白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師
保健室に入り、早瀬を近くの椅子に座らせ手を離す。
どうやら保健の先生は不在のようで仕方ないので、手近にあったガーゼと消毒液を手に取る。
「あ、冷やした方がいいんだっけか。」
俺は思ったより焦ってしまっているらしい。後ろの早瀬をちら、と一目見るとやっぱり左頬が痛々しく腫れている。眉をしかめ、冷蔵庫に近寄る。
「…これでいいよな。」
保冷剤を取ると手近なガーゼタオルでくるみ、ががんでそっと早瀬の頬に当てる。
「いッ…」
痛むのか早瀬が顔をしかめた。
「あっ、大丈夫か?てか、眼鏡、外す?」
「あ、うん」
邪魔だったので、そっと早瀬の黒縁の眼鏡を取る。それを近くの棚に置こうとして、不意に中河を思い出してしまう。
「…金剛?」
不思議そうに声をかけてくる早瀬にはっとする。
「…なんでもない。」
俺は早瀬の前に椅子を持って来て座ると、もう一度保冷剤を手に取った。
そっと当てると、今度は早瀬は痛がらなかった。
眼鏡をしていない早瀬は、頬が腫れているのもあって、早瀬じゃないみたいだ。切れ長の目は冷たく、表情は硬い。こうして見てみると、早瀬のことを、自分は何も知らないのかもしれないと思った。眼鏡が早瀬の全てを覆い隠していたのかもしれないとすら思えた。
「……最近、真面目になったな。」
ぽつり、静かな保健室に早瀬の声が響く。
「そうでもねえよ。」
返しながら、俺は保冷剤を当てたまま早瀬の頬をじっと見つめる。
「いや、俺より全然すごいよ。」
暗い表情の早瀬に俺は顔を上げる。
「何言ってんだよ。お前のがずっと真面目にやってんじゃん。俺なんて最近やる気になっただけっつーか……全部中河のおかげだし。」
早瀬は顔を横に振る。
「…今日、初めて親に言い返しちゃったんだ。」
何だか俺からすればあまりにも可愛らしい話に吹き出してしまう。
「何だよ、そんなことかよ。」
「…そっ、」
“そんなこと”と言われて早瀬は驚愕してぽかんと口を開けている。
俺は顔を引き締めて、早瀬の目をじっと見つめる。
「早瀬。んなこと気にすることじゃねえよ。親に刃向かうなんて、誰でもあることだから。つか、そんなことで落ち込むとか素直過ぎんだろ。……それで、殴られたのか?」
最後の一言に早瀬は暗い顔になる。
「…最近俺、全然勉強に身入らないんだ。こないだのテストでもかなり点数下がってて、担任から親に連絡がいったらしい。それで、朝から言い合いみたいになって。」
はあ、と溜め息を吐き早瀬は床を見つめる。
「…俺、正直わかんないんだ。勉強、とか、何のためにやってんだろうって。」
早瀬の言葉に俺は唇を噛む。
俺は勉強に対してこの間までずっとやる気がなかった。
だからこそ、こういう問題は自分で立ち直るしかないんだってこともよくわかっていた。
それに、俺にとっては中河みたいな、“きっかけ”が必要だということも。
“んなこと言っても来年は受験生だし、やるしかねえだろ”
なんて言葉は、一番早瀬がわかっているだろうし、俺も言う気はない。
ただ、今もし早瀬が投げ出してしまったのなら、人よりも辛い道を選ばなければならないんだろう。
どうやら保健の先生は不在のようで仕方ないので、手近にあったガーゼと消毒液を手に取る。
「あ、冷やした方がいいんだっけか。」
俺は思ったより焦ってしまっているらしい。後ろの早瀬をちら、と一目見るとやっぱり左頬が痛々しく腫れている。眉をしかめ、冷蔵庫に近寄る。
「…これでいいよな。」
保冷剤を取ると手近なガーゼタオルでくるみ、ががんでそっと早瀬の頬に当てる。
「いッ…」
痛むのか早瀬が顔をしかめた。
「あっ、大丈夫か?てか、眼鏡、外す?」
「あ、うん」
邪魔だったので、そっと早瀬の黒縁の眼鏡を取る。それを近くの棚に置こうとして、不意に中河を思い出してしまう。
「…金剛?」
不思議そうに声をかけてくる早瀬にはっとする。
「…なんでもない。」
俺は早瀬の前に椅子を持って来て座ると、もう一度保冷剤を手に取った。
そっと当てると、今度は早瀬は痛がらなかった。
眼鏡をしていない早瀬は、頬が腫れているのもあって、早瀬じゃないみたいだ。切れ長の目は冷たく、表情は硬い。こうして見てみると、早瀬のことを、自分は何も知らないのかもしれないと思った。眼鏡が早瀬の全てを覆い隠していたのかもしれないとすら思えた。
「……最近、真面目になったな。」
ぽつり、静かな保健室に早瀬の声が響く。
「そうでもねえよ。」
返しながら、俺は保冷剤を当てたまま早瀬の頬をじっと見つめる。
「いや、俺より全然すごいよ。」
暗い表情の早瀬に俺は顔を上げる。
「何言ってんだよ。お前のがずっと真面目にやってんじゃん。俺なんて最近やる気になっただけっつーか……全部中河のおかげだし。」
早瀬は顔を横に振る。
「…今日、初めて親に言い返しちゃったんだ。」
何だか俺からすればあまりにも可愛らしい話に吹き出してしまう。
「何だよ、そんなことかよ。」
「…そっ、」
“そんなこと”と言われて早瀬は驚愕してぽかんと口を開けている。
俺は顔を引き締めて、早瀬の目をじっと見つめる。
「早瀬。んなこと気にすることじゃねえよ。親に刃向かうなんて、誰でもあることだから。つか、そんなことで落ち込むとか素直過ぎんだろ。……それで、殴られたのか?」
最後の一言に早瀬は暗い顔になる。
「…最近俺、全然勉強に身入らないんだ。こないだのテストでもかなり点数下がってて、担任から親に連絡がいったらしい。それで、朝から言い合いみたいになって。」
はあ、と溜め息を吐き早瀬は床を見つめる。
「…俺、正直わかんないんだ。勉強、とか、何のためにやってんだろうって。」
早瀬の言葉に俺は唇を噛む。
俺は勉強に対してこの間までずっとやる気がなかった。
だからこそ、こういう問題は自分で立ち直るしかないんだってこともよくわかっていた。
それに、俺にとっては中河みたいな、“きっかけ”が必要だということも。
“んなこと言っても来年は受験生だし、やるしかねえだろ”
なんて言葉は、一番早瀬がわかっているだろうし、俺も言う気はない。
ただ、今もし早瀬が投げ出してしまったのなら、人よりも辛い道を選ばなければならないんだろう。