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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

自分の部屋に戻り、制服に着替えて降りて来た俺に明人が驚いた顔をした。

「え、兄ちゃん学校行くの?」

「行く。明人も行けよ。」

急に態度を変えた俺に目をぱちくりさせながら明人もかばんを取って一階まで慌てて付いてくる。


「なに、誰、あのっ、中河先生って人?」

一緒に登校するつもりなのか、顔を洗う俺の横で、明人がうろちょろうろちょろ落ち着きがない。

「タオル」

「あっ、はい」

タオルで顔を拭く俺の顔を明人は鏡越しにじ、と見てくる。

「なんだよ。」

「っな、なあ。あの先生なんなの、」

明人の声を聞き流しながら玄関に行きローファーを履く。明人も焦って座って靴を履き出す。

「中河っていう物理教師だよ。」

ガチャ、と扉を開け外に出る俺の後ろで明人が鍵を閉める。

「……兄ちゃん、待ってよ!」

無視してすたすたと駅の方に歩き出す俺に明人が走って付いてくる。

「なんで、物理教師なんだよ。おかしいよ。なんなのその教師」

妙に突っかかってくる明人の言葉にイラ、として立ち止まり振り返る。
明人も急に止まった俺にならって足を止める。

「明人、中河のこととやかく言う筋合いお前にはねえだろ?」

諭すようにできるだけ優しくそう言えば、明人はぐっと言うのを我慢するように唇を真一文に結ぶ。

「中河は、悪い教師じゃない。今までみたいな、俺の見た目で頭ごなしに否定するような教師じゃない。」

はっきりと言ってやれば、明人は泣きそうな目をして俺を見る。

いつの間にか俺を追い越しそうな身長に、はっとする。
明人が、弟ではなくて、対等な一人の人間のような気がした。

「俺は、教師なんか信用しない。兄ちゃんのこと、否定して、疎ましがって、追い出そうとする教師なんて…信用しない。」

曲がることのない真っ直ぐな視線。明人は真っ直ぐだ。真っ直ぐ過ぎてたまに間違うと危うい。

「明人、」

「兄ちゃん!忘れたの!?あいつに裏切られたこと!」

き、ときつい目つきで怒鳴る明人に手が出そうになるが、ぐっと我慢する。

明人、明人、間違ってる。
お前は間違ってるよ。


「明人、そのことは言わない約束だろ?」

俺の妙に落ち着いた、自分でも客観的過ぎると思ってしまう声に、明人は、はっと目を見開き黙った。失敗した、というように眉をしかめている。

「終わったことは思い出したくない。」

俺はそれだけ言うと、明人を残し駅に向かった。


明人は突っ立ったままで、ついて来る気配はなかった。
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