痛み
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――私には、血を分けた兄弟がいる
過去、訓練に疲れてソファで寝てしまった薫に、毛布をかけて背を撫でている時だった。まるで私達の弟のようだと、幼い寝顔を見て呟いた私に、彼はそう言った。
紅麗の腕から生まれる特別な炎は、400年前の戦国時代に栄えた、火影一族の炎術士である証。一族の滅亡を防ぐ為、禁術によってこの時代へ流されたのは、紅麗だけではない事をこの時に初めて知った。
『……会いたい?』
窓辺にいた紅麗に寄り添い、ゆっくりと首を横に振る彼を見つめる。
その横顔がいつも、故郷に思いを馳せている気がして切なかった。
一体この世の誰が彼の孤独をわかってあげられるだろうか。一族は禁術を犯してでも、未来に幸せがある事を願って託したはずなのに、ここでの暮らしは彼の心を削るものばかりだ。
『元の時代へ帰りたい……?』
もしそれが可能なら、私はこの世の全てからその方法を探し出し、あなたに贈りたいと思った。
しかしそれも、静かに首を横に振られる。
「側室の子であった私は呪いの子として、母も私も虐げられていた。……どこにいても同じだ。昔も、今も」
溢れる涙を耐えたのは、私の方だ。
一体この世の誰が、彼の負の連鎖を止められるだろうか。
お願い、もう誰も彼を傷つけないで
これ以上、苦しませないで
お願い、誰でもいい、誰か
紅麗を助けて――
言葉なく額を彼の胸に押し付けて、胸の服を握りしめていた時、紅麗に名前を呼ばれ、見上げる。
「だが私は、この時代に来て◯◯に出逢えたことを幸せに思う。例え元の時代に戻る術があろうとも、私はお前のそばが一番良い」
何者にも屈しない矜持を持って微笑んだあなたは、誰よりも強く、美しく。改めて心を奪われる。
これほどの愛を貰い、私は彼に何をしてあげられるだろう。ただ無事を祈るだけの
いいえ、強くならなければならない
誰かじゃない
他でもない私が
あなたを守れるだけの強さを――
閉じられた目蓋の片方から、一筋の涙が頬を伝う。
外は淡い朱色の空。あれから深い眠りについた◯◯はまだ目覚めない。
「◯◯姉ちゃん……?」
夕食を終え、隙を見て戻ってきた小金井は、◯◯の頬が濡れている気がして顔を覗き込んだ。
すると出入り口のドアが開き、その音に肩をすくめると、水鏡が呆れた様子で入ってきた。
「いなくなったと思ったら、やはりここか」
一人分の食事を持った彼は、◯◯がまだ起きていない事を確認すると、それをサイドテーブルに置き、いまだにうなだれる小金井にため息をついた。
「何をそんなに落ち込んでいるのか、理解できないな」
「だって……◯◯姉ちゃんが忘れようって言うから……もう限界だって……紅麗のこと……キライになっちゃったのかな」
「……やはり子供だな。どうしたらそんな風に聞こえたんだ」
「また子供って言ったな!」
「大事な人が目の前で、逃れられない運命に苦しんでいるのだとしたら、見ている事しかできなかった◯◯は、己の無力さを呪うだろう」
換気のために少しだけ開けた窓から風が入り込み、銀色の髪が揺れる。どこか物悲しげな横顔がいつかの◯◯と重なり、小金井は思わず見入る。
「そんな風に見ているだけは、もう限界だと言ったんだ。過去のような暮らしに未来はないと気付いたから」
まだ眠る彼女の、頬にかかる茜色の髪を指で払い、目を細める。
「代償がついてでも、守りたいものがあるから……」
それが彼女にとってなんなのかは、もう言わなくても分かるだろ、と呟いて椅子に腰掛ける。その横顔が、今度はいつかの紅麗に見えて小金井はまばたいた。
そしてずっと胸につかえていたものが取れた気がして、妙に呼吸が軽くなる。
「……水鏡兄ちゃんさ、ちょっと紅麗と似てるね」
「……嬉しくない」
へへっと、小金井は破顔する。
霧が晴れたような気持ちとは、きっとこんな時に使うのだろう。