裏武闘殺陣
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「下が騒がしいな、何事だ?」
「あぁなんでも、森様の娘が帰ってきたとかなんとか」
関係者以外立ち入りできない中枢では、各フロアの警備兵が休憩の合間にタバコを吸っていた。
ひとりがタバコを咥えながら鼻で笑う。
「あの3年前から行方不明の? 大層美人で可愛がってたとかいう……。昔からいる警備の野郎は絶世の美女だとかほざいてたアレか?」
「そうそう、だけどあの森様の娘だろ? 噂は当てになんねぇな」
「くく、オイやめろよ。上に聞こえるぞ。だが確かに、絶世の美女は笑える――」
すると奥から従者と共にやってきた人物を見て、加えようとしたタバコをぽろっと落とした。
見た事もない宝石のような深紅の髪を揺らし、豪奢に飾られたシャンデリアや生け花が霞んで見えるほどの美女が歩いてきたのだ。
警備兵達は彼女が応接室へと消えたあとも、しばらく呆然と見つめたまま硬直していた。
***
「◯◯!? 本当に◯◯なのか!?」
森光蘭はこれまでにないほど髪を振り乱し、廊下を駆け抜けた。乱暴に応接室の扉を開き、中にいる人物を見るなり喜びに胸を震わせた。
「◯◯ッ!! やっと私の元へ戻って来てくれたのか!? 父は会いたかったぞ! ずっとお前を探していたんだ◯◯ッッ!!」
無表情でソファから立ち上がった◯◯は、両腕を広げ駆け寄る森をするんと交わし、背後へ立った。
『お久しぶりです、お父様』
何事もなかったかのように
森はそれでも嬉しそうに唇を歪めた。
「くくく……離れていた間にまた随分と生意気になったようだ。お前にはつくづく驚かされるよ。まさか爆弾を抱えたまま出て行くとは」
『それで私を鎖で繋いだ気になっていたのですね』
「度胸だけは認めよう。ところで見事な色の髪だな。見違えたぞ! その持っている武器も魔導具か?」
森は改めて◯◯の姿に感嘆をこぼした。
◯◯はその視線に不快感を覚えながらも、腰に下げていた刀の柄に片手を置く。馴れ合う気はさらさらないという意志を見せれば、森はくく、と喉を鳴らし、両手を広げた。
「いいだろう、細かい事は不問としよう! とにかく、戻ってきてくれて何よりだ」
『勘違いなさらないで下さい。私がここへ来たのは、今回の大会に火影として参戦するためです』
「火影? あの花菱烈火の……そうか、お前はあの者たちの加護にあったのか。我が麗もなかなか花菱烈火から治癒の少女を奪う事ができない。確か奴も紅麗と同じ炎の使い手のようだな」
『佐古下柳を諦めてくれませんか?』
◯◯は結論だけを述べた。
「それはできない相談だ」
『諦めていただけるのなら、私はすぐにでもお父様の元へ帰りますが』
「それは何ものにも代え難い嬉しい事だが、治癒の少女は手に入れる。私が長年追い求めていたものだ」
『……彼女をどうするおつもりですか?』
「いずれ教えてやる。くく……そうだ、お前が火影の仲間であるなら、貢物は佐古下柳と◯◯の二人にしよう。そうすれば紅麗もやる気が出るだろう」
ぴきり、頭の中で血管が浮き出る音が鳴る。冷静でいようと決めていたのに、その表情も声も、全身が泡立つほど気に障る。
「そう怒るでない。先に約束を違えたのはお前だぞ? 3年前、お前が私のものとなる代わりに月乃と紅麗の解放だったはずだが?」
『紅麗の代役が見つかるまで彼はそばに置くとおっしゃっていたではありませんか。それまでの時間を私なりに有効に使っただけです。その様子だと、いまだ見つかってはいないようですね』
雷覇にこのまま逃げてほしいと説得された時から違和感に思っていた。
どこへ行こうと、私の心臓を握っているのは森光蘭だというのに、まるで何も知らないかのように、今がチャンスだとばかりに私を逃がそうとした。それが紅麗の意向でもあると。
『お母様もまだ自由ではないのですね?』
「月乃自身がどこへも行かないのだ。紅麗との数少ない面会のために勝手に残っている。とはいえ都合が良かったから、月乃にも紅麗にもこれまで通りを装っている。知るのはお前と私と、医術を施したごく一部の人間だけで、他はまだ何も知らない」
それが愉快でならないという風に、森光蘭は笑った。
「知れば絶望だろう? だからこれも私の慈悲なのだよ! 今は治癒の少女を手に入れるために精神を乱されては困るからな! お前も、今は火影の元へいる事を許そう。この大会では自由に過ごすといい。これも私の慈悲だ!」
――違う。
私を火影の元へ置き、紅麗と対立させたいのだ。そうしてお互い傷つけ合う事を望んでいるのだろう。私が大事にしている仲間を紅麗に殺させ、左古下柳を勝ち取ればこの男にとっては良い事尽くめだ。
『……もう話す事はないようですね。火影が勝てばいいだけの事ですから』
これ以上は時間の無駄だと判断した◯◯は踵を返し、応接室から出て行った。
「いずれ嫌でも私にひれ伏す事となるさ。あの紅麗でさえも、抗えない力をな……」
下卑た笑いだけが室内で響いた。