短編作品
とんとん たたん
雨樋から漏れる雨の音が響く。
『朔の部屋の雨の音、好き』
そう彼が言ったから、僕も好きになった。
雨は別に好きでも嫌いでもない。雨樋から漏れる雨音は不規則で、どちらかというと耳障りな音だった。けど、彼が好きだと言った瞬間からそれはキラキラと光り輝いて、メロディを奏でているように聞こえるのだ。
彼という存在を初めて認識したのは、幼稚園に上がる前だったと記憶している。みんなより少し小さい僕を気遣ってか、彼はよく僕の面倒を見てくれていた。当たり前のように僕は彼が一番大好きで、母曰く、親鳥にくっついて歩く雛鳥のようだったらしい。
新学期。当時の僕にとってはある日突然。彼が他の子達と同じ服を着て、見知らぬ所に行き出した。幼稚園だ。僕はそれはそれは酷い癇癪を起こし、「僕も行く」と駄々を捏ね、連日母や彼を困らせた。
小学校に上がるときにもほぼ同じ事が起こり、毎日校門の前で彼を待ち伏せしていた僕は、小学校ではちょっとした有名人だった。
やっと春が来て小学校に入学出来たというのに、僕は愕然とした。彼と学年が違うという自分にはよく分からないシステムのせいで、同じ所に居るのに彼に会えないというのだ。授業中は会えないのならと、僕は毎日休み時間になると彼の教室に遊びに行った。有名だったことが功を成してか、彼のクラスメイトには割とすんなり受け入れられた。
三年生になったとき、彼のクラスに転入生がやってきた。初めは気にしていなかった。でも、段々、二人の距離が近くなってる気がして。僕が教室に着く頃には毎回二人で話し込んでいたし、気付けば下の名前で呼び合っていた。そんな二人を見るのがものすごく嫌で。でも気になって目も離せなくて。ドロドロと胸に広がる黒いナニかを僕はずっと押し殺していた。
そんなある日、いつものように彼の教室に行くと、彼が体育の時間に怪我をして保健室で手当をしていると彼の友達に聞いた。僕は一目散に駆け出した。保健室に着いた時には手当はもう終わっていて、彼は教室に戻るところだった。「軽い怪我だよ、大したことない」と彼は言ったけど、何か力になりたくて肩を支えて歩こうとしたら、側にいた転入生が僕を手で制して彼の肩に手を回した。
「背の低いおまえがやるより、俺がやった方がいいよ」
言葉が出なかった。並んで歩く二人をただ見ているしかなかった。
その日の夜、悔しくて悔しくて眠れなかった。彼の隣に居るのはいつだって僕でありたいのに。一つ歳が違うだけで、とても大きな壁があるように感じた。彼と対等になりたかった。彼に必要とされたかった。そして、早く大人になりたかった。
次の日から僕は泉くんと呼んでいたのを止め、泉と呼び捨てで呼ぶようにした。なんでって、その頃の僕が思い付いたすぐ実践出来る対等な関係っぽく見えるのが、名前の呼び捨てだったからだ。身長を伸ばすために牛乳もいっぱい飲んで、小魚も骨ごとバリバリ食べた。その甲斐あってか、ただの成長期か、身長は伸びに伸びて今では180センチを超えるまで伸びた。ただ一つ誤算は彼にも成長期があり、彼の身長が僕より1,5センチ高い事だ。
そして今、僕は高校三年になり、彼は大学一年になった。
「ねえ、今日、親いないんでしょ?」
鼻につく甘い声が耳元で聞こえる。雨音に耳を澄ませていたせいで、つい思い出に浸っていたようだ。ああ、居たんだっけって思考は読み取られないように「ん〜?」と笑顔で誤魔化す。女の子はその受け答えを良い意味で捉えてくれたようで上機嫌で近付いて来る。キスは苦手だ。女の子たちは一様に皆唇にテカテカとリップを塗りつけていて、正直その唇とキスをするのは気持ち悪い。目の前の女の子も例に漏れず、近付いて来る唇は油を塗ったように光っている。
唇が触れ合う寸前、スマホの着信音が鳴り響いた。僕は女の子を押し退けてテーブルの上のスマホを取る。もー! という抗議の声は無視して一つ深呼吸。少し声のトーンを落として電話の相手に声をかけた。
「もしもし?」
「もしもし、朔?」
「うん」
「あのさ、今出て来れる?」
「今?」
「うん、俺、今大学なんだけど、自転車の鍵無くしちゃった。迎えにきて」
「泉、僕、今ーー」
「ねぇ、お願い」
「……分かった。待ってて」
スマホを切ってすぐ服を着替える。着替える間中、ずっと女の子は何か言っていたけどあまり耳に入らなかった。出かけるから帰ってと言うと「サイテー」と言って出ていった。
軽く身だしなみを整え、お風呂の湯沸かしのスイッチを入れる。バイクの鍵を握りしめて家を出た。ニヤける顔が抑えられない。泉が待ってる。……ダメだ、ニヤける。
-----
泉が中学生になった頃から、僕は彼の世話を焼きまくるようになった。まるで執事が主人にするように、兄が弟にするように、母親が子供にするように、そして時には恋人同士のように甘やかした。結果、彼はどんどん僕に依存していった。
彼が高校生になった頃、寂しいという彼の為に添い寝をしてあげる事が多くなった。手を繋いだり、腕枕をしたり、抱きしめたりして眠った。
「ねぇ朔、俺たちの関係、なんていうか知ってる?」
「え? 何って、友達でしょ?」
「まぁ、そうだね。でもただの友達じゃないんだって」
「そうなの? なに?」
「ソフレって言うらしいよ」
「そふれ……」
「添い寝フレンドだって」
「……へぇ」
「キスフレってのもあるらしい」
「キス友達?」
「そう」
「それ友達なの?」
「さぁ、本人達がそう言うならそうなんじゃない」
「……なに、泉は俺とそういう友達になりたいの?」
「え?」
「ん? 違うの?」
「……わかんない」
「わかんないんだ?」
「ちがう、なりたくない……けど、」
「けど?」
「……わかんない!」
「ふーん……、じゃあ、やってみよっか。キス」
「え?……ん、……」
「……これで、ソフレにキスフレだね」
「…………」
「泉? ヤだった?」
「……おまえ、慣れてるの?」
「まさか。初めてだよ」
「…………」
「なに、その目は」
「べつに。寝る。おやすみ」
「……おやすみ」
眠れなかった。眠れるわけがなかった。触れるだけのキス。それだけで身体中の血が沸騰しそうだった。
やばい。どうしよう。もっかいしたい。もっとしたい。だめだだめだ。泉の方からしたいって言ってくれなきゃ。泉がもっとして欲しいって思ってくれなきゃ。泉が僕なしじゃ生きられなくなってくれなきゃ。どうしよう、どうすれば。そもそも誰とも付き合った事ないってやばいかな。そんな魅力のないやつのことなんか興味持ってくれないかも。あれ? そういえば泉、キスした後ちょっと機嫌悪かったような。下手過ぎてドン引きしたんじゃ……まずい。練習しなきゃ。泉以外に興味ないけど、そんな事言ってる場合じゃない。
腕の中で眠る泉の頸に祈るようにそっと唇で触れた。
待ってて泉。僕、泉のためなら何だってするよ。
次の日、前からよく話しかけてくる女の子が告白してきた。僕はつい嬉しくなって「よろしくね」と言ってキスをした。女の子は真っ赤になっちゃってそれ以上は何も出来なかったけど、無事練習する機会を手に入れることが出来た。
その日から僕は何人もの女の子と付き合うようになった。来るもの拒まず、去る者追わず。その内、最初に告白してきたような初心な女の子は居なくなって、見た目も性格も派手で奔放な子しか周りにいなくなった。
女の子たちと居ると、必然的に彼と居る時間が少なくなるのは仕方のない事だった。そんな中でも出来うる限りの時間を彼と過ごした。それでも以前に比べるとその時間は格段に減ったわけで、彼が気付かないはずがなかった。
「最近、めちゃくちゃ遊んでるんだって?」
「え?」
「学校中噂だよ」
彼が高三、僕が高ニだった。同じ学校に通ってるし、彼のクラスの女の子とも付き合ってるから知られるのは分かってたけど。遊んでるだって? 心外だ。
「遊んでるって何。僕はいつだって真剣だけど」
「……へぇ」
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。なんだこの空気。二日ぶりにやっと泉と一緒に居れるのに喧嘩にでもなってしまいそうな雰囲気だ。何か言わないと。何か……
「ねぇ、」
「……ぇあ、なに?」
不意に声をかけられて変な声が出た。恥ずかしくて俯くと、顎を掬うように持ち上げられ切長の目と視線がぶつかる。
「キス、しないのーー」
「……っ……、」
「ん、……ふ……っ」
夢中で貪った。彼の両頬を両手で掴んで、引き寄せた。逃がさない。
触れ合うだけのキスをしてから、今日までずっと触れなかった。こんなの無理だ。漏れる甘い息ごと掬い上げて何度も何度も唇を重ねた。僅かに空いた唇の隙間から求めるように酸素を吸って、漏れる吐息と共に名前を呼ばれる。今までのどの女の子の時にも感じたことのない狂喜。キスってこんなに気持ちよかったっけ。脳みそ溶けそう。もっともっとと求めて続けていると、胸を両手で弱々しく叩かれた。快感の海を漂っていた思考が呼び戻される。なんだろうとゆっくり唇を離すと、泉のとろんと蕩けて涙を浮かべた目と目があった。ああ、かわいい。また吸い寄せられるように唇を重ねようとすると両手で口を塞がれた。
「ふごっ」
思わず間抜けな声が出たのは許して欲しい。抗議の声を上げようと泉を見ると、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返していた。そこでやっと苦しかったのかという思いに至る。
「ごめん、ごめんね泉。苦しかったよね、ごめん……」
やってしまった。あんなに練習したのに。だって止まれなかった。練習した女の子達ではただの一度も感じたことのない感情だった。どうしよう、練習が足りなかったのかも。
「あ、あの、泉? ごめんね? あの、」
「朔」
「なに……?」
「俺のこと好き?」
「好きだよ!? 当たり前じゃん、知ってるでしょ?」
「そう、よかった」
「え? なに、」
「じゃあね、さっきの、もっかいして?」
「え……?」
「嫌ならいい」
「待って! 嫌じゃない! いっぱいしたい!」
「ふは、いっぱいって、あはは」
「あ、つい……」
「いっぱいか。いいね、しよう。いっぱい」
夢の様だった。その日はずっとくっついて、ただ唇を重ねた。重なった唇から、混ざり合って、溶けあって、一つになればいい。ずっとそんな事を考えていたような気がする。
その日を境に僕が女の子と会っていると泉が僕を呼び出すようになった。その度に僕達はキスをする。理由なんて考えなかった。二人一緒にいるとそうするのが至極当然のように思えた。
でも僕は、ちょっと欲深かったみたいだ。
最初の内は泉から電話がかかってくると、返事もそこそこに女の子を置いて飛び出していた。だけど今は少し意地悪をしている。だって気付いちゃったんだ。僕が少し焦らすと、泉はちょっと焦ったように「お願い」と言ってくる。それが可愛くて可愛くて、僕はついついこの意地悪を使ってしまう。それに加えて、キスする時も積極的にしてくれるようになった。これについては実はどっちでも良くて。だって、どっちの泉も可愛い。恥じらってる泉もぐいぐい来る泉もどっちも良い。最高に良い。でも僕はちょっと焦った泉が見たくて、今日もほんの少しの意地悪をするんだ。
雨の中、泉の元へバイクを走らす。何度か来たことのある泉の大学。ニヤニヤしながら走らせてるとあっという間に着いた。
門の前の木の陰で雨宿りをしている泉を見つけた。泉だ! 顔がまた勝手にニヤける。でもすぐに一人じゃないと気付いた。誰? 友達? 雨宿りしている木の脇にバイクを止め、ヘルメットを外す。
「朔! 早かったね」
おいでおいでと手招きをされ、ゆっくり木の陰へ進む。
「こんにちは。君が朔くんか。泉からよく聞かされてるよ」
「こんにちは。……そうなんですか? 良い話だといいんですけど」
「良い話だよ。めちゃくちゃかわいい弟だって。な、泉」
「え? そ、そんなこと言ったっけ?」
「言ってなかったっけ? でもまぁ、似たようなこと言ってただろ」
「……弟、ですか」
「しかも、こんな雨の中迎えにきてくれるなんて。お兄ちゃん大好きって感じだな」
「ちょ、」
「なんだよ、いいじゃないか。仲が良くて」
「そうですね。仲は良いです」
「俺、兄弟居ないから羨ましいよ。じゃあ、帰るわ。二人も気をつけて帰れよ、じゃあな」
「…………」
「さようなら、……僕達も帰ろ」
「あ、うん……」
「僕んちでいいよね? お風呂沸かしてあるんだ」
「うん、ありがと」
帰りの運転中、僕はずっと考えていた。泉にとって僕ってなんなのかなって。ソフレで、キスフレで、可愛い弟? 実際、間違ってない。僕達のしていることってその域から出ていない。泉としていない事ってなんだろう。ああ、セックス。でもさ、それしちゃったら僕達ただのセフレになっちゃうんじゃないの。僕は泉の一番になりたい。僕の一番は泉だ。でも泉の一番は誰だろう。どうすれば泉の一番になれる? ねぇ、泉。僕は、弟じゃ嫌なんだよ。
「お風呂、先入ってきて」
「え、でも、おまえ風邪ひいちゃうよ」
「あー、僕は大丈夫。泉すぐ体調崩すんだから早く入ってきな」
家に着いてすぐに泉を脱衣所まで引っ張ってきた。ヘルメットをしていたとはいえ薄らと濡れた髪は艶やかで、雨で濡れた頬はほんのりと赤く見えて、見つめる瞳はいつもより儚げに揺れていて、なんていうか、僕は、もう、たまらなくて。
後で着替えを持ってくるからと言って脱衣所を出ようとする僕の腕を、泉が強く掴んだ。
「……え? どうしたの?」
「一緒に、入れば……?」
「は?」
「いや、だから、一緒にーー」
「だ、な、は? なに、言って……一緒に? だめ。だめでしょそれはだめ、だって、だめだよ!」
「昔はよく一緒に入ってたじゃん」
「いつの話だよ!」
「中学に上がるくらいまでは入ってた!」
「そ、う、だっけ……!? いや、でも、今はだめじゃん! もう大人だし!」
「高校生はまだ子供だよ! なんだよ、俺と入るのそんなに嫌なのか!」
「はぁ!? 嫌なわけないじゃん! なに、襲われたいの!?」
「……え?」
「……え……? や、えっと、その、じゃなくて……」
「いいよ、襲っても。だから入ろ」
そう言いながら泉が僕のベルトをカチャカチャと外し出す。それを呆然と見つめる僕。ベルトを外し終わった泉が勢いよく僕のズボンをズリ下げた。
「ぎゃあ! 何してんの!?」
「なにって、脱がさなきゃ入れないじゃん」
「だからって何で下から!? フツー上からじゃない!?」
「そう? どっちでもよくない? どうせ全部脱ぐのに」
「全部? え? 全部って全部!?」
「おまえはいつもどうやって風呂に入ってんだよ」
「だって、だって! 泉は服着てるのに、僕だけ脱いでるのって、なんか、なんか……!」
「生娘か。……じゃあ、脱がせて」
「まじで?」
「だから、脱がなきゃ入れないだろ。ほら、早く」
なんで僕のを脱がすんだ、とか。なんで僕が脱がすんだ、とか。いろんな、なんで、がいっぱいあるけど、そんなのは全部、どうでもよくて、露わになっていく泉の腕が、足が、肌が、僕の頭をおかしくさせる。いや、僕の頭は、もう、とっくにおかしくなってたんだ。さっきまであった気恥ずかしさなんてもうどこにもなくて。僕は泉を脱がせるのに必死になってた。
お互い一糸纏わぬ姿になって、シャワーを頭から浴びながら、どちらからともなく唇を重ねていた。
永遠に続くかと思ったキスが終わり、お互いなんだか恥ずかしがりながら湯船に浸かった。泉を背中から抱き締めるように浸かっていると、泉が「ねぇ」と口を開いた。
「ん?」
「当たってるんですけど」
「そりゃそうでしょ。男の子ですから」
「っぷ、さっきは大人ぶってたのに」
「そうだった?」
「うん……ねぇ、」
「ん?」
「しないの?」
「こら。なんでそんな人の決意をぶち壊すような事言うの……」
「決意?」
「そう。泉とはしないよ」
「……なんで?」
「うーん……、泉と僕ってさ、ソフレで、キスフレで、仲の良い友達でさ、それと可愛い弟だっけ? 後やってないことってもうヤルだけじゃん」
「そう、かな?」
「そう、だよ。やっちゃったらさ、僕達ただのセフレになっちゃうじゃん。そんなの嫌だ」
「俺も、それはイヤかな……」
「でしょ。……ん? 泉、嫌なの?」
「イヤだよ。ほんとはソフレも、キスフレも、仲の良い友達も、兄弟も、全部イヤだった」
「え?」
衝撃の事実。お風呂にのぼせたのか、頭がくらくらする。待って、今、泉、なんて言った? イヤだった? 俺との関係が? 全部? うそだ、うそだ! だって、小さい頃からずっと、手を繋いで遊んでた時も、ただ抱きしめて眠った夜も、息ができないくらい深く重ねた唇も、全部全部、ほんとは嫌だった……? 僕一人だけが、自分勝手に舞い上がってただけ? 嬉しそうに、恥ずかしそうにはにかんだ笑顔は僕の幻想、妄想だったのか……?
僕の一番は泉だ。でも、泉の一番は僕じゃなかった。一番どころか、ほんとは嫌われてたなんて。あ、無理。と思った。無理だ。ザバっと湯船から勢いよく立ち上がる。泉にしこたまお湯をぶっかけたけどごめんなさい。
「ぶっ、なに? どしたの?」
「ごめん、無理」
「え? なに?」
「僕、ごめん、ごめんね、泉」
「朔? どうしたの? なんで泣いてるの……?」
「僕、ほんとに、本当に、泉が大好きだった……ごめんね。ごめんなさい泉。もう一緒に居れないってわかってる。わかってるけど、ほんとにごめん、今は無理で、泉を見るのも辛い。辛いけど、僕の方から離れるのは無理なんだ。だからお願い、泉が離れて。それで二度と近付かないで。ごめん、ほんとにごめんね……」
「朔? どうして一緒にいられないの? どうして離れなきゃいけないの?」
どうしてって、そんなの、泉が、僕を嫌いだからじゃないか……
「こんなに朔のことが好きで好きでたまんない俺はどうしたらいい?」
「……え」
「朔、俺のこと大好きなんだよね? じゃあ、なんで? どうして離れるなんて言うんだよ……わけわかんないっ!」
「え、……ええ!?」
待って待って、どういうこと? 僕は泉が大好き。泉も僕が大好き。あれ? なんでこうなったんだっけ……
「泉が、さっき、全部嫌だったって……」
「そうだよ。当たり前じゃん。俺はおまえとそんな関係じゃなくて、その、なんだ、もっとこう、」
泉の顔が見る見る赤くなっていく。
あー、やばいな。なんでこんなに可愛いんだ。
「もっとこう?」
「えっと、こ、恋人? になりたいっていうか……」
なに言わせてんだ! ばか! とか言いながら泉は湯船に沈んでいった。
ばかでいい。なんでもいい。泉が僕の側に居てくれるならなんだって。
湯船に沈んだ泉を抱き寄せた。ああ、とんだ早とちりをしてしまったもんだ。ちょっと恥ずかしい。でも幸せ。超幸せ!
「泉、こっち向いて?」
「〜〜うぅ」
「ごめんね? なんか勘違いしちゃって。泉が僕のことそんな風に思ってくれていたなんて、嬉しくて死にそう。ねぇ、僕のこと一番好きってことだよね?」
「ん〜? 一番? とかじゃないよ」
「は? え、なに? 一番好きじゃないの!?」
またパニックになりそうな僕に背中を向けて、ぎゅっとくっついて凭れてきた。
「そんなんじゃなくて! 朔は、俺にとって、特別なんだ。一番とか順位じゃないんだよ!」
「はぁ!? なにそれ、なにそれ! 可愛いのも大概にして! 僕も! 僕も泉は特別だから!」
「はいはい」
「え、なにその反応。信じてないの?」
「信じてるよ。だから、今日、ぎゅっとして寝てくれる?」
「当たり前じゃん、そんなの今までだって……」
「違うよ。恋人としては、初めて、だろ?」
「…………」
「なに?」
「叫び出したいのを我慢してる」
「ふは、頑張って」
それから僕達はご飯を食べて、ゲームをして、くだらない話を沢山して、ベッドに横になった。
ぎゅっと抱きしめると、心地良い心音と体温が眠りを誘ってくる。外ではまだ雨が降っていて、雨樋から漏れる雨音が静かに響いていた。
とんとん たたん
「朔の部屋の雨の音、好き」
「うん、僕も好き」
「ねぇ、これからはちゅーも、抱き締めるのも、全部俺だけにしてね」
「うん」
「女の子と仲良くしないでね」
「しないよ。もう、する必要無くなったもん」
「なんの話?」
「なんでもない」
「もしかして、ちゅーの練習してた、とか言う?」
「え、なんで知っ!?」
「まじで? サイテーだな」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るのは俺じゃないだろ、まったく」
「ごめん……」
「まさか、エッチの練習もする気じゃないだろうな?」
「え?」
「え? もうしたの?」
「してない! してないよ!」
「あやしい……」
「ほんとに! 泉に誓ってしてない!」
「っぷ、なんだそれ。まぁ、信じるよ」
「うん……ほんとにしてないからね」
「わかったって。俺達は俺達のペースでゆっくりいこう」
「うん、そうだね。……あのさ、」
「ん?」
「下手でも笑わないでね」
「何が?」
「セックス」
「……おまえ、絶対練習するなよ?」
「しないよ!……ほんとにしないよ!?」
これから先は二人一緒に、ゆっくりゆっくり、一歩ずつ、僕達らしく歩いていこう