君は僕の輝ける星
【[8]自転車に乗って、】
~ Ride on a bicycle ~
[君は僕の輝ける星]
週末だというのに、日付の変わる頃にようやく到着した空港からの道のりは意外なくらい空いていた。
ここ数日続く寒波の影響で東京の空は雲ひとつなく、まばらなテールランプと同じくらいの星が冴え冴えとよく見える。
だが、タクシーの座席でカカシはずっと携帯電話の待受画面を見つめ続けていた。
「お客さん、恋人?」
「まあね」
「いいねえ、若い人は」
お兄さん男前だから彼女もカワイイんでしょう。
運転手のお世辞半分、やっかみ半分の言葉を苦笑で流し、カカシは携帯電話へ視線を戻した。
帰国したことは空港からメールしている。
だが、返事はない。
普段は、こういう人ではない。
いつも───仕事中でなければ、律儀なくらいマメに返事をくれる。
───ああ、でも、1度だけあったなあ……返事くれなかったコト
帰国する飛行機の到着時間が狂って待ち合わせに2時間ほど遅れた、今年のバレンタインデイだった。
とにかく空港についたその場で留守電とメールで遅れることを知らせたのだが、なんの返事もない。
その時はまだこういう付き合いではなく、一方的なアプローチの最中。
待ち合わせをすっぽかされたのかと半ば諦めた気持ちで約束の場所へいくと、その人はちゃんと待っていた。
怒りもせず、カカシの都合をちゃんと理解して認めて許してくれたのだ。
きちんと自分を見てくれて信じてくれているのだと思えば嬉しい。
ただ、返事がないという事には、やはりヤキモキしてしまうのは確か。
───どういうつもりなーのよー
ため息と一緒に携帯電話を閉じ、カカシは流れていく夜の風景に視線を移す。
それでも意識は握り締めた携帯電話と、たった1人へ向かったままだ。
★ ☆ ★ ☆ ★
結局、それから1度もカカシの携帯電話はメールも電話も着信せず、自宅マンションの近くまで来てしまった。
「あ、そこのコンビニの前でいいや」
数週間ぶりに戻る自宅の冷蔵庫をふいに思い出し、カカシは一番近いコンビニエンスストアを示す。
旅行用のラージトランクはレジ近くに置かせて貰えば済む。
それほど長居をするわけでもないのだし。
タクシーを降りてコンビニへ入ると、レジ横から暖かな湯気と懐かしい醤油の匂いが漂ってくる。
「コレちょっと、置かせて。それと、おでん今あるタネ全部2つずつね」
そう言ってカカシは奥の飲み物が置かれたスペースへ向かう。
2合瓶の日本酒3種類を1本ずつ手にしてレジへ戻った。
1年の殆どを海外で生活しているせいか、たまに戻るとついついこういった物ばかり口にしたくなる。
最近は和食ブームもあって、カカシの滞在するどの国にも日本食レストランや食材を扱ったストアも増えているのに。
不思議に思いながら会計を済ませ、コンビニエンスストアを出て巨大なトランクを押して歩き出す。
人気のない、静まり返った冬の夜にトランクの進む音が酷く無粋に響く。
おでんの器をいれたビニール袋のバランスに気をつけながら、ようやくたどり着いた自宅マンションの前でカカシは足を止めた。
人が立っている。
随分と年季の入った自転車を傍らに停め、マンションを見上げて。
カカシは迷うことなく声をかけた。
「イルカせんせえっ」
その声に振り返る人は紛れもなくカカシの想い人だった。
真っ赤になった鼻の頭までマフラーをぐるぐる巻きにして、安心したように笑っている。
「お帰りなさい、カカシさん」
「自転車で、来たの?」
「……メール貰った時間に、電車なかったものですから」
「寒かったデショ」
タクシーで来ればよかったのに、とは言わない。
彼には、そういう発想がないのだ。
「でも嬉しーです。こんな時間なのに、来てくれて~」
思わず抱きつきそうになるが、両手に下げたビニール袋に阻まれてそれもできない。
それに、気になることもあった。
「あ、寮のほう、いいんですか?」
「ええ。今年は、この時期まで寮に残ってるヤツいないんで……」
少しだけ淋しそうに笑うイルカに、カカシも事情を察して一瞬だけ言葉を失う。
去年まで10年近く一緒に寮で過ごしてきた子供たちが、今年からそれぞれの居場所を見つけて巣立っていったのだ。
成長を嬉しく思うし、今後は確かに楽しみだが、どうしても淋しくなるのは仕方がない。
「じゃあ、さ……今日は、帰らなくていいの?」
イルカにさびしげな顔をさせたくなくて、冗談のようなことを言ってみたくもなる。
笑ってくれるとは思わないが、いつもの強気な表情を見せてほしくて。
なのに、俯くように頷かれてカカシの方が困った。
「え? ……ほんとに?」
「い、今から戻っても、しょうがないでしょう」
外泊届、出して来たんですから。
「それにアンタ、オレにまたこの寒空の下、自転車乗って1人で帰れって言うんですか?」
「や、そういうつもりじゃないです!」
そのまま自転車に乗って去ってしまいそうな勢いの腕を掴み、カカシはイルカを引きとめた。
「ちょっとびっくりしただけですっ! 誰も帰って欲しいなんて思ってませんってば」
それに、と手にしていたビニール袋を掲げて見せる。
「おでん。2人分買っちゃってんです」
「……おでんって、こんな時間に」
「アナタと2人で食べたかったのー。だから、ね」
帰んないで。
そう言って抱き込もうとするカカシを自分から抱きしめ、イルカがふわりと笑った。
「しょうがないですね」
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2005/12/23
UP DATE:2005/12/23(PC)
2009/10/31(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
~ Ride on a bicycle ~
[君は僕の輝ける星]
週末だというのに、日付の変わる頃にようやく到着した空港からの道のりは意外なくらい空いていた。
ここ数日続く寒波の影響で東京の空は雲ひとつなく、まばらなテールランプと同じくらいの星が冴え冴えとよく見える。
だが、タクシーの座席でカカシはずっと携帯電話の待受画面を見つめ続けていた。
「お客さん、恋人?」
「まあね」
「いいねえ、若い人は」
お兄さん男前だから彼女もカワイイんでしょう。
運転手のお世辞半分、やっかみ半分の言葉を苦笑で流し、カカシは携帯電話へ視線を戻した。
帰国したことは空港からメールしている。
だが、返事はない。
普段は、こういう人ではない。
いつも───仕事中でなければ、律儀なくらいマメに返事をくれる。
───ああ、でも、1度だけあったなあ……返事くれなかったコト
帰国する飛行機の到着時間が狂って待ち合わせに2時間ほど遅れた、今年のバレンタインデイだった。
とにかく空港についたその場で留守電とメールで遅れることを知らせたのだが、なんの返事もない。
その時はまだこういう付き合いではなく、一方的なアプローチの最中。
待ち合わせをすっぽかされたのかと半ば諦めた気持ちで約束の場所へいくと、その人はちゃんと待っていた。
怒りもせず、カカシの都合をちゃんと理解して認めて許してくれたのだ。
きちんと自分を見てくれて信じてくれているのだと思えば嬉しい。
ただ、返事がないという事には、やはりヤキモキしてしまうのは確か。
───どういうつもりなーのよー
ため息と一緒に携帯電話を閉じ、カカシは流れていく夜の風景に視線を移す。
それでも意識は握り締めた携帯電話と、たった1人へ向かったままだ。
★ ☆ ★ ☆ ★
結局、それから1度もカカシの携帯電話はメールも電話も着信せず、自宅マンションの近くまで来てしまった。
「あ、そこのコンビニの前でいいや」
数週間ぶりに戻る自宅の冷蔵庫をふいに思い出し、カカシは一番近いコンビニエンスストアを示す。
旅行用のラージトランクはレジ近くに置かせて貰えば済む。
それほど長居をするわけでもないのだし。
タクシーを降りてコンビニへ入ると、レジ横から暖かな湯気と懐かしい醤油の匂いが漂ってくる。
「コレちょっと、置かせて。それと、おでん今あるタネ全部2つずつね」
そう言ってカカシは奥の飲み物が置かれたスペースへ向かう。
2合瓶の日本酒3種類を1本ずつ手にしてレジへ戻った。
1年の殆どを海外で生活しているせいか、たまに戻るとついついこういった物ばかり口にしたくなる。
最近は和食ブームもあって、カカシの滞在するどの国にも日本食レストランや食材を扱ったストアも増えているのに。
不思議に思いながら会計を済ませ、コンビニエンスストアを出て巨大なトランクを押して歩き出す。
人気のない、静まり返った冬の夜にトランクの進む音が酷く無粋に響く。
おでんの器をいれたビニール袋のバランスに気をつけながら、ようやくたどり着いた自宅マンションの前でカカシは足を止めた。
人が立っている。
随分と年季の入った自転車を傍らに停め、マンションを見上げて。
カカシは迷うことなく声をかけた。
「イルカせんせえっ」
その声に振り返る人は紛れもなくカカシの想い人だった。
真っ赤になった鼻の頭までマフラーをぐるぐる巻きにして、安心したように笑っている。
「お帰りなさい、カカシさん」
「自転車で、来たの?」
「……メール貰った時間に、電車なかったものですから」
「寒かったデショ」
タクシーで来ればよかったのに、とは言わない。
彼には、そういう発想がないのだ。
「でも嬉しーです。こんな時間なのに、来てくれて~」
思わず抱きつきそうになるが、両手に下げたビニール袋に阻まれてそれもできない。
それに、気になることもあった。
「あ、寮のほう、いいんですか?」
「ええ。今年は、この時期まで寮に残ってるヤツいないんで……」
少しだけ淋しそうに笑うイルカに、カカシも事情を察して一瞬だけ言葉を失う。
去年まで10年近く一緒に寮で過ごしてきた子供たちが、今年からそれぞれの居場所を見つけて巣立っていったのだ。
成長を嬉しく思うし、今後は確かに楽しみだが、どうしても淋しくなるのは仕方がない。
「じゃあ、さ……今日は、帰らなくていいの?」
イルカにさびしげな顔をさせたくなくて、冗談のようなことを言ってみたくもなる。
笑ってくれるとは思わないが、いつもの強気な表情を見せてほしくて。
なのに、俯くように頷かれてカカシの方が困った。
「え? ……ほんとに?」
「い、今から戻っても、しょうがないでしょう」
外泊届、出して来たんですから。
「それにアンタ、オレにまたこの寒空の下、自転車乗って1人で帰れって言うんですか?」
「や、そういうつもりじゃないです!」
そのまま自転車に乗って去ってしまいそうな勢いの腕を掴み、カカシはイルカを引きとめた。
「ちょっとびっくりしただけですっ! 誰も帰って欲しいなんて思ってませんってば」
それに、と手にしていたビニール袋を掲げて見せる。
「おでん。2人分買っちゃってんです」
「……おでんって、こんな時間に」
「アナタと2人で食べたかったのー。だから、ね」
帰んないで。
そう言って抱き込もうとするカカシを自分から抱きしめ、イルカがふわりと笑った。
「しょうがないですね」
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2005/12/23
UP DATE:2005/12/23(PC)
2009/10/31(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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