このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

ピ、と赤く点灯していた保留ボタンを押すと電話が繋がった。

「もしもし」

電話の向こうでざわざわとした教師達の声がしている。
珍しく職員室に居るらしい。

そりゃそうか。通常の外からの電話がいきなり理科準備室の中河のデスクに繋がるはずはないのだから。
それで、たまたま中河が電話を取ったらしい。

《金剛か?体調、良くないのか?》

「まあ」

と曖昧な返事をする俺に、はぁ、と小さな溜め息が聞こえた。溜め息に少し苛、とする。どうして中河に溜め息を吐かれなくちゃいけねえんだ。
ずき、ずきと頭に鈍い痛みが走った。

《まあ、ってなお前。学校休むのか?》

金曜日のお前はどこに行った、と言いたくなる程にいつもの中河だった。あの後女のところに行ったのだろうか、と気になった。


「わからない。正直だるい。」

《働き過ぎなんだよ。ちょっとは休め。》

いつも通り過ぎる中河に急に不安になってくる。まさか、泥酔し過ぎて記憶ない、とかそんな……

「……中河、金曜日のこと覚えてる?」

緊張しながら、聞いてみる。

少し間があって、《…ああ》と返事が返ってくる。

少しほっとした。さすがに告白を忘れられてしまってはつらい。

「逃げないで、ちゃんと考えて欲しい。」

声のトーンを落としてはっきりと言う。

《…ああ》

どこか心ここにあらずといった中河の声に不安になる。
こいつ、もしかして俺が言わなかったらなかったことにしようとしてたんじゃないか、とすら思えてくる。

《圭介、俺からも一つお願い。》

久しぶりの名前呼びにどくん、と心臓が跳ねる。電話越しに聞こえる中河の耳心地の良い声に、顔が熱くなる。

「なに…」

《俺も逃げないから、お前も逃げないでくれ。勉強から、学校から、現実から。》

その言葉に胸が熱くなる。ごめん、中河。そう心の中で謝った。
俺、中河がしてくれたこと全てナシにして、勉強から、学校から…いや、自分自身から、逃げようとしてた。

黙っている俺に中河は続ける。

《物理の勉強も、止めるな。せっかくお前が興味持ったことなんだから、止めるな。くだらない俺なんかのことで、お前がまた元に戻るのは絶対に俺は嫌だからな。》


強い、口調。中河の強い思い。俺のことを思ってくれているとはっきりわかる言葉。ずし、と胸に響いた。

中河みたいになりたい、俺は。

漠然と思う。中河のことが好きで、そして、一人の人間として、尊敬している。


「…ありがとう。俺は、逃げない。」

はっきりと言い切り、受話器を置いた。

俺は、中河のおかげで変われたのだから、自分自身から逃げない。決めた。


絶対に逃げない。


今日は学校に行こう、そして中河と話そう、そう思った。
29/65ページ
スキ