痛み
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病室にて、先程の出来事を聞いた小金井は信じられないとばかりに動揺した。
「そんな……本当に? 本当に紅麗が◯◯姉ちゃんにそんな事したの?」
◯◯はあのまま水鏡に運ばれ、今は隣のベットで横になっている。
「俺の知ってる紅麗は、◯◯姉ちゃんの事を本当に大切にしてたんだ。乱暴な事をするなんてありえない」
椅子に座ってしょんぼりする小金井に、土門は苦虫を噛み潰したような顔になる。同じように風子も陽炎も首を捻った。
「オレとしては、過去に恋人同士だった事の方がいまだに信じられねーけどな」
「まぁ過去はどうであれ、元恋人に対する振る舞いじゃあないわよね〜」
「とにかく、これ以上◯◯と関わらせるのは危険だわ。目を離した隙に何をされるか……」
「だ、大丈夫だよ! ◯◯姉ちゃんを傷付けるような事だけはしないよ!」
しかし土門は首を横に振る。
「平気で仲間を殺すような奴だ。完全に信用はできねぇよ。あの森光蘭みたいに、もう◯◯の事を道具のように思ってるとしたら……」
「そうだろうか。僕はそんな風に思わない」
落ち着いた声が割り込み、全員が窓際にいた水鏡に注目する。
「一番大切に思う人が、戦場で痛めつけられる姿を見たら、僕は平然としていられない。ましてや、その扱ってる魔導具が命を削るものであれば尚更。何も知らずに勝利を喜ぶ僕達に腹を立てるのは当然だ」
眩い日差しに目を細めていた◯◯を気遣い、カーテンを閉めながら彼は続ける。
「紅麗が魔導具について忠告したのもそうだ。僕達が知らなかったらそのまま、取り返しのつかない所まで◯◯を戦わせていたかもしれない」
力なくベットに身を沈める彼女を少し責めるような瞳で見つめれば、◯◯は申し訳なさそうに目蓋を伏せた。
烈火はぱちぱちと瞬き、意外とばかりに頬をかく。
「まさかお前が紅麗の肩を持つなんてな」
「気持ちが分かると言っただけだ」
ふんと鼻を鳴らす水鏡の横で、ようやく◯◯が口を開いた。
『黙っていてごめんね……。でも使い方を間違えなければ大丈夫だよ。今も、少し寝たら良くなるから……』
病室についてすぐに、再び柳による治癒が施されたが、やはりこれ以上よくなる事はなかった。
その他リスクについて、雷覇に説明した時と同じ内容を全員に話したが、完全に懸念を拭えるまでには至らなかった。
「◯◯姉ちゃん、ごめんね。俺がもっと強かったら、姉ちゃんに負担をかける事はなかったのに」
そばに来た小金井はベットに頭を乗せ、そう言った。
◯◯はその小さな頭を撫でる。
『薫……昔の紅麗はもう忘れよう』
「え……!? な、なんで◯◯姉ちゃんまでそんな……っ、確かに紅麗は変わったかもしれないけど、◯◯姉ちゃんがそばにいてくれれば、きっとまた元に戻ってくれるよ!?」
『戻らないよ』
きっぱりと告げれば、室内も静まり返った。
『もう紅麗に昔の面影は見えない。笑顔も消えてしまった……。初めて強い力で押さえつけられて、痛感したの。もう限界なのよ。私も、紅麗も……』
「そ、そんな事ない……そんな風に言わないで……っ」
『これまで私がいた世界は綺麗なものばかりだった。その裏で数えきれぬほど手を汚してきた紅麗を……もう見逃す事はできない』
何も言えなくなってしまった小金井は、ポロポロと見開いた瞳から涙をこぼした。
泣かないで、と願いを込めて、◯◯は彼の頬を何度も撫でる。
そこで、やれやれ、と息を吐き出した水鏡が小金井の首根っこを掴み、猫のように持ち上げて◯◯から引き剥がした。
「全員、ひとまず解散しよう。これでは◯◯が休まらない」
泣くのも説教するのも回復してからだと促し、全員が一時退室した。
***
「離せやい!!」
「離したらすぐに◯◯の所に行くだろ」
隣接するホテルまで移動途中、いまだに襟を掴んでいる水鏡に、小金井は足をバタバタと動かして暴れた。
「なんにも知らないくせに!」
その言葉に少し苛立った水鏡は手を離し、尻餅をついた小金井はきっと睨む。だがすぐに意地悪く笑んだ。
「兄ちゃんさ、◯◯姉ちゃんの事、好きなんでしょ?」
前を歩いていた土門や風子が、おおっと楽しげに目を輝かせる。
「そうだ」
それがどうした、とでも言うように即答した彼に、今度は全員がおおっと騒つく。
烈火、柳、陽炎は頬を染め、土門と風子はさらに目を輝かせた。
「でも残念でした! ◯◯姉ちゃんは紅麗のだから!!」
「……ふん、子供だな」
「なんだと!」
そんなやりとりをしていると、奥から大柄な男が慌ただしい様子で駆けて来るのが見えた。火影が初めて対戦したチーム空の大将である
「烈火! 第一試合でお主らの目的を問いた時、確か紅麗という名を言っていたな! お主らは……あんな奴を相手にしようというのか!?」
「そだけど?」
烈火がそう返すと空海は額に汗を滲ませ、先程、麗(紅)の試合が終えた事を告げた。
「奴は一度に5人を相手にした。相手の実力は音にきこえた豪の者達だ! しかし、奴は体より炎の羽を出し、5人を一瞬で灰にした!! おまえと同じ、炎の使い手!! あれは何者だ!?」
これまでぎりぎりの死線をくぐり抜けてきた烈火達を嘲笑うかのように、圧倒的な力の差を示し、今大会の最速の時間で終わらせ、彼は会場を後にしたという。
烈火は孤高の黒き背中を思い浮かべる。
何度も見てきた、まだ遠く遥か高い壁。壮絶な過去に決して屈しない、傷だらけで強靭な後ろ姿だ。
少しだけ口元を緩ませた烈火は、大馬鹿野郎だよ、と呟いた。
執筆 2006.9.23
修正 2024.6.9