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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

「金剛、今日はもう来ないのかと思ったよ。」

教室を開ければ、すぐに早瀬が近寄って来た。
無表情なその顔は俺を見て、少しほっとした表情になる。

「悪い。寝坊しちゃってさ。」

「珍しいな。」

ふっ、と早瀬は口角を上げて笑う。

珍しいな、か。前までの俺なら遅刻して当たり前、だったから、不思議な気分だ。

「あ、金剛くん、おはよう!」

声が掛かって視線を向ければ、羽生が優しい笑みで、企画班の集まっている窓際の机から手を振っていた。

軽く手を振り返して、羽生の居る方へ行こうとしたら、通り過ぎざまに早瀬に肘を掴まれた。

「ん、どした?」

振り返れば真剣な表情の早瀬がこちらを見ていた。

「…金剛、ちょっといい?」

そのいつもと違う様子に、ただ頷くしか無かった。

早瀬に着いて、廊下に出る。むわっとした空気が、肌にまとわりついてきて、途端にじわりと汗が出る。

目の前に立つ早瀬は、この暑さでも涼しい表情を崩さない。

「昨日、中河先生と話、した?」

なんの前置きも無しに繰り出されたその質問に、息が詰まる。

…中河。今はその名前を冷静に聞ける状態では無かった。急激に自分の中に広がっていく動揺をただ感じていた。

話、なんて出来なかった………

目すら合わなくて、中河は俺に、話し掛ける隙も与えなかったのだ。

「…一度もしなかったな。」

表情を変えない俺を早瀬はじっと見つめてくる。

「何かあったのか…?」

そんなの、俺が聞きたい。何が、あったのかなんて、わかるはずがない。俺に。

「…知らねえ。」

半ば投げやりにそう言えば、早瀬は少し眉を寄せた。

「昨日、中河先生も変だったから…。まるで、金剛のこと避けてるみたいだった。」

避けてるみたい、か。早瀬も薄々感じていたようだ。中河らしくもない、子供っぽいそのやり方に。

…信じたくなかったけれど、中河はやっぱり昨日、俺を避けていたのかもしれない。

「中河も、って何だよ……俺は何もしてねえよ。あいつだろ。」

つい言い方が刺々しくなってしまって、言ってから後悔する。…こんなの、八つ当たりだ。

諦めて、この一方的な中河への感情を忘れるべきだ。中河がそのことで困っているのなら、その方が、中河のためになる。そうわかってはいるけれど、どこかで納得出来ない自分が居る。

何故、どうして、何がいけなかった…?

繰り返すたび、堂々巡りだ。

挙げ句の果てには、一方的に無視されたことに対する苛立ちすら出てくる。

何故、どうして、気に入らないことがあるのなら、言ってくれればいいのに。中河が嫌なら、もう近付かない。

ああ、でも、これは俺の勝手な考えだ。言いたくても言えないことなのかもしれない。中河にだって、色々考えてることがあるのかもしれないし。

ああ…だから、考えないようにしてたのに。

「…金剛?」

心配げに早瀬が見つめてくる。

「…もう、訳わかんねえよ…」

弱音を吐くと、思わず泣きそうになって、眉間に皺を寄せた。
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