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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

あの昼休みから一週間あまり。

とある昼休みのこと。



「おい、ここ間違ってんぞ。」

「………」


外はもう夏と言ってもおかしくないくらいの湿度と暑さを漂わせている。

そしてここはクーラーが良く効いた理科準備室である。


目の前には赤いボールペンを手に俺の手元の問題を見ている中河。


あの日から俺は中河から物理の補習を受けている。


「あと10分しか休み時間ねえぞ。」

「……解ってる。今解いてるんだから口出しするな。」

「生意気言うんじゃねえよ。お前立場解ってんのか。」

にやにやと嫌な笑みを浮かべる中河。

――いつでもお前がバイトしてること言うぞ。

顔にそう書いてある。嫌な大人だ。


俺はぐっと我慢すると、手元の問題に向き直る。

1年の時から真面目に勉強していたわけでもないのに加え、2年に上がってから数ヶ月のブランクは俺の物理の知識を一気に退化させていた。

かちかち、とシャーペンの芯を出す。

静かな理科準備室に、クーラーの鈍い音が響く。
中河の白衣からする淡い柔軟剤の香り。

遠くから聞こえる賑やかな生徒の話し声。



……キーンコーンカーンコーン

「鳴ったな。行け。」

黙ってシャーペンとノートを抱えて俺は席を立つ。

次の授業がないのか座ったままの中河をちらりと盗み見し、俺は椅子を直す。


「圭介」

なんで名前呼びなんだ?と思いつつ顔を上げる。

中河は穏やかな表情でまっすぐに俺を見つめていた。

「明日の物理ちゃんと出ろよ。」

眼鏡のフレームの奥の黒い瞳がじっと俺の目を覗き込む。


「……起きれたら。」

俺はふいと目を逸らし、扉に向かいながらそう答える。


「来なかったらお仕置きだからな。」

面白がっているような声色。

「お仕置きってなんだよ。小学生でもあるまいし。」

俺は振り返らずにそう言うと、扉を開けぬるい廊下に出た。
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