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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

飯は諦めて、勉強することにした俺は教科書とノートを開く。
隣では中河がいい匂いをさせて幕ノ内弁当を食べている。

そっちを見たくなったが、見たら負けだと思って必死に教科書を見つめた。

かちかち、とシャーペンの芯を出す。

「おい」

呼ばれたので顔を上げると、目の前に卵焼きがあった。中河が箸でつまんで俺の口元に向けていた。

「口開けろ。」

馬鹿馬鹿しいと思い、ふい、と顔を逸らしノートに視線を落とす。

はあ、と隣で中河が溜め息を吐く。溜め息を吐かれるようなことをした覚えはないが。

「…お前、本当に可愛くねえな。」

高校生男子に可愛さを求めるな、と思いながら、シャーペンを走らせる。

がっと中河に顎を掴まれ中河の方に向けさせられる。
衝撃でシャーペンの芯がぼきっと折れた。

目の前には苛立ちを含んだ中河の黒い瞳。
…んだよこいつ。

「…なん、んぐっ」

なんなんだよと言おうとして、開いた口に卵焼きを突っ込まれる。…仕方なく咀嚼する。

「黙って食っときゃいいんだよ。やせ我慢すんな。まだ子供なんだから我が儘でいいんだよ。」

なんかすげー苛付いてて、吐き捨てるように言ってるけど、言葉は優しくて、俺のことを思ってくれているというのがわかる。

もぐもぐと口を動かしながら、じーんと来た。

中河は、いい先生だ。
でも、悲しい程に“先生”だ。
今なんか俺、わかってしまった。
わかりたくなかったけど。

でも。

「半分こにしてやるよ。」

俺が卵焼きを食べたことに満足したのか苛立ちが消えて、穏やかに笑う中河。

プラスチックの蓋に白ご飯と惣菜を乗せていく。

「あ、割り箸あったよな。」

と言いながら席を立って部屋の隅に行く中河の背中を見て、なんか胸が締め付けられた。

俺、ダメだ。否定のしようもない。


「あったあった」

と言いながら割り箸を片手に、子供みたいににこにこ笑っている中河の顔を見つめていると、目が合う。

大人のくせに子供みたいに澄んだ黒い瞳。

センター分けの顔に沿って垂れた前髪。

いつも柔軟剤のにおいをさせている白い白衣。

そしてむかつくノンフレームの眼鏡。

挙げればきりがない。

白くて骨張った手とか、細身なのに広い背中とか、

こんな俺のこと気にかけてくれることとか。

……泣きたくなった。


俺、中河が、好きだ。
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