痛み
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
担架で運ばれる前に意識を取り戻した幻獣朗は、身体を引きずるようにして闘技場を後にした。
奥へ進むほど暗くなる通路へ、やっとの思いで壁に手をつきながら進んでいると、ある人物が腕を組み待ち伏せていた。
「ふん……、やはり来たか」
壁から背を離した音遠が、冷徹な眼差しで幻獣朗を見据える。
「◯◯様への暴挙と紅麗様への侮辱……死をもって償ってもらうぞ」
笛の形をした自身の魔導具を取り出し、口元にあてる。
「ワシを殺せば後悔するぞ」
「言い訳は聞かない。貴様は大重罪を犯した」
「なに、いずれ全てが明らかになる。その時、貴様らはワシにひれ伏して媚を売――」
次の瞬間、幻獣朗の肉体は破裂し、血肉となって床に散らばった。
「紅麗様と◯◯様に仇なす者は、私が決して許さない。永遠に彷徨え」
***
試合を終えてすぐに、◯◯は待機場にて柳による治癒が施された。陽炎に頭や口元の血を拭ってもらいながら、傷ついた臓器や所々の傷は無事に治癒されたが、失った血は戻らないのでそのまま医務室へ向かう事となった。
「他に痛いところはない?」
『うん、大丈夫だよ。治してくれてありがとう。柳ちゃんも無理はしないでね』
病室へ向かう途中の廊下で、何度も確認する柳に◯◯は頷いて応える。
とはいえ、本当は歩くのがやっとだった。幻獣朗に痛めつけられた箇所は確かに治癒されたが、この身体の疲労は貧血だけではない。皆には伏せているが、私はそれ以外にも多くの代償を払った。それが徐々に身体を蝕みはじめ、一歩踏み出すたび、足の先から全身へ痛みが走った。
でもそれを言えば、柳は再び無理をして力を使うだろう。薫にも相当な力を使って本当は疲労困憊のはずなのに、自分を守るために戦う皆の側を離れたがらない。
(あと少し……病室で休めば少しは楽になれる)
貧血が酷いので、立ちくらみに気を付けながら皆の後ろをゆっくり歩いていると、カツン、と廊下の奥から誰かの足音が聞こえた。
烈火達も立ち止まり、薄暗い闇を見つめる。妙な緊張感に辺りが包まれ、音が近付いて来ると同時に空気が揺れた。
――カツン
そして闇からその人物は現れた。麗の総司令塔、首領にして最強の戦士、紅麗だ。
仮面はなく、深い黒曜石の瞳は真っ直ぐに、烈火達を見ても動じない足取りで歩いて来る。
烈火はやっと会えたとばかりに意気込んで前へ出た。
「久しぶりだな、アニキ! 来てやったぜ!!」
すると無表情だった紅麗の目が僅かに細められる。
「兄……だと? 汚らわしい。分際というものをわきまえよ」
「イヤミで言ったんだよ、バカヤローーッ!!」
騒ぐ烈火に紅麗はまったく興味を示さず、横を通り過ぎる。
この先にあるDブロックの会場へ向かうのだろう。紅麗は前大会の覇者であり、今大会の優勝最有力候補。シードされていたため、この二回戦が初陣であるのだ。
陽炎が柳の肩を抱いて壁際へ。最後尾にいた◯◯は反応が遅れ、避けようとした時すでに、目の前に紅麗がいた。
隠しきれない苛立ちを漂わせた瞳が、こちらを鋭く見下ろして。
「お前は貢物になったはずだ。であるならばそれらしく、待機場で大人しくしていろ」
◯◯は気圧されぬよう足元にぐっと力を入れる。
その事実を知らなかった他の皆は驚き、真っ先に烈火と風子が声を張り上げた。
「どういう事だ!? そんな事聞いてねーぞ!?」
「柳だけじゃなく◯◯まで、一体どういうつもりだよ!?」
「調べれば分かる事だ。大会のルールなど、奴の気まぐれでいつでも変わる」
そんな事も知らないのかと
「相手の命を奪えないのなら身を引け。いくら強靭な魔導具を手に入れたとしても、この先も通用すると思うな」
ここは殺し合いが許された戦場。そこで先陣をきって生き抜いた紅麗にとって、火影の戦い方は酷く生ぬるいものだった。
◯◯は自身の魔導具に視線を落とす。
敵に情けは無用。弱さや甘えは一瞬で足をすくわれる。その教えは麗では常識であり、間違っているとも思わない。力を持たない過去の私では、何も意見する事はなかっただろう。
だけど今は、違う。
『この有能な魔導具が、私に不相応なのは重々承知してる。それを使いこなせていない私はさぞ滑稽に見えるのでしょうね。……でも戦い方くらいは、自分で決めるわ』
貢物だとしても、もうただの傍観者にはなれない。かつてその残酷な世界で守られてきたからこそ、私もその力のひとつとなりたい。
「……滑稽……だと?」
皆の元へ足を踏み出した時、小さな呟きが耳をかすめた。瞬間、強い力に引かれ、ドンと背中に衝撃が走る。紅麗の大きな手が首を覆い、壁に押さえつけられたのだ。
ぐわんと目眩がして小さく呻くと、首を掴んでいた手はそのまま顎を捕らえ、上へ向かされる。
「今、滑稽と言ったか?」
ぎらぎらとした双眼とぶつかり、息を呑む。
「オイ! やめろ!!」
烈火が腕を構えるも、紅麗は膨れ上がる怒りのまま詰め寄った。
「一体これの何が面白い? お前がそこまでの代償を払うほど奴らに価値があるとは思えない。守るだのほざいておきながらよくも平然と……! どいつもこいつも、虫唾が走る!!」
顎を強く掴まれて息が苦しくなる。
上へ引き上げられた事によって爪先立ちになり、逃れる事も叶わず痛みに顔を歪めると、紅麗から引き剥がすように地面から氷柱が突き破って出てきた。
水鏡が氷柱を、そして烈火が炎を放ち、紅麗はそれらを全て避けて後方へ。
解放された◯◯は即座に水鏡によって肩を抱かれたが、自身で立つ事ができず崩れ落ちた。
「◯◯……!?」
水鏡が体を支えなおすも、◯◯の意識は朦朧としている。異変に気付いた烈火達も取り囲んだ。
その光景に紅麗は舌打ちしたくなった。
「無能な貴様らに忠告してやる。◯◯が所持している魔導具は、人間の生命力を糧にする。それが強大であればあるほど、主は相応の代償を払わねばならない」
「「!?」」
「故にどんな弱者も代償を払えば、どんな強者にも対抗できる。だが使い方を誤れば己の身体は蝕まれ……最終的には死ぬだろう」
烈火達は驚愕に目を見開く。
◯◯は朦朧とする中、皆にはまだ知られたくなかったと目を閉じた。
「せいぜい貢物には傷をつけぬよう気をつけよ。そして私のチームと当たるまで虫ケラの意地を見せろ。おまえは私が殺す」
黒翼の衣をなびかせて、