青く深き王国
【6 王国の鍵】
~ Deep Blue ~
[青く深き王国]
洞窟に数人の忍と商人を残し、霧隠れの忍たちは出て行った。
その姿を離れた岩場から確認しつつ、イルカは歯噛みする。
カカシヘの連絡は遅過ぎたかもしれない。
ヘタをすれば、襲撃に備えて策を練り始めた処へ敵が襲ってくる可能性がある。
イルカは思考を巡らせ、この場で取るべき行動を瞬時に選択した。
───手薄な拠点を潰して、動揺を誘うか……
敵忍の移動速度からこの場所の異変を察知できるぎりぎりの距離までの時間を計っていく。
チャクラをできる限り押さえ、洞窟に残る者の気配を探る。
残っているのは中忍レベルが3人、忍ではない者が1人。
特に警戒した様子もなく、取り留めのない話をしているのが聞こえた。
周囲に気を配りながら装備を確認し、イルカは自身の動きを組み立てていく。
───まず、大きな術がいるな……
基本忍術を中心に多くの術を習得しているとはいえ、後々を考えれば使えるチャクラ量は限られた。
ワイヤーとクナイ、そして起爆札を組み合わせれば、洞窟の一部を破壊できるだけの威力を持たせられる。
それだけの爆発ならば、村へ向かっている敵の一団がこちらの異変を察知して戻るか隊を分けるかするだろう。
その威力で3人の忍びをばらし、隙をついて商人を確保しておけば情報もとれる。
──後は複数の襲撃だと思わせつつ、時間を稼いで……
戦力を削るだけで、殲滅させる必要はない。
無傷で、敵が戻る前に撤退し、情報源となる捕虜を連れてカカシやナルトらと合流できれば上出来だ。
考えを組み立て、計り続けた時機が迫る。
───……よし!
迷いなく飛び出したイルカは、用意した仕掛を洞窟の入口へ投げた。
同時に印を組み、微妙に姿を変えた影分身を2体作り出す。
まず影分身に忍を撹乱させ、その間に自身は商人を確保する。
岩盤の隙間に突き立ったクナイに結ばれた起爆札が燃え尽きるのを横目に、イルカは洞窟へ飛び込んでいく。
対処に動き出した忍には構わず、何が起こっているのかも分からぬ商人をめざした。
豊かさがにじみ出た肉の厚い肩を掴んで引き倒し、背後からの爆風に備えて防御術の印を組みかけたイルカは、違和感に気付く。
「……どうした?」
そう問うて来るのはイルカが引き倒した男で、表情は見えないが声には明らかに嘲りがあった。
更に、燃え尽きたはずの起爆札が全く発破しない。
咄嗟に男からは離れるものの、状況はイルカにとって不利なものでしかなかった。
「……くっ!」
さっきまでと忍達の気配が全く違っている。
中忍レベルではなく上忍、つまり──。
「木ノ葉の中忍が我ら霧隠れの水神(ミナカミ)3姉妹を2度も欺こうとはの……」
変化を解いて現れたのは罔象(ミズハ)、闇霎(クラオ)、高霎(タカオ)のくのいち3姉妹だった。
「そなたが『うみの』の者じゃな?」
言葉と一緒につきつけられた直刀に怯むことなく、イルカは相手を見据える。
「だとしたら?」
「帰すわけにゆかぬ」
咽喉元に押し当てられた刃は紙一重のところで止まっているだけ。
否認すれば躊躇なく踏み込んでくるだろう。
「仕方ないな……」
イルカは両手を上げ、抵抗する意思のないことを示す。
霧隠れの罔象(ミズハ)が改めて訊ねた。
「そなた、名は?」
「木ノ葉隠れの、うみのイルカ。うみの家の生き残りだ」
素直に答える。
万が一の時は、この事実だけが命綱になる。
そう見越して、カカシからこの役目を請け負った。
予想通り、くのいちたちは従順な態度に満足げに微笑んで頷く。
背後で立ち上がった男に向かって、だ。
「いや、あなたが飛び込んできた時は驚きましたよ。あの男かと思ったぐらいでした」
弁の立つ男は奇妙なほどはっきりとした声を出す。
促されて振り返えったイルカは初めてまともに男の顔を見た。
肌の色や顔つきを見る限り、この島の出身者のように思える。
でっぷりとした身体つきのせいか、確かな年齢は分かりにくい。
元は黒かったろう薄い頭髪が灰色がかっているのから、多分40代後半ぐらいだとしか。
「ようこそ、お戻りくださいました。祖王ウミに連なる方。歓迎致しましょう」
深き海へ沈んだ王国への鍵、として。
★ ☆ ★ ☆ ★
ナルトとサスケはカカシを案内し、頂きへと続く崖を登っていった。
チャクラを足に集めての跳躍と吸着を繰り返し、あっという間に駆け上がっていく。
頂きを見渡すと、神殿の前でサクラが跪いているのが見える。
サスケが登っていくのを見たフナは途中で追い越してしまったのか、姿はない。
「サクラちゃーん」
すっかりチャクラ吸着での崖のぼりを体得してしまったナルトは疲れた様子も見せずにサクラの元へ駆け寄っていく。
サスケはそんなナルトの背を睨むような強い目で見ていた。
総合的には最もバランスのいいサスケだが、スタミナやチャクラ量ではナルトに敵わず、知識やチャクラコントロールではサクラに劣る。
それが高みを目指す少年の劣等感を刺激して、面白くないのだろう。
だが、その気持ちをうまく導いてやればきっといい忍びになれる。
そう考えるカカシは、黙って彼らを見ていた。
ナルトの声に顔を上げたサクラは、その後に続くサスケといるはずのないカカシの姿を見つけて表情を変える。
最初は煩げに、次に嬉しげに、最後に不思議そうに。
「先生、どうして」
「や。助っ人だーよ」
親しげに片手を上げて微笑むカカシだったが、どうにも胡散臭げだ。
とっくにその人となりを知っているというか、割り切って付き合っている部下たちは突っ込もうともしない。
「で? どうなの?」
「昨日までに聞いた話とか参考に、色々言葉を当てはめてみたんですがまだこれだけしか……」
差し出した紙にカカシは目を細める。
そこには今朝からの彼女の奮闘振りが如実に表れていた。
同じ文字の数から文章の形を探り出し、そこへいくつかの単語を当てはめていって、意味の合うようにしている。
「なるほどねえ……」
興味深げにサクラ渾身の解読表を眺めていたカカシが、ふいに顔を上げた。
登ってきた側とは別の崖から、1匹の犬が駆けてくる。
3人にも見覚えのある、カカシの忍犬だ。
「ご苦労さん」
駆け寄ってきっちりとお坐りする犬を撫で、カカシは額当てへ忍ばされていた伝書を抜いて目を通す。
「それ、イルカ先生からだろっ!」
真っ先にナルトが知りたがり、サクラとサスケも興味を向けるように表情を変えた。
「ダイジョーウブ。心配ないーよ」
だが内容は少しも語らず、カカシは伝書を始末する。
もう一度、忍犬へご苦労さんと声をかけて術を解き、戻した。
「さて、と。サクラ、ここでやることはもうないね?」
「え? ええ」
「そ。じゃ、さっさと村に戻ろうかー」
サクラは解読表と筆記具をバッグへしまい、3人の待つ崖へと走った。
「お待たせ」
「じゃ、帰りますか」
そうカカシが応え、4人は揃って一歩踏み出そうとした時だった。
なにげなく戻る場所である村をかすめた目が、それを捉える。
村を突如として起こった高波が襲っている。
だが空は晴れ渡り、海も静かに凪いでいた。
自然のものではなく、忍術だろう。
「マナ姉ちゃんがっ!」
「ちぃっ!」
ナルトとサスケの姿が殆ど同時に消えていた。
カカシの声はその姿を追って崖を落ちていく。
だが、届きはしない。
「待てっ、ナルト! サスケ!」
「カカシ先生っ!」
引きとめはしたものの、カカシも襲撃を放っておくことも部下を見捨てることもできない。
サクラに促されるまでもなく、崖へと身を躍らせた。
「サクラ、アイツら追うよ!」
「はいっ」
殆ど自由落下のように下り、麓近くで崖を蹴って森へと入った。
そのまま枝を飛んで村へと向かう。
ナルトとサスケのルートは、所々に残る2人の痕跡で分かった。
焦ってでもいるのか、サスケは時々チャクラコントロールを乱して樹皮を踏み抜いている。
「なんかあった?」
自分にしっかりついてくるサクラを頼もしく思いながらカカシが問うと、サクラは唇を噛み締めて悔しげに答えた。
「ううん。でも、サスケくんと私が、イルカ先生にマナさんの警護を頼まれたのに……」
「……そか」
サクラの表情とサスケの行動、そのどちらもカカシには酷く羨ましいと思えた。
2人は慕うイルカから任されたことを果たせない───彼からの信頼を裏切ることに、悔しさを感じているのだろう。
───まったく、イルカ先生にゃ敵わないなー
暢気な言葉が浮かびながらも、カカシは足を速めていく。
サクラもそれについて行った。
そのまま進むと、サスケとナルトの足跡が分かれている。
「先生っ!」
サクラの手招くまま、カカシはどちらとも違うルートを辿った。
ナルトはまっすぐに、サスケは少し回りこんで海から、村へ向かっている。
サクラは高台を目指していた。
まだ村の全容を把握していないカカシのためでもあるし、全体を見渡せれば彼女なりの対処が可能だと踏んでいるのだろう。
向かっている丘は襲撃者の退路でもある。
到着が少し遅れても、ここで挽回できるかもしれない。
「オレの後に!」
そうカカシが指示すれば、すぐにサクラは下がる。
遠く届いていた戦闘音は収まりつつある。
このまま彼女が先行して敵忍と接しては危険だと、自分でも分かっているのだろう。
戦闘だけをとれば、サクラは実戦経験と一撃の殺傷力が足りない。
しかし敵はそんなことは考慮してくれず、逆についてくるのだ。
カカシとしてはカワイイ部下で、将来性のある下忍をあたら死なせるわけにはいかない。
「出るぞ」
熱帯性の森を抜け、急に明るい岩場へ出た2人の足元には壊滅しかけた村があった。
水遁によって崩壊し、押し流された家屋や船。
そのガレキの傍らで人々は一塊になり、怯えながらも何かを見送っている。
「遅かったか……」
聞こえていた戦闘音は警戒に残っていた霧隠れの忍びがナルトやサスケとやりあっているものだったのだ。
中忍とみえる3人の忍を相手に、それなりに奮闘している。
だが数的不利には変わりなく、経験の不足が2人を追い詰めていた。
「サクラ、村の人たちお願い」
「分かってます」
2人は高台から瞬身の術でそれぞれの目指すところへ移動する。
サクラは村の人々と戦闘の間に、そしてカカシは2人の部下と敵忍の間に割って入った。
「なぁにやってんの、キミたち?」
緊張感をそぐ暢気な声を出しながらも、カカシが敵へ向ける目と殺気は尋常ではない。
「サスケ、ナルト」
名を呼ばれた部下も一瞬身をすくめるほどだ。
「左右は任せる」
拍子抜けするほど穏やかに言われ、2人とも顔を見合わせてから大きく頷く。
「お、おうっ!」
「……ふんっ」
そこからは、瞬きする間もなかった。
多重影分身で撹乱するナルトの群れから飛び出したサスケが1人を獅子連弾で倒し、その間にナルトも敵を海へ吹き飛ばす。
そしてカカシの姿が僅かに揺らいだかに見えた時にはもう、最後の1人が当て落とされている。
「サスケくんっ! ナルトっ!」
サクラは仲間たちの無事を確認する為か駆け寄ってくる。
背後で村人たちも安堵したように息を吐いた。
「2人とも、無茶しないでよっ」
無謀をたしなめるのは部下に任せ、カカシは村人から情報を得ることにした。
「一体、何が?」
「あ、あいつら、マナ様を連れていったんだ」
「マナさんを?」
見渡せば確かにマナの姿はない。
けれど外の者はみな無事だ。
きっと村人の無事を交換条件に、マナが自分から従ったのだろう。
「くそっ!」
サクラとサスケは顔色を変える。
マナが心配だった。
それに、彼女を守ることが彼らの任務だった。
「ま。あいつらもマナさんにゃ手荒なことはできないだろう」
その気持ちを分かった上で、カカシは現実を突きつける。
「儀式の時まではね」
「……そんな」
ざわつく人々はそのまま、今の下忍たちの心を映し出している。
「……かと言って、あいつらにみすみす儀式をさせるわけにはいかないデショ」
カカシは声音を変えず、当たり前のこととして告げた。
「イルカ先生と合流して、マナさんを助ける。いいな」
サスケはただ黙って頷き、ナルトはいつもの笑顔をみせる。
「おうっ!」
「はいっ」
サクラが微笑んで頷いたのを合図に、木ノ葉の忍びたちは気を失わせた霧隠れの忍びを連れて村を発つ。
最後まで残ったナルトは去り際、村人たちへ振り返って言った。
「マナ姉ちゃんはオレがぜってぇー助けるってばよっ!」
その一言に、誰も口には出さなかったが、ナルトの言葉に誰もが希望を見ている。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/10/15
UP DATE:2005/12/01(PC)
2009/01/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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洞窟に数人の忍と商人を残し、霧隠れの忍たちは出て行った。
その姿を離れた岩場から確認しつつ、イルカは歯噛みする。
カカシヘの連絡は遅過ぎたかもしれない。
ヘタをすれば、襲撃に備えて策を練り始めた処へ敵が襲ってくる可能性がある。
イルカは思考を巡らせ、この場で取るべき行動を瞬時に選択した。
───手薄な拠点を潰して、動揺を誘うか……
敵忍の移動速度からこの場所の異変を察知できるぎりぎりの距離までの時間を計っていく。
チャクラをできる限り押さえ、洞窟に残る者の気配を探る。
残っているのは中忍レベルが3人、忍ではない者が1人。
特に警戒した様子もなく、取り留めのない話をしているのが聞こえた。
周囲に気を配りながら装備を確認し、イルカは自身の動きを組み立てていく。
───まず、大きな術がいるな……
基本忍術を中心に多くの術を習得しているとはいえ、後々を考えれば使えるチャクラ量は限られた。
ワイヤーとクナイ、そして起爆札を組み合わせれば、洞窟の一部を破壊できるだけの威力を持たせられる。
それだけの爆発ならば、村へ向かっている敵の一団がこちらの異変を察知して戻るか隊を分けるかするだろう。
その威力で3人の忍びをばらし、隙をついて商人を確保しておけば情報もとれる。
──後は複数の襲撃だと思わせつつ、時間を稼いで……
戦力を削るだけで、殲滅させる必要はない。
無傷で、敵が戻る前に撤退し、情報源となる捕虜を連れてカカシやナルトらと合流できれば上出来だ。
考えを組み立て、計り続けた時機が迫る。
───……よし!
迷いなく飛び出したイルカは、用意した仕掛を洞窟の入口へ投げた。
同時に印を組み、微妙に姿を変えた影分身を2体作り出す。
まず影分身に忍を撹乱させ、その間に自身は商人を確保する。
岩盤の隙間に突き立ったクナイに結ばれた起爆札が燃え尽きるのを横目に、イルカは洞窟へ飛び込んでいく。
対処に動き出した忍には構わず、何が起こっているのかも分からぬ商人をめざした。
豊かさがにじみ出た肉の厚い肩を掴んで引き倒し、背後からの爆風に備えて防御術の印を組みかけたイルカは、違和感に気付く。
「……どうした?」
そう問うて来るのはイルカが引き倒した男で、表情は見えないが声には明らかに嘲りがあった。
更に、燃え尽きたはずの起爆札が全く発破しない。
咄嗟に男からは離れるものの、状況はイルカにとって不利なものでしかなかった。
「……くっ!」
さっきまでと忍達の気配が全く違っている。
中忍レベルではなく上忍、つまり──。
「木ノ葉の中忍が我ら霧隠れの水神(ミナカミ)3姉妹を2度も欺こうとはの……」
変化を解いて現れたのは罔象(ミズハ)、闇霎(クラオ)、高霎(タカオ)のくのいち3姉妹だった。
「そなたが『うみの』の者じゃな?」
言葉と一緒につきつけられた直刀に怯むことなく、イルカは相手を見据える。
「だとしたら?」
「帰すわけにゆかぬ」
咽喉元に押し当てられた刃は紙一重のところで止まっているだけ。
否認すれば躊躇なく踏み込んでくるだろう。
「仕方ないな……」
イルカは両手を上げ、抵抗する意思のないことを示す。
霧隠れの罔象(ミズハ)が改めて訊ねた。
「そなた、名は?」
「木ノ葉隠れの、うみのイルカ。うみの家の生き残りだ」
素直に答える。
万が一の時は、この事実だけが命綱になる。
そう見越して、カカシからこの役目を請け負った。
予想通り、くのいちたちは従順な態度に満足げに微笑んで頷く。
背後で立ち上がった男に向かって、だ。
「いや、あなたが飛び込んできた時は驚きましたよ。あの男かと思ったぐらいでした」
弁の立つ男は奇妙なほどはっきりとした声を出す。
促されて振り返えったイルカは初めてまともに男の顔を見た。
肌の色や顔つきを見る限り、この島の出身者のように思える。
でっぷりとした身体つきのせいか、確かな年齢は分かりにくい。
元は黒かったろう薄い頭髪が灰色がかっているのから、多分40代後半ぐらいだとしか。
「ようこそ、お戻りくださいました。祖王ウミに連なる方。歓迎致しましょう」
深き海へ沈んだ王国への鍵、として。
★ ☆ ★ ☆ ★
ナルトとサスケはカカシを案内し、頂きへと続く崖を登っていった。
チャクラを足に集めての跳躍と吸着を繰り返し、あっという間に駆け上がっていく。
頂きを見渡すと、神殿の前でサクラが跪いているのが見える。
サスケが登っていくのを見たフナは途中で追い越してしまったのか、姿はない。
「サクラちゃーん」
すっかりチャクラ吸着での崖のぼりを体得してしまったナルトは疲れた様子も見せずにサクラの元へ駆け寄っていく。
サスケはそんなナルトの背を睨むような強い目で見ていた。
総合的には最もバランスのいいサスケだが、スタミナやチャクラ量ではナルトに敵わず、知識やチャクラコントロールではサクラに劣る。
それが高みを目指す少年の劣等感を刺激して、面白くないのだろう。
だが、その気持ちをうまく導いてやればきっといい忍びになれる。
そう考えるカカシは、黙って彼らを見ていた。
ナルトの声に顔を上げたサクラは、その後に続くサスケといるはずのないカカシの姿を見つけて表情を変える。
最初は煩げに、次に嬉しげに、最後に不思議そうに。
「先生、どうして」
「や。助っ人だーよ」
親しげに片手を上げて微笑むカカシだったが、どうにも胡散臭げだ。
とっくにその人となりを知っているというか、割り切って付き合っている部下たちは突っ込もうともしない。
「で? どうなの?」
「昨日までに聞いた話とか参考に、色々言葉を当てはめてみたんですがまだこれだけしか……」
差し出した紙にカカシは目を細める。
そこには今朝からの彼女の奮闘振りが如実に表れていた。
同じ文字の数から文章の形を探り出し、そこへいくつかの単語を当てはめていって、意味の合うようにしている。
「なるほどねえ……」
興味深げにサクラ渾身の解読表を眺めていたカカシが、ふいに顔を上げた。
登ってきた側とは別の崖から、1匹の犬が駆けてくる。
3人にも見覚えのある、カカシの忍犬だ。
「ご苦労さん」
駆け寄ってきっちりとお坐りする犬を撫で、カカシは額当てへ忍ばされていた伝書を抜いて目を通す。
「それ、イルカ先生からだろっ!」
真っ先にナルトが知りたがり、サクラとサスケも興味を向けるように表情を変えた。
「ダイジョーウブ。心配ないーよ」
だが内容は少しも語らず、カカシは伝書を始末する。
もう一度、忍犬へご苦労さんと声をかけて術を解き、戻した。
「さて、と。サクラ、ここでやることはもうないね?」
「え? ええ」
「そ。じゃ、さっさと村に戻ろうかー」
サクラは解読表と筆記具をバッグへしまい、3人の待つ崖へと走った。
「お待たせ」
「じゃ、帰りますか」
そうカカシが応え、4人は揃って一歩踏み出そうとした時だった。
なにげなく戻る場所である村をかすめた目が、それを捉える。
村を突如として起こった高波が襲っている。
だが空は晴れ渡り、海も静かに凪いでいた。
自然のものではなく、忍術だろう。
「マナ姉ちゃんがっ!」
「ちぃっ!」
ナルトとサスケの姿が殆ど同時に消えていた。
カカシの声はその姿を追って崖を落ちていく。
だが、届きはしない。
「待てっ、ナルト! サスケ!」
「カカシ先生っ!」
引きとめはしたものの、カカシも襲撃を放っておくことも部下を見捨てることもできない。
サクラに促されるまでもなく、崖へと身を躍らせた。
「サクラ、アイツら追うよ!」
「はいっ」
殆ど自由落下のように下り、麓近くで崖を蹴って森へと入った。
そのまま枝を飛んで村へと向かう。
ナルトとサスケのルートは、所々に残る2人の痕跡で分かった。
焦ってでもいるのか、サスケは時々チャクラコントロールを乱して樹皮を踏み抜いている。
「なんかあった?」
自分にしっかりついてくるサクラを頼もしく思いながらカカシが問うと、サクラは唇を噛み締めて悔しげに答えた。
「ううん。でも、サスケくんと私が、イルカ先生にマナさんの警護を頼まれたのに……」
「……そか」
サクラの表情とサスケの行動、そのどちらもカカシには酷く羨ましいと思えた。
2人は慕うイルカから任されたことを果たせない───彼からの信頼を裏切ることに、悔しさを感じているのだろう。
───まったく、イルカ先生にゃ敵わないなー
暢気な言葉が浮かびながらも、カカシは足を速めていく。
サクラもそれについて行った。
そのまま進むと、サスケとナルトの足跡が分かれている。
「先生っ!」
サクラの手招くまま、カカシはどちらとも違うルートを辿った。
ナルトはまっすぐに、サスケは少し回りこんで海から、村へ向かっている。
サクラは高台を目指していた。
まだ村の全容を把握していないカカシのためでもあるし、全体を見渡せれば彼女なりの対処が可能だと踏んでいるのだろう。
向かっている丘は襲撃者の退路でもある。
到着が少し遅れても、ここで挽回できるかもしれない。
「オレの後に!」
そうカカシが指示すれば、すぐにサクラは下がる。
遠く届いていた戦闘音は収まりつつある。
このまま彼女が先行して敵忍と接しては危険だと、自分でも分かっているのだろう。
戦闘だけをとれば、サクラは実戦経験と一撃の殺傷力が足りない。
しかし敵はそんなことは考慮してくれず、逆についてくるのだ。
カカシとしてはカワイイ部下で、将来性のある下忍をあたら死なせるわけにはいかない。
「出るぞ」
熱帯性の森を抜け、急に明るい岩場へ出た2人の足元には壊滅しかけた村があった。
水遁によって崩壊し、押し流された家屋や船。
そのガレキの傍らで人々は一塊になり、怯えながらも何かを見送っている。
「遅かったか……」
聞こえていた戦闘音は警戒に残っていた霧隠れの忍びがナルトやサスケとやりあっているものだったのだ。
中忍とみえる3人の忍を相手に、それなりに奮闘している。
だが数的不利には変わりなく、経験の不足が2人を追い詰めていた。
「サクラ、村の人たちお願い」
「分かってます」
2人は高台から瞬身の術でそれぞれの目指すところへ移動する。
サクラは村の人々と戦闘の間に、そしてカカシは2人の部下と敵忍の間に割って入った。
「なぁにやってんの、キミたち?」
緊張感をそぐ暢気な声を出しながらも、カカシが敵へ向ける目と殺気は尋常ではない。
「サスケ、ナルト」
名を呼ばれた部下も一瞬身をすくめるほどだ。
「左右は任せる」
拍子抜けするほど穏やかに言われ、2人とも顔を見合わせてから大きく頷く。
「お、おうっ!」
「……ふんっ」
そこからは、瞬きする間もなかった。
多重影分身で撹乱するナルトの群れから飛び出したサスケが1人を獅子連弾で倒し、その間にナルトも敵を海へ吹き飛ばす。
そしてカカシの姿が僅かに揺らいだかに見えた時にはもう、最後の1人が当て落とされている。
「サスケくんっ! ナルトっ!」
サクラは仲間たちの無事を確認する為か駆け寄ってくる。
背後で村人たちも安堵したように息を吐いた。
「2人とも、無茶しないでよっ」
無謀をたしなめるのは部下に任せ、カカシは村人から情報を得ることにした。
「一体、何が?」
「あ、あいつら、マナ様を連れていったんだ」
「マナさんを?」
見渡せば確かにマナの姿はない。
けれど外の者はみな無事だ。
きっと村人の無事を交換条件に、マナが自分から従ったのだろう。
「くそっ!」
サクラとサスケは顔色を変える。
マナが心配だった。
それに、彼女を守ることが彼らの任務だった。
「ま。あいつらもマナさんにゃ手荒なことはできないだろう」
その気持ちを分かった上で、カカシは現実を突きつける。
「儀式の時まではね」
「……そんな」
ざわつく人々はそのまま、今の下忍たちの心を映し出している。
「……かと言って、あいつらにみすみす儀式をさせるわけにはいかないデショ」
カカシは声音を変えず、当たり前のこととして告げた。
「イルカ先生と合流して、マナさんを助ける。いいな」
サスケはただ黙って頷き、ナルトはいつもの笑顔をみせる。
「おうっ!」
「はいっ」
サクラが微笑んで頷いたのを合図に、木ノ葉の忍びたちは気を失わせた霧隠れの忍びを連れて村を発つ。
最後まで残ったナルトは去り際、村人たちへ振り返って言った。
「マナ姉ちゃんはオレがぜってぇー助けるってばよっ!」
その一言に、誰も口には出さなかったが、ナルトの言葉に誰もが希望を見ている。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
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