ちぇんじっ☆

【ちぇんじっ☆】



 その光景はもはや木ノ葉隠れの里では日常茶飯事。

「あいつら、まーたやってんのね」

 下忍ルーキーのくのいち3人が見下ろす大通りでは、ナルト&木ノ葉丸軍団による特訓という名のイタズラが行われていた。
 特に最近、木ノ葉丸軍団は3代目火影や男性教師陣を文字通り血祭りに上げてきた《おいろけの術》がお気に入りらしく、兄貴分と慕うナルトと共に修行と称して様々な変化のバリエーションを開発しては通りすがりの男性で威力を実証している。

 イタズラとは言え忍術を使用しているから辻斬りか無差別テロであり、処罰されても仕方のないレベルで被害者が出ているのだけれど、不思議と本人からの苦情はないらしい。
 まあ、いい歳して女性の裸を見ただけで鼻血を吹いたと申し出るのは恥ずかしいだろうし、良い眼福だったと有り難がる者もいたのである。
 
 なにしろナルトたちが《おいろけの術》で変化する女性たちはとても愛らしい顔付きでスタイルも良く、ほぼ全裸であった。
 そんな彼女たちがしなをつくり、誘惑してくるのだから男性たちにしてみればごちそうさまというところか。

 女性たちからは、やれセクハラだの、公序良俗に反するだの、男ばかりズルいだの文句は出ているけれど、里の最高権力者たる火影が黙認というか面白がっていて、まったく抑止力にならないというのが現状だ。
 良識ある教師が度々見回り、見つけ次第叱っているのだが、その彼こそイタズラ……基、修行の標的となっているのであまり効果がない。

「イルカ先生、大丈夫かなぁ」

 今日も返り討ちにされ、撃沈したイルカが道端で鼻血を流しながら悔しそうにうずくまっている。
 変化した姿を見ずにゲンコツを落とすことができれば高確率でイタズラ小僧どもを捕獲できる彼だが、最近は二手三手に分かれて仕掛けてくるようで連敗続きだ。

「色んな意味で心配よね。あの先生……」

 二十歳越えててあんなんじゃ嫁の来手もないわ、といのは呟く。
 サクラも同意し、生涯独身ってきっと孤独よね、とため息。
 
「イルカ先生の老後の面倒は、責任持ってナルトが看るべきだわ!」

 かつての恩師の将来を案ずる彼女たちの心根は、優しい。
 方向性がズレているだけで。

「それにしても、問題はナルトよ!」

 ナルトたちが変化する女性の姿は、多くの男性にとっての理想像なのだろう。
 被害に遭った者は自慢げに語るし、まだの者は期待に胸を膨らませている。
 そして、周囲の女性たちと比べるような事を言うのだ。

 それがまだ若い……特に成長過程にある少女たちにしてみれば、ツラい。

 あんなプロポーションになれるものならなりたい。
 思わず胸を押さえてしまうのは、心因的な痛みを覚えるからだ。

「もー、誰か止めさせてよー」

「アイツら、一遍痛い目見ないと懲りないわよね……」

「痛い目って……」

 不穏な言葉に、ヒナタは心配そうに問う。
 確かにイタズラはいけないことだけれど、なぜか今の言葉はただの罰とは思えなくて。

「あたしたちがなんかするわけじゃないわよ? でも、そろそろキレる人も居るでしょうね、ってこと」

「そうそう。それに、子供のイタズラだって分かってるから見逃されてるけど、あんな格好で男の人の前に出るってどういうことなのか知ったほうがいいのよ」

「そんな……」

 ナルトたちは───女の子も1人いるけれど男の子であり、まだ子供だから理解していないだけなのに。
 でも、そんなことは言い訳にしかならないし、本当の意味であの術の危険性を彼らが理解した時は手遅れということだってある。

「だったら……」

 強く自分の手を握り込んで、ヒナタは決然と顔を上げた。

「……私、言ってくる!」

「へ?」

「あー」

 逃げだしたナルトたちを追ってか、ヒナタは同期の少女たちの前から駆け去っていく。
 その普段は見せない彼女の決意にサクラは驚き呆然と、いのは何かを察した表情で見送った。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 さて、鼻血教師たちを撒いたナルト&木ノ葉丸軍団は、繁華街を外れた路地裏で周囲の様子をうかがっていた。

「さーてと、本日最後の犠牲者はだーれにすっかなー」

「最近は待ちかまえてるエロ爺とかいて、やりにくいんだコレ!」
 
 彼らの強烈なイタズラはすぐに里に広まり、遭遇するのを楽しみにしている男性もいる。
 主に自来也とか、自来也とか、自来也とか、時々エビスとか。
 しかし、そういった人間の前に望んだ姿で出て行くのはバカらしい。
 子供たちとしては、本気で叱りに来ているのに毎度毎度盛大に引っ掛かるイルカのような人間にこそ仕掛けたいのだ。

 ただ、大々的にイタズラを繰り返してきた為、標的にされそうな人々は極力1人歩きを控え、その辺をうろついている大人は何を期待しているのか妙に鼻息が荒い。

 そろそろこのイタズラも潮時か、とナルトが考え始めたところで、木ノ葉丸が袖を引いた。

「ナルト兄ちゃん! カモだコレ」

 指し示された路地を曲がってこちらに近づいてくるのは、見慣れない青年。
 真っ直ぐな黒髪を襟足で切りそろえたおかっぱ頭だが、似た髪型の熱血上忍とは正反対の線の細い美少年という見た目だ。
 ベストは着ていないが、木ノ葉隠れの忍が愛用する長袖のアンダーをまとい、片腕にオフホワイトのコートを抱えている。

 見るからに生真面目そうで清潔感漂うその人物を次の獲物と定め、子供たちは互いに頷きあった。
 
「よっしゃ、フォーメーションBでいくってばよ」

 小声でナルトが指示すれば、木ノ葉丸軍団は了承の声と共に散った。
 事前の打ち合わせにより、フォーメーションBとは挟み撃ち。
 まず、ナルトが姿を表し、相手が驚いたところで背後から木ノ葉丸軍団の3人が襲い掛かるのだ。
 全裸の美女の姿で。

 彼らの担任教師たちのようにむっつりスケベな人物なら悲鳴を上げたり、鼻血を噴いたり、気絶したりと面白いリアクションをしてくれるだろう。
 3代目火影や自来也などオープンスケベなら、デレデレと情けない顔を見せる。
 普段、偉ぶっていたり無愛想な人物が常にない表情を見せるのは楽しいものだ。

 果たして、この若い男はどんなリアクションを見せるのか。

 ワクワクしながらナルトは印を結んでいつもの全裸美女へと変化し、青年の眼前へと躍り出た。

「は~ぁい、お兄さ~ん♪ アタシと遊んで~♡」

 突然、現れた人影にもさすがは忍というべきか、青年は一瞬で迎撃の構えを見せ、次にその人物の姿を認識するやいなやナルトを抱き込み、その身を壁に押し付ける。

 いわゆる壁ドンと呼ばれる───男性(ただしイケメンに限る)にされれば世の女性は胸キュンとなる態勢で、女体化しているナルトは青年の腕に囲まれている。

「ナルト兄ちゃんっ!」

 変化するのも忘れ、ナルトを助けようと出てきた木ノ葉丸軍団の足元に亀裂が走った。
 青年を中心とした円を描くその力の痕跡は、放出されたチャクラによるものだろう。
 似たような現象をこの場にいる4人は見た覚えがある。
 日向家の者が使う《回天》だ。

 まさかと思い、青年を見上げたナルトを見下ろしているのは紛うことなく日向家にのみ受け継がれる血継限界《白眼》。

「……お、お前、日向の?」

「そんなことより、君は自分の置かれた状況を正しく理解していますか?」

 青年の左手がナルトの頬を滑り、首を撫で下ろす。
 そのまま腕を下ろせば、剥き出しの豊満な胸に触れるだろう。

「そんな姿で男の前に立つ。その危険性を君は分かっていない」
 
 だが、彼の手は肩を滑り、ゆっくりと指で腕を下りて互いの指を絡めあった。
 これもまた女性が胸をときめかせる(これもまたイケメンに限る)恋人繋ぎで。

「君のその姿に、男たちがどんな妄想をしているのか、考えたこともないでしょう?」

 いや、知らないのかな。
 そう呟いて、空いた手でナルトの顔を上向かせる。

 唇が触れ合いそうな2人の距離感に、傍観者となった木ノ葉丸軍団の子供たちは両手で赤面した顔を覆いながら、しっかりと指の間からその様子を見ていた。

「な、なにが、言いたいんだってばよ……」

「危機感のない君たちに、ちょっとした警告です」

「け、いこく?」

 なぜ、そんな事を。
 自身にまつわるなにもかもを、まるで理解していないナルトはキョトンとした顔で青年を見上げた。
 
「君のその姿は多くの男性にとって憧れであると同時に、女性たちにとっては嫉妬の対象だ。こんなイタズラを繰り返すなら、酷い目に遭えばいい、と思う人がいる」

 言われてナルトの脳裏に浮かんだのは、幼少時からずっと向けられてきた自分自身の存在を否定する、人々の冷たい目。

 一気に表情を青ざめさせるナルトに構わず、青年は言葉を続ける。

「君のその姿は一時的な変化だけれど、それすらも関係なく力ずくでモノにしようと考える男だっているかもしれない」

 内容を朧気ながらに理解したのは、木ノ葉丸軍団で唯一の女の子、モエギだけ。
 他の子供たちは、ただそれが酷い事なのだろうとしか分からなかった。

「……どういう、意味、だってば?」

「例えば、変化を固定する呪印を刻んで、君を一生その姿のままにするって言ったら、どうします?」

 想像するまでもなく覚えた恐怖に、ナルトは息を呑んだ。

 そんな事が可能なのかは知らない。
 でも、恐ろしいと感じた。

「そっ、そんな奴、ぶっ飛ばしてやるってば!」

「今、僕の手を振り払う事もできないのに?」

 空元気で発した言葉に、青年は冷たく微笑んで返す。

 言われて、気づいた。
 身動きも、変化を解くことも、できない。
 かつて中忍試験で日向ネジと対戦し、チャクラを封じられた時のように。

 そして今更ながら思い出す。
 青年が日向家の者であると。
 あの日向ネジの額に刻まれた、呪印という物を。

「これは警告です。無闇にそんな姿を人目に晒すのをやめなさい。アナタたちを叱っている先生は、アナタがイタズラをしているからではなく、アナタたちを案じているから何度でも追いかけてくるのです」

 そう言ってナルトから両手を離した青年は、腕に掛けていたコートを裸の美女に羽織らせた。
 裸にコートというのもなかなかマニアックで扇情的な姿であるけれど、一応色々と映像的に問題な部分は覆われている。

「火影になると言うなら、もっと里の全ての人が幸せになるイタズラを仕掛けてもいいんじゃないですか、ナルトくん」

 それまでの高圧的で冷淡な雰囲気を一変させ、青年は柔らかに微笑んだ。
 ネジがもっと人当たりの良かったら、きっとこの人のようであっただろう。

 そして青年の言葉も行動も全部、本気で自分たちを心配してのものだったと知れた。
 気恥ずかしくて、ナルトは肩掛けにされたコートをかきあわせ、上目遣いに青年を見上げる。

「えっと、あの……アンタってば、もしかして、さ……」

「ずっと、君を応援してます。それでは」

 一歩下がって一礼し、青年は姿を消してしまった。

 気が抜けたように、ナルトも変化を解く。
 そして、見覚えのあるコートを手に、首を傾げる。

「……誰、だったんだってば?」
 
 離れたところで青年の正体に気づいていた木ノ葉丸軍団が一斉に、ダメだコレ、と叫ぶけれどナルトには訳が分からないままだった。



【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2014/04/23
UP DATE:2014/04/26(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13
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