君は僕の輝ける星

【[3]君に届くように…】
   ~ I WISH ~
[君は僕の輝ける星]



「イルカ先生、2月14日はお暇ですか?」

 問うてはいるが、木ノ葉バレエ・アカデミーがその日は休みで、講師であるうみのイルカも公的なスケジュールは空いているコトを、はたけカカシは知っている。

 要はプライベートに予定はないか。
 世の恋人たちが色めき立つ一大イベントを共に過ごす存在の有無を、知りたかったのだ。

 そんな、カカシの唐突でうさんくさい質問に、イルカはしばし考え、こう答えた。

「ええ、どなたかと違って特に予定はありません」

 傍目には、嫌味の応酬にしか見えない。

 けれど実はそれは一方的なもので、カカシはイルカの言葉に含まれたトゲごと抱きしめるように、期待通りの言葉を聞いていた。

 ちなみにイルカも(自衛手段として)国際的に活躍するプリンシパルはたけカカシのスケジュールが目一杯だということを把握している。
 確かカカシは昨日までボストンの公演に参加していて、今日は雑誌の取材の為だけに帰国しているのだ。
 そして夜の便でパリへ飛び、次の公演の打ち合わせをしてからロンドンで3日間のオフに入るらしい。

 流石に過労死でもしたら、確実に労災は勝ち取れそうな超ド過密スケジュールだと、イルカも変な感心をしている。
 そんな、忙しいカカシの貴重なオフの日が、2月14日だったはずだ。

「それで? カカシさんはオレの予定を確認して、何を企んでいるんですか?」

「ヤーですねー、イルカ先生。企むだなんてそんな人聞きの悪い」

 微笑みのバリアで一切の感情を排除したイルカの言葉に、カカシはご近所の噂好きなオバサンのように手をぱたぱたと振る。

「お暇でしたら、オレとデートしてください」

「お断りします」

 語尾が発せられるのとほぼ同時に、イルカは断りを入れた。
 カカシとはプライベートな付き合いを持ちたくない、とばかりに。

 それにここは、レッスンを終えた見習クラスの子供たちが「イルカせんせえ、さよーならー」と手を振りながらかけていく夕方のアカデミーの廊下だ。
 冗談でも、男からデートに誘われたい場所でも、シチュエーションでもない。
 いや、例えどこであれ、こうゆうことは遠慮したいイルカだ。

「確かに予定は全くアリマセンが、何度も申し上げた通り、オレはあなたとお付き合いする時間も気持ちもありません」

 表情は完璧に笑顔なのに、声音には感情どころか体裁をつくろう為の遠慮すら、かけらもない。

 その冷たい声に打ちひしがれながらも、カカシは再度、誘いをかけた。

「……あー、スイマセン。ふざけすぎました」

 この日をオフにする為に、かなり無茶をしているのだ。これしきで諦めるつもりは、ない。

「前にイルカ先生観たいって話してた公演のチケット、友人に頼んで手配して貰ったんです」

 コレなんですけどね、とカカシが差し出したチケットを見て、一瞬イルカの表情が変わった。

 驚きと戸惑い、そして多分、喜び。

 そんなイルカの表情を観察し、内心ほくそ笑みながら、カカシは続ける。

「あー、あんまいい席じゃないですし、この日に男2人ってのもアレでしょうけど……でもオレ、イルカ先生と観たいんですよね、コレ」

 それは世界的な演出家によるバレエ公演のチケットで、2階ながらS席。
 バレエに関心のある者なら、興味はあって当然。

 もちろん、簡単に取れるものではない。 人気もあるし、結構な高額だから。

 イルカにしたって多少のリスク───カカシを考慮にいれても、充分魅力的な公演のはずだ。
 それを承知の上で、カカシは重ねて強請るように聞いてくる。

「どーです? ご一緒してくれます?」

「……ご一緒させていただきます」

 まるで悪魔に良心を売り渡すみたいな表情で、イルカは了承した。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 そして、2月14日午後7時。
 カカシは山手線の車内にいた。
 イルカとの待ち合わせは、渋谷駅ハチ公口で5時半。

 大遅刻だ。

 国際線の離発着予定時間と、蕎麦屋の出前の今出ましたぐらい信用なら無いものはないと改めて思う。

 ただ悲しいことに、携帯の履歴を見ても、待ち合わせ相手からはなんの連絡もない。

 この日の約束を取り付けた時、互いの携帯番号とメアドを交換したし、カカシの携帯が海外でも使用ということも伝えてある。

 日本に到着した時点で遅刻だった。
 そこで1度電話を入れている。
 しかし留守電だったので、謝罪と言い訳をメッセージにいれた。
 同じ内容をメールしてもいる。

 だが、その返信すらない。

 言い訳も聞きたくないほど怒っているのか、何かあって留守電やメールに気付いていないのか。
 それとも最初から待ち合わせ場所にも来ていないのか───イルカの性格上、それはないだろうけれど。

 それすら分からないことが、もどかしかった。

 とりあえずカカシは、きっと誰も待ってはいないだろう待ち合わせ場所へ向かう。
 だが足と気持ち、ここ数日で一緒に世界一周してきた荷物が重かった。

「あ、カカシさん!」

 最寄駅の改札を出たところで声をかけられ、驚いた。

「え? イルカ先生……なんで?」

 遅刻を謝ることも忘れ、待っていた人をまじまじと見てしまう。

 普段は結い上げている髪を下ろし、一張羅であろうスーツを着たイルカがそこにいた。
 別に怒っている風でもなく。

「お帰りなさい、カカシさん。大変でしたね」

「あー、はい、ただいまです……って、あ、スミマセン! 遅くなって……」

「いいですよ。アナタはギリギリのスケジュールで動いてるんですから。それに、この程度なら許容範囲です」

 アナタの遅刻癖はナルト達から散々聞かされてますからね。

 そう言って笑うイルカに、カカシは申し訳なく思いながら見惚れた。

 特別、美しいわけではない。
 けれど、暖かい笑顔。

 そんなカカシに気付いているのかいないのか、イルカはカカシを促す。

「どうします? 今ならまだ2幕に間に合いますよ」

「えっと……途中からでも、いいんですか?」

「そりゃ、最初から観たかったです。でも……」

 そこでイルカは言葉を切って、カカシが引きずっている荷物の1つを持ち、歩き出しながら、続ける。

「カカシさんは、オレと観たいって言ってくれたでしょう? オレもね、どうせなら、カカシさんと観たいなって思ったんですよ」

 その言葉に、カカシは色々と期待してしまう。

 だがイルカは、少し先を足早に歩きながら、期待を打ち砕く勢いでまくし立てた。

「アンタは……オレを好きだとか、星になってとか言ってくる変人で、どうしようもなく時間にはルーズですけど……存外、誠実なんで……」

 友人としては、うまくやっていけそうだなって思ったんです。

「それじゃあダメですかねえ?」

 振り返り、イルカはイタズラッ子みたいな笑みを見せる。
 その顔に、自分たちの心の距離がほんの少し、縮まっていることをカカシは知った。

「イルカ先生……」

 一瞬カカシは立ち止まり、そして急いでイルカの隣りを歩く。

「急ぎマショ。2幕にも間に合わなかったら、本当に申し訳ないです」

「そうですね」

 人ごみを男2人で、結構な荷物を引きずって歩くのはお互いに大変だった。
 けれど、こうして並んで歩いていれば、いつかは気持ちも届くような気がする。

 そう思わせてくれたのは、イルカ自身だった。



 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2005/02/10
UP DATE:2005/02/14(PC)
   2008/12/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/09
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