青く深き王国

【8 深い青、暗き海の中の根源】
   ~ Deep Blue ~
[青く深き王国]



 両手にクナイを構え、サスケは霧隠れのくのいち2人からの攻撃を受け流す。

 写輪眼で相手の動きを把握し、洞窟の狭さと自身の体格を逆手にとって動いていた。
 鋭い刃風が髪の一筋を切り裂くが、サスケ自身が傷を負うようなことはない。

 だが、それは闇霎(クラオ)と高霎(タカオ)も同じだった。
 決定打どころか、かすり傷さえ負わせることもできず、サスケも苛立っていく。

 3人の動きは早く複雑で場所が狭く、投げたクナイや手裏剣の跳ね返りを考えると下手な援護は帰って味方を危険にさらすだろう。

 そして如何に才能があろうが経験値も身体能力も明らかに上手の2人を相手にしているサスケは圧倒的に不利。
 このままではいずれ押し切られるのは確実。

 この状況を悪くする可能性があるとしても、仲間を見捨てることができないのがナルトだった。
 
 けれど、全てを理解した上でサクラは必死にナルトを抑えながら、考えを巡らせている。

 くのいち2人の動き。
 洞窟の狭さ。
 サスケとナルトと自分の動き。

 瞬時に脳裏を駆け巡り、サクラは促すようにナルトを制していた腕を引いた。

「サスケェッ」

「サスケくんっ!」

 ナルトはクナイを2本投げる。
 サスケに向かって。

「足手まといがいると大変じゃな」

「まさか味方からクナイを投げられるとは」

 嘲り笑いながら、闇霎(クラオ)と高霎(タカオ)はサスケへ迫る。

 金属を弾く音が響き、2人の動きが止まった。

「……その言葉、そのまま返すぜ」

 サスケはクナイも持たずに正対し、不敵な笑みを浮かべていた。

「で、どっちが足手まといなんだ?」

 ナルトの投げたクナイはサクラが手裏剣で弾き、更にサスケが軌道を変え、2人の背に突き立っている。

「バカ、なっ」

「我らが下忍などにっ」

 流石にクナイ1本では致命傷には至らず、互いを支えあいながら水瞬身の術で逃走していく。
 サスケは追いすがろうとしたが、流石に間に合わない。

「待て。1人で追うな」
 
「くそっ」

 パックンに窘められて留まったものの、サスケは歯噛みした。

 2人が戻れば、自分たちが動いていることが知れてしまう。
 けれど過ぎたことを悔やんでいる時間はない。

「きっと私たちが後を追ってるってバレてたから、あの2人がきたのよ」

 宥めるように、立派な作戦参謀としての意見をサクラは言う。

「私たちが遅れるほど、相手に余裕を与えることになるわ」

「だったら、いっそいで追いかけるしかねえっ」

 サクラに賛同し、サスケを鼓舞するようにナルトが威勢良く行き先を指し示す。

「遅れたら、ぜってー先生たちだけで片付けられちまうってばよー」

 この非常に危うい自分たちの状況を完全に把握はしていないのだろうけれど。

 仲間の顔を交互に見やり、サスケはほんの少しだけ不思議そうな表情をみせた。

「……ああ。行こうぜ」

 だが、すぐに忍びとしての顔に戻ってサスケも行き先を睨む。

 誰が号令を発するでもなく、3人と1匹は同時に走り出した。
 狭く複雑な通路だが、まだ体の小さな子供の彼らにはさほど苦にならない。

 水遁に長けた霧隠れの忍びの泣き所だ。

 所々に残る不自然な水溜りが道しるべとなってくれる。
 もはや、迷うことはなく、一気に駆け抜けた。

 長く暗い自然の洞穴は時に水が、風が蝕み、育んできた道。
 それはやがて、ぽかりと断崖に口をあける。

「ここは?……」

 足元には深い青を湛えた水が広がり、風は塩の香りを孕んでいる。
 周囲の岩盤は白く、夜明け間近の光をまとって輝きだしていた。

「島の頂きかっ!?」

 すぐに見当のついたサスケが場所を言い当て、頭上を仰ぎ見たナルトは不思議そうに上を示す。

「あれ、フナの爺ちゃんと最初にあった場所だってば?」

 確かに断崖から頂きの湖に張り出すように建てられた白石の社だ。

 何故か、床の中心に丸く穴が開いていた。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



「で、どうするってばよ?」

「カカシはまだみてえだな」

「道は3つね」

 気が急くばかりであまり建設的な意見のでてこない2人を見限っているのか、サクラは自身の案を示す。

「このままカカシ先生と合流できるのを待つ」

「そんなん待ってらんねーってばよ」

 第1案は3人一致で却下。
 遅刻癖の酷い担当上忍を待つのは低レベル任務だけで充分だ。

「あのお社を調査」

「そんな猶予はない」

 第2案も2人は即答。
 若干1名が残念そうに破棄。

 そうなれば、取るべき道は1つだけ。

「じゃ、さっさとあのくのいち追いかけて、マナさん助けましょ」

 見上げる断崖には真っ直ぐに上へとくのいちたちが駆け上がった痕跡があった。

 馬鹿正直に追撃するのはここまで。
 途切れ途切れの細い道を辿り、社から離れた薮へと3人は駆けた。

 サクラとサスケ、ナルトはそれぞれの潜んだ場所から開けた社の前を見やる。

 そこにイルカとマナがいた。

 無事なようだが、身動きがとれないように拘束され、更に2人一緒に繋がれているらしい。

「イルカ先生ってば、何やってんだってばよっ」

 おとなしく捕まってるなんて、ぜってーらしくねえってば。

「馬鹿ナルトッ! あのままイルカ先生がなにかしたら、マナさんが怪我するでしょ」

「あ、そうか」

 サクラの指摘というか説明に、ナルトは古典的に手を打った。

「じゃあっ。どーすんだってばよっ」

「少し黙れ、ウスラトンカチ」
 
 背を向けて敵方を窺いながらサスケが制すると、ナルトはいつものように食って掛かろうとしてサクラに睨まれた。

 言いあいをしている場合ではない。

 薮の向こうには、社の前に置かれた黒い石を挟んで4人の人影がある。
 1人は商人で、他ははくのいちだ。

 幸い、他の忍びの姿はない。

 闇霎(クラオ)と高霎(タカオ)を前に、厳しい顔つきをした女の背には抜き身の長い刀剣が鈍く光る。

 かつて戦った霧隠れの鬼人を彷彿とさせるその女の佇まいに、気が引き締まる。

 もう2度と、あんな思いはしたくなかった。

 背後に気配を感じ、サスケが、ナルトとサクラがそちらへ向き直る。
 敵かとクナイを構えて見上げると、のほほんと右手を振っている上官。

「よ。早かったねー」

 パックンもご苦労様。

 全くじゃと横柄に頷く忍犬を労ってやり、口寄せを解く。

「てめえ、どこ行ってやがった」

「ん? 忘れ物取りに」

 示したのは、よりにもよって常に携帯している愛読書だった。

───そんなもの忘れてくんじゃないわよっ! しゃーんなろーっ!

 内なるサクラの雄たけびが、カカシ班全員の心にこだまする。

 明らかに頭の悪いタイトル。
 内容ももちろん猥雑。
 裏表紙には誇らしげに18禁マークが大きく入れられている。

 カカシにとっては大事な愛読書だが、子供たちにとってみれば如何わしいだけの低俗小説。
 文字通り、そんなもんでしかない。

 第一、なにかあったらどうするつもりだったのか。

 さっきの襲撃だって運良く撃退できただけで、一歩間違っていたら、今ここに3人はいなかっただろう。

 サクラとナルトがここぞとばかりにカカシに食って掛かる。

 だが、サスケだけが気づいた。
 カカシがあれだけ大事にしている本を置き忘れたりするだろうか、と。

 僅かな推測で理由に思い当たり、サスケはぼそりと呟く。

「下手な言い訳だな」

 その声はカカシに聞こえたのかどうか。

 噛み付いてくる部下2人を適当に煙に巻いて、カカシは告げる

「さて。イルカ先生とマナさん、奪還しますか」

 のんびりと猫が背伸びをするように空を仰ぎ見ながら。

「サクラはオレの後に、ナルトは右、サスケは左ね」

 カカシが指示したのは突撃隊形だった。
 
 既に額当てを上にずらしていつもは隠している写輪眼を露わにし、一瞬で印を組む。

 印は簡単だが、複雑で高度な過程を経て完成となるその術は、カカシ唯一のオリジナル『雷切』。
 右手に急速に膨大なチャクラが収束され、空気を裂く音が聞こえ出す。

 同じ術を伝授されているサスケは自分とは格段に違う術の完成度とスピード、収束されるチャクラ量に息を呑み、心の奥で舌を打つ。

───全開かよっ

 サクラもナルトも改めて担当上忍の頼もしさを認識したような目を向けていた。

「行くぞ」

「おうっ」

 サクラとサスケは無言で頷き、ナルトが力強く応じる。

 そして、ほぼ同時に地を蹴っていた。

 肉体をチャクラで活性化させて加速するカカシの勢いを借り、4人は真っ直ぐに霧隠れの一団へ突っ込んでいく。

「木ノ葉かっ!」

 カカシが練った膨大なチャクラで既に襲撃を察していた霧隠れの忍だったが、流石に突撃への対処は遅れた。

 サスケとナルトは振り返ろうとする闇霎(クラオ)と高霎(タカオ)へ立ち向かい、カカシは長刀を負ったくのいちへ打ちかかる。

 突撃のスピードは威力に加算され、受け止めきれる衝撃ではない。
 
 サスケやナルトのように重量や技量が相手に及ばない場合を除いて。

「なっ!?」

 だが、霧隠れのくのいちはカカシの『雷切』を受けたのだ。
 真っ直ぐに突き出されるカカシの右手に沿わせるように突き出した刀で、受け流したというべきか。

 もし、カカシに写輪眼がなければ、自ら刃の下へ飛び込んでいたことだろう。
 とっさに体を右へかわし、左に抜いたクナイで刃を弾く。

 くのいちたちは3人とも、突撃を受け止めてみせた。

 しかし、カカシの肩を踏み台にして背後からサクラが飛び出していく。

「サクラっ!」

 くのいちと商人を無視し、イルカたちの下へ飛んでいたサクラの身体が弾き返された。
 受身をとって立ち上がった彼女の目に、信じたくない光景が映る。

「イルカ先生っ!!」

 誰の声が一番大きかったろう。
 彼を慕う全員が同時に叫んでいた。

 サクラの身代わりにイルカが自らの血溜まりに沈んでいくのを目にして。
 そして、同じ場所からマナも血を滲ませるているのを知って。

「どういうことだ……」

「何も知らぬようだな、貴様らは」

 商人と侮っていた男が膝をつくイルカの襟首を掴み、マナの方へ放り投げた。

 体の自由が利かないのか、イルカは受身も取れずに社の扉に叩きつけられ、マナの傍らへ崩れ落ちる。

「この男の血が」

 べったりとイルカの血のついた手で、社前に置かれた黒い石へ触れる。

「この国を滅ぼした《力》の源だということを」

 くのいちたちの攻撃を受け流しながら、カカシは男の言葉を聞いた。

「そして、娘の血が全てを封じていることも」

 ぐったりとしたマナへ近付き、男は彼女の血にも手を伸ばす。

 男は2人の血に染まった手で、再び黒い石に触れた。

 僅かな血だったはずだが、男の手が触れたところからじわりじわりと血が流れ出していく。
 やがて文様の一筋一筋に血が通い、黒かった石が赤く染まった。

「ふははははっ! これで、我が父の願った世界となるぞっ!」

 狂気に近い、満足げな声で男は天を仰ぐ。

「さあ、目覚めろっ」

 男の声に応じるように、湖が閃光を放った。
 島全体が鳴動し、湖を囲む崖が崩れ始める。

 ナルトたちの足元にも亀裂が走り、湖へ張り出した社が傾いてゆく。
 
 イルカはどうにか身を起こし、マナを抱え上げて離れようとするが、とても間に合わない。

 砕けていく湖の縁や社に飲み込まれ、2人の姿は光る湖へ消える。

「イルカせんせーっ!」

 必死で駆け寄ろうとした行く手は敵に阻まれ、誰も彼らを助けることはできなかった。

 そして静寂が訪れる。

 気づけば、さっきまで朝の晴れた空が広がっていた頭上には重く暗い雲が立ち込め、急速に薄暗くなっていく。

 雷鳴に似た音が轟き、湖の中心から一筋の水流が立ち上がる。

 それは、深い青。

 暗き海の中の根源。

 強大な恐ろしい獣の姿をした《力》。

 

 【続く】
‡蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2006/03/31
UP DATE:2006/04/27(PC)
   2009/01/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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