Happily Ever After

【00 and now】
[Happily Ever After]



 城戸邸の壮麗な客室の居間に揃ったのは黄金聖闘士の中で女神アテナに反逆して生命を落としたサガ、デスマスク、シュラ、アフロディーテら4人。
加えて、海皇を誑かして海龍の海将軍として世界を危機に陥れ、後に兄に代わって双子座の黄金聖闘士として聖戦を戦ったカノン。
そして鳳凰座の一輝、龍座の紫龍、アンドロメダ座の瞬ら青銅聖闘士の3人。

 大柄な大人たちが3人並んでも余裕のあるソファにサガと一輝、カノンが座り、対面にはデスマスクにシュラ、アフロディーテ。
紫龍と瞬は少し離れた場所に置かれたワゴンの横に椅子を並べて腰を下ろしている。

 まだ状況が把握できず、また面識のない人物が居て戸惑う者もいる中、一輝が口を開いた。

「それぞれで疑問もあるだろうが、まず状況説明をさせてくれ。ここは日本の東京。かつて女神アテナをアイオロスから託された城戸光政という男の邸だ」

 その言葉で、彼の背後に飾られた肖像画に描かれた威厳ある老人が何者で、一輝の表情が苦々しい理由を聖域に居た4人は悟る。
あの老人こそアイオロスがアテナを託した城戸光政であり、彼ら青銅聖闘士たちの父親である、と。

 しかしその事に言及するよりシュラはアイオロスの名に言葉を失って表情を無くし、サガやデスマスクは予想通りだったのか納得したような表情を見せた。
けれどアフロディーテは自身の気になっていた事を敢えて口にする。

「それはだいたい把握しているさ。で、そういう君こそ誰かね? あと君の隣にいる人物についても説明して貰いたいんだが?」

「オレは鳳凰座の一輝。そこにいる瞬の兄だ。そして、コイツは見ての通り、サガの双子の弟でカノンという」

「なるほど、君が噂のアンドロメダの兄か。面白い程、似ていない。だが、私は君の方が接しやすそうだ。それにカノンとやら。見た目だけはサガにそっくりだが、残念ながら中身は別人だな」

 傾国の美女のような微笑で居丈高な物言いをしながら的確な人物評をするアフロディーテに動じもせず、一輝は再度まずこっちの話を聞いてからにしてくれ、と釘を刺す。

「この邸は今はアテナ───城戸沙織の物で、オレを含め10人の青銅聖闘士が暮らしている。後で他の兄弟たちを紹介する事になるから、互いの紹介はそこでしてくれ」

「分かった。話の腰を折ってすまなかったね。続けてくれたまえ」

 自分たちの前に置かれたティーカップの中身が白湯であった事に文句をつけようとしていたデスマスクを視線で留め、アフロディーテは一輝に話を始めるよう促す。
どうやら自分の疑問を解消するついでに、他の者を牽制してくれたのだろう。

 気が回るのか自己中心的なのか判断しかねるアフロディーテの言動だが、一輝も気にせず説明に戻る。

「……まあ、あんたたちも察しは悪くないだろうから、おおまかには理解はしてるだろう。端的に言えば聖戦が終結し、神の恩恵で死した戦士はただの人として蘇ったって事だ」

 蘇った彼らにはもはや聖闘士としての力はなく、反逆者であるこの場にいる5人は聖域へ戻る事はできない。
そう告げれば絶望の表情に変わる者と、納得した顔つきとなる者に分かれた。

「今頃は聖域でもアテナが他の蘇った聖闘士たちに事の次第を話して聞かせているはずだ」

「で、聖域に出禁になったオレたち集めて、何しようって?」

 文句をつけるつもりだった白湯を飲み干し、人の悪い笑顔でデスマスクは問う。
が、自分より大柄なだけの人間に多少凄まれた所で怯む一輝ではなく、むしろ女神からの無茶振りの愚痴を吐き出した。

「それはアテナに聞いてくれ。オレはお嬢さんと会うに当たって、あんたたちの身形を整えておけと丸投げされてな……」

 何しろ神々の恩恵によって蘇ったのは彼らの魂と肉体だけで、衣類にまでは神の慈悲は及ばなかった。

 聖域の教皇宮で聖闘士たちの蘇りを待っていたら神々しい光が満ちた後に全裸の元聖闘士達が続々と姿を現したのは中々の衝撃映像であったし、結構なパニック状態でもあった。
とにかく立ち会っていた女神や女性聖闘士、それと未成年には見せてはいけない、と自分たちも未成年なのに年長者達が右往左往したのである。
その苦労の割に、女性たちが全く恥じらっていなかったのもアレなのだが。

「日本ではあんたたちに合うサイズの衣類の調達が難しくてな。今は間に合わせで浴衣を羽織って貰ってる。明日にでも百貨店の外商に取り寄せを頼むから、その用紙にサイズと贔屓のブランドがあれば記入しておけ、とのことだ」

 そう一輝が言った所で紫龍が用紙と筆記具を渡して周り、瞬は白湯を飲み切ったそれぞれのティーカップに温かい麦茶を注いでいく。

 蘇ったばかりの彼らの肉体は長期間の絶食状態に近く、飢餓感を強く覚えているのに飲食をしても内臓が受け付けない。
まずは刺激の少ない飲食物で慣らしてから、という意図を最初に振る舞われた少量の白湯から察した彼らはおとなしく従ったのだ。

 先程デスマスクが文句をつけようとしたのは、わざと因縁をつけてより自分たちに有利に情報を引き出そうという交渉術だったのだろう。
一輝には通じない、と見たアフロディーテが割って入ったのも同様。

「なあ、聖域にあったオレらの私物はどうなってる?」

「ああ、あんたたち3人の私物はまとめてそれぞれの客室に運んである。後で片付けておいてくれ」

 3人が自分の宮などに残していた私物はまとめて倉庫に一時保管されていたので、そのままこちらに移してあった。
もし彼らが蘇らなければ、喪が明けた頃に聖域の財産として聖闘士たちに分けられたり、売り払われて資産化されていただろう。

 だが聖域に13年もの間居ない事になっていたサガと最初から存在を隠していたカノンには私物などなく、生活に必要な物を1から揃えなくてはならない。
それを面倒な、と思う一方で欲しい物を伝えれば向こうから持ってくる外商なるシステムにはブルジョアめ、と悪態を吐きたくなるのを一輝は堪えた。

 父親だというあの男が遺した物を兄弟たちを守る為に使うと決めたのは彼自身である。
こういったことにも慣れなくてはいけない。

「他に何か必要な物があればこの邸の使用人に頼め。あんたたちはお嬢さんの客人として扱われているから、大概のわがままは通る」

 明らかに不必要な贅沢品なんかはお嬢さんの執事が怒鳴り込んで来るだろうから程々にな、との言葉に嬉々としてペンを走らせていた1人の手が止まる。
どうやら期待通りの事をやるつもりでいたのだろう。
同じソファに座る者がそれを論って、もう1人が2人を宥める。

 そんな普通の友人同士のようなやりとりを眺め、一輝は深く息を吐く。

「……まったく、賑やかどころかかなり騒がしくなりそうだな……」

 こうして、蘇った元黄金聖闘士の反逆組と聖戦を戦い抜いた青銅聖闘士たちとの奇妙な生活が始まった。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2020/08/17〜2020/08/18 
UP DATE:2020/08/27 
RE UP DATE:
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