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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

それから一週間。俺は毎日中河と物理を勉強して、テストを迎えた。
他の教科はぎりぎり赤点じゃないというぐらいの点数だったが、物理だけはクラスで一番だと担任に言われた。

テストで赤点を取らさせないため、と銘打ってやってきたお約束の勉強会もテストが明けたため必要がなくなったが、俺はなんとなく理科準備室に来ていた。

「いや、まじで頑張ったな、お前。お前の担任もびっくりしてたぞ。」

かちゃり、と中河がノンフレームの眼鏡を外す音がした。

黒い前髪がたらりと揺れる。

疲れたように目頭をつまむ中河の素顔に妙にどきどきしている自分がいる。

大人の色気…?気だるそうな中河の様子にそんな一言が浮かんだ。


「勉強、もうしねえの…?」

自分でも恥ずかしいくらいに、恐る恐る、って感じが出てしまった。

目頭から手を離して中河が前髪をかきあげながら顔を上げる。少し疲れたような表情で、俺を見据える。何を考えてるんだろう。

「…もうテスト終わったからな。ほとんど自分で勉強してたじゃねえか。お前なら大丈夫だよ。またわからないことあったら聞きに来い。」

胸がずーんと重たくなる。なんだこれ。石、入ってるみてえ。

やっぱり、中河は“先生”で。言うことももちろん“先生”らしくて。

でも、俺が言って欲しいことはそんなことじゃない、なんて。

そんなの伝わる訳、ねえのに。
伝わったら、逆に駄目なのに。

思わずしかめっ面になる。


「どうした?」

中河が軽い調子で聞いてくる。
答えられる訳ねえよな。

あなたが好きなんです。
これからも勉強教えて欲しいんです、なんて。
考えただけで気持ち悪いじゃねえか。

ちら、と中河の表情を伺う。
まっすぐに俺を見つめてくれていて、純粋に俺のことを信頼してくれているんだって感じる。
はあ、小さく溜め息を吐く。

こんなにまっすぐに見られたら、逆に何も言えなくなる。
中河の期待通りの生徒でいたいと思ってしまう。

「…勉強、頑張るから、俺。」

そんなことしか言えない。

ああ。

中河は穏やかに笑う。疲れなんて一つも見せない笑みで。

大人は隠すのが上手い、なんて一瞬頭をよぎった。


「ああ、頑張れよ。」

中河の声は低くて優しくて、心に、頭に、染み渡る。


でもその言葉は先生と生徒の壁を感じさせるような、儀礼的な言葉で、切なくなる。


…ああ、好きだな。

ただ話すだけで実感してしまうのだから、相当なのかもしれない。そう思った。
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