青く深き王国

【4 伝説に潜む闇】
   ~ Deep Blue ~
[青く深き王国]



 フナの話は古い伝説に始まり、そして60年前へ移っていった。

「礁の国の王は大国の一方的な併合の要求や近隣の国からの干渉、それに国内で分裂する意見に悩んでおられました。大国に組すれば別国の敵となり、足手まといとなれば切り捨てられる。近隣の国と争えば、その争いに果ては無い。そして内政は常に2つの意見に分かれ、争う……」

「な、なんか……難しーい話、だってばよー」

 早くも脱落したナルトへ、隣りのサクラから『黙って聞いてろ』という意思を込めたチョップが飛ぶ。

 いつもなら、一緒になってドベだのウスラトンカチだの絡んでくるサスケが無言なのは、こちらもついていけていないからだろう。
 地に伏したナルト同様、話が終わるまでは黙っているつもりで居るのかもしれない。
 
「そんな王へ、この山に眠る《力》を持てば、もはや大国や近隣諸国を恐れることはないと進言するものがあった。そうすれば、内政もうまくゆくと言ったのじゃろう。王は、その《力》を求められた」

 すっかり闇色に塗り替えられた空に昇った月のお陰か、周囲はほの明るい。

「もちろん、王の周囲には反対もあった。しかし王は考えを改めることなく、《力》を解き放たれた」

 だがこの明るさが、フナの語る言葉を不気味に感じさせた。

「《力》は山を崩して島を割り、国を沈めてしまった。王は、王を唆した者とともに《力》に飲まれ、行方が知れぬ」

 ぼんやりとした明るさが、深く皺の刻まれた老人の顔を得体の知れないものに見せていく。

「島の殆どが沈んでも、生き残った者はいた。そして、王に最後まで進言しつづけた若者と娘が《力》を封じ、ワシらは生き延びたのじゃ」

 フナは一度空を仰ぎ、マナ、そしてイルカへ視線を戻した。

「それが、あなたの祖父母にあたる方です」

 イルカは深く息を吐く。

 知らなかったとは言え、確かにこの島では自分は英雄の孫なのだ。
 その座りの悪い、居心地の悪さがなんとも表現しづらい。
 
 もしかしたら、初代火影の孫でもある綱手様もこんな思いをしたのかとまで考える。
 だが、そんな発想ができる自分を気楽だとも思えた。

「それで、近頃の動きの方も、教えていただけますか」

 忍びの顔を崩さぬよう、イルカは先を促す。
 フナも辛い過去よりは気が楽なのだろう、表情も和らぎだしている。

「山の向こうにも、大きな集落がありましてな……」

 フナはイルカたちが登って来た方とは別の海岸を指し示す。

「その集落を、アウムという者がまとめておるのですが」

「アウムは他国の商人なのです。島で取れる真珠やサンゴを大陸で取引して、大きな富を得ていると聞いています」

 マナの補足をとっくに脱落して空を眺めだした2名のために、サクラがきっちりと記憶した。

「近頃、その集落から変な連中が姿を見せるようになりましてなあ」

 丁度、とフナはイルカの額を示す。

「そんな額当てや、印をつけた仮面をしとるんです」

 イルカやサクラはもちろん、サスケとナルトもその言葉にフナの顔を見返した。

「その印の形は、分かりますか?」

 イルカの問いかけに、しばし考え込んだフナが足元の砂に書き付けたものは、霧隠れのマークに似ていた。

「……コレ、見たことあるってばよ」

 イルカに至っては当然だが、経験は浅いナルトたちでも、この印はよく知っている。
 忘れようにも忘れらない、最初の辛い任務で見たものだ。

「そいつらがな、ここへ来て、碑文を写して行きおったらしい……」

 フナの視線は文様の刻まれた丸い石に向けられている。

「碑文? これが、文字なんですか」

 イルカの言葉に、サクラは立ち上がって岩に刻まれた文様を指で辿ってみた。
 しかし、これまで蓄えた知識にある古代文字のどれとも似ていない。

「……こんなの、見たことない……」

 文字である以上、時間をかければ法則性を見出して読むこともできるかもしれない。
 けれど、時間を費やす余裕はなさそうだ。

「何が書かれているか、分かりますか?」

「いや。この言葉は60年前に失われました。読み方を知っていたのが、うみのの方でしたし」

「私たちは、まだそちらの方がご存知ではないかと思っていたのです」
 
 だが木ノ葉隠れへ渡ったうみのの者は十数年前に失われ、残っているイルカは礁の国のことは何も知らなかった。
 もちろん文献や書付など遺されてはいない。

「……木ノ葉隠れでも10数年前に似たようなことがありまして……。その時に私以外は……」

 そのことを告げるイルカの背後で、ナルトが顔をそむけた理由はサスケにもサクラにも思い当たることはない。

 ただ、ナルトもあの時に家族を失ったのだろうと、推測するぐらいだ。

「1つだけ、ワシらに伝えられていることがあります」

 そう言ってフナが口にしたのは、1節の詩。



───1つ区切りの満月に獣は再び解き放たれる
 その時、我らは再びこの地に帰ろう
 誓いと血により、青き王国を取り戻さん───



 何を意味するのか、掴みにくい言葉だ。

 今度こそ《力》を御して元の栄光を取り戻すのか、それとも完全な破滅へと導くのか。

 1区切りというのが、島では60年を示すのだとフナは言う。

「そしてワシらはまた、うみのと水門(みなと)の方が救ってくださると、ずっと信じておりました」



   ★ ☆ ★ ☆ ★


 
 フナを迎えに来たカフと共に、暗い中、慣れない山道を降りた。
 険しいところはカフがフナを、イルカがマナを背負っていく。

 そのまま、ナルトたちは彼らの家へやっかいになることになった。
 木組みに大きな葉を編みこんだだけという簡素な造りだったが、フナの家は集落の中でも特に広い。

 3つの棟に分かれていて1つにカフとフナの親子が暮らし、もう1つにマナが住んでいる。
 サクラだけはマナのところで寝起きし、普段は子供たちの学校のように使われている棟をイルカとナルト、サスケが使うこととなった。

 夕食に並んだ食材はどれも見たことの無い形と味をしている。

 流石に、魚を果物で煮たものはサクラやサスケの口には合わなかった。
 だが、その他はまずまずの味だ。

 皆、昼の間に集落の人々が島へ戻ってきたうみのの家の者へと届けてくれた物だという。
 イルカは複雑な表情になったが、誰も何も言わなかった。

 その後、早々に床につくカフやフナを他所に、木ノ葉の忍び達は明日からの事を話し合う。

「……あの詩が何を意味し、何が起こるのかは分からない。だが、満月まではあと3日だ」

 大きく開いた窓から空を仰ぎ見て、イルカは月齢を読む。

 先程、峰の頂きで覚えた文様を書き写しながら、サクラが呟く。

「それまでに、もう少し情報が欲しいんですけど……」

「そうだな。明日はオレとナルトでもう1つの集落を見てこよう。サクラとサスケはマナさんの警護と、情報収集を頼む」

「はい」

「おうっ!」

 普段の担当上忍へのとは段違いのいいお返事をするサクラとナルト。
 サスケは悩んだ末に自分の考えを口にする。

「……マナさんはオレたちでいいとして、先生は大丈夫なのか?」

 詩には『誓いと血により』とあった。それが何を示すのかは分からないが、水門(みなと)に連なるマナは勿論、うみのの血を引くイルカも狙われる可能性がある。

 相手も忍びかもしれないし、どれほどの者が何人いるのかすら分からない。
 イルカとナルト2人きりで、というのは軽率に思えるのだろう。

「……オレはお前に信頼されてねえんだなあ」

「そういう、ワケじゃない……」

 サスケが何を心配しているのか分かって、イルカはそう答えた。

「オレは、お前らの上官なんだぞ」
 
 こんな木ノ葉から離れた地で、お前らだけ残しちまうようなヘマはしないさ。

「それに、ナルトもいるしな」

「おうっ! 任せとけってばよっ!」

 頼もしく請け負うナルトへ、サスケはざっくりと言い捨てる。

「だから心配なんだよ、ドベ」

「むきーっ! なんで、オレが一緒だと、心配なんだってばーっ!」

「そうやって、かっかしてつっぱしるから、足手まといにしかならねえって言ってんだよ。このウスラトンカチ」

「なんだとっ! もっぺん言ってみろっ!」

「お前らっ! もうこの島の人たちは寝てんだ。それに、任務中にケンカしてる場合か?」

 いつもより声を押さえたイルカの怒声に、2人揃って身を竦める。

「さ、もう寝るぞ。サクラ、夜の間はマナさんのことは任せる。だが、何かあったらすぐに呼べ」

「分かりました。それじゃ先生、サスケくん、おやすみなさい」

 1人だけ挨拶してもらえなかったナルトが身もだえしてる間にサスケとイルカは寝床を整えた。

「ナルトー、明かり消すぞー」

「わ、待っててばよー」

 慌ててナルトが寝床に潜り込むのを確認してから、イルカは明かりを吹き消す。
 
 自分は月明かりを頼りに寝床へ入り、そして横になって一息ついた。
 やがて聞こえ出す子供たちの寝息に、久々に揺れない寝床でゆっくり休んでおけよと呟き、寝返りをうつ。

 だが、イルカの耳にはさっきのサスケの言葉が残っていた。

───足手まといにしかならねえ

 そうかもしれない、という思いはイルカにもある。

 ナルトは張り切り過ぎて、空回りをしやすい。
 多分、偵察は一番苦手なタイプだ。

 下手をすれば、2人きりで数倍の敵に囲まれることも考えられる。
 実際そうなったら、それがナルトでなくサスケやサクラでも、自分は子供たちを庇うだろう。

 自分が傷つけば、任務を放棄せざるを得ない状況になる。
 それでも、彼らを生きて帰す方が隊長としての重要な使命だと思う。

 失敗も、それが次の任務にいかされるなら、無駄ではないのだ。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 礁の国の朝は夜明けと同時に始まる。

 男たちは船を出して魚を捕り、女たちは家事に立ち働く。
 子供たちも大人を手伝える子は親について行き、そうでない子は小さい子供の面倒を見た。

 人間の生活の原点、そういった暮らしがここにはあった。

 そんな人々の喧騒で目を覚まし、仕度を整えた木ノ葉隠れの4人は3手に分かれる。

 イルカとナルトはもう1つの集落へ向かい、サクラは峰へ、サスケはマナの警護に残った。

 とは言っても、まだ大人の手伝いに出られない子供に読み書きや計算を教えているマナの側にいなければならない。
 必然的にサスケもその子供たちに混じってというか、塗れてしまっていた。

 何分、島の子供たちは他国の人間───それも忍者に会う機会などない。

 無邪気で返答に困る問いかけをしてきて、サスケを困らせた。
 うっかり睨んでしまった子供に泣かれ、泣きたいのはこっちだと心の中で叫んでも、誰にも届きはしない。

 その頃、サクラは峰の頂きで1人楽しく古代文字という名の暗号解読に勤しんでいた。
 昨日はマナやフナに合わせて普通の道を登ったが、今日は1人ということあってチャクラを使って一気に崖を登ってこれた。

 それはそれで疲れはしたが、サクラの表情は生き生きと輝いている。
 これは任務だと自分に言い聞かせるのだが、解きがいのある難解な文字列に不気味な含み笑いが止まらない。
 
 そしてナルトは案の定イルカ先生からガミガミやられながら、もう1つの集落へ向かっているところだった。

「岬のほうから偵察したほうがいいな。いくぞ、ナルト」

「おうっ」

 砕いたサンゴの撒かれた白い小道を外れ、2つの集落の中間辺りの岬へ彼らは向かった。

 突端から海越しに集落の方向を見れば、まるで様子が違っている。

 海を掘り返し、大きな船が入れるように整備された湾。
 その周辺には石造りの堅牢な建物がいくつか。

 なぜか人影はない。
 だが、何隻か停泊している船の一つがイルカの記憶と重なった。

「……まずいな、軍船が出てきている」

「イルカ先生、軍船ってなんだってばよ?」

「おめえ……」

 イルカがうめくような情けない声をだしたのも無理は無い。

 アカデミー時代、ナルトを教えていたのは他ならぬ自分なのだ。
 まったく身についていないのは勿論本人のせいでもあるが、ナルトばかりを責められない。

 現担当上忍やスリーマンセルの仲間たちに心で詫び、イルカはおさらいにはいった。

「戦闘に耐えうるよう、船体を鉄板などで補強した船のことだ。教えたはずだぞ。うん、教えたはずだ」

「そ、そうだったってばよ~」
 
「……忘れたんじゃなくって、覚えてなかったんだろうが……ったく」

 誤魔化すように笑うナルトに、もはやため息もでない。
 それでもむりやり頭を切り替え、イルカは次の手を考えた。

「一旦、離れるぞ」

「おうってばよ」

 森の小道へ戻りながらイルカは言う。

「あの軍船は多分、水の国のものだ。つまり、霧隠れの忍びがきている可能性がある。オレたちだけでは手が足りない」

「じゃー、どーすんだってばよ」

「こーするのさ」

 集落近くの開けた場所で、イルカは巻物を取り出し、印を組む。
 すると一瞬後には、イルカの腕で1羽の白い鳥が羽ばたいていた。

 その足に手早く忍文字で状況を書き記した文書を結び、解き放つ。
 木ノ葉隠れへ伝書が届けば、すぐに増援がやってくるだろう。

 しかし、ナルトは面白くない。

「オレたちだけでもやれるってばよ」

「そういうな。間に合わないかもしれんし、オレたちだけで出来ることはしておくぞ」

「おうっ!」

 再び道を外れ、今度は山側から慎重に集落へ向かう。

 海岸の建物は石造りだが、山裾に点在する家々は村と代わり映えしないものが建っていた。

「妙だな……」

 昨日のフナから聞いた話では、集落には大勢の人がいるはずだ。
 元々の島民に加えて、大陸から取引の為に渡ってきた者も。

 だが、目の前の集落には極端に人の気配も生活感も感じられない。
 しばらく誰も暮らしていない状態だ。

 これでは誰かに変化して集落の中を探ることは難しいだろう。

「ナルト、様子がおかしい。戻るぞ」

「えーっ! なんもしてねえじゃんかよー」

「まだ、なんもしてねえから撤退できるんだ。バカモノ」

 ホレ、行くぞ。

 返し掛けたイルカの足が、止まった。

 ぶつぶつ言いながらも、続こうとするナルトの肩を掴む。
 そして、強く、押し出した。

「村へ戻れっ!」

 そう叫ぶイルカを返り見ようとして、ナルトも異変に気付いた。

 2人のいた場所に転がった丸太にクナイが突き立っている。
 数と方向から、イルカとナルトだけで対処できる人数ではない。

 イルカはナルトを突き飛ばして自分は替わり身で凌いだ後、1人で立ち向かっている。

「オレもっ!」

「戻って仲間に伝えろっ! 次の命令まで、待機だっ!」
 
 それが自分を逃がす間を作るためだとは思いも寄らないナルトから、戦いながらイルカは離れていく。
 分断されるふりをしながら、敵をひきつけて。

 こうした時、まず狙われるのは隊の上位者だ。
 討ち取れば指揮系統を混乱させられるし、捕縛すれば情報が得られる。

 下忍で子供のナルトより、中忍以上と一目でわかるイルカに敵が集まるのは当然だった。

 ナルトも追い縋ろうとするが、まったく無視されているわけではない。
 戦いながら2人は徐々に引き離され、完全に分断される。

 それでも集落からの脱出はでき、ナルトは追撃はされなかった。
 逃げ帰っても害は無いと見逃されたか。

 だがその分、イルカには追っ手が増えていく。

 多方から追い込まれ、岬へ追い詰められてしまった。

 イルカもただ追われていたわけでなく、数人に手傷を負わせはした。
 けれど、やはり数が違いすぎる。

 ようやくナルトがその姿を崖下から見つけた時、巨大な水の龍にイルカは海中へ引きずり込まれた。

「イルカ先生ーーっ!!!」
 


 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/10/03
UP DATE:2005/10/12(PC)
   2009/01/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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