私の最愛
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『……嫉妬?』
予告通り、皆が寝静まった夜。バルコニーから訪れた紅麗は言いにくそうに心の内を明かした。私へ送られてくる見合い写真と贈り物が毎日のように増え、ついに保管用の倉庫まで出来たと知り気分が悪くなったと。
ぽかんとして見つめていると、紅麗は居心地悪そうにバルコニーの手すりに腰掛け、前髪をかき上げている。
◯◯は紅麗に抱きついて、馴染んだ香りをいっぱいに吸い込んだ。大きな手が背におりてきて、優しく撫でられるたびに幸せを感じて。
「今夜は連れて行きたい所があって来たんだ。少し外に出てみないか?」
『今から?』
「あぁ」
真っ暗闇の外をチラリと見て、無言になる。◯◯は昔から暗い所が苦手だからだ。
不安を取り除くように紅麗が髪を撫でる。
「こうしていれば平気だろう?」
紅麗は手すりの縁へ、◯◯を抱き上げて立ち上がった。
◯◯は突然の浮遊感に小さく悲鳴を上げる。足下には当然何もなく、彼の腕に支えられているのみ。
『え……ま、まさか、このまま? 嘘よ、ね?』
返答はなく、美しく微笑む男の顔が悪魔に見える。
「こちらの方が速いからな。目を閉じていればいい。声は出さない方がいいが」
『ま、まって紅麗! せめて――!』
降りる時は階段で、という言葉は押し殺した悲鳴と共に消えた。紅麗が夜空へ飛んだのだ。
風を切る音が駆け抜け、人ひとり抱えているとは思えないほどの身軽さで木々を飛び越えていく。スピードはあるのに不思議と◯◯の身体に負担はない。その分紅麗に負荷がかかっているのだろうが、彼はそしらぬ顔だ。
夜の森の不気味さに耐えきれず、肩に頭を押しつけると、優しい吐息が鼓膜をかすめた。
紅麗は愛おしむように◯◯の頭に軽くキスをして、先を進んだ。
やがて振動が止み、甘い口付けをもう一度頭に感じた◯◯は、恐る恐る目を開ける。
そこは、とても幻想的な花畑が広がっていた。
『綺麗……』
澄んだ風と、広大な青い芝生。夜空は星屑で溢れており、夜中だというのに明るい光が降り注いで、地面を煌びやかに照らしている。
風が吹けば花びらが舞い、まるで絵本の中に入り込んだような神秘的な世界。
『近場にこんな素敵な場所があったなんて……』
「家の中だけでは窮屈であろう。たまにここへ来てのんびりするといい」
紅麗に地面へ降ろしてもらうと、◯◯は中央へ駆けて子供のようにくるくると見回した。
そうしてしばらく、心浮き立つままに散策をしていると、不意に後ろから手を引かれる。
「転ばぬようにな」
優しい眼差しと、慈しみ深い静音。
◯◯は景色を眺めるのをやめ、もっと温かい所――愛しい人の胸へ入り込む。
『ここに来れる時は、紅麗と一緒がいい』
思った事をそのまま口にすれば、背中に回った腕の力が強まった。それが心地良いと目を閉じて、満ち足りた気持ちになっていると、唇に柔らかいものが触れる。
目を開けば、彼の顔がある。そして再び、今度はお互いに熱を分け与えるように、深いキスが始まった。
頬に集まる熱を、冷たい風がかすめていく。
長いようで一瞬のキスを終えてぼんやりしていると、不意に左手を持ち上げられ、何か固い感触が指先を通った。見ると、白銀色の美しい指輪が薬指に収まっていた。
「こうして限られた時間しか共にいれないが、いつも支えられてると感じてる。◯◯も同じように思ってくれたら嬉しいと思う」
中央に敷き詰められた宝石から翼が伸び、金属が何重にも重なった繊細で奥行きのある彫りが広がる。細部まで行き届いた精巧な造りは木目のようで、炎のようにも見える。
「この宝石は少しの光でも取り込んで光る。自由のない◯◯に翼を、そして闇を克服できるよう願いを込めて作った。◯◯の誕生日はまだ先だが、当日は奴に独占されて会えないからな。誰よりも先に贈りたかった」
『紅麗……』
炎が紅麗、翼が私だとしたら、これはお互いを象徴した指輪だ。
この広大なる花畑のように、溢れんばかりの幸せが胸に広がった。
大切に手で包み込み、胸の前で握りしめる。
『ありがとう、紅麗』
以前に一度だけ、紅麗は私を逃してくれようとした。
父の目を欺き、生活の保障もできると……鳥籠の中の私を、外へ連れ出そうとしてくれたのだ。鎖に繋がれている彼とは違い、私を縛り付けるものは何もないから。
"お前だけなら自由にしてやれる"
それが、紅麗から最後に受け取る最上の愛だった。
でも、私はそれを強く拒んだ。
例え鳥籠の中でも、あなたと共にいる事を選んで、今もここにいる。
『こんな素敵なものを貰えるなんて……すごく嬉しい。本当にありがとう。大切にする』
あの時、拒んだ私をあなたは酷く悲しい顔をしていた。
でもどうか、そんな顔をしないで
私の幸せはここに、あなたのそばに
たとえこの身に魔法がかかって翼が生まれようとも
舞い降りるのはあなたの元だろう
背に回る腕に優しく抱かれ、見上げると紅麗の前髪が額をくすぐった。
「◯◯……私の最愛。愛している……」
頬に入り込むあたたかな手を感じ、同じく幸せだと見つめ返した。
『私も愛してる。紅麗……』
このぬくもりが私の最上であり
いつだって特別な居場所となるから
執筆 2006.8.21
修正 2024.4.23