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短編作品

「好きです」

 そう言ったおまえの横顔を今でもはっきりと覚えてる。
 
 あれから1年。俺たちは今も変わらず一緒にいる。友達として。先輩後輩として。

「秋先輩、コンビニ寄っていきましょー」
「あ、うん」
「帰ったらこの間実装されたレアモンス狩りに行きましょうよ。先輩の装備強化しなきゃ」

 ゲームの戦略を練りながらコンビニでお菓子とコーラを買って涼の家に行く。いつものパターン。何も変わらない。やっぱりあの告白? は俺の妄想か何かだったんじゃないのか? と、あれから何十回、何百回と考えたことをまた考える。





「おじゃましまーす」
「どうぞどうぞ」

 2階の涼の部屋に入るなりエアコンのスイッチを入れてくれる。ありがたい。いつものようにベッドに胡坐をかいて座るとその隣に涼もどかっと腰を下ろし密着するように座る。まだ冷えてない部屋じゃ暑いだろ。別にいいけど。

「先輩の装備の強化、宝玉要るんすよ」
「え、まじで?」
「出るまでがんがん回していきましょう」
「っしゃ、やるか!」

 涼といると楽しい。家族や同級生や友達とも違う形容し難い居心地の良さ。俺はこの、弟とも言える一つ下の後輩が可愛くてしょうがなかった。だから、この変わらない日常がとても大事で、永遠に続いて行くものと疑わなかった。

「どう? 出ました?」
「でねぇ……、こいつほんとに宝玉持ってんのかよ……」
「……あー、ほら」

 涼のゲーム画面を覗き込む。ん? 獲得アイテム欄の1段目にキラキラ光るアイテムが。

「あー!!」
「渡せればいいんだけどねぇ……」
「物欲センサーか!? だから俺のとこには出ないのか!?」
「物欲センサー……」 
「?」
「ちょっと休憩しましょっか。はい、コーラ」
「ん。ありがと」

 涼の手からコーラを受け取る。あれ? なんか違和感。涼の手を握ってみる。

「え? な、なに?」

 びっくりした涼が目を丸くして固まってるがそんなの構うことなくそのまま、腕、胸板、腹筋、太もも、とべたべた触っていく。

「ちょっ! ほんと何!?」

 涼の手が俺の両手を掴む。

「おまえ……筋肉付いた? それに、うそ、背も伸びてる?」
「お? 気付いてくれました? なっかなか筋肉つかなくて!」
「……鍛えてたんだ?」
「そう。強い男になろうと思って」
「……なんで? 別に必要なくない? おまえイケメンなんだし——」
「ダメなんですよ。変わらなきゃ。今までの俺じゃダメなんです」

 そう言って俺の手を掴んだままぎゅっと力を込めた。
 変わる? 涼が? なんで?  
 
「ま、外見だけ変えても中身が一緒なら意味ないんすけどね。でもまずは外見でも、と思って」

 「あー、でも気付いてもらってちょー嬉しい」とか言いながら照れた様に目を細めるから、俺は何も言えなくなって。
 手に持ったままの緩くなったコーラをゴクっと飲み込む。ぬっる……。文句ありげにコーラを睨みつけた。

「ねぇ、先輩」

 「……ん?」しかめ面のままコーラから視線を外さず返事をする俺の頬をつんつんつついてくる。

「明後日午前中だけでしょ? 学校。午後からデートしよ」
「でーと?」
「そ。デート」

 涼はガサガサとカバンを漁り、青い紙を俺に差し出した。ん? 水族館のパンフレット? とチケット2枚。

「デートといえば! でしょ?」
「そうなの?」
「そうなの! いい? ここで待ち合わせです」
「え? 学校から一緒にいけば良くない?」
「だめだめ。デートだから」

 何がダメなのか。だが、やりたいことはなんとなく分かった。あれだろ? 何故だか知らんが待ち合わせ的なことがしたいんだろ? 
 
 こいつ、言い出すと聞かないんだよな

 俺は生温いコーラを口に含みながら、涼のおでこをつんとつつく。「あいたっ」と涼は大袈裟によろめいた。まぁ、可愛い弟の頼みだ。乗ってやるか。









 約束の日。
 学校が終わり、駅までの道を歩く。駅までは徒歩10分くらい。
 前方約10m、こっちをちらちら振り返りながら歩く怪しい男が一人。

 え、なんなの? このまま目的地まで行くつもり?

 今、目の前ではその怪しい男が自転車通学の友達であろう二人組に「愛しの先輩が後ろにいるのに何してんだ」とか言われて揶揄われている。本人は必死に人差し指を口に当てて黙らそうとしているが、丸聞こえだっての。恥ずかしい、とてつもなく恥ずかしいぞ。何だこれ。
 


 駅のホームで3mほどの距離を空けて立つ。ここの駅はうちの学校の生徒も使うが皆反対のホームで電車に乗り込んでいった。こっち側の終着駅は水族館しかないが、反対側は学生に人気のスポットがある。なので、こっち側のホームには俺たち二人だけ。
 次の電車が来るまで5分くらいか。することがないのでスマホを取り出した。取り出したものの特に見るものも無いので、スマホを見てるフリして横の男を盗み見る。
 
 ふわり、と目が合う。

 そんな表現がぴったりな程、優しい目だった。その目が、その表情が、何故だかとっても落ち着かないので、変顔で見つめ返してやった。途端に吹き出して笑う涼を見てホッと息を吐く。まだ優しさの残るその瞳に立て続けに変顔を披露する。その度に涼が腹を抱えて笑うので、俺は大変満足して到着した電車に乗り込んだ。涼は、向かいの席に座ってもまだ笑っている。そうかそうか。そんなに面白かったか。良かった。

「ふ、ふふっ、もぅ、先輩ってなんでそんなに可愛いの」

 は?

 可愛い? なんでだよ。そこは普通、面白いとかだろ……
 脳内に浮かんだ言葉が口を突いて出てこないのは、なんでだろう。
 足を組んで、横を向く。この車両、空調効いてないの? 暑くない?

「……顔赤いですよ? もしかして照れてるの?」
「……」
「照れてるんだ? ほんと、可愛い……」
「……、照れてない、から、その、……可愛い、って言うのをやめなさい……」
「ヤですよ。今日はデートですもん」
 
 俺は男だ。可愛いと言われても嬉しいわけがない。なのに、なんで、こんな……
 俺は出来るだけ平静を装ってキッと涼を睨みつけながら腕を組む。

「まだ待ち合わせ場所に着いてないからデート始まってないけど?」
「あ」

 ふふん。勝った。
 ニヤリと笑ってみせる。

「じゃあ、」

 そう言いながら隣の席に座ってきてギュッと手を握られた。

「デート始まったらいっぱい言いますね」

 耳元でそう囁かれて硬直する俺を見て、涼はクツクツと愉しそうに喉で笑っている。……やられっぱなしは性に合わない。反撃してやる! 俺は握られたままの手をギュッと握り返し、もう片方の手で涼のうなじを掴みグイッと引き寄せると

「いつもかっこいいけど、今日はほんとかっこいいね。デート、楽しみにしてる」

 そう耳元で囁いた。電車の揺れで唇が何度も耳に触れたし、最後の一言はやりすぎかなって気がするけど、まぁいっか。

「どうだ。照れるだろ?」

 そう言って涼の顔を覗き込んだ。瞬間、息が止まる。一目で分かった。

「当たり前じゃ無いですか……」

 慌てて身体を離そうとするも、ギュッと強く手を握りしめられる。

「デート、俺もすごく楽しみです」

 そう言って蕩けるように微笑んだ表情が、声が、目が。俺の心臓をぎゅうっと握り潰してくるから。慌てて目を逸らして「そりゃ、良かった」と呟いた。未だ強く握り締められた手がとても暖かくて、泣きたくなった。

 俺の両親は離婚している。祖母から聞いた話では、大恋愛の末の結婚だったらしい。だけど離婚した。なのに離婚した。恋愛なんてそんなもんだ。どれだけ燃え上がっても燃料が尽きれば火は消える。しかもどちらか一方だけの火が消えたとしたら、消えなかった方は悲惨だ。燃え尽きる事もできず、燻り続けて、真っ黒な煙で周りを黒く染めていく。俺の母親だ。俺は、母親のようにはならない。絶対に。俺は——









 目的の終着駅に着くなり、涼は「じゃ、待ち合わせ場所で待ってます!」と走って行ってしまった。
 いや、だから、ここまで一緒に来てそれする意味ある?
 一人取り残された俺は、目的地が同じであろう数組のカップルや家族連れと一緒に水族館まで歩き出す。真夏の昼下がり。アスファルトには陽炎。紺碧の空には大袈裟な入道雲。目の前にはいちゃつくカップル。暑いのによくひっついてられるな。信じられない。見てるこっちが暑いわ! 

「秋先輩!」

 少し歩いた先で呼ばれて顔を上げれば、夏の日差しにも負けないキラッキラな爽やかイケメンがコーラ片手に手を振っていた。目の前のカップルの彼女が目を奪われて見惚れているのを彼氏が慌てて引き摺って行く。

「暑いでしょ? コーラどうぞ」
「あ、ありがと」
「どうですか?」
「なにが?」
「ほら、待ち合わせ。なんかこう、ドキドキしません?」
「え? そう、かな?」
「……、ふむ。おっけー。中入りましょうか」
「……おう」

 涼は俺の手を握って歩き出した。少し骨張った無骨な手。シャツの上からでも分かる鍛えられた身体に、すらりと伸びた背丈。
 意識した途端に、身体が歩き方を忘れた。
   
「先輩? どうかしました?」

 足が絡れてノロノロ歩く俺に、涼が振り向いた。

「……ううん。暑いし、早く中入ろ」
「はい……!」

 ふと、見上げた空は呆れるくらいの青空で、眩しくて目を細めた俺は視線をアスファルトに落とし歩き出す。手はギュッと握られたままなので、俺が涼の手を引いて歩いてるみたいになる。違うから。涼が手を離さないだけで俺が握っているわけじゃないから。そう。別に離そうと思えばいつだって簡単に振り解ける。

「デート開始、ですね」

 そう言って、涼は握った手をギュッと強く握り締めた。痛いんだよ。馬鹿力。





 夏休み前の平日の午後。主だったイベントも無く人気もまばらな水族館。
 一歩足を踏み入れるとそこは別世界だった。
 目の前に広がる青い海の中。色とりどりの魚がゆらゆらと泳いでいる。

「先輩、見て! この魚ちょー可愛くないですか?」
「ほんとだ。……カクレクマノミ?」
「この魚の映画ありましたよね」
「そうなの? 魚が主役なんだ?」
「うん。魚の子供が人間に連れ去られて、お父さんが助けにいくお話」
「赤いおっさんがピンクのお姫様助けにいくやつみたいな?」
「ちょっと違うかな……」

 ふーん、と適当な相槌をして顔を上げると、ふわり。と目が合う。また、俺の時が止まる。

「ね、先輩は俺が誰かに連れ去られたら、助けにきてくれますか?」

 「……あー」止まった時を動かすように思考を巡らす。

「そりゃあれだ。警察に連絡する」
「っぷ、めちゃリアル! じゃなくて」

 涼はまたカクレクマノミに目線を移した。

「先輩が俺を追いかけてきてくれるかどうかが重要なんです」

 「俺なら」ガラス越しに涼と目があう。

「先輩が連れ去られる前に捕まえて閉じ込めとくけど」
「なにそれ……」
「ジョーダンです、」

 当たり前だろ。

「今は」

 そう言って振り返って微笑む涼のおでこに、パチンと音が鳴るだけのデコピンを食らわす。

「あいたっ」

 なにするんですかぁと甘ったるい抗議の声をあげる涼を無視して先に進む。こいつが、涼が、何を考えてようと関係ない。俺はこの関係を変えるつもりはないし、絶対に変えさせない。おまえが今日何か企んでるなら、阻止する。それはきっとおまえのためでもあるんだ。俺は自分に言い聞かせるように拳をギュッと強く握りしめた。

  



「いつも可愛いけど、青い海に照らされて輝いてる先輩はとても神秘的でとても綺麗」
「どんなに愛らしい生き物もあなたには敵わないね」
「水槽の前に立ってると、まるで人魚姫みたい」
「その困った顔も素敵」
「あ、逃げないで。その目は睨んでるつもり? 可愛い……可愛いよ……どうしよう。ほんと可愛い……」

 あー、なんだっけ? 俺は、可愛い。……じゃなくて。こいつはなんなの? なんで息をするように褒めてくるの? あれ? 可愛いって褒められてるんだっけ? てか、こんなこと言ってきて何がしたいの? 俺は一体どうしたらいいの? 

「先輩、そんなに可愛くて一体俺をどうしたいんですか」
「………………」

 水族館にいる間ずっとこんな調子だった。涼はずっと紳士的で、優しくて、甘くて、出口に着く頃には俺はきっとバカになってたんだと思う。何故なら俺たちは今じゃぴったりとくっついて、キスでもしてしまいそうな程甘ったるい雰囲気に包まれていたから。
 そんな甘い俺の思考をぶち壊したのは水族館に来る途中に見かけたカップルだった。

 バチン!

 人気のない通路の片隅。ベンチが数個置いてあって軽く休憩できるようになっている凹んだスペースにカップルはいた。先ほど響いた場違いな音、振り切った彼女の腕、頬を押さえた彼氏。何が起きたか一目瞭然だった。目を離してそこから去るべきだ。でも出来なかった。

「さよなら」

 そう言って彼女は去っていった。彼は追いかけなかった。
 二人に何があったのかまったく解らない。が、二人の関係が今終わったんだ。ザッと冷水を浴びせられたように身体が冷えていく。そうだよ。俺は何してんだ。

「先輩?」
「……っ! 涼、ごめんっ、ほんとごめん……っ!」
「え? 先輩?」

 やってしまった。俺はなんてバカなんだ。あんなに強く決意したのに。なんのために今までこの気持ちを殺してきたと思ってるんだ! 俺は……、俺は……!
 その場から逃げ出したくなって握りあっていた手を振り解いて走り出そうとした。が、出来なかった。

「秋先輩、今更どこへ行こうっての?」
「は、離せよ……!」
「離す? 俺が? 冗談でしょ?」

 さっきまでベンチに座っていたカップルの彼氏はすでに居なくなっていて、代わりに俺が通路の凹みまで引き摺られていく。

「な、なんだよ! 離せって!」
「無理。てか、急にどうしたの? 何かあった? さっきのカップルが原因?」

 グッと下唇を噛んで首を横に振る。彼らのせいではない。彼らが原因ではない。俺に大事な事を思い出させてくれただけで。

「じゃあ、どうしたの? こっち見て。俺を見て、先輩」

 涼の右手がそっと俺の頬に触れてゆっくりと上を向かせる。

 ふわり

 涼の優しい瞳と目が合う。ダメだ。咄嗟に目線を外す。

「こら。なんで目ぇ逸らすの。ちゃんとこっち見て」

 さっきと違って今度は無理矢理目線を合わせてくる。

 こいつ……! 俺の気も知らないで!
 
 そんな優しい目で見られると、感情が溢れてしまいそうなのに……

「ね、先輩? 今日で充分伝わったと思うんだけど。俺の気持ち」

 繋いだ手がギュッと壁に縫い留められる。

「それに、俺の勘違いじゃなければ……ううん。絶対勘違いじゃない。先輩も、俺のこと——」
「違う!!」

 思わず叫んだ俺の声に、涼の身体が一瞬ピクリと跳ねた。勢いで叫んでしまった俺は慌てて言い訳を探す。   
 
「や、そうじゃなくて、違うんだけど、違わないってか、その……」
「………………」
「俺たち友達じゃん! そうだよな!?」

 縋るように涼を見る。

「今日だって楽しかったし! 今までだって楽しかったじゃん!」

 ダメだ。泣きそう。でもここは泣くとこじゃないだろ。笑え! 笑え……!!

「俺、おまえのこと好きだよ。でもそれは友達の好きで」

 ぎこちない笑顔で話しかける俺を、涼は黙ったまま見ている。

「だから、このままでいいじゃん。なぁ、そうだろ? 友達ならこのままずっとずっと一緒にいられるじゃん!」

 気付けば俺の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。それでも俺は笑う。痛い。心臓がこれでもかと軋んで、悲鳴をあげて、痛くて痛くて。それでも構わない。だから、お願い神様。俺から涼を奪わないでくれ。
 ゆらっと影が動いたと思ったら、涼が俺を抱きしめていた。俺はびっくりして、笑った顔のまま目をパチパチさせる。

「ごめん。あなたにそんな顔させて。あなたを泣かせて、ほんとにごめん」
「涼……、わかってくれた——」
「でも俺は、あなたとは友達になれません」

 涼を抱きしめようとした腕が宙で止まる。
 
「俺の好きは、友達の好きじゃない。あなたの全てが欲しい。あなたの特別になりたい。その他大勢じゃ嫌なんです」  
「……っ」
「あなたが好きです」
   
 涼が身体を少し離して、俺の両頬を両手で挟んで顔を覗き込む。

「ずっとずっと一緒にいてください」
 
 ——ドン!

「うそつき」

 俺は両手で涼の胸板を叩いた。

「なんでそんなできもしない事言うんだよ」
「先輩……」
「友達じゃないのに、ずっと一緒なんて無理だよ。わかるだろ? できるわけない」

 ぎゅっと拳を強く握る。そうだよ。ずっと一緒なんて幻想だ。

「でも、友達ならずっといられる。恋人なんて別れたら終わりじゃん。気持ちが冷めたら友達に戻れるかもわからない。でも、最初から友達なら! 俺たちならずっと仲良くやっていけるって! お互いおじいちゃんになってさ、シワだらけで白髪だらけになっても、ずっと笑い合って一緒にいられる。おまえとなら! ……頼むよ、涼。俺からおまえを奪わないでくれ」

 俺は、涼の腕を掴んで頭を下げた。
 さっきのカップルだってここへ来る時は仲が良さそうだった。幸せそうだった。でもそれがどうだ。彼女は去って行ってしまったじゃないか。彼は追わなかったじゃないか。それが答えだ。

「先輩、不安なんですね」

 涼が俺の拳を優しく握りながら囁くように話し出した。

「俺の愛が失くなるかもしれない事が。それで自分一人取り残されると思ってる」

 俺の握り締めた拳を涼が優しく解いていく。

「あなたの親や、さっきのカップルを見て、きっと俺の事も信用出来ない……」
「………………」
「だから、俺たち付き合いましょう!」
「え?」
「さっきから聞いてれば、先輩って俺のことめちゃくちゃ好きじゃないですか。俺もです。いや、俺の方が先輩のことめっちゃくちゃ大好きですけど」

 涼の指が俺の指を絡めとってギュッと握りしめる。冷たかった指先に血が通っていくようにジンジンとあったかくなっていく。

「俺も、先輩とずっと一緒にいたい。手も繋ぎたいし、たくさんキスもしたいし、あなたと溶け合うように抱き合いたい。他にも、もっといっぱい……」

 ちゅ、っと軽く唇が重なった。

「俺はあたなをこの先一生離す気はないです。それを証明させてください」
「そんなの、無理だよ……、もし、ダメだったら? 気持ちが冷めてしまったら? こんなにおまえのことが好きな俺はどうしたらいい?」
「先輩は、どうしたいですか? そんなことほんとにありえないけど、もしそうなったとしたら」
「……おまえを殺して俺も死ぬ」
「ふふ、一緒に連れてってくれるの?」
「何喜んでんだよ、引くところだろ。……でもきっと殺せない。だから一人で死ぬ」
「あなたが死んだら俺も死ぬので、一緒ですね」
「ダメに決まってんだろ。何自分の命軽く扱ってんだ、殺すぞ」
「ふはっ、じゃあ、やっぱり、二人で仲良く手を繋いで長生きしましょうね」

 そう言って俺の手をギュッと握って笑っている涼を見る。信じたい、と思った。この先の未来のことなんて誰にもわからない。でも、今、目の前にいる大好きな人の笑顔は信じられる気がした。
 
 ちゅ

 こっちを見て蕩けるように笑っている涼に触れるだけのキスを落とす。

「え? え? 先輩、今、え!?」
「証明、してもらうから」
「……え、あ! はい!」

 あー、もう、わかってた。こいつに勝てないことくらい。だって、どうしたって、俺はこいつがどうしようもなく好きなんだ。
 「夢みたいだ……」そう呟きながら俺を抱きしめる涼の胸の中で俺も同じこと考えてたなんて、口が裂けても言わない。
 我ながら俺もチョロいよなと思う。こいつが俺の側に一生居てくれる未来が見えてしまったから、なんて。

「おまえ、もう逃げられないよ?」

 なんでか解らないが、俺なんかに惚れてしまった涼が少し可哀想に思えて、最後の助け舟を出してやる。
 逃げるなら今だよ。この抱きついた腕は絶対に離してやらないけど、もしかしたら、何かの奇跡が起きて俺から逃げれるかもね。

「逃がしてくれないんだ? ふふっ、ありがとう、先輩。俺もだよ。俺も絶対逃してあげないから安心してね」
「今気づいたけど、おまえの愛って重い」
「え? そうかな? だめ?」

 ダメじゃないから困る。こいつもおかしいけど、俺も大概だな。

「なんでも良いよ。どうせ沈む時は一緒だろ?」
「……はい。一緒です」

 嬉しそうに笑う涼を見て、心が満たされていく。
 二人見つめ合ってそっと目を閉じた。










「って事が50年前にあったでしょ?」
「あったっけ?」
「また秋さんはそうやってはぐらかす」
「はぐらかしてなんかねぇよ。忘れたんだよ、そんな昔のこと」
「はいはい。そうやってまた捻くれて。年々頑固になっていくね」
「なんとでも言え。それで? 急に昔の話なんかしてどうしたんだ?」
「そうそう! あの後、すぐにあの水族館潰れちゃったでしょ?」
「あー、そうだったな。その後、モールかなんかが出来たんだっけ?」
「うん。それも10年くらい前に潰れてそれからずっと空き地だったんだけどね」
「へー」
「それがこの間! 新しく水族館が出来たんだよ!」
「へー……」
「ふふ、絶対行きたいだろうと思って、はい! チケット。デートといえば! でしょ?」
「もしかして、また待ち合わせとか言い出すんじゃないだろうな?」
「やだなー、言わないよ。言いたいけど」
「ふーん。じゃあ、まぁ、せっかくだし。チケット勿体ないし。行くか」
「ほんと素直じゃない。可愛い」
「またおまえは……外で言うのはやめろよ?」
「なんで? 嫌?」
「……恥ずかしいんだよ。こんなじじぃが可愛いわけねぇだろ」
「また可愛い事言ってる。ほんとどうしようね、この人は」
「バカ言ってねぇで行くぞ……」
「はいはい。あ、ねぇ」
「なんだ」
「水族館でまたチューできるかな」
「するか! バカ!」
「照れてる。可愛い」
「………………」

 あの頃と同じ夏の匂いがした。
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