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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

「圭介(けいすけ)さん、苛立ってますね」


「は?」

思わず落とした煙草に舌打ちが漏れる。慌てて火がついたままの煙草を足で踏みつけた。

——くそ…あいつのせいだ。

居酒屋の裏のゴミ溜めのような暗い路地。隣にはバイト仲間の赤津(あかつ)。俺と同じように明るく染めた茶髪も、ここでは目立つことはなく景色の中に溶け込んでいる。

「いやー、圭介さんって、かなりポーカーフェイスっすけど、なんとなく苛付いてんのわかりますよ、俺。」

赤津は得意気に煙草をふかす。
その言葉にも少し苛付きながら、もう消えているはずの煙草をしつこく踏み潰した。


もう一本取り出そうとした所で、裏口の扉が開き、恰幅のいい中年の女の人が顔を出す。経営者の二葉(ふたば)さんだ。

「ケイちゃんもう上がんなー」

「え、俺も上がっていい?二葉(ふたば)さん!」

「あんたはだーめ。片付けあんでしょうが。」

「えー、なんで圭介さんはよくて俺はダメなんすか!」

ぶーぶーと赤津が文句を垂れる。

「あんたね、ケイちゃんは今日代わりに来てくれてんのよ!暇人のあんたとは違うの!」

口調はきついが、二人して楽しそうだ。
赤津は高校を中退した後、二葉さんの元で働かして貰っている。年齢は俺の一つ下でまだ16だ。


「じゃあお疲れ様っすー」

楽しそうに話す赤津と二葉さんを横目に更衣室に向かう。



苛立ちは消えることなく心の隅でくすぶっている。
今日はどこか落ち着かず、苛々してばかりいる。…さっさと帰って寝よう。


俺は私服に着替えると、店を出た。

夜中の12時を回ったとろだった。


私立のお高い進学校。ここらじゃ知らない人間はいない。中高一貫で、俺は中学受験に成功し、今の学校に中学から入った。偏差値が高いだけが取り柄のくだらない男子校。みんな勉強ばかりしている。もし俺が真面目に勉強し続けていたら、何も世の中のことなど知らなかったんじゃないだろうか、と背筋が寒くなる。

荒れ出したのはいつ頃からだったか……いや、そんなことどうでもいいのだ。今の俺が本当の俺なんだから。そう自分に言い聞かす。



家はシンプルな三階建ての一軒家。驚かれるほど大きい訳ではないが、小さくはない家。



玄関扉を開くと家はしん、と静まり返っていた。音を立てずに扉を閉め、鍵とチェーンをかける。

そのまま一階の風呂場に直行する。湯はすでに抜かれており、綺麗に湯船は掃除されていた。もうこの家の一日は終わった、と告げているようだった。


汗だくの肌を熱めのシャワーが流れて行く。日中、クーラーで冷やされた肌に気持ちいい。

ふと思い出す、黒い髪にノンフレームの眼鏡。

苛々と胸がざわめく。思わず拳でタイルを殴ってしまった。
今は夜中なのだということを思い出して、はっとする。

少し耳をひそめて見たが、誰かが起きるような気配もない。俺はさっさと髪と身体を洗ってシャワーを済ませた。
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