痛み
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◯◯が目を覚ましたのは夜中だった。大きく息を吸い込み、何度か瞬きをした後、手を握って痛みが消えている事を確認する。
「起きたみたいだな」
読みかけの本を閉じた水鏡がこちらを覗き込む。
「具合はどうだ?」
『うん、良いみたい。ご心配おかけしました』
上体を起こして軽くのびをする。時刻を確認して、すっかり寝入っていた事に驚いた。
『ずっと眠らないでここにいたの?』
「仮眠ならとってる。……小金井もずっとそばから離れなかった」
隣のベットには小金井が静かに寝息をたてて眠っていた。眠るまで面倒を見てくれたのだろうか、その布団は丁寧にかけられている。
食事を温めてこようと立ち上がる水鏡を◯◯は見上げた。
『ありがとう。食べ終わったら、私に少し付き合ってくれる?』
***
夜の庭園でひとり、炎の竜を操る練習をしていた烈火は拳を握る。
「くーーっ、力がありあまってんぜ! 2時間睡眠でもナチュラルハイだ!! さて! まだ夜明けまで時間あるし、軽くランニングでもすっか!」
そう走り出した時、少し離れた所で水鏡と◯◯が二人きりで歩いているのを見つけ、思わず隠れた。
(水鏡と◯◯!? よかった、◯◯起きたんだな! でもなんでこんな夜に二人きりで……)
何かいけない現場を見ているような気がして、ドキドキしながら烈火は陰から様子を伺う事にした。
『誰もいないね』
涼しい風を心地良さそうに受けながら歩く◯◯とは対照的に、隣の水鏡はずっと渋面である。
『私の魔導具のリスクについて黙ってた事、怒ってるの?』
「……当然だ。隠し事が多い。それにまだまだありそうだ」
図星だったので◯◯は軽く肩をすくめる。
「それとも、話せない事情があるのか?」
『……私に勇気がないだけ』
武器を持つ理由も、心臓の楔も、全てを話してしまったらきっと、正義感の強い皆は命を賭けて私を守ろうとするだろう。
みんなの命を賭ける覚悟がまだ私にはない。だけど、ひとりで麗に対抗するのは無謀だという事もよく分かった。
3年間、体力や身体能力を上げて剣技も磨いた。しかし敵は得体の知れない者で溢れ、その強さもまだ遥か上。幻獣朗戦を終えて一日中寝込んでしまうようでは、到底この刃があの男へ届く事はない。
父は以前のように無警戒に私へ近付かない。武器を持って戦える事を知ったから。そして今は、どれほどの力量か様子見をしているのだろう。
「僕達では頼りないか?」
不意に手を取られて振り返る。単独を好み、あまり皆に心を開かなかった彼が"僕達"と表現した事を単純に嬉しく思い、口元がゆるむ。
『本当はみんなを巻き込むつもりじゃなかった。だけど……この大会が終わったら、全部聞いて欲しい』
私ひとりでは越えられない試練も
叶えられない願いも
みんながいれば
なんだってできる気がするから
強い風が吹いて、赤髪が軽やかに舞う。すると髪の一束が柵に絡まった。
「待て、僕が取ろう」
『大丈夫。自分で――あ……っ』
柵の鋭利な部分に触れてしまった◯◯は、指と指の間を切ってしまい血が流れた。
すると水鏡がその部分を口に含み、血を吸った。
『あ、あの、水鏡くん……! そこまでしなくても』
「少し錆びた鉄柵だからな……破傷風予防だよ」
動揺する◯◯を構わずして、吸った血を地面に吐き捨てると、けたたましい足音が飛び込んできた。
――ドゴッッ!!
「だだだ大丈夫か◯◯!? こんの吸血鬼めぇぇーー!! 水鏡にそんなシュミがあったとはぁ!!」
顔を真っ赤にした烈火が、水鏡に飛び蹴りをくらわせて叫んだ。
「誤解するな、単細胞生物。べつに、やましい気持ちでやったわけじゃない」
「へーん、どうかね! おめえの気持ちは知ってるつもりだぜ。あんとき小金井に堂々と言ってたもんなぁ」
◯◯の横に来た烈火は、柵に絡まっている髪に触れた。
「それから◯◯の髪は俺がとる! おめえは以前、姫とお姉さんをダブらせて、髪を斬っちまった男だしな!」
悪意を込めた言葉ではなかった。だが◯◯は内心ひやりとする。安易に触れていい過去ではなかったからだ。
案の定、水鏡は青筋をたて、思いきり烈火を殴った。
「おまえに何がわかる! 自分一人で◯◯と柳さんを守ってるようなカオをするな。どうせなら僕じゃなく紅麗から二人を守ってみせるんだね」
「ん……だとォ……、いつオレがそんなツラしたよぉーー!!」
『やめて! 落ち着いて、二人とも! やめなさい!!』
互いの胸ぐらを掴み合い、本気の喧嘩が始まってしまった。
麗兵隊との死闘を乗り越え、火影の結束力はより強固なものへとなるはずだった。しかしその反動のストレスも大きく、より慎重な選択が求められ、尖ったままの神経がぶつかり合う。
どちらが悪いというわけではない。互いに触れられたくない部分に、些細なきっかけから波紋は広がった。
ここで実力のある二人の間に、初めて亀裂が入ったのだ。
加筆修正 2024.6.20