ボクのせいいっぱい

【ボクのせいいっぱい】



「じゃ、今日はここまで~」

 気の抜けた担当上忍の声で本日の演習は終了。
 空はすっかり暗くなり、下忍3人の腹は盛大に鳴っている。
 まあ、1日の半分近くは遅刻するカカシを待っていたのだけれど。

「サスケくん、この後どうするの? もし良かったら」

「1人で修行だ」

 がぶり寄ってくるくせに、恥ずかしげな仕草で話し掛けてくるサクラを、サスケが容赦なく一言で切って捨てるのはいつものこと。

 そして。

「サクラちゃ~ん、だったらオレと一緒に」

「あ、ナルトはちぃっと残るよーに」

 悔しげに拳を握りしめるサクラに誘いをかけるナルトへ、カカシが居残りを言い渡すのも、ここ数日続いた。

「え~っ!? まぁたオレだけかよ~っ!」

「はいはい、文句言わない。サクラ、サスケ、早く帰って休めよ。明日の演習に遅れるな」

「「「アンタがなっ!」」」

 担当上忍の注意に部下3人が声を揃えるのも、もはやお約束。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 翌日。
 珍しくあまり遅刻しなかったカカシのおかげで昼過ぎには演習が終わり、また同じやりとりが始まる。

「サスケくん、この後どうするの? もし良かったら」

「1人で修行」

 かと思われた。

「あ、サスケはちぃっと残るよーに」

 だが、カカシが今日居残りを命じたのはナルトではなく、サスケ。

 珍しいことではない。
 カカシは部下3人の長所と短所を的確に把握し、個別に指導することもある。
 ただ最近、ナルトばかりが残されていた。

「じゃ、サクラ、ナルト、早く帰って休め。明日の演習に遅れるな」

「「「アンタがなっ!」」」

 今日も担当上忍の注意に、部下3人が声を揃える。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 サクラとナルトが去った後、カカシも姿を消した。
 サスケは1人、修行の開始を待っている。

 とは言っても、血と汗と涙と青春にまみれた暑苦しい特訓ではない。

 カカシは言った。

「サスケ、お前に足りないのはコミュニケーション能力だ」
 
 ま、お前だけじゃなく、ウチの班は全員だけどねー。

 なんて、遠い目をしながらため息まじりに呟きやがった。

 確かに、サスケもサクラもナルトも、他人の話しを聞かない。

 ナルトは根本的に会話の経験が乏しく、空気も読めない。
 だか、持ち前の明るさと人当たりの良さで、誰とでも友好関係を築く才能がある。

 サクラは体面とか外面を多少は気にするし、生来の記憶力と少女特有のお喋り好きもあって表面的には問題がない。
 ただ、暴走を始めたら一番厄介な存在だろう。

 サスケは単に、他人との必要以上の交流を敬遠しているだけ。
 なのだが、傍目には最低限の交流すらできていない。

 こんな3人が揃って部下では、カカシの苦労も察して余りある。

「忍者にとって、情報は命。何気ない言葉から情報を把握する能力が、任務成功に導く」

 よって、特別メニューだ。

「1時間後、オレを探しにここへある人物が来る。お前は一緒に探しながらさりげなく目的と素性を聞き出し、できたら探索を諦めさせろ」

 ただし、会話でな。
 戦闘および、尋問は禁止。

「期限はと、そうだなあ……、日暮れまでにしとこーか」

 じゃ、頑張れ。

 それだけを告げ、カカシは文字通り、煙となって消え失せた。

 そして2時間。

 西の空が赤く染まり始めている。
 待つしかないサスケの忍耐は、限界に達していた。

「……あのっ」

「なんだっ!」

 なので、いきなり掛けられた声に相手も確認しないまま怒鳴るのも無理はない。
 褒められたことではないが。

「な、なんだってんだってば! あ、いや、あのぅ、ごめんなさい?」

「…………いや」

 今、異様に聞き覚えのある語尾で食って掛かろうとしてたのは、誰だろうか。

 なぜならサスケの目の前に立つのは、誰がどう見たって、アイツだ。

 サスケよりも少し高い背丈。
 ツインテールに結い上げた金色の長い髪。
 やたらと豊満な胸と太ももがこぼれそうなオレンジ色の短い丈の着物に、細い腰を強調する藍色の帯。
 細い足は膝上まで長足袋が覆い隠しているが、柔らかな腿はわずかに露出。
 とどめに空色の大きな瞳と、白くすべらかな両頬に刻まれた3本の痣。

 こんな女を《おいろけの術》で変化したナルト以外の誰だというのか。

 ここ最近のナルト居残りの理由はコレか、とサスケは感じた。
 
 他人の話を聞きやしない部下2人。
 しかも「君らコミュニケーション能力低い」と指摘したところで、強くなる以外にやる気を出さない男の子。

 だが、お互い張り合わせるよう仕掛ければ、話は変わる。
 ナルトはちょっとおだてて、悪戯っぽく唆してやれば喜んで乗ってくる。
 サスケだって、演習だ特訓だとごまかして始めてしまえば、結局はナルトに張り合って本気になる。

 素直な子供だ。
 単純、とも言えるが。

「あ、えぇとっ。カカシ先生じゃなくってーぇ。……カカシ、さんは?」

 バレバレな演技で、ナルトであろう女はサスケに尋ねる。

「……アンタは?」

「……ナ……、ミナト、です」

 一応、修行なのだし。

「カカシに、なんの用だ?」

 しかし、だ。

───さりげなく目的と素性を聞き出せ

 と、言われているのにサスケは真正面から問いただす。

「それは……、カカシさんに、伝えることが、あって……」

「……急ぎ、か?」

「……はい」

「今日の演習は終わってる。待機所にいなきゃ、別の任務だ」

「あ、ありがとう。探してみます」

───一緒に探しながら

 そう指示されているのに、突き放す会話。
 
 いくら頭でこれじゃダメだと言い聞かせても、長年培ってきた排他的な態度は簡単に治るものではない。

 これは任務。

 繰り返し自分に言い聞かせ、サスケは顔を上げる。
 まだ聞き出す事があるのだ。
 どこかで見ているだろうカカシに不合格を言い渡されない為にも、このまま行かせるわけにはいかない。

「おいっ」

「なっ……、なん、でしょ?」

 振り返るミナトの表情には怯えが見えた。
 潤む瞳をまともに見られないサスケは、視線を逸らしたまま言葉を続ける。

「カカシの居場所は、分からないが、2人の方が効率がいい……」

 唐突な申し出に驚き、それでも嬉しそうにミナトは笑顔を輝かせた。

「一緒に、探してくれるの?」

「……ああ」

「ありがとう! えぇっと、キミは?」

「……サスケ」

「よろしくね、サスケくん」

 並んで演習場を後にする道すがら、赤い顔をしたサスケは心の中でひたすら繰り返す。

───コイツはナルト

 と。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 それから2人で里の中心部から繁華街を見て回ったが、カカシの姿はなかった。

「見つからないね……」

 ため息まじりの呟きに、サスケは決まり悪く顔を背ける。

 当たり前だ。

───諦めさせろ

 その指示に従って、わざとカカシの居ないだろう場所を巡った。
 弱点はなかなか掴ませない上忍だが、何度か演習や食事を共にすれば多少人となりは分かる。
 甘味処や天ぷら屋、アカデミーや病院にはカカシはまず立ち寄らないとサスケは踏んだ。

 その判断を、どこからか見ていたはずのカカシがどう解釈したかはまだ分からない。

「もう、すっかり陽が暮れちゃったね」

 繁華街を外れた川岸で、ようやく諦めたのかミナトが空を見上げた。

「すまない。役に、立てなくて……」

 修行とは言え、必死にカカシを探していた彼女を騙していることに、サスケは罪悪感を覚えた。
 何度、あれはナルトだと繰り返しても、それは払拭できない。

 そんなサスケの握りしめた手に、ミナトがそっと触れた。

「ううん、ごめんね。こんなことに、付き合わせちゃって……」

 温かな感触に驚くサスケの目の端で、たわわな胸が迫っている。

「でも、ちょっとね、楽しかった」
 
 とっさに目を逸らしたサスケの肩に、寄り添ったミナトの胸が柔らかく弾んだ。

「今日は、ありがとう。サスケくん」

 これはナルトだ。

 もう、いくら思いこんでも、頬に血が上るのを抑えられない。

 夕陽は、沈んだ。
 特訓はもう、終わりのはずだ。

 残照の空は淡い朱色から紫掛かり、早足で夜に塗り替えられていく。
 星が瞬いた。
 繁華街の外れの人気のない橋の端で、2人きりだ。

「……お、オレはっ、修行があるからっ!」

 それだけを言い捨てるのが精一杯。
 握られていた手を振り払い、サスケは駆け出した。
 いや、逃げた。

 背後で、残されたミナトが両目をたわめたのも知らずに。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 翌日。

「サ~ス~ケ~くぅ~ん、昨日はおデート楽しかったぁ?」

 3時間ばかり遅刻しやがった担当上忍の第一声に、サスケは凍りつく。
 サクラはやけにギラつく目で睨んでくるし、ナルトはきょとんと首を傾げている。

「……カカシ」

 昨日、散々サスケを振り回してくれたのは、ナルトではなかった。
 
 朝一番に昨日の口止めを匂わせたら、なんのことやらさっぱりという反応。

 このウスラトンカチなドタバタ忍者が、すっとぼけるなんて真似ができるはずもない。
 カマをかければ、昨日は久々にイルカ先生と一楽でラーメンを堪能した、とムカつくくらいイイ笑顔で白状した。

 ナルトではなかった。

 では一体、誰だったのかと頭をひねるサスケにサクラが詰め寄った。

「ねえ、サスケくん。夕べ茶通り裏の橋で一緒に居たナルトっぽい女の子。あれって、誰かなぁ? かなぁ?」

 繰り返される問い掛けは、ただの残響だと思いたい。

 だが、サクラでもないと分かった。

「……アレは……」

 間違いない。

 カカシだ。

「いやぁ、まさかサスケくんがあんなヘタレくんだとはネ~」

 先生、貞操の危機くらいは覚悟してたのに。

 とんでもないことをぶっちゃける担当上忍に、部下2人はドン引き。

 だが当事者だけは、怒りに燃える真っ赤な両目をぐるぐる回し、左手をバチバチ言わせようとしていた。
 


 【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2009/06/01
UP DATE:2009/06/04(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13
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