青く深き王国

【2 波間の島】
   ~ Deep Blue ~
[青く深き王国]



「「「「婚約者ーっ!?」」」」

 驚いたナルトとサスケとイルカ、そして何故か嬉しそうなサクラの声がぴたりとハモった。

「こっ、こここ婚約者って……」

「すげーっ! マナ姉ちゃん、イルカ先生と結婚すんのかってばよっ!」

「えー! イルカ先生って、意外にやるじゃないのー」

「……いつのまにしたんだ、先生?」

 まったく状況を把握しきれないイルカを置いてきぼりに、子供たち───というかサクラとナルトの想像は突っ走りだしている。

 式はいつだとか、新居は何処だとか、子供は何人だとか。

 まあ、子供らしい範囲で。

 そこへ運良くというか、折り悪くというか、5代目火影、綱手姫が顔を出した。

「なんだい、騒がしいね」

「火影さまっ」

「綱手のばーちゃんっ!」

 振り返ったマナは一瞬驚いた表情を見せる。
 
 何しろナルトがばーちゃんと呼んだのは、その呼び名が全くそぐわない妙齢の美しい女性だったからだ。
 しかも、とんでもなくスタイルのいい。

 だが、そんなことは全く気にしていない豪気な綱手の対応にも眼を見張る。

「あのさ、あのさっ、イルカ先生が結婚すんだってよーっ!」

「へえ、よかったじゃないか」

 それを見たサクラは小声で、言いにくそうに説明だけはしておく。

「……綱手様は、その、ああ見えて私たちの倍ぐらいのお年なんです」

 実際はサクラたちの倍どころではないのだが、イルカやマナを含めて私たちと括っておくあたりが彼女の気遣いなのだろう。
 そんな少女の苦慮はさておき、綱手はナルトと一緒になって、イルカをからかいに入った。

「で、お相手はそのお嬢さんかい?」

 異国の格好をした女を顎で示し、実に楽しそうに絡みにかかる。
 またその尻馬に悪戯小僧が乗っかっていく。

「マナ姉ちゃんはイルカ先生探しに海の向こうから来たって言ってたってば!」

「海の向こう? イルカ、あんたいつ、そんなとこに行ったんだい?」

 訝しげに問うてくる5代目火影の顔にははっきりと、女探しに、と苦々しく書いてあった。
 
「ちょっと、待ってください! 今、会ったばっかりで、いきなり婚約者って言われても、結婚なんてっ!」

「今、会ったばかり? どういうことだい?」

「あの、マナさんは人を探しに里に来たんですけど、その探していた人がイルカ先生だったみたいで……」

 サクラがここまでの経緯をかいつまんで話す。

「それが、なんで結婚にまで発展してんだ」

 子供たちの言葉を嘘とは思わないが、かみ合っていないことは気に掛かったのだろう。

「何か、事情があるようだねえ」

 綱手は来訪者であるマナの何か思いつめることがありそうな、そしてイルカのうろたえた顔を見比べ静かに言った。

「イルカ、それからマナさん。話は私の部屋で聞こう。ついておいで」

 その言葉に頷くマナとイルカに続き、子供たちもついていこうとする。

 だが、それに気付いた綱手はにこりと微笑んで一喝した。

「あんたたちはさっさと報告書だしといでっ!」

「「「はいっ!」」」

 一気に駆け去っていく子供から綱手ばーちゃんのケチーと声がかかると、綱手は気前良く手にしていた巻物を投げつけてやる。

 多分、その巻物は重要なものなのだろう。

 外の騒ぎに気付いたシズネが、執務室の窓からその光景を見て悲鳴を上げていたから。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 火影執務室に通されたてマナはまずイルカへ謝罪をした。

「すみません。突然、あんなことを言ってしまって」

 その言葉にほっとしただろうイルカへ、マナは続ける。

「でも、あれは本当のことなんです。60年前に、私たちの祖母がした口約束ですけど」

「はあ……」

 婚約者ということが嘘ではないことを念押しされ、イルカは複雑な顔をした。
 女性に慕われることはいい。
 だが、一方的な約束では、手放しでは喜べない。

 そんなイルカの心情を察したのか、それとも予想していたのか、マナは種明かしをするように話し始める。

 あなたのお婆様にあたる方が、私の祖母の姉なのです。

「うみの家の方と一緒に島を離れる時に、孫かひ孫を娶わせようと約束をしたのだと聞きました。多分、お互いに生き延びて家族に恵まれて暮らせるようにという願いからだったんでしょう」

 その言葉に、この里では一人の肉親もいないイルカは驚いた。
 
「じゃあ、私たちは遠い親戚、ということになるんでしょうか?」

 どこか嬉しそうな声に、マナも微笑む。

「ええ」

 互いに微笑みあうマナとイルカを見て、綱手はなるほどと思う。

 肌と髪の色だけではなく、イルカは男らしくマナは女らしい作りではあるのだが、どことなく顔つきも似ていた。

「で、お嬢さん。態々、イルカを探しに来たのはその約束のためかい?」

「いえ。改めて名乗らせていただきます。私は水門(みなと)マナ。遥か南の亡国、礁の国よりうみのの血を引く方を探しに参りました」

「礁の国? 波の国よりも南の島国だったねえ。だけど、確か60年くらい前だったか?」

「火影様は、礁の国が滅んだ理由をご存知で?」

「いや」

「少し長くなりますが、お話します」

 60余年前、南の小国であった礁の国は大陸で起こっていた大戦の煽りを受けていた。
 周辺列強から併合の打診があるかと思えば、国境を近隣の同盟国に侵略される。

 そんな中、国を治める者たちは国力を安定させる為にある物に目をつけた。

 それは禁忌とされていた《力》。

 古き習慣を守ろうとする者たちは反対をした。
 しかし抗いきれず、礁の国はその《力》を手にしたという。

「けれど、大きすぎる《力》は御することが出来ず、暴走しかけた《力》を封じたときには礁の国は殆ど海中に没していたと……」

 その後、国を失った人々は世界に散っていったという。

「私は僅かな土地に残った人々からこの話を受け継ぎました。そしてイルカさんが……」

「木ノ葉へ流れ着いた者の末裔、ということになりますね」

 イルカは自身の知らなかった出自に驚きながらも、冷静だった。

「私は幼い頃に肉親と死に別れてしまって、そういう話を聞いたことがなかったので」

「そうですか……」

 残念そうなマナの様子に、イルカと綱手は確信を強める。

 マナはうみのの血を引く者を連れ帰りたいのではないのだろうか。

「あなたがイルカを探しに来たのは、60年前に封じた《力》に関係があるようだな」

 綱手は自分の考えを纏めるように呟く。

「多分、封印を成したのは、うみのと水門(みなと)だった、というところか……」

「その通りです」

 マナははっきりと顔を上げ、告げる。

「今、《力》の封印が解かれようとしています」

 その言葉に、イルカと綱手は色を失った。

 小なりとは言え1国を消滅させたというその力。
 その封印が外れかけている。

 背筋が寒くなる。

 10数年前にこの木ノ葉隠れの里を襲い、多くの犠牲を払って封印された九尾を思い起こさせる。

「それに、近頃は《力》のことを調べて手に入れようとしている人が島に来ています」

 マナの言葉に綱手が眉を顰め、イルカは目を見開く。

 ナルトに封じられた九尾を狙う組織《暁》ではないかもしれないが、可能性は否定できない。
 例え違っていても1国を滅ぼすほどの《力》を手に入れようとする者だ、碌な使い方をするつもりはないだろう。

「木ノ葉隠れの里へ正式な依頼としてお願いします! どうか、封印を守ってくださいっ!」

 マナは必死に言い募る。

「報酬は、これしかお支払いできませんが……」

 マナが差し出した皮袋からは大粒の真珠や珊瑚、琥珀などが零れ落ちてきた。

 綱手は満足そうに頷き、イルカとシズネは眼を見張る。
 現金化すれば、上忍でチームを組んでの報酬に充当するだろう。

 これはもう、依頼の受託は決まったようなものだ。

「イルカ」
 
 綱手の声に、イルカは瞬身で移動して執務室の扉を開いた。

「わわっ!」

 つんのめるように部屋へ転がり込んできたのはナルト、サクラ、そしてサスケまで。

 多分、マナがイルカを婚約者だと言ったことがよほどに気になったのだろう。
 任務報告書も出さずに、盗み聞きをしにきたらしい。

「お前らっ!」

「だって!」

 イルカの怒声とナルトの言い訳が重なる。
 だが綱手は、まあ、いいじゃないかの一言で場を治め、事も無げに言い切った。

「イルカ! 下忍7班を率い、この任務に当たれ!」

「え、ええっ!? オ……私がですかぁっ!」

「やったーっ! さっすが、綱手のばーちゃんは分かってるってばよーっ!」

 慌てるイルカを他所に、ナルトは大喜びを始めた。
 ここまで露骨ではないが、サスケもサクラもこれまでのお使い任務から開放されるとあって嬉しそうに頷きあっている。

「綱手様っ!」

「当然だろう? お前を指名した任務みたいなもんなんだからな」

 咎めるような声を出す中忍へ、にやりと意地悪く綱手は微笑む。

「ま、こいつらはオマケだ。研修のつもりでこき使ってやれ」

「……オマケって……」
 
 呟くイルカには綱手の意図が読めていた。

 このところ続く低ランク任務にナルトだけでなく、サクラやサスケにも不満があったことは知っている。
 そして、ナルトは真っ向から綱手に文句を言っていたコトも。

 一応、高ランクとなるこの任務に体よく当てて厄介払いをしようという腹なのだろう。

「心配するな。ちゃんと援軍も送ってやるから」

「よろしくお願いします! イルカさん」

 頼もしく言ってくれる綱手と嬉しそうなマナの声、そして久々の遠出の任務に盛り上がる子供たちとホッとしたように微笑むマナの姿に、イルカはこっそりとため息を零した。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 木ノ葉隠れの里の近くには、火の国を東西に分けるように南へ下る大きな川がある。
 イルカと7班の面々は船を仕立てて川を下り、南の港で外洋を航行できる船へ乗り換えた。

 礁の国へは海路で3日程かかる。

 航路は特産の真珠などを交易する船のほかはそちらへ行く船は少なく、また天気も穏やかでのんびりとした船旅になる。

 だが南へ向かうほど日差しは強さを増し、気温も高くなっていく。

 それに比例して海の透明度も上がり、青さが鮮やかに輝きだす。

 そんな景色に子供たちはうきうきとし始めていた。

 ナルトは舳先に、サスケは船尾で舵を取るイルカの側に陣取り、気持ちよさそうに潮風を浴びている。
 船室では、マナがサクラへ薄い珊瑚色の布を被せていた。

「ほら、サクラさん、そんなに肌を出してると焦げてしまうわ」

「こ、焦げ……るんですかぁ」

「ええ、特にあなたみたいに色白だとね」

 真っ赤に腫れ上がってかさぶたになったり、シミになったりするの。

 などと言われれば、忍びとはいえ女の子だ。
 サクラはマナに言われるまま、頭から大きな布を被る。

「良く似合うわ」

 嬉しそうに誉められ、サクラも自分の姿を確認するようにくるりと回ってみせる。

「ふふ。サスケくんたちに見せてきたら?」

「はいっ!」

 暗く狭い出入り口を抜け、サクラは甲板へ飛び出していった。
 続いてマナも甲板へ出る。

 それほど長く離れていたわけではないのに、眩しい日の光も潮の匂いも、懐かしく感じた。

 船尾ではサスケとイルカの前でサクラがまたくるりと回ってみせている。
 ふわりと風をはらんで翻る薄い珊瑚色の布は、青い海によく映えた。

 その様子にも気付かず、舳先でじっと行く先を見つめているナルトの傍らへマナは歩み寄った。

「ナルトくん」

「マナ姉ちゃん……」

 どことなく、ナルトにいつもの元気のよさがない。
 別に船酔いをしている様子はないのだが、旅が進み、礁の国へ近付くほどに思い悩んでいるように見えた。

「何か、心配ごと?」

「あのさ、マナ姉ちゃんは、イルカ先生を……迎えに来たんだろ? だったら、だったらよぉ」

 もしかして、イルカ先生。

 そこまで言ってナルトは黙ってしまった。
 だが、何を言わんとしているのかマナには分かる。

「ナルトくんは、イルカさんのこと、本当に大好きなのね」

「イルカ先生はさぁ、オレのこと、一番最初に、認めてくれた人なんだってばよ……」

「そうなの。だからなのね」

 ナルトの語る言葉の真摯さにマナは微笑み、そっとナルトの肩を抱き寄せる。

「大丈夫よ。イルカさんは……ううん。イルカ先生は、この任務が終わった時にも、一緒に木ノ葉の里に戻るわ」

「……なんで、分かるってば?」
 
「人は、生まれて育った場所で、大事な人や大好きな人と暮らすのが一番安心するでしょう?」

 旅に出てもね、きちんと帰る場所があるから、知らない景色を楽しんだりできるのよ。

 と諭すマナには実際に国を亡くした者の悲しみがあり、そして久しぶりの故郷を懐かしむ気持ちがあった。

「だからきっと、イルカ先生もね、木ノ葉隠れの里やナルトくんたちと、離れたくないんじゃないかしら?」

「マナ姉ちゃん……そ、そうだよなっ! うん! きっと、そうそう」

 ようやく元の笑顔を取り戻したナルトとマナの元へ、サクラとサスケも駆け寄ってくる。

「マナさんっ! イルカ先生がどの辺りへ船を着けたらいいかって」

 サクラの示す先、波間の向こうに白く岩陰が見え出していた。
 
 

 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/09/09
UP DATE:2005/09/17(PC)
   2008/12/30(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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