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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

バイトが終わり、家に帰ると今日も静まり返っていた。

音を立てずに鍵を閉め、浴室に入ろうとしたが、電気が付いていてシャワーが流れる音がしている。


多分明人だろう。俺は終わるまで部屋に戻ろうと踵を返した。

シャワーの流れる音が止まり、しばらくしてガチャ、と扉が開く。

「兄ちゃん…?」

濡れた髪をタオルで拭きながら、パンツ一枚の姿の弟、明人が顔を出した。
顔を合わすのは随分と久しぶりな気がする。

見ない内に明人は受験勉強のせいか目の下に濃いクマを作り、少しやつれた様子だ。

「…おかえり」

と言いつつ、厳しい表情をしている。色々俺に対して言いたいことがあるのだろう。
俺は避けるように明人の横を通り過ぎ脱衣場に入る。

「最近ちっとも顔合わせないから、心配してたんだよ。」

まるで親のように厳しい口調で明人は言う。バイトで疲れた頭には、うっとうしかった。
明人の言葉を聞き流しながら、制服のネクタイを外し、シャツのボタンを外していく。

「……ご飯、ちゃんと食べてんの。夜食、作ろうか?」

「いい。まかない出たから。」

目も合わせずそう答えながらズボンを脱ぐ。

「兄ちゃん……たまには朝とか、顔、出してよ。母さんも父さんも心配してんだから。」

「………」

パンツを脱ぎ、浴室に入り、もう明人の声が聞こえないように強めに蛇口をひねる。

浴室のタイルにシャワーの水が当たり跳ねる音が響く。

———聞きたくなかった。

明人は真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎて、少し昔の自分を思い出して嫌になる。


疲れと、明人の責めるような態度に、少し弱気になってしまう。

ふっと、中河の不機嫌そうに俺に教える姿が頭によぎって、苦笑する。


数週間しか経っていないのに、中河は俺が唯一頼れる教師で、大人だ。

だからこんな時に頼りたくなるのかも。


「……早く明日になればいい。」

弱々しく吐いた言葉は、熱いシャワーの音にかき消された。
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