動き出した歯車
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「紅麗! ねぇ待ってよ紅麗! 俺の話を聞いて!」
後ろから追ってくる小金井へ振り向く事なく、紅麗は廊下を突き進む。
「さっき木蓮が帰ってきて言ってたんだ! 俺は見てないけど、あのとき家にもう一人誰かがいたんだ。木蓮が言うには珍しい赤色の髪をした女だったって……!」
カツン、紅麗の足が止まる。
小金井は前へ回り込んで必死に言い募った。
「ねぇ紅麗、俺もう一度行ってくるよ! 赤い髪の人なんてそういるもんじゃないし、もしかしたら……っ」
互いに頭によぎる人物はひとりだ。小金井は期待を込めた眼差しで紅麗の返答を待った。
――赤髪の女。ただそれだけの曖昧な可能性。
だが紅麗の心を落ち着かせなくするには充分だった。
***
「アンタともあろう方がわざわざ俺の所へ何の用だい?」
麗の首領が下層部の兵隊に干渉するのは無に等しい。だが紅麗は自ら足を運び、木蓮の部屋を訪れた。にも関わらず、椅子に座ってテーブルに足を乗せている木蓮の態度に、後ろで控えていた小金井は苛立った。
「……赤髪の女を逃したそうだな」
「あぁ、不意を突かれて逃げられちまった。とびっきりの美人だったのによォ! 惜しい事をしたぜ! あの女なら俺の中で一番のおもちゃになったのに」
ぴくり、小金井の眉が吊り上がる。
まだ"彼女"と決まった訳ではないが、嫌悪せずにはいられなかった。
「御託はいい。他に何を話した」
「何も? 毒で会話もろくにできない状態にしてやったからな。まさか動けるとは思わなかったが、途中から呼吸に気を付けたんだろう。頭のいい女だ! 次は絶対に捕まえてやる。それでじわじわ痛ぶって泣いて叫ぶのを聞きながら――」
興奮しながら恍惚と語る木蓮とは対極に、紅麗の纏う空気は温度を下げてゆく。
残虐で悪趣味な人間など部下に腐るほどいるが、腹の底から煮えるこの嫌悪感はきっと、"あの男"と通ずるものがあるのだろう。
大した情報も無かった。もう用はない。
「そういやァ、俺を見て誰かを思い出すと言っていたな。……くく、心底忌々しそうに俺を見ていた。この世でもっとも地獄に堕としたい男だとも」
紅麗は仮面の下で目を見開いた。震える指先に力を込め、僅かに口角を上げる。
「奇遇だな……私もそうだ。貴様を見ていると虫唾が走る。似ているのだろう……この世で、もっとも殺したい男に」
弱肉強食の世界はいい
力が全てを支配するのだから
耳障りこの上ない戯言も
一瞬で排除できる
饒舌だった木蓮の声はもう聞こえない。一瞬で血に染め上げた部屋を後にした紅麗は、歩みを止めず小金井に命じる。
「治癒の女を捕らえた区域に向かう。その周囲および治癒の女と交流関係にあった者達を全てあぶり出せ」
「えっ、じゃぁやっぱり!」
彼女で間違いないだろう。これまでお互いどんな思いをしてきたのか分かるからこそ確信できる。
長かった
3年間、ずっと探し続けていた
「紅麗様! 侵入者です! 治癒の少女を追って来た者達に思われます!」
警備の男が慌てて来た直後、花火に似た音が外から鳴り響いた。
紅麗は仮面の下でいびつに微笑む。
「それはちょうど良かった。私が直々に歓迎しよう」
執筆2006.8.8
修正2024.6.30