動き出した歯車
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歯車は動き出す。
「殺しちゃダメだぜ
空は雲行きが怪しくなり、雨が降り始める。
少年と男の二人組が柳邸の前で待ち伏せていた。玄関の扉が開かれると、少年は明るい声で言った。
「お姉ちゃん左古下柳だね。こんばんは。拉致しに来たよ」
雨は次第に強く、重い音へと変わってゆく。
一瞬で柳を気絶させた少年は彼女を肩に担ぎ、男は二階の窓を見上げた。
「他に誰かいるみたいだぜ」
「目的は捕まえたんだ。さっさと行こう」
「先に行ってろ。俺はちょいと遊んでく」
少年は気怠げにはいはいと肩をすくめ、先に姿を消した。
歯車は動き出す。誰も予期しなかった奪い合いが始まろうとしていた。
ガラス戸を叩く雨音が激しくなり、◯◯は窓に目を向ける。
『朝は天気が良かったのに……』
外を見ようとソファから立ち上がったとき、ぐらりと身体が傾いた。突然の目眩と、鼻をつく臭い。異変に気づいた時すでに、体中が痺れて膝を崩した。
「安心しろ。トリカブトをしびれる程度まいただけだ。死にゃぁしねーよ」
入り口から見知らぬ男が現れ、◯◯は重い首をなんとか持ち上げた。
男はバンダナを目深に巻き、肩まである髪で顔半分を隠していた。そこから放たれる気配は明らかに常人ではない。
『あなた、誰……、柳ちゃんは……』
「俺の仲間がとっくに連れてったぜ。あんたも俺と来るかい? 目的は治癒の少女だけだが、あんな子供よりずっとイイ女だ。まずは自己紹介といこうかァ。俺は"
◯◯は弾けるように目を見開いた。
麗、治癒の少女、そのワードだけで今何が起こっているのか瞬時に理解する。ついにあの男の手がここまで伸びてきたのだ。治癒の力を持つ特別な彼女を欲して、この遠き地まで。
そしてこちらを見ながら舌なめずりする男に強烈な不快感を覚える。
その眼、その笑み
あの男を連想させる全て
『そっくり、ね……あなたを見ていると、思い出す。私が、この世でもっとも――』
なんとか身体を起こし、テーブルのティーポットを掴む。
『地獄に堕としたい男に!!』
男の顔を目掛けて投げつけ、熱い紅茶を浴びせた。怯んだ隙に反対側へ走り出し、窓を打ち破って◯◯は外へ出る。
木蓮も外へ飛び出したが、激しい豪雨のせいですぐに見失い、追う事はできなかった。
――治癒の力。
左古下柳は生まれた時から他人の傷を癒やす特別な力を持っていた。人を助け女神と讃えられる一方、危険に晒されるリスクも多く、そのたびに烈火が彼女を守ってきたのだ。
離れた所で◯◯は壁に手をついて息を整えた。
雨だった事は幸運だった。土が柔らかくなっていたおかげで二階から落ちてもダメージが軽減でき、痺れで走るのが遅くても姿を眩ましやすい。
(早く、みんなに知らせないと……!)
事態は思ったより深刻だ。今回の敵は今までの比ではない。
◯◯は肺が千切れんばかりに走った。
***
烈火の実母である陽炎の屋敷にて、騒ぎを聞きつけた皆は集結する。陽炎の魔導具を使って敵の居場所を突き止め、すぐさま敵地へ向かう事となった。
「◯◯、どこへ行くの!?」
皆が先に出発してから半刻後。
ガラスで切った腕や脚を包帯で処置した後、現場へ向かおうとする◯◯に陽炎は立ち塞がった。
『私もみんなと一緒に戦う』
何を言っているのだと陽炎は目を見開く。これまで一緒に過ごしてきた中で◯◯は柳と同じく、皆から守られる存在だった。武力を行使する所など一度だって見た事はない。
しかし、◯◯が腕に抱えている物に、ドクンと心臓が嫌な音を立てた。それは3年前からここで大事に保管していた、身寄りのない彼女が唯一持っていた物だ。
「それは……◯◯の魔導具なのね? 中身を確認した事はないけれど、どれだけ包みで隠そうと、そこから漂う気配はこれまでの魔導具の常軌を逸しているわ。そんな危険なものを持ち出してまで……」
『今度こそ本当に、みんな死んでしまうかもしれない。だから私も行かなきゃ』
「◯◯、あなたは敵が誰なのかを知って……」
◯◯は悲しげに微笑むと、唖然とする陽炎の横を通り過ぎる。そしてまだ軋む身体を動かして走った。
「◯◯!!」
陽炎の声は豪雨に掻き消され、◯◯に届く事はなかった。