青く深き王国

【5 太陽の影、夜の闇】
   ~ Deep Blue ~
[青く深き王国]



「イルカ先生……そんなっ! 嘘だろっ!」

 ナルトはイルカの落ちた辺りを目指し、駆け出した。

 岬より村側に近い場所からでは、森か海を大きく迂回しなければそこへ行くことはできない。
 全速力で駆けたとしても、ナルトがたどり着くまでイルカが無事でいる保証はない。

 それでも、衝動的に走り出していたナルトを止める者はなかった。

 はずだったが、がしりと肩を掴まれる。

「っ!?」

「うおっ!」

 反射的に振り払おうとしたナルトの腕を、その人はたやすく阻む。

「あっぶねえなあ」

「イッ……イルカ、先生ぇっ?」

 それはたった今、崖から海へと落ちたはずのイルカだった。
 だが全く濡れた様子もない常と変わらぬ姿に、ナルトは混乱する。

「……え? えぇっ! な、なんでっ……」

「ま、その話は後だ。一旦、退くぞ。ナルト、村まで先行して」

「……お、おうっ!」

 まだ状況を把握しきれていないのか戸惑いを隠せぬまま、それでも促されるとナルトは村への道を駆け出した。

 何かが引っかかるのだろう。

 時折、首を傾げて背後を振り返る。

「なんか、変だってばよ……」

 だが、ナルト自身、その違和感が何なのかはっきりとは分からずに、ただ首を傾げるばかりだ。

 その背に向けて、ほら急げと声を掛けてやりながら、イルカもまた背後へ視線を向ける。
 追跡者を警戒しているというより、何事かを案ずるような眼を。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 村へは大きく迂回して向かった。

 それでも高台からしばらく様子を伺うが、幸いにも追跡者はなく、留守の間に村が襲撃された気配も無い。

 安堵したように頷きあうと、ナルトとイルカは村へ入った。
 ちょうど、マナとサスケが子供たちに囲まれて漁から戻る人々を迎えに浜へと向かっていたところど、2人を出迎える。

 マナが手を振ると、昨日ですっかり懐いてしまった子供たちがイルカの元へかけてきた。

「おかえりなさい、イルカさん、ナルトくん」
 
 サスケは予定より早い2人の帰還を不思議に思ったのだろう。

 怪訝そうにイルカへ問い掛ける。

「なにかあったのか?」

「ん、まあな。サクラは?」

「まだ戻っていないが……」

 言いかけて、サスケは気付いた。

 明らかに戦闘に巻き込まれたであろう体のナルトに比べ、イルカの衣服がキレイすぎる。
 いくらドジでも、ナルトだけが敵に遭遇して戻ってくるなんてことはありえない。
 そんな状況になれば、イルカの方こそナルトを庇おうとして汚れるような気がした。

 本能的に違和感を感じたらしい子供は、イルカに近付くのをためらっている。

「アンタ……イルカ先生じゃないな?」

「ええっ!? じゃあ、誰なんだってばよっ!」

 半ば答えを見つけたサスケが冷静に問いかけ、ナルトはうろたえる。

 2人の様子に呆れた口調でイルカが額を押さえた。

「ナールトー、誰だーはないデショ?」

「その口調……」

 やっぱりな、というサスケの呟きに、漸く気付いたナルトが傍らのイルカを指して叫ぶ。

「ままままさか、カカシ先生ぇっ?」

「せーかいっ」

 その声とともにイルカの姿はドロンと白煙に包まれ、一瞬後にはナルトらの担当上官であるはたけカカシが姿を現した。

「よ」

 普段のごとく、まったく緊張感も見せずに片手を上げてみせるが、カカシの怪しげな風体にますます子供たちは遠巻きになっていく。

 カカシと、呆然と担当上忍を指差したままフリーズしたナルトの両方に呆れ、サスケは疑問とため息を吐き出した。

「どういうことだ?」

「綱手様が言ってたデショ? 援軍出すって」

 今朝こっち入って、さっきお前とイルカ先生が分断された時に入れ替わったの。

「イルカ先生は引き続き、偵察してもらってる」

 そう言ってまだ呆けているナルトの頭をぽんぽんと叩き、カカシは部下たちへ微笑んでみせる。

「ダイジョーブ。お前ら、もちっとイルカ先生信頼してあげな」

 請け負うように言われてしまえばサスケもナルトも黙るしかない。

 部下がおとなしくなったのを見計らって、カカシは遠巻きに自分を見ている子供たちへ目を向けた。
 中心で、1人の女が困ったような視線を彷徨わせている。
 
「私は木ノ葉隠れの上忍、はたけカカシです。こいつらの担当教官で、今回は助っ人として参加しますんで、よろしく」

 胡散臭い程愛想のいいカカシの言葉に、信じていいものか戸惑っているのだろう。
 マナはナルトやサスケへ視線を向けた。

「心配すんなって、マナ姉ちゃん」

 いつもの元気を取り戻したナルトがどこか嬉しそうに鼻の下を指先でする。

「カカシ先生ってば、怪しげで頼りなく見えっけど、ほんとはすっげー強いんだってばよっ!」

「実力だけは確かだ」

 ナルトと短く同意するサスケの言葉に、マナは大きく頷いてお願いしますとだけ告げた。
 お任せくださいと返すものの、部下達のフォローは素直に喜べるものでなかったカカシの表情は引きつって見える。

「さて、大体の状況は聞いてんだーけど……。サクラは?」

「フナって人が後から登っていた。向こうで落ち合ってるハズだ」

 サスケが視線で示したのは、山の頂き。
 カカシも頷き返すと、部下から人に告げた。

「そ。じゃ、まずはサクラと合流しないとね」



   ★ ☆ ★ ☆ ★


 
 その頃、イルカは集落を見下ろせる岬の中腹にいた。

 集落や海からは見えないが、そこには洞穴があり、その奥は島の中央へ続いている。

 洞穴は霧隠れの忍者たちの巣窟となっていた。
 中忍レベルの者が10数人、そして上忍レベルの者が3人、その他に商人らしき壮年の男が1人、潜んでいる。

───数が多いな……

 ナルトと意図的にはぐれた後、合流したカカシと簡単に情報の交換をして偵察に残ったイルカだが、まずいと思いだしていた。

 あの接触でこちらの戦力が数的にも経験的にも劣っていることが分かっただろう。

───陽動をかけられたら、守りきれない……

 ナルトとサスケは戦闘力は下忍のレベルを越えているが、いかんせん経験値が足りず、また直情的なところがある。

 サクラも彼らよりは冷静でまず考えるということができるのだが、やはり経験がなさすぎる。

 今回の任務は、彼らにその経験を積ませることも目的の1つ。
 だが、何よりもまず生き残れなければ貴重な経験と反省を次に活かすことも出来ないのだ。

 多分、彼らにはまだそれがわかっていない。

 イルカやカカシが教えることはできるが、こればかりは身を持って実感しないと理解できないことだ。

───今は情報を集めるだけか……

 今は、できる事をできるうちにしてしまうしかない。

 隠れていた岩場から影の如く身を躍らせ、ふもとの薮へ身を潜めた。そこに、カカシの忍犬が待機している。

「頼む」

 敵の数や陣容を忍び文字と暗号で記した通信文を首に巻かれた額当てへ忍ばせてやると、任せておけというように見つめ返して駆けさっていく。

 これで、あちらのことはカカシが手を打ってくれるだろう。
 あとは、イルカ自身の戦いになる。

 情報を集めている中で分かった。
 今、島で起こっていることに関して、イルカは当事者の1人である。
 例え、生まれる前に起きたこととは言え。

「……決着は、うみのの者がつけなきゃなんねえぞ、イルカ……」

 自身へ言い聞かせ、再び岩場を駆け上がる。

 脳裏に浮かぶのは、先程漏れ聞いた敵の会話。

『鍵は揃ったな』

『はい。水門(みなと)の娘が、男を連れ帰ったよう』

『では、今宵にでも奪いに参ろう』

『姉者、そやつ木ノ葉の中忍であろう?』
 
『なれば我ら姉妹がお相手せねば失礼じゃ』

『鍵は生きておらねばならぬ。主らでは殺してしまう。鍵の血は満月の下で流さねば意味が無いぞえ』

 上忍のくのいち3人はそう言って笑った。
 陰惨で血を好む性を隠そうともしない声で。

 傍らで、商人がごくりと大きく咽喉を鳴らしたのをきっかけに、イルカは場を離れた。

 状況を、一刻も早く伝えるために。

 何故なら、とっくに気付かれている。

 イルカはチャクラを足に集中し、崖を駆け上がった。
 身を低く、正面からの的となる面積を減らした姿勢で飛ぶように。

「……っ!」

 予想通り、飛んできたクナイや手裏剣が耳元を掠め、足元へ突き立つ。
 だがイルカは足を止めることも避けることもせず、一気に岬の突端まで上りきった。

 そこに、3人のくのいちが待ち構えている。

 3人とも黒い髪を長く伸ばし、顔つきの似た美しい女たちだった。

 手前の2人はまだ少女と言える年恰好。
 顔つきから身体つきまでよく似ていて、一目で双子だろうと思える。

 2人の違いは、片方の髪がゆるく波打っていることと、非対称に揃えた装備だ。
 
 その背後で抜き身の直刀を背負った女が、妖艶というよりは薄ら寒い微笑みを浮かべている。

「……霧隠れの忍かっ」

 3人の額当ての印を見るまでも無く、イルカはうめく。

「木ノ葉の忍じゃな」

 嬉しそうに呟く女たちを、厄介だと思った。

 里の実力者を“忍刀7人衆”と呼ぶ霧隠れは水遁系の忍術も脅威だ。
 それ以上に刀剣による技を警戒しなければならない。

 クナイを構えながら、イルカはこの事態をどう収拾すべきか考える。

「鍵を迎えにゆく前に、しばしお相手願おう」

 微笑を浮かべたまま、負った刀に手も掛けずに一歩を踏み出してくる。

 阻んだのは、双子の妹たちだった。

「お待ちを、姉者」

「我らにお任せくださりませ」

 2人はそれぞれ、膝のあたりから2本の小刀を抜き払って構える。

 姉はしばらく考えるような沈黙の後、殺すな、と呟き引き下がった。

「分かっております。行くぞ、高霎(タカオ)」

「闇霎(クラオ)、加減せぬと殺してしまうぞ」

 少女期特有のあどけない笑顔で2人は言葉を交わし、イルカへ襲い掛かる。

 くのいちならではの柔らかい身体と息の合う双子という利点を活かし、縦横無尽に4つの刃が乱れ飛んだ。

 できるかぎり紙一重でかわし、時にクナイで受け流しながら、イルカは精神を集中していく。

 攻撃にだけ気をとられてはいけない。

 剣戟の隙をつくように忍術でとどめを差しに来るのは、霧隠れの常套戦術だ。

「このっ!」

「おのれっ」

 倒すどころか確実なダメージさえも与えられず、まだ歳若いくのいちが焦って大振りに繰り出す攻撃をイルカは待っていた。

 2人の動きを隠すように立ち、限界までひきつけておいて、瞬身で避ける。

「なっ!」

「うあっ」

 激突する2人に目もくれず、少し離れた場所へ下り立ったイルカは周囲を伺った。

 もう1人、彼女らの姉の目はくらませることはできていない。

 イルカが女の居場所を察知したのと、声が掛かったのは同時。

「流石、木ノ葉。だが……」

「くっ」

「わらわの相手には、ならぬのう」

 首筋に当てられた冷たい感触に振り返るどころか、もはや身動きすら取ることはできない。

「霧隠れの罔象(ミズハ)の手に掛かること、名誉と思え」
 
 なんの感慨もなく、引かれた刀がイルカの首に沈んでいった。

 と、同時に爆煙が上がる。

「姉者っ!」

「罔象(ミズハ)様っ」

 突然の爆発に妹たちだけでなく、洞穴で待機していた部下達までもが駆け寄ってきた。

 咄嗟に瞬身で避難したお陰で無事だったが、もうイルカの位置は掴めない。

「……仕込み影分身か。やってくれる……」

 口元を歪め、霧隠れのくのいちは部下へ言い放つ。

「これより鍵を貰い受けに参ろうぞ」



 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/10/14
UP DATE:2005/11/10(PC)
   2009/01/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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