青く深き王国

【1 海の呼び声】
   ~ Deep Blue ~
[青く深き王国]



 火の国、木ノ葉隠れの里は忍5大国として名を馳せた列強である。

 けれど、全てが元の通りではない。

 数ヶ月前に大蛇丸に襲撃され、3代目火影を始めとした多くの忍びを失う壊滅的な打撃を受けていた。

 そして、先日新たに初代の孫である綱手が、5代目火影として立ったばかり。

 それでも、木ノ葉隠れの里が健在であると示す為に、木ノ葉崩し前と変わらず依頼を受け、任務をこなす。

 いまや上忍と中忍は、最低限の防備の為に残される者の他は殆ど里外へと赴かされていた。

 それぞれの力量にあわせて。

 いくら多くの忍びを失って人手が不足しているとはいっても、その任務に適さぬ技量の者を派遣して失敗するワケにはいかない。

 それは里への信頼と威信を傷つけるだけなのだから。

 だから下忍たちはどんなに忙しくとも、自身に見合った任務に着く。
 
 つまりは、お使いやお手伝いの延長といったDランクか、簡単な警護任務のCランク。

 下忍7班も例に漏れず、里の工務店から依頼された建築資材の買い物と運搬の任務を任されていた。

 木ノ葉崩しから復興の途上にある里にとって、低ランクながら重要な任務であり、依頼。

 しかし、有り余る向上心や上昇志向に満ちた者には、いささか物足りなかった。

 依頼された工具類や資材を山積みした荷車を引きながらの気合声───ではなく愚痴を吐き出し、ナルトは絶叫していた。

「……なんでっ、……なんでなんでなんで、こんな任務ばっかなんだってばよーーーっ!!!」

 だが、こうして素直に不満を爆発させられる者はいい。

 それと、諌めるふりをして、自分の鬱憤を晴らせる者も。

「ナ~ル~ト~~~。黙って足を動かしなさーーーいっ!!!」

 荷車を後から押しつつ、サクラが雄たけびをあげる。

 彼女の隣りで俯き、それでも精一杯荷車を押し続けながらサスケも呟いた。

「……ウスラトンカチが……」
 
 しかし、その声は隣りで叫ぶサクラの声にかき消されてしまっている。

「ちょっと、ナルトッ! 聞こえてんのーっ! しっかり、引けーっ!」

「おい、お前ら、いい加減に……」

 声を荒げ、上げた顔をサスケは強かに打つ。

 荷車が止まっていた。

 常ならば気付くだろうことに気付けないほどに疲れているのだろう。

 だが、鼻の頭を赤くしたサスケを一瞬呆けたようにみつめ、サクラは忙しく表情を変えていく。

 笑いそうになり、次に堪えようと眉を寄せ、それでも噴出しそうになりながら、額に青筋を立てて前方へ怒鳴った。

「ちょっと、ナルトっ! なにやってんのよ!」

 だがサクラの声に返事はなく、サスケはじろりと彼女を睨む。

 その視線を誤魔化すように、可愛らしく小首を傾げて見せた。

「……ナ、ナルトってば、どうしたんだろうねー、ね? サスケくん」

「サクラちゃんっ! サスケ! 人が倒れたってばよっ!」

 少し離れたところからナルトの声がする。

「サクラ」

 サスケの目が行けと告げるとサクラは軽く頷き、荷車を飛び越した。

 荷車の少し前方、道の端で真っ白な布を被った人物をナルトが助け起こそうとしている。

「ダメよ、ナルト! 動かさないで!」

 サクラが叫んだのは2つの危険が頭にあったからだ。

 行き倒れを装って隙を作り、荷物を狙ってくるのは野盗や山賊の常套手段。

 それに堂々と木ノ葉隠れの額当てをした下忍の運んでいる荷物だ。

 ただの野盗に扮した敵対する里の忍びの可能性だってある。

 もしくは本当に行き倒れだった場合、ヘタに揺り動かすと命に関わることもあるのだ。

「ああ、サクラちゃん。この人、ちょっと前歩いてたんだけどよ、なんかふらふらしてっから危ねえなって思ってたら倒れちまって……」

「いいから、もう一度寝かせて。アンタは荷車見てなさい」

 一応サスケが荷車についているが、あの疲労度ではいざという時が大変だ。

 ナルトにも警戒をさせておかねばならない。

 きちんと、別任務で不在の担当上忍師の穴をしっかりと埋め、サクラは介抱に掛かる。

「……大丈夫、気を失っているだけだわ。ナルト、お水ある?」

「あ? ああ、これ」
 
 倒れた人物の顔を覆っていた布をよけ、その口元にナルトから受け取った水筒からゆっくりと水を落とす。

 こくりと喉が鳴るのを確認し、サクラは一安心とばかりに息を吐いた。

「少し熱っぽいわね。熱中症かしら」

「この姉ちゃん、変な格好してんなあ」

 ナルトの言う通り、白と生成りの布を何枚も身体に巻きつけたり被ったりしている。

 髪は夜の闇のような黒で、波打つように緩くウェーブがかり、長く伸ばしていた。

 肌もこの辺りに暮らす人々よりも日に焼けていて、褐色といえる色をしている。

 細く、寝かされているとなだらかな曲線を描く体は確かめなくとも女性だからだろう。

「見たことない着物ね。ずっと南の人みたい」

 そう言いつつ、サクラは自分の膝にその人の頭を上げ、額へ濡らした手ぬぐいを当てた。

「ふぅん。でも、なーんかどっかで会ったよーな気がすんだよなーあ」

 ナルトの言葉にサクラもその人を覗き込んだ。

「気がついたわ」

 ゆっくり瞳が開くと、吸い込まれそうな深い青が揺らいでいる。

「大丈夫ですか? ああ、まだ起きないで」
 
 サクラに制され、ぼんやりと視線だけで周囲をうかがっていた人の眼がナルトの額で止まった。

「あなたたちは……木ノ葉隠れの方ですか?」

「ええ、そうです。あなたは?」

 額当ての意匠で里を判別したことで、少しサクラの警戒心が蘇る。

 木ノ葉隠れの里は各国にある隠れ里の中では有名だが、明らかにこの近隣の出ではない人物が知るほどではないはずだ。
 それに、何も知らない一般人が額当てを一目見て里を識別することは難しい。

「……わたし、木ノ葉隠れの里へ、行かなくっちゃ……あの、里はまだ遠いんでしょうか……」

「里ならもうすぐだってばよ! 姉ちゃん、具合悪ぃんだろ? オレたちと一緒に行けばいいってばよ!」

 なあ、サクラちゃん。

 と続けるものの、ナルトはとっくに手を差し伸べようとしている。

「ちょっと、ナルトっ! 任務中なのよ!」

 ありきたりな理由を持ち出して押し留めようとするサクラに構わず、まだふらつく人を1人で運ぶのは無理と判断したかナルトはもう1人の仲間を呼んだ。

「サスケー! 手ぇ貸してくれってばよーっ!」

 その声に荷車に寄りかかって周囲を警戒し───つつも休んで───いたサスケも近寄ってくる。

 すでに自分の膝から身を起こしてナルトの手を支えに立ち上がろうとしている女性を横目に、サクラは駆け寄った。

 2人はすれ違い様に、小声でささやきあう。

「平気かしら?」

「大丈夫だ。多分、忍者じゃない」

 チャクラの働きを見る目、写輪眼を持つサスケの言葉に、サクラも納得はした。

 しかし、気は抜けないと思い直す。

 それでもナルトとサスケに支えられて歩く彼女のために、荷車に座れる場所を確保した。

「ここ、座ってください。荷にもたれても大丈夫ですから」

「ありがとう。……ええっと、お名前は聞いてもいいのかしら?」

 3人が子供とはいえ忍者だと分かってそう聞いてくるのだろう。

 そんな気遣いにサクラがちょっと感動するよりはやく、ナルトがなんの警戒もせずに名乗った。

「オレはナルト! うずまきナルトってんだ」

 一瞬驚いたように目を見張り、すぐにくすりと笑ってその人も名乗る。

「私は、マナよ。ナルトくん」

「私はサクラって言います。あっちのカッコイイ男の子がサスケくん」
 
「よろしくね。サクラさん、サスケくんも」

 ふわりと微笑むマナに、ナルトだけでなくめったに顔色を変えないサスケまでもが頬を染めた。

「おう! じゃ、とっとと出発するってばよ!」

「ナルト、影分身よ!」

「へ?」

 張り切って荷車を引こうとするナルトを制し、サクラは影分身の術を要求する。

 女性1人とは言え荷が増えたのだ。

 まだまだ元気のありあまっていても、ナルト1人では、だいぶバテて来たサクラとサスケのフォローはできない。

「少し急ぎましょ。マナさん、まず病院へ案内したほうがよさそうだし。前と後に2人ずつね」

「わかったってばよ!」

 サクラからのリクエストに、ナルトはすっかり得意忍術となった印を組む。

《影分身の術》

 ぼふんとチャクラの白煙が上がり、その切れ間から4人のナルトが飛び出してくる。

「「「「よぉーしっ! 出発だってばよーっ!」」」」

 元気よく宣言したナルトたちは、サクラの指示によって前後に分かれて荷車を押し始める。

 サクラとサスケは荷車の横に付いて時に押し、時に方向や速度を調整した。
 
 ナルトの影分身のお陰で、少し余裕ができたのだろう。

 サクラは荷車から周囲を珍しそうに見渡すマナへ話し掛ける。

「マナさんって火の国の方じゃないですよねえ」

 何気ないが、相手の様子を探り、出自を知るための会話は忍びの初歩。

 サクラは前を気にしている振りをし、しっかりと異国の女の仕草や表情を観察していた。

「ええ」

「どこからいらしたんですか?」

「遠いところよ。ずっと南の、海の向こうから……」

 そう呟いた横顔は何故か淋しげで、目ははるか遠くを見ていた。

「どうして、木ノ葉隠れへ?」

「……人を、探しているんです。とても、とても大事な方なのだけれど、ずっと会えなくて……。その方が、木ノ葉隠れにいるらしいの」

「その人ってぇ、マナさんの、恋人ですかぁ?」

 さきほど遠くを見つめていた瞳はその人を想っていたのかとサクラは感じたのだろう。

 すっかり忍びの仮面が剥がれ落ち、恋に憧れる少女の表情を向けていた。

 しかし、マナは柔らかに微笑んであざやかに少女の追及をはぐらかす。

「そうだったら、良かったのだけれど……」

 まだ若いとは言えマナもサクラよりは年上なのだ。

 この辺りは女として、そして人間としての経験値が違う。

「でもねえ、実はその方の歳も名前も……生きているのかも、分からないの」

「え? でも、大事な人って……」

「マナ姉ちゃん! 里が見えたってばよっ!」

 サクラが肝心な事を訊ねようとした途端、間の悪さを発揮したナルトが声をあげた。

 確かに、森の向こうに歴代火影の顔が刻まれた顔岩が覗いている。

 だが殊更、わざわざ声をかけて知らせてくるようなことではない。

 瞬間的に沸点に達した怒りのまま、サクラが内なるサクラを開放しかける。

 その目線を、白い布がふわりと遮った。

 途端に、サクラも冷静さを取り戻す。

「……あれが木ノ葉隠れの里……」

 揺れる荷車の上で資材を支えに立ち上がったマナが希望に満ちた目を向けている。

「……あそこに、いるのね」

 だが、喜びだけでないものが含まれた小さな呟きを耳にしたのはサクラだけだった。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 まずは病院へと奨めるサクラを押し切り、ナルトたちの任務が終わるのを待って、マナは彼らと共に任務受付所へと向かった。
 
 依頼主の元で荷を下ろす間に休んでいたおかげか、彼女も今度は自分の足で里を歩いている。

 マナの衣服の裾には金属片が飾り付けられていて、歩を進め、風に吹かれるたびにしゃらりと涼しげな音が鳴る。

 白い布を頭から被った姿だけでも目立つのに、子供のように珍しげに里の様子を見ているマナ自身が、里の人々の眼を引いた。

 異国の白い衣服から僅かに覗く肌は褐色で、髪も黒い。

 そのコントラストがくっきりと眼に映った。

 そして大きく、深い青を湛えた瞳が無邪気に微笑む。

「……な、なんか、目立ってるってばよ?」

 普段から里の人々の注視に曝されているナルトやサスケですら耐え切れないほどの視線が集まっているようだった。

 7班の面々は心持ち足早に繁華街を避けて任務受付所へ向かう。

 ここは里に舞い込む全ての依頼を一括して受託し、その内容に見合った者を派遣している里の中枢だ。

 依頼をする者も任務を受ける者も、そして報告する者も皆、ここへ集まる。

 だから、やたらと人の出入りは激しいし、人口密度は常に高い。
 
 それに今は里の大事で、普段は依頼を受け、任務を割り振り、報告を受ける者までが任務にでている。

 基本的に手が足りていないし、中には急遽借り出されたような者もいて内部は混乱していた。

「マナさん、あの、依頼通すまで時間かかるみたいですし、やっぱり、病院に……」

 受付所を見て、サクラはそう提案してみた。

 しかし、マナははっきりと首を横に振る。

「……ありがとう、サクラさん。でも、時間があまりないの」

 その何かを覚悟した表情に、子供たちは一瞬息を飲む。

 なんとなくだが、誰かに似ている。

 そんな気がした。

「サクラ、ナルトと一緒にその人を依頼受付へ案内してやれ」

 報告書はオレが出しておく。

 そう言ってサスケは報告書を手に、受付所からはみ出した列へ並ぶ。

「わ、わかったわ。マナさん、行きましょう」

「行こうぜ、マナ姉ちゃん!」

 サクラが、ナルトがマナへ手を差し伸べる。

 しかし、彼女が見ていたのは別の方向だった。

 つられるようにそちらを見たナルトが嬉しそうに駆け出していく。

 サクラもサスケも苦笑を漏らす。

「イルカ先生ーっ!」

 そう呼べば大きく手を振り返すその人。

「ナルトーっ! 久しぶりだなーっ!」

「イルカ先生ーっ!」

 飛びついていくナルトをしっかりと受け止めたのは、アカデミー時代の恩師、うみのイルカ。

 今まで任務に着いていたのだろう。

 重そうな背嚢にまで泥汚れや擦り傷があった。

 だがそんなことにはまったく頓着せずに、ナルトもイルカも笑って久々の再会を懐かしんでいる。

 サクラも、列に並んだままのサスケも半ば呆れ、どこか羨ましそうに2人を見ていた。

 そんな2人───いや、イルカから目を離さないまま、マナはサクラへ問い掛ける。

「あの方は?」

「え? あの、イルカ先生ですか? 私たちの恩師で」

「もしかして、うみのイルカというの?」

「ええ、そうですけど。なんで……」

 サクラの答えを聞くや、マナはイルカへ向けて歩き出した。

 それに気付いたナルトが、マナ姉ちゃんと手を上げてイルカを、そしてイルカにマナを紹介しはじめる。

 だがそれを無視するかのように、マナは口を開いた。

「あなた、うみのの方ですね」

「は? ええっと、確かに、私はうみのイルカですが……あなたは?」
 
 ナルトの知り合いらしいとは言え、見知らぬ女性から声を掛けられたせいか、多少イルカの答えは歯切れが悪い。

 しかし、そんなことは気にもとめず、マナは真っ直ぐにイルカを見つめ、微笑んだ。

「私は水門(みなと)マナ。あなたを、お迎えに参りました」

「オレ……を?」

「はい。あなたは私の婚約者ですから」

 

 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/09/08
UP DATE:2005/09/15(PC)
   2008/12/30(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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