私の最愛
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息を潜めるように着実に
そして、確実に
紅麗はすでに、力では誰も逆らえない頂点へ君臨している。怒り恨みを蓄えたその刃の切っ先は、森光蘭の喉仏まで迫っていた。
いつでも殺せる
表情のない仮面の、その奥から滲み出る殺意は日を追うごとに増し、対し森光蘭も警戒して隙を作らず、己の盾となる直属の護衛や部下を増やし、冷戦状態が続いた。
そして、◯◯がもうじき16歳を迎えようとした頃。
『お父様、お見合いだなんて……冗談ですよね?』
「安心しなさい。可愛い娘を結婚させようなどとは思っていない。せいぜい婚約までだ。都合が悪くなれば解消すればいいだけのこと。……くく、お前欲しさに馬鹿な男が多額の金を貢ぐだろう」
夕食を食べ終え退席した父を見送り、扉が閉ざされた瞬間、◯◯は盛大にため息を吐いた。
『音遠は知っていたの?』
護衛兼、専属メイドである音遠がすぐさま後ろに控える。
「◯◯様が16歳になると世間に知れてから、我先にと面会希望者が次々に……今では見合い写真と贈り物で倉庫は溢れ返っております。すでに多額の手付金も森様に渡っていると思われますが」
『そう……』
父より遅れて部屋を出ると、他の使用人やガードマン達の視線が一斉に集まった。
◯◯はひそめていた眉を直し、口元だけ優雅に微笑んで、軽くお辞儀をしてからその場から立ち去った。
「◯◯様だ。久しぶりにお見かけした。ラッキーだなオレ達」
「またお綺麗になられた。いろんな令嬢を見てきたが、やはりウチの◯◯様が一番だな」
「妻子持ちから年寄りまで、◯◯様目当てに多くの人間が大金を注ぎ込んでいるらしいぞ」
こっそりとした男達の会話は音遠だけに届いた。音遠は姿勢よく前を歩く麗しの主を見つめ、小さく息を吐く。
天使のようだと謳われた少女は女性へと移り変わり、より洗練された美女へ成長した。淑女の如く完璧なマナーや立ち振る舞いを覚え、老若男女問わず魅了させる。このように彼女が歩くだけで、周りの視線を掻っ攫うのは日常茶飯事だ。
『そういえばここ、いつも厳重に閉じてるけどなんの部屋なの?』
別館へ移動している途中、◯◯は以前より気になっていた部屋を指差した。
見るからに重厚な鉄で出来た扉に、鍵のついた鎖で入念に封鎖されている。
「そちらは武器や魔導具を保管しております。危険な物が多々ありますので安易に入れないようになっているのです」
『魔導具! 見てみたいな。沢山あるの? 私にも扱える魔導具ないかしら?』
「◯◯様には必要のないものばかりでございます。それより未開封の贈り物が山程保管してあるお部屋へご案内しましょうか?」
『それこそ必要のないものだわ。私は魔導具に興味があるの! 音遠が一緒でも入っちゃダメなの?』
「私でも安全は保障できませんので。紅麗様に知られたら怒られてしまいます」
『内緒にしていればいいのよ。ね? 大丈夫、少しだけよ』
「ダメでございます」
わざとらしくむくれる彼女に音遠が苦笑したのも束の間、奥から見知った気配を感じた音遠は、すぐさま表情を引き締めて頭を下げた。
◯◯は音遠の態度で後ろから誰が来たのかを予想できてしまった。
「そう困らせてやるな。魔導具は普通の武器とは違う」
漆黒の軍服に身を包んだ紅麗が、仮面を外しながらこちらへ歩いてきてそう言った。
話しかけてくるという事は周囲に誰もいない事と同じなので、◯◯も気にせず彼のそばへ駆け寄る。
『紅麗が一緒なら入ってもいい?』
「ダメだ。音遠、下がっていい」
「はい、失礼致します」
紅麗の手が腰に添えられ、魔導具部屋から引き離すようにエスコートされた。◯◯が不満気に睨んでも、彼は涼しい顔。
入り組んだ廊下へ進み、人の気配が更に減ると、◯◯は遠慮なく彼の胸に頭を預けた。いつも通りあたたかい。だが纏う空気がほんの少しピリついているようにも思う。
『……どうかした?』
ちらりと見上げれど、返答はない。
自室について中へ入ると、紅麗が小さく息をついたのを感じた。長い間一緒にいると、何気ない仕草でも気付いてしまう。
『そんなに嫌だった? 魔導具に興味を持つのが』
「そうじゃない」
だったらどうして、そんなに機嫌が悪いの
出かかった言葉は飲み込んで、目を伏せる。
一番大切な人だからこそ、些細な不安もすぐに取り除きたい。ただでさえこの城は敵ばかりで、限られた仲間とお互いだけが頼りなのだ。
不意に紅麗の手が頬に入り込み、引き寄せられた瞬間、唇が塞がる。
あたたかく柔らかな感触に、一瞬で胸が熱くなる。
「今夜、また来る」
何もかも見透かすような瞳と間近でぶつかり、親指が頬をなぞった。次の瞬きにはぬくもりは離れ、彼はあっという間に姿を消した。