「シオン様はアテナの意思を汲んでおられるようだったし、オレたちの事が無ければお前かアイオロスが冥王からあの2人を守る為に派遣されていたかもしれん。あとな、アイオロスがアテナを託したのが、よりにもよってアイツらの父親だったというのも因縁めいたものを感じる……」

「……そう、かもしれんな……」

 神の作為すら疑わせる出来事ではあるが、結局は全てサガが発端でもある。

 それどころか、アテナを保護した城戸光政が大勢の聖闘士候補生を送り込んできた事で、孫として育てられている城戸沙織がアテナではないかと気付いた偽教皇時代のサガは派遣された聖闘士候補生達がいずれ城戸沙織に反旗を翻すよう工作までしている。
その一環で一輝の師に彼の父親が何者なのかを伝え、彼を反逆させたのはサガなのだ。

 だからこそ、サガの所業に悉く影響を受けたのが一輝で、尻拭いをしたのも一輝というカノンの言説はサガ自身もその通りだとしか返せない。

「オレ自身がアイツに救われた恩があるし、オレたちのしでかした事がアイツの運命を捻じ曲げてしまったようなものだ。それになにより、アイツは誰にも守られてこなかった」

 わずか2歳で一輝は守られるのではなく守る立場に、戦う者にならざるを得なかった、とカノンは続ける。

「この国では親を亡くした子供は2歳まで乳児院に預けられて里親を探し、それ以降は児童保護施設で18歳まで養育されるそうなんだが、2歳の一輝は幾度となく生まれたばかりの瞬と引き離されそうになったらしくてな……」

 まず2歳だった一輝は児童保護施設へ、生まれたばかりの瞬は乳児院へ、と別々に預けられそうになったのだろう。
次に大人しくて可愛らしい見た目の瞬には里親希望者が幾度となく現れた筈だ。

 アイツらを守る筈の制度や助けようとする人の善意で引き離されそうになった、というのが皮肉だな、とカノンは独言た。
確かに、とサガも内心で呟く。

 きっと本来なら、自分たちもまた彼らを守るべき者であったのだ。
それなのに、という思いが一輝への安易な同情を言葉にするのを制する。

「アイツは冥王との遭遇を忘れさせられていたようだが、その時に感じた弟を奪われる事の恐怖は覚えていたんだろうな。それで、なにがあっても弟を手離さなかったわけだ」

 当時の幼い一輝にとって、世界は敵ばかりだったのだろう。
それでもたった1人で弟を守り続け───1度は自ら手を下そうとまでしたけれど、それも結局は弟達が成長する糧となり、最後に冥王を倒す力となったのだ。

「……やはり私は蘇るべきではなかったのではないだろうか……」

 一輝への罪悪感でサガはまた自害しかねない精神状態にあるが、今はカノンが共にいる。

「だからなんでお前はそう余計に迷惑をかける発想になるのだ!」

「しかし、カノン……」

「アイツに申し訳ないと思うなら、オレと一緒にアイツの補佐をしろ。書類の仕分けとか、手紙の翻訳はできるだろ?」

「あ、ああ。それぐらいなら……」

 サガもカノンも共に正体を偽って俗世と離れた神域に引きこもっていたせいで世俗には疎いが、人を使う事と情報収集や書類仕事は慣れている。

「一輝の仕事は財団の未開発地域への支援を統括する部門だ。世界中から集まる支援の依頼を精査して、アイツが判断しやすくするのがお前の役割な」



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