白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師
三階の少し伸びた廊下。間隔をあけて並ぶ二つの木製の扉。奥が俺で、手前が弟の部屋だ。
二つ下の高校受験真っ最中の弟の部屋からは明かりが漏れ、微かな物音がする。まだ勉強しているのかもしれない。
弟は中学受験しなかった。公立の中学に通い、毎日野球に友達と楽しそうに過ごしている。今は受験なので、クラブも引退し、毎日塾通いだが。
俺はそんな弟が羨ましい。親の期待も背負わず、のんびり楽しく過ごしている。きっと、弟の行きたがっているであろう共学の公立高校に合格すれば、俺のしていること――バイトをしたり、髪を染めたり、服を着崩したり――は、そこでは「普通」になるのだろう。
俺がここで落ちこぼれのように扱われているのが、そうでなくなるのだ。
胸を訳の解らない息苦しさが走った。
――羨ましい。その感情に俺は飲み込まれてしまいそうだ。
逃げるように自室に入り、ベッドに潜り込んだ。
その後は、すぐにぷつりと意識が途絶えて、眠りに落ちた。
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騒がしくバタバタと人が動く音がする。携帯を見れば朝の7時15分。弟と父、母が朝食を取る時間だ。
俺は毎日みんなが寝静まってから帰り、出払った後に起きる。こんなに早くから目覚めたのは久しぶりだった。いつもは、誰もいない静かな家を堪能するのだが。
弟がバタバタと階段を上がってくる音がして、無意識に息をひそめる。そのまま部屋に入るのかと思ったが、なぜか廊下を直進して俺の部屋の前で止まる。扉一枚を隔てて弟がそこに立っている。…なんの用なのだろう。何か声がかかるかと身を固くしていたが、何も言うことはなく、バタバタとまた階段を駆け下りて行く。
「明人(あきと)!ご飯早く食べないと遅刻するわよ!」
二階から母の声が上がる。
「はいはい!ちょっと忘れ物!」
ざわめきは二階に移動し、静かになる。
……なんだったんだ。
もしかして寝てたから気付かなかっただけで、朝こういうことがよくあるのかもしれない。
どうやら完全に目が覚めてしまったようで、二度寝しようと思うのに、なかなか寝付けない。
仕方ないので、制服に着替えることにした。
白いカッターシャツのボタンは二つ開け、青いネクタイを閉めたあと緩める。青いチェックのスラックスはパンツのゴムが見えるくらいまで下げる。金に染めた傷んだ髪は、所々段が付いていて毛先を少し跳ねさせている。雑誌を見て選んだので、オシャレ、だと思う。髪にワックスを付けて整えた。
二階に下りると、半透明なガラスのはめ込まれた引き戸から、家族三人の楽しそうな声がする。誰も気付いてないようだ。俺は足音を忍ばせて一階に下りると、ワックスの付いた手を洗って、顔を洗い、そのまま家を出た。
ガシャンと扉の閉まる音が、きっと家族に俺が出て行ったと気付かせただろう。
茶色いローファーを響かせながら、俺は眩しい朝の光にまみれた住宅街を抜け出した。