動き出した歯車
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新しい生活は私により多くの知識を与えてくれた
知らない事ばかりに溢れていた
毎日が新鮮で、楽しくて
どんな事も頑張れる気がした
それが日常的であればあるほど幸せで
切なくて――
「おい、来たぜ!」
「あぁ……今日も綺麗だ」
「天使だ……」
春には桜が、秋には紅葉が咲く木々と、中央にある噴水に向かってレンガが敷き詰められたこの公園は、"彼女"のお気に入りの散歩コースであることは有名だった。
それだけ彼女――
"◯◯"は美しかった。
日焼けを知らないような色白の肌。長いまつげと透明感のある瞳。整った顔や身体の造形はもちろん、特に目を惹いたのは深紅に輝く髪色だった。腰よりも長いそれは歩くたび艶やかになびいて、通りすがりの誰もが彼女の美しさに目を奪われるのだ。
「◯◯さん! 僕とデートしていただけませんか!」
◯◯を一目見ようと人が集まるのは珍しくないが、声をかけるほど勇気がある者は珍しかった。
他校の制服を着た男は自信たっぷりに◯◯へ詰め寄り、ギラギラと目を輝かせている。
『ええと……どちら様ですか?』
「それはデートしながらでもお話しましょう!」
『それは困ります。ごめんなさい』
「そう思うのは最初だけ! お互いもっと交流を深めるためのキッカケだと思って!」
『あ、ちょっと痛いです。離して下さ……』
男が手を引き連れ出そうとした瞬間、突風の如く現れた
「なんだテメェ!」
「おい待て! こいつ……
いかにも喧嘩慣れしているガラの悪い男達だったが、烈火を見た途端に顔色が悪くなる。
"
男達は逃げるようにしていなくなり、振り返った烈火に◯◯は微笑んだ。
『いつもありがとう。烈火くん』
「おうよ! ◯◯も毎回大変だよなぁ。年々増えてねぇか?」
このやりとりも日常的なもので、人目を引きやすい◯◯を守る事は、忍びに憧れる烈火にとってとてもやりがいのあるものだった。
『それより烈火くん、背が伸びたね。初めて会った時は同じ目線くらいだったのに』
「そう言えばそうだな! あの時は俺はまだ中1だったか?」
現在◯◯は高校3年生、歳下である烈火は高校1年生になるので、◯◯が烈火と出会い、この町に来てから約3年の月日が流れていた。
『あれから3年も経つのね……』
呟いた声には寂しさが滲んでいたが、烈火はそれには触れず、前を向く。疑問に触れた所で彼女が苦しむと分かっていたから。
「行こう! 今夜は花火をあげるぞ! みんなも家に呼んである!」
親友と呼べるほどの信頼関係を築き上げても、誰も◯◯の過去は知らない。それでもここで安心して過ごしてくれるならそれで良かった。初めて出会った、あの夜を思えば。
***
3年前――
その夜は、酷い雨だった。
烈火は偶然通りかかった公園で、傘を持たずに立ち尽くしている女性を見つける。何時間そうしていたのだろうか。全身はずぶ濡れていて、頼りない街灯の下で茫然としている。
「大丈夫か? 風邪ひいちまうぞ?」
駆け寄って声をかけるが返答はなかった。ただ頑なに棒のような長い"何か"を抱きしめている。白い布で巻かれており中身は分からないが、それもぐっしょり濡れて重さが増しているようだった。
「その持ってるやつは傘じゃないんだよな? こんな夜に一人じゃ危ねーと思うんだけど……それとも誰か待ってんのか?」
だとしたら雨宿りできる場所に移動すべきだが、彼女は顔を上げない。自分も警戒されているのかもしれないが、このまま放っておく訳にもいかない。
「じゃあひとまず、これやるから! 何があったか知らねーけど、気を付けて帰れよ!」
押し付けるように自身の傘を持たせると、彼女は少し身体を強張らせた。構わず踵を返し、雨の中を駆け抜けようとしたその時。
『……誰も……』
雨にかき消されるほどの弱々しい声だった。振り返ると彼女は顔を上げており、烈火は思わず息を飲む。
神秘的な赤髪の隙間から覗く瞳はまるで宝石だ。そしてあまりの端正な顔立ちにただただ驚いた。
『誰も……待ってないの。ただ……帰る場所がなくて……』
そして感情が抜け落ちたように話す様が心苦しくて、この降りしきる冷たい雨が、今の彼女の心のように思えてならなかった。
当然、放っておく事などできず、烈火は彼女を自宅へ連れ帰り、育ての父親に事情を説明した。
父子家庭で男臭いところだが、部屋ならいくらでも余っているから好きなだけここにいなさいと、父は彼女を快く迎え入れた。
あの夜から3年。今では烈火と同じ学校に通い、新しい出会いと苦難を共に駆ける親友となった。