君は僕の輝ける星

【[5]天体観測】
   ~ Astronomical Observation ~
[君は僕の輝ける星]



 ヨーロッパがバカンスに入り、アメリカが独立記念日に沸き返る頃。
 はたけカカシは、やっとの思いで帰国した。

 思えば、イースターに思わぬ誤解から、思い人と拗れて早3ヶ月。
 バレエダンサーとしての忙しさに追われて、関係修復どころか言い訳の1つも出来ずにいる。

 これではイカンと一念発起し、かなりの無茶を通して帰国の段取りを整えた。
 人間、やってやれないコトはないんだなと今更ながら実感しつつ、カカシは帰国したのである。

 日本へ。

 いや、木ノ葉バレエ・アカデミーの講師、うみのイルカの元へ。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 数ヶ月留守にしていた自宅マンションへ荷物だけを置き、カカシは愛車を駆ってアカデミーへ向かった。

 表向きはスケジュールの報告と確認。
 だが、本当の目的は違う。

 アカデミーの講師と寮管を兼任するイルカ。
 彼に会うには、アカデミーへ行くのが最も確実だ。

 音高くタイヤを鳴らしてアカデミー前へ車を止めたカカシの眼に、恋焦がれた姿が飛び込んでくる。
 見習クラスの子供たちとアカデミー入口脇に飾られている笹を囲んでいたのは、間違えようもないイルカだった。

 かなり乱暴な運転で近付く車の音に、子供たちが飛び出さないよう気を配っていたのだろう。
 こちらを見ていたイルカも、カカシの車に気付いているようだ。

 どうしようかと一瞬悩み、カカシは出来る限り丁寧に、車を地下駐車場へと進める。
 いつもならそのままオフィスへと上がっていくところを、わざわざ正面玄関へと回った。

「こんにちは、イルカ先生」

 にこやかに挨拶をするのは、子供たちの手前、無視はされないだろうという安心感からだ。
 と、いうか、この状況でなんの反応もなかったら、流石にカカシもへこむ。

「……ご無沙汰、しています……」

 ぎこちないが、それでも数ヶ月ぶりのイルカとの会話。

 思う様堪能したいところではあるが、2人の周囲を幾重にも子供たちが取り囲んでくれていて、幸せに浸るどころではない。
 それに、気になることもあった。

「ええっと、ナニをされているところ、なんでしょうか?」

「は? ナニって七夕、ですけど……」

「たなばた、ですか?」

 オウム返しに呟いて小首を傾げるカカシ。
 その姿に、イルカは察して補足する。

「昔からの風習ですよ。7月7日に文字とか裁縫が上達するようにって書いた短冊……この紙を、こんな風に笹に下げて願うんです」

「へえ、そんな風習があったんですか~」

 どれどれと子供たちをかき分け、子供たちが下げた短冊を覗き込む。

 こんな人目につく場所にあるのに見られたくないのか、何人かがカカシを阻もうとする。
 けれど、そんな恥ずかしがり屋の子供たちの抵抗はささやかで、それすらも微笑ましくなるばかりだ。

 ただ、短冊に書かれた願い事に、カカシは首を捻る。

「イルカ先生、この願い事って……」

「元々は、男子は出世できるように字が、女子は良い縁談に恵まれるように裁縫なんかが上達するように願う行事なんですけどね」

 振り返り、不思議そうに指し示している短冊の内容は見ないまま、イルカは続ける。

「風習と一緒に伝わっているお話が、ちょっとそういう風なので……」

「そういう風、ですか?」

「ええ。まあ、結局は子供たちの良き将来を願うのが目的ですから、近頃はなんでもありってことになってます」

 と、どこか淋しそうに教えてくれるのを、様々な願い事を眺めつつカカシは聞いた。

 アカデミーから時報が聞こえると、イルカは子供たちを促す。

「さ、レッスン始めるぞっ!」

 一番、手の掛かりそうな子供の背を押しやれば、他の子供たちも後に続く。
 中には、イルカの手を引いて急かす子もいた。

 慣れた手腕と人気っぷりに目を細めていると、イルカが首だけ振り向く。

「それじゃあ、カカシさん」

「ええ、また後で」

 まるで黒雲に連れ去られていくようなイルカへ、にこりと手を振った。
 一方的な約束も、口にして。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 オフィスで自分とイルカのスケジュールを確認し、ライブラリールームで時間を潰したカカシは、レッスン室を覗いた。

 もう子供たちのレッスンは終わっているが、まだ残照が西向きの窓から差し込んできている。
 薄暗いレッスン室でイルカは1人、床を磨いていた。

 一応、子供たちもレッスン後にモップを掛けていく。
 だが、やはりそこは子供のすることでキレイに掃除しきれていないのだろう。

 雑巾の手を止め、腰を伸ばしたところへ、声をかける。

「イルカせんせ」

「あれ、カカシさん?」

 何故、ここに。

 と、声に出さずに訪ねてくる。

「待ってたんでーすよ。また後でって言ったデショ?」

 手伝いますね、と自分でも雑巾を手にスーツの膝をつきそうなカカシを、もう終わったからと慌てて押し留めた。
 高そうなスーツなのに全く頓着しない相手にこっそり呆れつつ、イルカは訊ねる。

「待ってたって、どうしたんですか?」

「さっきなんか、言いにくそうだったから、気になっちゃってねえ」

「さっきって……ああ、七夕のことですか?」

 雑巾とバケツを洗って干しかけ、出しっぱなしだった他の用具をロッカーへしまう。

「はい。教えてくれません? 一緒に伝わってるってお話」

「いいですよ。面白いかどうかは、別ですけど」

「構いませんよ」

 掃除用具を片付けてしまってから、ピアノの椅子に2人で背中合わせに座ってイルカは話を始めた。

「天の神様に、織姫という機織が上手で働き者の娘がいたんです。年頃なのに働いてばかりで、心配した父親である天の神様が牛飼いの牽牛を夫に迎えたんです」

 働き者同士、仲良くやれるだろうって。

「ところが、意に反して2人とも働かなくなってしまって」

「あー、新婚じゃ仕方ないですよねえ」

「まあ、そうなんですが。あまりにも酷いので、怒った天の神は2人を別れさせることにしたんです」

「……そっちのが酷くないですか?」

 今時の子供にはない、素直で率直な反応に苦笑しながらイルカは話をしめた。

「だから、2人がちゃんと働けば、1年に1度だけ、7月7日の夜に天の川の辺で会えるようになってるんです」

「……1年、ですか」

「戒めもあるんでしょうけれど、愛し合ってる夫婦に1年は長いんでしょうねえ」

 実感のない他人事ではない。

 カカシヘ投げかけるような言葉だった。

 実際、カカシとイルカは数ヶ月単位で会えないことが多い。

 現に知り合ってもう1年以上になるが、顔を合わせた回数は片手で足りるかもしれないのだ。

「イルカ先生」

 背中越しに呼びかけながら、カカシは考える。

 イルカの問いかけの意味を。

「……1年、会えなくっても、」

「1年後に会えるって約束があるなら」

 互いに顔を見なくても背の熱さで、伝わってしまうようだ。

「オレは、10年でも100年でも、本当に好きな人のためなら頑張れるよ」

「そうですか」

 その言葉が胸の中で、暗い夜空の星のようにぽつりと輝いている。



 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2005/07/07
UP DATE:2005/07/07(PC)
   2008/12/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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