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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

俺は性懲りもなく今日もバイト中だ。


ラストオーダーが終わり、客の居なくなった店の厨房で俺と赤津は片付けをしていた。

「…なあ、赤津。お前最近どきっとしたことある?」


かちゃ、かちゃと音を立てて皿を洗う赤津。その背後で俺は赤津の洗った皿を拭いて棚に戻すという作業をしている。

俺に背を向けていた赤津は、俺の突然の質問に手を止め顔だけ振り向くと、

「なんすか、急に。」

と面食らった表情で言う。
まだ幼さの残るアーモンド型の目をぱちぱちと瞬かせた。

「…いや、気になっただけ。」

俺は自分で質問したくせに気恥ずかしくなり、赤津に背を向け皿を棚に直す。

シャーと水が流れる音がして、赤津も皿洗いを再開する。

「ありますよ」

「へえ」

聞いてみた割に赤津のどきっとした体験などあまり興味が無かった俺は適当に返事をし、濡れた食器を手に取る。

「なんすか、興味ないんすか。」

はは、と笑う赤津。

「……てか、圭介さんはどきっとしたんすか?」

当たり前に聞かれるはずの質問にうーんと心の中で唸る。

「まあ、したから聞いてきたんすよねえ?」

黙ったままの俺に、面白がっているような雰囲気で赤津が聞いてくる。

こいつに聞かなきゃよかったなあ。と後悔しつつ、思い出すのは眼鏡に白衣のあいつのこと。

……なんで思い出すんだ。おかしいだろ、とぶんぶんと頭を振る。

骨張った手とか、まっすぐに見つめてくる黒い目とか。

ああああああ。なにこれ。

一人で自分の思考の気持ち悪さに悶えていると、

「…ちょお、落としますって」

と背後から赤津の焦った声が聞こえて、にゅっと伸びてきた手に持っていた皿が掴まれる。すぐ後ろに感じる赤津の気配に驚いて、さっきまで考えていた中河のことが吹き飛んでいく。赤津の汗の香りと、フローラルなシャンプーの香りがして、赤津の存在を強く感じた。

「あ、ワリィ」

「…ぼーっとしてるからでしょ」

耳元で響く少し拗ねたような赤津の声。

「誰にどきっとしたんすか?教えて下さいよ」

赤津は離れないまま耳元で続けようとする。

「ちょ、赤津、ちけえ。」

「誰なんすかー!」

「でかい声出すなって。」

「わー!!」

わざとでかい声を出す赤津に苛っとする。

「ちょ、お前まじふざけんな。さっさと皿洗いしろ。」

皿を持ったままの赤津をシンクの方へ押しやり、子供みたいににこにこと楽しそうな赤津の足をガッと蹴ってやる。

「いたっ、圭介さんひでえ。」

泣き真似をしながらも楽しそうなところにまたムカついて、俺は背中を向けると皿直しに没頭した。
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