見上げてごらん夜の星を

【2 出発】
[見上げてごらん夜の星を]



「ま、それはともかくとしてぇ。任務の話、しましょ」

 先程までの騒ぎをすっかり無き物としたサクラは話をすすめていく。

 だが、彼女の足元にはナルトが長い手足を無防備に放り出し、大地に突っ伏してぴくりとも動かない。

 頭には、見事な一撃の名残があった。

 久しぶりに見下ろす仲間の姿を見つめるサスケも無言だ。

 こういう時のサクラに逆らうべきではないと、経験上、知っているからだろう。

「ちょっと、ナルトいつまで寝てるのよ」

 そう言って自分で昏倒させた相手を医療忍術で無理やり覚醒させる。

 彼女は確実に、名だたる忍たちから鬼とあだ名される非情な5代目火影・綱手姫の後継者だ。

「……はっ、花畑がっ……あれ?」

 覚醒したナルトが発した一言に、サスケは戦慄する。

 彼岸の世界を見、帰ってきたナルトの生命力に。

 そして、ナルトを沈めたサクラの一撃に。
 
「もうっ。2人とも、ちゃんっと聞いてよね」

「あ、ああっ」

「わわ、わかってるってばよっ」

 過剰にうなずくサスケとナルトの脳裏に、かつてカカシが2人を発奮させる為に冗談のように言った一言が蘇っていた。

───火影に一番近いのはサクラかなァ……

 あの言葉は、もしかしたら本気だったのかもしれない。

 改めて師の偉大さを実感している2人の心のうちも知らず、サクラは任務内容の確認を続ける。

「火の国の北部の山村からの依頼よ」

 このメンツでの任務は、昔からサクラが参謀的な役割を任せてきた。

 サスケもナルトも戦闘能力や局面毎の判断力は優れているものの、やはり全体的に物事を計る力は彼女に敵わない。

「近隣の村や街道で若い女性や子供が攫われてて、家族からは捜索。街道沿いの村からは救出と、犯人の確保」

「ようするに、攫った奴らをやっつければいいんだよなっ?」

「そ。どんな人たちが犯人かは分かってないけどね」

 読み上げる任務依頼書には判明しているだけで、という注釈つきで結構な不明者の人数と内訳が記されている。

 半分近くは年頃の女性だったが、幼ければ男女を問わずに攫われているようだ。
 
 そして子供がいなくなった家へなんらかの要求がされることもないという。

「この人数で身代金の請求もないのなら」

「人身売買か人体実験、ってところだな」

 結論を出したサスケの言葉に、3人は揃って不敵な笑みを浮かべる。

 自らの欲望の為に、他人を利用する行為は彼らが最も忌み嫌い、軽蔑するところだ。

「なら、遠慮はいらねえってばよ」

「そういうことね」



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 里を発ち、依頼のあった地域に近付いたところで、3人は足を止めた。

 正確には、サクラの指示で。

 今回は依頼人に接触せず、人々を攫う者たちを突き止めて捕縛───それが無理なら殲滅するという任務だ。

「じゃ、ナルト。変化して」

「へ? なんでだってばよ、サクラちゃん」

「バカね。アンタじゃあ若い女性にも、子供にも見えないからよ」

 ビシリと決め付けられて、ナルトもサクラの意図を察する。

「囮ぃ? オレがぁっ?」

「そ。アンタ追跡とか隠行とか苦手じゃない? だったら、逆に向こうに見つけて貰って、ついでにアジトまで案内してもらうのが一番でしょ? あ、もちろん女の子よ。13、4歳くらいの」

 サクラの判断は実に妥当といえる。

 指示したのは一番多く被害にあっている年代だった。

 それに、ナルトには無尽蔵とも言えるチャクラがある。

 長時間の変化だって、そうそう負担になることもない。

 納得したナルトは早速、印を組み、チャクラを練る。

《変化》

 ボフンと上がった白煙にかき消された姿が現れると、もう立派に成長したナルトではない。

「どーぅお~♡ だってばよ~」

 シナをつくるのは、サクラの指定どおりの少女だ。

 もちろん、明るい山吹色の裾の短い着物をちゃんと着ている。

 ツインテールに括った長い金の髪と大きなくりっとした青い瞳はナルトの面影を残している。

 けれど細くしなやかな身体は、サスケよりも小柄だ。

「まあまあね。歳のワリに胸大きすぎな気もするけど」
 
「でも、ヒナタもこれくらいあったってばよ?」

 自分で触って確かめてみせるナルトの姿に、サクラの中でぶつりと何かが切れる音が響く。

 同期で下忍となった日向ヒナタは里の名門、日向家の娘として以上にスタイルの良さで有名だった。
 引っ込み思案な性格もあって普段はたっぷりとした服を着ているから、同期の下忍の少女たちの間で。

「ヒナタは特別っ! ってゆーか、なんで、んなこと知ってんのよっ!」

「えーっ? でも、こんくらいアピールある方が囮としてはよくない?」

「そ、そりゃそうかもしれない、ケド……。だけど、モノには限度ってものがあるでしょっ!」

 女同士の下世話な話に脱線しかけた2人を、気まずげなサスケの咳払いが制する。

「オレたちはどうする? ナルトを囮に、見張るのか?」

「それよりもお互いを見張りながら囮になるのが手っ取り早いと思うんだけど。幸い、バリエーションは揃ってるし」

 うっかりナルトのペースに乗ってしまった恥ずかしさを誤魔化すようにサクラはまくし立てる。
 
 だが、咄嗟にバリエーションの詳細を口にしてしまう者がいた。

「え? 確か、攫われてたのは若い女とぉ、子供……」

 呟いたナルトとサクラの視線がサスケに向いてしまうのは、誰にも責められないはずだ。

 なにしろサスケは13才の頃から殆ど伸びていない。

 あの当時なら普通でも、18才という今の年齢に見合った背丈ではないだろう。

 だが、そうは言ってもサスケの自尊心というものは傷つくわけで、ぶちんと何かが切れる音がした。

「誰が鼻水たらしたガキにしか見えないだ、ゴルァッ」

「だだだ誰もそんなこと言ってないってばよっ!」

「ちょ、ちょっと、サスケくんっ!」

 慌てて制止に入るサクラにも構わず、サスケはナルトの胸倉に掴みかかる。

 しかし、今のナルトはいつもの身長180cmを越えるナルトではなく、サスケと背丈の変わらない、少女の姿だ。

「「「あ」」」

 よって、サスケは見てしまった。

 掴んだ襟元からぽろりとこぼれかける豊満なふくらみを。

 古く、若い娘のふくらはぎを覗き見れば千年の功夫を積んだ仙人でも雲から落ちるという。

 いくら小さくても、優秀な忍者であっても、サスケは健康な18才の若造。

 例え長年組んできたスリーマンセルの仲間で、散々見慣れたナルトの変化であろうとも、相手は超絶に可愛い女の子だ。

 第一、ナルトの変化───いわゆる《お色気の術》は、数々の忍びを屠ってきた最強忍術である。

 彼らの師だったうみのイルカや特別上忍のエビスは言うまでもなく、最強の火影と言われた3代目さえ血の海に沈んだ。

 エロ仙人こと自来也は鼻血こそ噴かないものの、やはり変化したナルトにはメロメロになってなんでも言うことをきいてしまう。

 つまり、反応するなと言うほうが無理。

 とにかく体ごと目をそらし、明後日の方向を見た。

 けれど脳裏に焼きついたモノはそう簡単には消えてくれず、手にも柔らかな感触がしっかりと残っている。

 それに人間は意識して忘れようとすればするほど、強く記憶に残るものだ。
 
「イヤ~ン♡ サスケくんのエッチィ♡」

 まいっちんぐなポーズで胸元を隠すナルトだが、その仕草すら今のサスケには目の保養……いや、毒。

 若いサスケに耐え切れるものではなく、あえなく《お色気の術》の軍門に下った。

「ぼふぅっ」

 勢いよく吹き出した自身の血の池に、サスケは倒れ伏す。

 心持ち、その表情が幸せそうに見えるのは、気のせいだろうか。

 だがそんなことは、なんの慰めにもならない。

「ナ~ル~トォ~~」

 特に、憤怒の表情で拳を握り締めるサクラにとっては。

「サ、サクラちゃん、こここれってば、ふふふフカコウリョクってやつ、だってばよぉぉぉ」

 必死に言い訳するナルトだが、変化しているせいかサクラにしてみれば誠意や真剣さにかける。

「不可抗力、ねぇぇぇ」

 いつもより視線の低いナルトにしてみれば、見上げるサクラは迫力がありすぎた。
 
「あああああっ! ほ、ほら、ににに任務中だってばよ? さっさとサスケ起こして、人攫いたち罠にかけないといけないってばよぉ」

「……それもそうね」

 任務中という言葉で、サクラが冷静さを取り戻してくれたのは、2人にとって幸いだった。

 もし、そうでなければと考えると、恐ろしすぎてナルトも気を失いたいぐらいである。

 ナルトが自分の咄嗟の判断をこっそり誉めている間に、サクラはサスケの意識を強制回復にかかる。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



「……はっ、花畑がっ……ん?」

 程なくして意味不明の第一声と共にサスケが覚醒した。

「なんか任務前から疲れちゃったけど、とにかく始めましょ」

「おう」

「ああ」

 お互いに頷きあうものの、無事に任務を果たすことが出来るのか、甚だ不安な彼らであった。
 


 【続く?】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2006/03/08
UP DATE:2006/03/09(PC)
   2008/12/08(mobile)
UP DATE:2024/08/13
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