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白衣と眼鏡と落ちこぼれ教師

次の日も俺は飽きもせず、約束を破ることもなく理科準備室に来ていた。

扉を開くなりひんやり冷たい空気が肌に当たって気持ちいい。

「よぉ、来たな」

椅子に座ったまま中河が振り向く。また幕ノ内弁当を食している。

冷気を逃がさないように扉を閉め、すっかり指定席になった中河の隣に座った。

「あんた結婚してねえの?」


来てすぐの質問に中河は面食らって顔を上げたが、さほど気にしてない感じで

「…ああ。してねえな。」

と視線を落とす。

「ふーん。」

俺は買ってきたメロンパンの封を開けてかぶりつく。

「ていうお前は彼女の一人もいないのか。」

「いない」

この学校に中学から通ってて彼女いる奴は、かなりの行動派なんじゃないだろうか。

まあ俺がそんな行動派な訳もなく。

「まあこの学校じゃしゃあねえな。」

少し同情すら含んだ口調で中河はそう言う。


俺はペットボトルの炭酸でメロンパンを流し込み、さっさと片付けるとノートとテキストを取り出す。

中河はまだ食事中だ。

「なんだお前今日やる気あんな~」

中河はからかい半分、嬉しさ半分といった感じで、にやにやと笑っている。

黙って勉強を始める俺。この数週間で俺は、物理が好きになっていた。中河の教え方が上手いのか、解らなかった問題もすらすら解けるようになり、解けると自然と楽しくなった。

「もともとお前頭はいいものな。」

と不意にぽん、と頭の上に乗る骨張った手。重みが心地よくてされるがままにする。
無視してシャーペンを走らせる俺。中河はそのまま俺の髪の感触を確かめるように襟足まで撫で下ろす。

ゆっくり、ゆっくり。何度も。
ちら、と視線を上げると目尻が少し下がり、優しい目元をした中河と目が合った。

……なんか、俺犬みてえ。

つ、と指先が耳の縁に触れる。ひんやりとした中河の指先にびくっと肩が跳ねる。

なんなんだよ、と言えない雰囲気に目が合ったまま息が止まる。

「お前さあ、なんつーか、犬、ぽいよね。」

「はあ?」

「一匹犬?」

自分で言って、中河はくくく、と笑う。

……一匹犬、ね。確かに友達と言える友達はいないけど。

「狼だろ」

冷静にそう返す俺に頭から手を離した中河は、にこ、と笑う。

「可愛いでかい犬。」

その“可愛い”に深い意味があるのか、生徒として可愛いっていう単純な意味なのか。
そんなことを考えて自分を落ち着かせようとしながらも、
どき、どき、と煩い俺の心臓だった。
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