裏武闘殺陣
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
森光蘭、紅麗が率いている麗兵隊は数が多いため、いくつものチームに別れている。そして火影が次に対戦するのは、その中のひとつ、麗(幻)。
彼らの第一試合も同日だという情報を得て、急いで偵察しに行こうとみんなで現場へ向かっていたはずだった。
(気遣われたのね……。いつかの烈火くんと柳ちゃんみたいに)
結局、会場の入り口まで来る頃には、水鏡と◯◯の二人だけになっていた。
急にお腹が痛いだの喉が渇いたなどと適当な理由をつけ、他はいなくなってしまったのだ。
(やっぱり周りから見ても私達って
考えながら水鏡と共に会場内へ入ると、中は異様に静かだった。時刻からして試合はまだ始まったばかりのはずだが、と疑問に思ったのも束の間、リング上の壮絶な光景に絶句した。
「うる……麗(幻)VS新羅会は……獅獣の5人抜き……麗(幻)は、二回戦進出です……」
審判は目を背けて震えており、観覧席ではすでに多くの人が逃げ出し、嘔吐して動けない人もいた。
「……出よう」
水鏡は◯◯の背を押し、出入り口へと促した。
火影と空が対戦した時とはまるで違う。空のチームがいかに正当な武闘家だったのかがよく分かった。ここは、純粋に強さを競い合う大会ではない。
麗は明らかに異常だ。その異常さも許される大会なのだ。
帰り道、二人はしばらく無言で歩いた。
さすがに人が捕食されるのは初めて見た◯◯は、気分が悪くなって額に手を当てる。
あの獣も含め紅麗が全て管理していると考えたら、自分が過去に過ごしていた場所がいかに綺麗なものだったのかを思い知る。血が流れる現場からは見えないよう遠ざけられ、美しい花々で周りを囲った館にしまわれて。
その裏側できっと、拭いきれない血を、数えきれない屍を、彼は踏んできたというのに。
私は馬鹿だ
あの頃、今のままでも幸せだなんて
なんにも
見えていなかったくせに――
「◯◯」
不意に水鏡に呼ばれ、額から手を離して見上げる。
日に照らされた銀色の髪が煌めき、揺れる前髪の隙間から覗く深い瞳が、心配そうにこちらを伺っている。
「顔色が悪い。少し休んでいこう」
闘技場ドームと選手が宿泊するホテルは離れており、その間の敷地内は休息や散歩ができる大きな庭園となっていた。
◯◯は水鏡に手を引かれ、花壇で美しく整備された脇のベンチに腰掛けた。
繋がれたままの手を引こうとしたらなぜか離されず、むしろ両の手を取られ強く握られる。そのせいで自然と向き合う形になり、さすがに落ち着かなくなった。
『み、水鏡くん』
「◯◯、本当に大丈夫なのか?」
『大丈夫だよ。少し気分が悪くなっただけ』
「そうじゃない。麗と戦う事にだ」
虚をつかれて、まばたく。
「親しかった者もいるんだろう?」
『……顔見知りはほんの一部の人達だけで、ほとんどは知らないよ。それに柳ちゃんが賭かってるんだから、遠慮なんてしていられないわ』
「そうかもしれないが……やはり何度思い返しても、◯◯はここに来るべきじゃなかったと思ってる」
『心配性だね? むしろ置き去りにされるより、みんなと一緒にいた方が安全だと思うけど』
だって守ってくれるのでしょう?
そう小首を傾げて小さく笑うと、水鏡はもどかしいような表情を浮かべて目を伏せた。
「僕は◯◯が大事なんだ。だから安全な場所で信じて待っていて欲しい……そう思うのは自然な事だろう」
◯◯は身を硬くする。珍しく素直な物言いに、なんて返答したらよいのか分からなかった。
彼からの好意はこれまで幾度となく感じるものはあった。特に柳と風子から仄めかされる事が多く、でもそれは友人としてなのか、それ以上のものなのかは定かではなくて。
でも、今、はっきりと伝えられている気がする。
どうしようと困っていると、今度は水鏡が苦笑した。
「今言う事じゃないな、すまない。ただ、大事に思っている事だけは覚えていて欲しい。例え僕の気持ちに応えられなくても」
全てを見透かしたような台詞は真っ直ぐに、そしてとても誠実に、◯◯の心を労わるように届けられた。
手を差し伸べても、私がそれを取らない事をすでに彼は知っていた。
執筆 2006.9.12
修正 2024.5.3