青く深き王国
【7 暗い祈り】
~ Deep Blue ~
[青く深き王国]
カカシは3人の部下と共に集落を目指す。
途中で担ぎ上げていた捕虜が気付いたのか、動きを見せた。
村からは充分に離れたことを確認して下ろしかけた瞬間、サスケが声を上げる。
「カカシッ!」
咄嗟に肩から落とし、様子を伺ってみたが、もう遅い。
気付いてから対応したのでは、仕込み毒を呷った忍者を救うことはカカシには不可能だ。
「……しょーがない」
努めてなんでもない声を出し、カカシは自身の甘さへの憤りは飲み込んで言う。
「行きますか」
苦い気持ちで背後を気にしながら、サスケとサクラは振り向きもしないカカシに続く。
だが、ナルトだけが動かず、唇を噛み締めて徐々に死んでいく人間を見つめていた。
見ず知らずの、敵とは言え、人が死ぬ。
自身の信念の為に。
それが、どれだけこの子供の心に苦しみを与えるのか、何を重ねて見ているのかは誰にも分からない。
この場にいるサスケやサクラ、カカシにはかけてやれる言葉はなく、ただ行動を促すだけだ。
「行くぞ」
「行きましょ、ナルト」
仲間たちの声に顔を上げ、歩を踏み出したナルトは決して振り返ることはしない。
「……分かってるってば」
何を乗り越えてでもしなければならないことがある。
悲しみに立ち止まるのは、それからでいい。
分かっている部下たちを頼もしそうに見渡し、カカシは足を緩めた。
あらかじめ決めてあったイルカとの合流地点───集落の手前に立ちふさがる岬の麓まではほど近い。
周囲に比べて小高くなっていて見通しが利き、尚且つ木立があって姿を隠しやすい。
だが同時に敵方の拠点からの距離はなく、対処もしやすいが大きな動きをすれば気付かれかねない場所だった。
背後に示した手信号に、3人も移動を止めてそれぞれに身を隠し、周囲を伺える位置へついていた。
しばらく待つが、敵の哨戒の様子もなく、またイルカが姿を現しそうにない。
「やれやれ。イルカ先生の方もやっかいな事になってるみたいね」
ため息とともにカカシは印を組み、クナイで傷をつけた右手を大地へ押し付ける。
ささやかな煙から姿を現すのは、忍犬のパックン。
「パックン、イルカ先生追ってちょーだい」
「任せておけ」
パックンは頼もしく請け負うと小柄な体躯を弾ませ、ニオイを辿って走り出した。
カカシも開けた場所へ下り立ち、部下たちへ姿を見せる。
「距離取ってついといで」
そう言うと自分もパックンを追った。
ナルト、サスケ、サクラも互いにうなづき合い続く。
先行しがちなナルトをサクラが制し、2人の背後をサスケが守り。
3人が連携して進んでいることに満足しながらも、カカシは不安を拭えなかった。
イルカの情報では、既に敵が掌握した地域へ侵入している。
なのに全く敵の気配がなく、また罠も待ち伏せもない。
慎重に進み、目指す場所に近付く頃には日が傾きかけていた。
見上げた崖の中腹には、情報どおりの洞窟が見える。
敵の本拠のようだが、まったく気配が感じられなかった。
「パックン。お願ーい」
「ああ。待っとれ」
小柄な体が弾むように崖を登ってゆき、程なく洞窟の脇へと到達する。
中を伺っていたパックンが飛び込んで行くと同時に、カカシも崖を駆け上がった。
一度、入口で振り返り、麓で見上げている部下たちへ上がってくるように指示を出す。
洞窟内へ踏み込んだカカシは苦く呟く。
「後手後手だな……」
洞窟内には人の───それも違う里の忍者の部隊が、長期に渡って潜伏した形跡があった。
今は誰の姿もなく、数本のクナイとワイヤーで結ばれた燃え尽きる寸前の木ノ葉流の起爆札が1枚。
「カカシ先生、イルカ先生はどうしたんだってばよっ!」
遅れて上がってきたナルトの第一声に、カカシはただ首を横に振る。
「イルカ先生……」
「ちっ」
「そんなっ」
ナルトは当然、サスケもサクラもひどく落胆し、悔しげな様子を隠そうとはしない。
本当にイルカ先生が大好きな部下たちを複雑な思いでみていると、洞窟の奥からパックンの声がした。
「カカシ、これを見てくれ」
「どーれどれ」
屈みこみ、パックンが前足で示す岩壁をよく見れば、小さく忍文字が掘られていた。
「さっすがだねー」
イルカからのメッセージだった。
簡潔にだが状況、正確な敵の総数や内訳が記されている。
印も組めないよう拘束されているはずだが、これだけのことができるなら心配はいらない。
必要な情報を読み取り、立ち上がったカカシはにっこりと右目だけで笑った。
「安心しな。イルカ先生は無事だから」
「ホントっ!」
「ホント。っと、ゆーワケでー」
嬉しそうな部下たちの足元で背を向けている忍犬を覗き込む。
どこか不機嫌そうなのはきっと先の展開を察しているからだろう。
「パックン」
「分かっておるわ」
「頼むねー」
手を振ってやっても、もうそこにパックンの姿はない。
「さて」
パックンが戻ってからの話だけど。
前置いてカカシは続けるが、既にいつもの暢気な声ではない。
「決行は今夜」
ナルト、サスケ、サクラの表情も引き締まる。
「イルカ先生と、マナさんを救出。同時に敵も叩く。いいな」
「おうっ!」
★ ☆ ★ ☆ ★
闇に支配された地底を忍たちが進んでいく。
先頭はパックン、そのすぐ後にナルトとサクラ、殿はサスケだ。
日暮れまで休息し、その間に戻ったパックンを案内に立てて彼らはマナの救出に向かっている。
だが、隊長であるカカシの姿はない。
出発直前、急に別行動を取ると言い置いて、姿を消してしまったのだ。
言われたのは、一言。
『すーぐ追いつくから』
いつもの軽い調子で言われ、3人とも心の奥でつっこんだものだ。
いつもみたいに遅れんじゃねーぞ、と。
3人と1匹の変則フォーマンセルは匂いを辿って森を抜け、入り組んだ洞穴を進んでいた。
波か風の浸食でできたらしく、途中に空を望む縦穴があるかと思えば、地底湖や地下水脈と交差していたりする。
はぐれたり迷ったりしたら、という不安があるのか、歩みはゆっくりで慎重だった。
「止まれ」
「どーしたってばよ、パックン」
「誰かおる。近付いてきとるぞ」
言い終わるより早く、サスケとサクラは掲げていた小型の龕燈(ガンドウ)を下へ向けて明かりを殺し、体制を整える。
ナルトだけ一瞬遅れて慌てたが、それでも構えることだけはした。
「どうする? サスケくん」
サクラは極めて小さな声で訪ねる。
一時的にだが、感覚器にチャクラを収束すれば暗闇でも行動に支障はないし、小声での会話も問題はない。
だが、まだ下忍の彼らでは戦闘となるとそうもいかなかった。
術で使うチャクラと、感覚を補うためのチャクラを別々に練ることはチャクラコントロールに長けたサクラでも難しい。
ナルトやサスケにはまだ無理だろう。
感覚を増幅させたまま戦闘時の爆音や閃光にさらされれば、ダメージを受けて身動きを取れなくなることもある。
「様子を見よう。やり過ごして、敵なら後をつけるなりなんなりすればいい」
サスケの案に、サクラは迷うことなく、ナルトは渋々と頷いた。
サクラは自身でも考えたうえで、サスケくんの言うことならという判断で。
ナルトも納得したものの、なんでお前が仕切るんだってばよと、悔しそうに呟いている。
複雑な思惑の絡む子供たちのやりとりに呆れながらも、パックンが再度警告を発した。
「くるぞ」
ひたりひたりという足音がゆっくりと近付く。
ぱしゃりと立つ水音がやけに大きく響いた。
大きさや速度から野生動物でも、忍でもない。
手に明かりまで持っていた。
少し先の横穴から現れた人影に、サクラが気付く。
「……カフさん?」
松明に照らされているのは紛れもなくカフだった。
そう認識した途端、ナルトはなんの警戒もなく姿を表してしまう。
サスケやサクラが止める暇もない。
「カフ兄ちゃんっ! どーしたんだってばよ」
「……っ! ナルトくんですかっ。脅かさんでください」
急に飛び出してきたナルトに驚きはしたが、カフはすぐに気を取り直す。
「マナ様が連れてかれたって聞いて、いてもたってもおられんかったとです……」
「だからって、たった1人なんて無茶よ」
「オレも連れてってくだせえっ。島中の洞窟はあらかた歩いてますけ」
「案内なら、ちゃんといる。あんたはいても足手まといだ。村へ戻っていてくれ」
サスケの言い方は容赦がない。
冷たいようだが、カフに出来ることはないはずだ。
忍者とはいえ彼ら3人もまだ経験の浅い下忍でしかない。
カフの気持ちも分かるが、彼をフォローしながらの任務は正直、手に余る。
「マナ姉ちゃんは絶対無事に助けるって約束するってばよ。だから、カフ兄ちゃんは安心して村で待っててくれよ。な?」
根拠のないナルトの言葉だが、何故か人を信じさせる力がある。
誰よりもナルト自身が自分と仲間を信じているからこそなのだろう。
「……ナルトくんらも、必ず、一緒に帰ってきてくだせえよ」
「勿論だってばよ」
頼もしく請け負うナルトに同意するように頷くサスケとサクラ。
彼らの顔を見渡し、納得したようにカフも頷いた。
「じゃあ、オレ、村で待ってますけ」
カフが背を向けたのと動じに、ざぶりと水の寄せる音がした。
「なんだってばよ!?」
「走れ、出口へっ!」
サスケはカフの背を押し、横道を塞ぐ位置で構えた。
その間にも、どうどうと水が流れてくる音が近付いてくる。
状況が掴めずに棒立ちとなったカフだったが、サスケから漂う緊迫感に何かを悟ったのだろう。
すぐに元来た道を駆け去っていった。
「くるぞ」
パックンが横道のはじに身を寄せた。
前方から2筋の水流が渦を巻いて近付いている。
しかも、ただの水流ではなく、霧隠れの忍びが身を隠しているようだった。
寅の印を結びかけたサスケだが、洞穴の狭さと閉鎖空間での火遁は危険過ぎると判断したか、咄嗟に術を変える。
水流の勢いをカウンターに風魔手裏剣を放つ。
1つめの影に2つ目の手裏剣を潜ませる、影風車の術で。
しかし、水流は風魔手裏剣を弾き、自ら方向を変えて3人を追い詰めるように暴れだす。
サクラとナルトはパックンの隠れる横道へ追い込まれるが、サスケはなんとか水流を交わしつづけた。
それだけではない。
「伏せろ、サクラ!」
そう叫んだ口元には長く伸びた糸が噛み締められていた。
2枚の風魔手裏剣と自身の動きで洞窟一杯に張り巡らした糸を印ではさみ、サスケは不敵な笑みを浮かべる。
《火遁・龍火の術》
業火が糸を走り、瞬時に洞窟内に蔓延する。
サクラとパックンは伏せた腕の隙間から、炎と水の龍が相打つ様が見えた。
そして、水に身を潜ませていた2人のくのいちが姿を現すのも。
良く似た面立ちで長い髪を1人は波打たせ、もう1人は真っ直ぐに流したくのいち。
「霧隠れの水神3姉妹が次女、闇霎(クラオ)」
「同じく3女、高霎(タカオ)」
両の手に直刃の忍刀を構え、背中合わせに構えるその顔には残忍な笑みが浮かんでいた。
「邪魔はさせぬぞ、木ノ葉の下忍ども」
「貴様らには儀式の生贄としてやろうぞ」
けれど、木ノ葉隠れの下忍たちは少しも怯んでいない。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/12/18
UP DATE:2006/03/02(PC)
2009/01/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
~ Deep Blue ~
[青く深き王国]
カカシは3人の部下と共に集落を目指す。
途中で担ぎ上げていた捕虜が気付いたのか、動きを見せた。
村からは充分に離れたことを確認して下ろしかけた瞬間、サスケが声を上げる。
「カカシッ!」
咄嗟に肩から落とし、様子を伺ってみたが、もう遅い。
気付いてから対応したのでは、仕込み毒を呷った忍者を救うことはカカシには不可能だ。
「……しょーがない」
努めてなんでもない声を出し、カカシは自身の甘さへの憤りは飲み込んで言う。
「行きますか」
苦い気持ちで背後を気にしながら、サスケとサクラは振り向きもしないカカシに続く。
だが、ナルトだけが動かず、唇を噛み締めて徐々に死んでいく人間を見つめていた。
見ず知らずの、敵とは言え、人が死ぬ。
自身の信念の為に。
それが、どれだけこの子供の心に苦しみを与えるのか、何を重ねて見ているのかは誰にも分からない。
この場にいるサスケやサクラ、カカシにはかけてやれる言葉はなく、ただ行動を促すだけだ。
「行くぞ」
「行きましょ、ナルト」
仲間たちの声に顔を上げ、歩を踏み出したナルトは決して振り返ることはしない。
「……分かってるってば」
何を乗り越えてでもしなければならないことがある。
悲しみに立ち止まるのは、それからでいい。
分かっている部下たちを頼もしそうに見渡し、カカシは足を緩めた。
あらかじめ決めてあったイルカとの合流地点───集落の手前に立ちふさがる岬の麓まではほど近い。
周囲に比べて小高くなっていて見通しが利き、尚且つ木立があって姿を隠しやすい。
だが同時に敵方の拠点からの距離はなく、対処もしやすいが大きな動きをすれば気付かれかねない場所だった。
背後に示した手信号に、3人も移動を止めてそれぞれに身を隠し、周囲を伺える位置へついていた。
しばらく待つが、敵の哨戒の様子もなく、またイルカが姿を現しそうにない。
「やれやれ。イルカ先生の方もやっかいな事になってるみたいね」
ため息とともにカカシは印を組み、クナイで傷をつけた右手を大地へ押し付ける。
ささやかな煙から姿を現すのは、忍犬のパックン。
「パックン、イルカ先生追ってちょーだい」
「任せておけ」
パックンは頼もしく請け負うと小柄な体躯を弾ませ、ニオイを辿って走り出した。
カカシも開けた場所へ下り立ち、部下たちへ姿を見せる。
「距離取ってついといで」
そう言うと自分もパックンを追った。
ナルト、サスケ、サクラも互いにうなづき合い続く。
先行しがちなナルトをサクラが制し、2人の背後をサスケが守り。
3人が連携して進んでいることに満足しながらも、カカシは不安を拭えなかった。
イルカの情報では、既に敵が掌握した地域へ侵入している。
なのに全く敵の気配がなく、また罠も待ち伏せもない。
慎重に進み、目指す場所に近付く頃には日が傾きかけていた。
見上げた崖の中腹には、情報どおりの洞窟が見える。
敵の本拠のようだが、まったく気配が感じられなかった。
「パックン。お願ーい」
「ああ。待っとれ」
小柄な体が弾むように崖を登ってゆき、程なく洞窟の脇へと到達する。
中を伺っていたパックンが飛び込んで行くと同時に、カカシも崖を駆け上がった。
一度、入口で振り返り、麓で見上げている部下たちへ上がってくるように指示を出す。
洞窟内へ踏み込んだカカシは苦く呟く。
「後手後手だな……」
洞窟内には人の───それも違う里の忍者の部隊が、長期に渡って潜伏した形跡があった。
今は誰の姿もなく、数本のクナイとワイヤーで結ばれた燃え尽きる寸前の木ノ葉流の起爆札が1枚。
「カカシ先生、イルカ先生はどうしたんだってばよっ!」
遅れて上がってきたナルトの第一声に、カカシはただ首を横に振る。
「イルカ先生……」
「ちっ」
「そんなっ」
ナルトは当然、サスケもサクラもひどく落胆し、悔しげな様子を隠そうとはしない。
本当にイルカ先生が大好きな部下たちを複雑な思いでみていると、洞窟の奥からパックンの声がした。
「カカシ、これを見てくれ」
「どーれどれ」
屈みこみ、パックンが前足で示す岩壁をよく見れば、小さく忍文字が掘られていた。
「さっすがだねー」
イルカからのメッセージだった。
簡潔にだが状況、正確な敵の総数や内訳が記されている。
印も組めないよう拘束されているはずだが、これだけのことができるなら心配はいらない。
必要な情報を読み取り、立ち上がったカカシはにっこりと右目だけで笑った。
「安心しな。イルカ先生は無事だから」
「ホントっ!」
「ホント。っと、ゆーワケでー」
嬉しそうな部下たちの足元で背を向けている忍犬を覗き込む。
どこか不機嫌そうなのはきっと先の展開を察しているからだろう。
「パックン」
「分かっておるわ」
「頼むねー」
手を振ってやっても、もうそこにパックンの姿はない。
「さて」
パックンが戻ってからの話だけど。
前置いてカカシは続けるが、既にいつもの暢気な声ではない。
「決行は今夜」
ナルト、サスケ、サクラの表情も引き締まる。
「イルカ先生と、マナさんを救出。同時に敵も叩く。いいな」
「おうっ!」
★ ☆ ★ ☆ ★
闇に支配された地底を忍たちが進んでいく。
先頭はパックン、そのすぐ後にナルトとサクラ、殿はサスケだ。
日暮れまで休息し、その間に戻ったパックンを案内に立てて彼らはマナの救出に向かっている。
だが、隊長であるカカシの姿はない。
出発直前、急に別行動を取ると言い置いて、姿を消してしまったのだ。
言われたのは、一言。
『すーぐ追いつくから』
いつもの軽い調子で言われ、3人とも心の奥でつっこんだものだ。
いつもみたいに遅れんじゃねーぞ、と。
3人と1匹の変則フォーマンセルは匂いを辿って森を抜け、入り組んだ洞穴を進んでいた。
波か風の浸食でできたらしく、途中に空を望む縦穴があるかと思えば、地底湖や地下水脈と交差していたりする。
はぐれたり迷ったりしたら、という不安があるのか、歩みはゆっくりで慎重だった。
「止まれ」
「どーしたってばよ、パックン」
「誰かおる。近付いてきとるぞ」
言い終わるより早く、サスケとサクラは掲げていた小型の龕燈(ガンドウ)を下へ向けて明かりを殺し、体制を整える。
ナルトだけ一瞬遅れて慌てたが、それでも構えることだけはした。
「どうする? サスケくん」
サクラは極めて小さな声で訪ねる。
一時的にだが、感覚器にチャクラを収束すれば暗闇でも行動に支障はないし、小声での会話も問題はない。
だが、まだ下忍の彼らでは戦闘となるとそうもいかなかった。
術で使うチャクラと、感覚を補うためのチャクラを別々に練ることはチャクラコントロールに長けたサクラでも難しい。
ナルトやサスケにはまだ無理だろう。
感覚を増幅させたまま戦闘時の爆音や閃光にさらされれば、ダメージを受けて身動きを取れなくなることもある。
「様子を見よう。やり過ごして、敵なら後をつけるなりなんなりすればいい」
サスケの案に、サクラは迷うことなく、ナルトは渋々と頷いた。
サクラは自身でも考えたうえで、サスケくんの言うことならという判断で。
ナルトも納得したものの、なんでお前が仕切るんだってばよと、悔しそうに呟いている。
複雑な思惑の絡む子供たちのやりとりに呆れながらも、パックンが再度警告を発した。
「くるぞ」
ひたりひたりという足音がゆっくりと近付く。
ぱしゃりと立つ水音がやけに大きく響いた。
大きさや速度から野生動物でも、忍でもない。
手に明かりまで持っていた。
少し先の横穴から現れた人影に、サクラが気付く。
「……カフさん?」
松明に照らされているのは紛れもなくカフだった。
そう認識した途端、ナルトはなんの警戒もなく姿を表してしまう。
サスケやサクラが止める暇もない。
「カフ兄ちゃんっ! どーしたんだってばよ」
「……っ! ナルトくんですかっ。脅かさんでください」
急に飛び出してきたナルトに驚きはしたが、カフはすぐに気を取り直す。
「マナ様が連れてかれたって聞いて、いてもたってもおられんかったとです……」
「だからって、たった1人なんて無茶よ」
「オレも連れてってくだせえっ。島中の洞窟はあらかた歩いてますけ」
「案内なら、ちゃんといる。あんたはいても足手まといだ。村へ戻っていてくれ」
サスケの言い方は容赦がない。
冷たいようだが、カフに出来ることはないはずだ。
忍者とはいえ彼ら3人もまだ経験の浅い下忍でしかない。
カフの気持ちも分かるが、彼をフォローしながらの任務は正直、手に余る。
「マナ姉ちゃんは絶対無事に助けるって約束するってばよ。だから、カフ兄ちゃんは安心して村で待っててくれよ。な?」
根拠のないナルトの言葉だが、何故か人を信じさせる力がある。
誰よりもナルト自身が自分と仲間を信じているからこそなのだろう。
「……ナルトくんらも、必ず、一緒に帰ってきてくだせえよ」
「勿論だってばよ」
頼もしく請け負うナルトに同意するように頷くサスケとサクラ。
彼らの顔を見渡し、納得したようにカフも頷いた。
「じゃあ、オレ、村で待ってますけ」
カフが背を向けたのと動じに、ざぶりと水の寄せる音がした。
「なんだってばよ!?」
「走れ、出口へっ!」
サスケはカフの背を押し、横道を塞ぐ位置で構えた。
その間にも、どうどうと水が流れてくる音が近付いてくる。
状況が掴めずに棒立ちとなったカフだったが、サスケから漂う緊迫感に何かを悟ったのだろう。
すぐに元来た道を駆け去っていった。
「くるぞ」
パックンが横道のはじに身を寄せた。
前方から2筋の水流が渦を巻いて近付いている。
しかも、ただの水流ではなく、霧隠れの忍びが身を隠しているようだった。
寅の印を結びかけたサスケだが、洞穴の狭さと閉鎖空間での火遁は危険過ぎると判断したか、咄嗟に術を変える。
水流の勢いをカウンターに風魔手裏剣を放つ。
1つめの影に2つ目の手裏剣を潜ませる、影風車の術で。
しかし、水流は風魔手裏剣を弾き、自ら方向を変えて3人を追い詰めるように暴れだす。
サクラとナルトはパックンの隠れる横道へ追い込まれるが、サスケはなんとか水流を交わしつづけた。
それだけではない。
「伏せろ、サクラ!」
そう叫んだ口元には長く伸びた糸が噛み締められていた。
2枚の風魔手裏剣と自身の動きで洞窟一杯に張り巡らした糸を印ではさみ、サスケは不敵な笑みを浮かべる。
《火遁・龍火の術》
業火が糸を走り、瞬時に洞窟内に蔓延する。
サクラとパックンは伏せた腕の隙間から、炎と水の龍が相打つ様が見えた。
そして、水に身を潜ませていた2人のくのいちが姿を現すのも。
良く似た面立ちで長い髪を1人は波打たせ、もう1人は真っ直ぐに流したくのいち。
「霧隠れの水神3姉妹が次女、闇霎(クラオ)」
「同じく3女、高霎(タカオ)」
両の手に直刃の忍刀を構え、背中合わせに構えるその顔には残忍な笑みが浮かんでいた。
「邪魔はさせぬぞ、木ノ葉の下忍ども」
「貴様らには儀式の生贄としてやろうぞ」
けれど、木ノ葉隠れの下忍たちは少しも怯んでいない。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/12/18
UP DATE:2006/03/02(PC)
2009/01/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09