スネイプの人形
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ホグワーツ特急がホグズミード駅に着くと、たくさんのホグズミード生が現れた。
カレンはホグズミード駅にてトランクを足もとにおいてじっと待っていた。
ホグズミード村に住んでいるため赤い列車に乗る必要のないカレンは、少しばかり羨ましいと思いはしたものの、多くの生徒たちを前にそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
こんなにたくさんの子供たちの集団に交じれないような、疎外感を感じた。おそらくホグワーツの制服をまとった新一年生がベンチに座っていることが不自然に映ったのだろう。
カレンはうつむきがちに一年生を呼ぶ大男の元に集まり、同じような背格好の少年少女たちと、黒い湖を渡った。
小舟が城へと近づくにつれ、カレンの心臓は冷たく脈打っていた。周囲の新入生たちはホグワーツ城が視界に入っただけで歓声を上げ、城についてからも魔法の天井や幽霊たちに一つずつ声を上げていたが、カレンにはそれらがどこか遠い世界の出来事のようだった。
ローブのポケットにそっと手を入れると、オリバンダー老人から買ったばかりの「ヤギとユニコーンの毛」の杖が入っていた。
この杖に選ばれたとき、人の良さそうなオリバンダー老人が『お母さんと同じだね』 とカレンに声をかけた。付き添ってくれたスネイプ教授の手がギュッっと強く握り締められていたのにカレンは気づいていた。
ホグズミードから出たことのないカレンへ、ダンブルドアかそれともアバーフォースが考えてくれたのかは知らないが、一度はロンドンに行ってみるのも良いということで、カレンの入学用品を買いにダイアゴン横丁へとスネイプ教授の付き添いでいくことになったのだ。
ホグズミードでも道具をそろえることはできたし、カレンはロンドンにつゆほど興味もなかった。だが、ダイアゴン横丁にフルパウダーで着いた途端。
カレンはその人の多さと見たことない店の数に、考えを180度改めた。ホグズミード村には無い品物の数と洗練された石畳。子供向けの菓子店や玩具屋もあり、年相応にはしゃいだ。勿論同年代の子と比べてはだいぶ大人しく見えただろうが。
スネイプは子守など初めてのようで終始ぎこちない態度であったが、杖を購入後はより壊れ物を扱うかのようにカレンに接していた。
大きな拍手で現実の世界に引き戻されたカレンは、数千本の蝋燭で煌めいてる大広間にいることを思い出した。羽飾りのついた帽子にきっちりした眼鏡と、長いローブを纏った高潔の魔女が羊皮紙を広げ、名前を読み上げている。
「……ポッター、カレン!」
その名前が響いた瞬間、ざわめきが波のように広がりました。 「ポッターだって?」
「あのハリー・ポッターの?」
好奇の視線が、針のようにカレンに突き刺さる。表情筋が固まり、視線をどこにも合わせずに椅子に座った。
古い帽子が視界を覆い 『ほう……。これはまた、複雑な中身だ』 耳元で、小さな声が囁いた。
『勇気はある。だが、それは英雄になりたいという類のものではないな。渇望しておるな……守るための、絶対的な「力」を。そのためなら手段を選ばぬ冷徹さと、誰にも理解されぬ孤独を受け入れる覚悟がある』
帽子は一瞬悩み、そして高らかに叫んだ。
「スリザリン!!」
一瞬の静寂。 グリフィンドールのテーブルからは失望の溜息が漏れ、スリザリンのテーブルからは、まばらな拍手が返ってた。
英雄の血筋でありながら、蛇の寮へ。カレンは小さく息を吐き、静まり返った緑と銀のテーブルへと歩き出しました。
教職員席の中央で、スネイプ教授だけが、眉一つ動かさずに私を見つめているのが見えた。まるで、最初からこうなると知っていたかのように。
その夜の地下牢は、湖の底のような湿気と冷気に満ちていた。 新入生たちが寝室へと引き上げた後、カレンは談話室の暖炉の前で一人、教科書を整理することにした。
ルームメイトとどのように交流すればいいのかわからなかったからだ。
「おい、ポッター」
背後からかけられた声には、明確な敵意が含まれていた。 少女が振り返ると、上級生の男子生徒たちが数人、杖を弄びながらカレンを囲んでいた。彼らの胸には、同じ蛇の紋章。
「噂は本当らしいな。マグル贔屓の裏切り者の娘が、なぜ我が寮にいる?」 「穢れた血の匂いが移る。……出て行けよ」
一人が杖を振ると、カレンの鞄が弾け飛び、インク瓶が床に砕け散った。
――パリン。
その音が、カレンの奥底にあるスイッチを切り替えた。
黒いインクが、石床に毒のように広がっていく。まるで血が広がっていくようだ。
アバーフォースによって守られていたカレンは、人間社会の洗礼に会う機会がなく、どういったことをされるかも知らなかった。
彼からは生活魔法と防衛魔法しか叩き込まなかったからだ。
未知なるものに対する恐怖。
たった11歳の少女。
怖いに決まっている。知らない環境で誰にも助けを呼べず、声が出ない。彼らの嘲笑が、あの夜の闇の帝王の笑い声と重なってしまったのは必然としか言いようがなかった。
カレンの視界が急激に狭まり、呼吸が浅くなった。指先から感覚が消え、ガクンと膝から崩れ落ち、その場に縫い付けられたように動けなくなった。
自分で止めたくても止められない「人形」の発作である。
「なんだこいつ、急に倒れやがって…」
「おい、無視かよ。起きろよな……」
さらに杖が振り上げられた、その時。
「――何をしている」
談話室の空気が、一瞬で凍りいた。入り口の石壁が開き、闇そのものを纏ったような長身の影が現れた。スリザリンの寮監である男は床に散らばったインクと、蒼白になって固まっているカレンを一瞥し、瞬時に「リナベイト(蘇生せよ)」を少女にかけた。
マネキンのような身体は徐々に血の通った肉体となり、呼吸は正常に動き始めた。
無事を確認した男は上級生たちを睨みつけた。
「私の寮で、私闘はご法度だと教えたはずだが? ……それとも、退学をご希望か?」
「い、いえ、先生! こいつが生意気な態度を……」
「減点だ。全員、寝室へ失せろ」
氷点下の声に、上級生たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。静寂が戻った談話室に、カレンと彼だけが残された。
少女はまだ、震えが止まっておらず、なんとか体を床から持ち上げるので精一杯だったが、彼はツカツカと歩み寄り、カレンの腕を掴み無理矢理立ち上がらせた。
「来い」
冷たい声で入学したばかりの少女を談話室から出るように促す。スネイプの手には壊されたインクと鞄は元通り仕舞われた状態にあった。
就寝時刻間際のホグワーツの廊下を二人が歩き、連れて行かれたのは、薬品の匂いが充満する寮監室であった。
スネイプはカレンを椅子に座らせると、杖を一振りして服についたインクの汚れを消した。そして、気付け薬のような強い香りのする小瓶を、カレンの鼻先に突きつけました。
「吸え」
言われた通り花か吸い込み、ツンとした刺激臭に咳き込みながら現実に引き戻される。涙目で彼を見上げると、彼は腕組みをして、暖炉の炎に照らされながら冷ややかに少女を見下ろしていた。
「……期待外れもいいところだ」
その言葉は、上級生のやっかみよりも鋭く胸に刺さった。
「あの程度の威圧で人形に戻るなら、お前はここで餌食になるだけだ。ポッターの娘というだけで、お前を見る目は敵意に満ちている。それを理解してここへ来たのではないのか?」
カレンは唇を噛み締め、膝の上で拳を握りしめた。
「……怖かったんです」
「恐怖は武器にならん」
彼は即座に切り捨てた。
「ホグワーツで過ごしたいのであれば、泣いて同情を引くのではなく、誰も手出しできないほどの実力を示せ」
スネイプは黒い瞳で、私の心の奥底を見透かすように覗き込みました。
「お前の……母親は、マグル生まれというだけで蔑まれる立場にいながら、誰よりも優秀な魔女としてその名を轟かせた。誰にも文句を言わせなかった」
彼の声色がわずかに、本当にわずかに揺らいだ。
「ここには、私以外にお前を守る者はいない。だが、私も四六時中お前の後ろについているわけにはいかない。」
彼は机の上にあった、分厚い羊皮紙の束を私の方へ放りました。それは、1年生の必修科目ではない、上級レベルの魔法薬の調合リストだ。
「明日から放課後、私の準備室に来い。下拵えを手伝わせてやる。……そこで、お前の頭の中にある無駄な恐怖を追い出す訓練をする」
それは罰則のようでありながら、事実上の「避難場所」の提供であった。 カレンはゆっくりと顔を上げ、男の不器用な提案に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じました。
「……はい、先生」
カレンが答えると、彼はふんと鼻を鳴らし、「さっさと寮へ戻れ」と背を向けた。 その背中は、あのハロウィンの夜と同じように、孤独で、そして何よりも頼もしい黒い壁であった。
談話室に戻って、生活を共にするルームメイトに挨拶した夜。
カレンは全てのものに向けて誓った。
希望も目的もなくただ息をしてきただけの人生であったが、誰にも馬鹿にされることのない、1番上の存在になると決めたのだ。
勉学に励み、己の恐怖と戦う努力をすると。
カレンはまずあの上級生たちに畏れられ、誰にも後ろ指を指されないスリザリンの女王になると決めたのだ。
—————————————————
ホグワーツでの初めての年は孤独であったが、勉強に集中した結果、カレンはもう「怯える人形」ではなかった。
地下牢の教室で、少女は杖を一振りして大鍋の火加減を調整する。紫色の蒸気が完璧な螺旋を描いて立ち上るのを見て、周囲の生徒たちが感嘆の溜息を漏らすのが聞こえた。
「さすがだね、カレン。スネイプ先生の出す難題を、こうもあっさりクリアするなんて」
隣の席の、純血名家の令嬢が媚びるような笑顔で話しかけるが、カレンは視線を鍋から外さずに「分量さえ間違えなければ誰にでもできるわ」と淡々と返していた。
それが嫌味と捉えられるとわかっている分、カレンは随分とませた魔女になってしまった。
かつてカレンを囲んで嘲笑った男子は、今では彼女のノートを借りに来るか、機嫌を損ねないように遠巻きにするかのどちらかであった。スリザリンにおいて、「力」と「実績」、そして何より「寮監(スネイプ)の加護」は絶対的な盾となり、カレンの成長は止まることを知らなかった。
アバーフォースから仕込まれていた呪文の練習や、家事魔法のおかげで妖精呪文のクラスや闇の魔術の防衛術のクラスではすぐにトップになった。スネイプの個人指導のおかげで魔法薬学や薬草学は言うまでもなく、アドバンテージと先を見据えた予習のおかげでカレンはいつでも1番だった。
彼女が3年生の夏休みに入る頃には、「カレン・ポッター」はスリザリンの沈黙の女王ーと呼ばれるようになった。そのことにカレンは冷めた満足感を覚えていた。これで、誰も私を傷つけられない。
その証拠にあれ以来発作は起きていなかった。
けれど、その静寂が破られる日がやってきたのだ。
1991年9月1日。大広間の扉が開き、マクゴナガル教授に連れられた新入生の中に「彼」はいた。
大広間がかつてないほどの熱気に包まれていた。誰もが「生き残った男の子」の姿を探して首を伸ばしており、チラチラとカレンの様子を伺っていた。
同じポッターであるが、血の繋がった姉弟だとは誰も思わなかったようだ。
ただカレンはアバーフォースから自身に弟がいることだけは聞いていた。なぜ離れて暮らすことになったのかは知らなかった。初めて見る弟の姿には興味があったが、どんな顔して会えばいいのかわからず、組み分け帽子を直視できず金色のゴブレットを見つめるふりをしていた。
「……ハリー」
声には出さなかった。だが、その名前を脳裏に浮かべた瞬間、カレンの指先がわずかに震えた。忘れていたはずの、あの夜の火薬の匂いと悲鳴が蘇りそうになる。
「ポッター、ハリー!」
名前が呼ばれると、大広間はこれまでにない静寂に包まれ、ハリーが震える足取りで椅子に座る。帽子が彼の頭を覆い、長い沈黙が続く。
「グリフィンドール!!」
組分け帽子の叫び声と共に、爆発的な歓声が上がった。双子のウィーズリーが「僕たちのところにポッターが来た!」と叫んでいます。
「……あらあらカレン、数少ないポッターがライバル寮に行っちゃったわね」
友人が意地悪く、けれど気遣うようにカレンを見ていた。言われた本人は顔を上げ、グリフィンドールのテーブルで満面の笑みを浮かべる、黒髪に丸眼鏡の少年を見つめた。父親のジェームズにそっくりだと言われているが、父親の顔を覚えていないカレンにとっては本当に私たち姉弟なのか?と疑いたくなるほど容姿が似ていなかった。
カレンは、弟が自分とは正反対の「光」の寮へ、両親と同じ場所へと迎え入れられるのを、冷めた眼差しで見届けていた。
(あなたはいいわね。望まれて、愛されて、そのままで受け入れられて)
胸の奥に澱のように溜まっていた感情が、黒い嫉妬となって鎌首をもたげる。
カレンはグラスを置き、氷のように冷たい声を作った。
「そうね…でも、関係ないわ。彼は英雄で、私はただの生徒。住む世界が違うもの」
カレンが教職員席を見上げると、スネイプ教授が、憎悪を煮詰めたような目でハリーを睨みつけていた。そして、ゆっくりと視線をずらし姉と目が合った。
――余計な情を見せるな。
その黒い瞳が、そう語りかけている気がしたカレンは、微かに顎を引いた。
数日後の放課後。廊下の曲がり角で、カレンは運悪く「グリフィンドールの英雄」の一団と出くわした。
ハリーと、赤毛の少年、そして髪のボサボサな知的な少女。
「……あ」
ハリーが足を止め、カレンを凝視した。
彼は入学前にハグリットから聞かされていたのだ。『ホグワーツには、お前さんの姉がいる。だがなぁ、あの子はちぃーとばかり事情が、いや、まあ、うん、スリザリンにいる。静かな子でなぁ、あまり騒ぎ立てないようにしてやってくれ』と。
「あの……君が、カレン……姉さん、なの?」
ハリーの声は小さく、期待と不安に震えていた。
その「姉さん」という響きが、カレンの平穏を乱す。彼女は無表情を貫き、冷たい声で返した。
「……姉さん?」
カレンは、まるで聞いたこともない異国の言葉を耳にしたかのように、眉をわずかに寄せた。
「誰の許可を得て、私をそう呼んでいるのかしら、ポッター君」
「えっ……だって、僕たちは家族だって、ハグリットが……」
「ハグリットが何と言おうと、私には関係のないことよ。私の知る限り、私の家族はホッグズ・ヘッドの偏屈な老人一人だけ。君のような、礼儀も知らないグリフィンドールの新入生を、身内だと思ったことは一度もないわ」
ハリーが傷ついたように目を見開く。その「かわいそうな弟」のような表情が、カレンの神経を逆なでした。
まるで自分が悪者になった気分だった。
「そんな、寂しいこと言わないでよ」と言わんばかりの彼の瞳。何も勝ち取ったことがない者が持つ、甘ったれた光。
「二度と話しかけないで。」
突き放すような言葉を投げ捨て、カレンの背後に、長い黒衣の影が音もなく忍び寄る。
「……廊下を塞いで何をしている、ポッター」
スネイプ教授の声だった。ハリーはビクリと肩を震わせ、スネイプの峻烈な視線に射すくめられた。スネイプは、ハリーを塵か何かを見るような目で一瞥すると、すぐにカレンの方へと向き直った。
「行くぞ、カレン。準備室の片付けが残っている」
スネイプの手が、当然のような権利を持ってカレンの肩に置かれる。その瞬間、カレンは背後で呆然としているハリーの視線をはっきりと感じた。自分には決して向けられない、親密で、保護的で、特別な関係。
カレンの口元に、自分でも気づかないほど微かな、残酷な笑みが浮かんだ。
薬品の匂いが立ち込める寮監室。
スネイプはマントを脱ぎ捨てると、暖炉に火を熾し、椅子に深く腰掛けた。
カレンは手慣れた動作で彼のために紅茶を淹れ、机の端に置く。
「……あの少年は、自分の置かれた立場を理解していないようだ」
スネイプは紅茶の湯気越しに、静かに口を開いた。彼の言葉は、ハリー本人の前で見せる罵倒とは違い、どこか冷静で、それゆえに冷徹だった。
「ただ名前が売れているというだけで、己を特別な存在だと勘違いしている。……あの無鉄砲な父親と、何も変わらぬ性質だ。規律も、思慮も、自分を律する術も持ち合わせていない」
スネイプはそこで言葉を切り、じっとカレンを見つめた。
「だが、お前は違う、カレン」
その呼び声に、カレンの心臓が甘美な音を立てて跳ねた。
「お前は、自身の手で努力し勝ち取った。あのような未熟な子供と一緒にされる必要はない。」
スネイプの瞳には、ハリーに向ける憎悪とは正反対の、深い信頼と、ある種の狂気を孕んだ愛着が宿っていた。
カレンは、胸の奥から湧き上がる「悦び」に、自分自身で驚いていた。
それは、英雄の姉としての誇りではない。
「ハリー・ポッター」という世界中の誰もが愛し、特別視するはずの存在を差し置いて、この孤独な男が、自分を選び、肯定しているという事実。
母親の愛も、予言の光も、すべて弟もの。
けれど今、この薄暗い部屋で、自分はハリーが一生かかっても手に入れられない「特別」を、独占している。
「……ありがとうございます、先生」
カレンは、うやうやしく頭を下げた。
その瞳は、もはや恐怖に震える「人形」のものではない。
弟への嫉妬さえも糧にして、スネイプという絶対的な庇護者の影に寄り添い、暗い愉悦に浸る――若き女王の目だった。
弟は、グリフィンドールの太陽として、多くの友人に囲まれて生きていけばいい。
自分は、この地下牢の暗闇の中で、この孤独な男の執着を唯一の拠り所にして、スリザリンの頂点に君臨し続ける。
「…私は先生が誇れるような魔女になります」
カレンがそう囁くと、スネイプが珍しく口角を上げた。
それは、ハリーが決して知ることのない、ポッター家の「もう一人の生き残り」にだけ許された、歪な幸福の時間だった。
---------------------------
ハリーが一年生の時はクィレル先生が賢者の石を求めて戦った事件により、グリフィンドールが寮対抗杯を搔っ攫っていった。
そして、ハリーが2年生、カレンが4年生と進級した。
闇の魔術に対する防衛術のポストはギルデロイ・ロックハートが座ることになった。
ロックハートはカレンがハリーの姉であることを知らなかったが、彼はカレンを単に「成績優秀で、少し愛想の悪いスリザリンの美少女」として認識していた。
ハリーほど彼から声をかけられることもなかったが、人の目を惹きたい彼にとっては『スリザリンの女王』として称賛されるカレンを横に侍らせたかったようだ。
「ああ、カレン君! 君の変身術の腕前は素晴らしいと聞きましてね!僕の『決闘クラブ』で、模範生として僕の助手を務める栄誉を与えよう。」
ロックハートの薄っぺらな賞賛を、カレンは静かな軽蔑を込めて受け流した。
「私の変身術を評価してくださり光栄です。ですが先生、あいにく私は『実用的な魔法』を学ぶことにしか興味がありませんの。先生のような……その、舞台演出のような華やかなパフォーマンスを支えるには、私の杖は少しばかり実戦向きに過ぎるようですわ。先生の華麗なお遊戯の邪魔をしたくありませんの。失礼いたします。」
彼は嫌味を言われたことに気づいていないようで、自分の隣で歯を剥き出して「ハハっそんな謙遜しなくとも!」と笑っていたが、カレンが去っていきようやく断られたと理解したようだった。
その『決闘クラブ』に参加する気はさらさらなかったが、まさかスネイプ教授が参加するというので、カレンは談話室を出る下級生に交じって様子を覗くことにした。
カレンは壁の花を決め込み、息をひそめる様に静かにしていた。まさかハリーもいるとは思わなかったからだ。
ハリーとマルフォイが舞台に上がり、蛇が出現して場が混乱した際、ハリーが蛇語を話した途端、疑惑の目がカレンにも突き刺さった。
なぜハリー・ポッターが?もしやカレン・ポッターが継承者?
突如降って湧いて出た容疑者に、カレンも動揺を隠しきれなった。
スネイプが蛇を消滅させ、会は終わりだとロックハートが促しながら、椅子やテーブルを元に戻す呪文を振ったとき。
へたくそな呪文があらぬ方向へ跳ね返り、壁に背を預けていたカレンの頭上のタペストリーを直撃した。彼の呪文がいろんなところへ飛び散って悲惨なことになっていたので、カレン は自身の頭上から巨大な布と鉄の棒が落下していることに気づかなかった。
「危ない!」と他寮の生徒が叫び、顔を上げたころにはもう回避できる距離ではなかった。
杖を取り出す暇もなかった。
突然体が前に吹っ飛ばされ、宙を浮いたと思ったら黒い影が視界に飛び込み腕の中に抱き着くような形で引き寄せられた。後方で重たい鉄の塊が地面に落ちて鈍い大きな音を響かせていた。
カレンは、自分がスネイプ教授の腕の中に閉じ込められていることに気づいていた。
この布の感触に香り、ああ、もう少しこのままでいたい…と思ってしまった自分自身に驚き、動けなくなっていた。
「……馬鹿者が!自分の身も守れんのか、何のために防衛術を習っている。」
鼓膜を震わせる、怒りに満ちた低い声。 スネイプの心臓が、すぐ近くで激しく、早鐘のように打たれているのが伝わっていた。常に冷静沈着な男がこれほどまでに乱れた呼吸をしているのを、カレンは初めて知った。
「すみません、注意不足…でした。」
カレンはスネイプに人前で𠮟られることが無かった。いつでも授業では褒められ加点されてきたので、どうすれば良いのかわからなかった。
そんな状況はスネイプはつゆ知らず、どこか痛めたのだと早とちりしたのか、スネイプはカレンの肩を掴み、乱暴に引き離すと彼女の顔を覗き込んだ。
「……怪我はないか。カレン、答えろ」
カレンは唇を開いたが、言葉が出てこなかった。
恐怖ではありません。 スネイプの指が食い込んでいる肩の熱さ。彼の纏う、苦い薬草と冷たい冬の匂い。 それらが鼻腔を突き、脳の奥を直接刺激した瞬間、カレンの指先がピリピリと痺れ始めた。
「……あの、すみません、驚いて、わたし」
カレンは呆然と自らの胸に手を当てた。もう随分凍りついて何も感じなくなっていた「人形」の心臓が、今、スネイプの怒りに触れて、溶け出した鉄のように熱く波打っていた。
「先生……私は……」
「……立てるか」
スネイプは彼女の返事を待たず、支えるようにして立ち上がらせ、騒然とする生徒たちや、言い訳を並べるロックハートを一瞥もせず、スネイプはカレンの腕を掴んだまま、強引に大広間から連れ出しました。
その黒い瞳には、ロックハートへの殺意と、それ以上に、説明のつかない「焦燥」が渦巻いていた。
保健室へ連れてこられ、マダム・ポンフリーに状況を的確に説明する背中をぼ―と眺めながら、 カレンはスネイプの背中にすがりたい自分を抑えるのに必死だった。マダムの「念のため2時間横になってから寮に戻りましょう」という言葉と共に、白いひやりとしたシーツの間に横たわった。
今までアバーフォースから教わった「安心」や、スネイプから教わった「敬愛」という言葉では、この胸の痛みは説明がつかない。
スネイプが「落ち着くための薬だ」と苦い茶を差し出した時、カレンはその指先がわずかに触れただけで、また心臓が跳ね上がるのを感じた。
「カレン。……今日は休め。あの無能な男には、私から厳重に抗議しておく」
スネイプは背を向け、保健室を出ていった。その背中は、いつもより少しだけ小さく、そして、ひどく「男」としての生々しさを感じていた。
その夜、カレンはあの夜。
両親が死んだ日。
父の怒鳴り声
緑の閃光
母の悲鳴
ハリーの泣き声
そして、母を抱きしめる黒い…
布団から飛び起きたカレンは、まだ名前のつかないこの熱を、誰にも、そしてスネイプ自身にも悟られてはいけない、深い心の奥底へと仕舞い込む必要があった。
母の死を嘆き悲しんでいたあの男はスネイプであったことを思い出した。
今まで守ってくれたのはリリーの娘だから。
ハリーに対して優しくないのは、わからないけれど。
カレンは気づいてしまったのだ。
カレンが特別だったのは、『カレン』だからではなく、リリーの娘だからだと。
------------------------------------
決闘クラブの一件以来、ホグワーツの廊下はカレンにとって針のむしろとなった。
「ポッターの弟が蛇語を話した」
「なら、あの完璧すぎる姉がスリザリンにいるのは、彼女こそが真の『継承者』だからではないか」
そんな根も葉もない噂が囁かれ、かつて彼女を畏怖していたスリザリン生たちの中にさえ、探るような視線を向ける者が現れ始めた。
「カレン。……放課後はどこへも寄らず、私の準備室へ来い。一人で廊下を歩くことは許可しない」
スネイプのその命令は、表向きは「寮監としての管理」であったが、カレンにはそれが彼なりの保護であることを理解していた。
放課後の地下牢、薄暗い準備室。 スネイプはカレンに高度な魔法薬の濾過作業を命じ、自身は机で採点をしていた。沈黙の中に、羽ペンの走る音と薬液の跳ねる音だけが響き渡る。 ふとカレンが顔を上げると、ランプの光に照らされたスネイプの横顔が視界に入った。
厳格な寮監としての表情の裏に、あの保健室で見せた焦燥がまだ燻っているのではないか。 彼を「男」として意識してしまったカレンにとって、この静寂は甘い拷問のようであった。
彼が自分を一人にさせないのは、生徒を守る義務なのか、それとも――「リリーの娘」を失う恐怖なのか。
その答えを問う勇気は、今のカレンにはない。
ただ、彼の放つ冬の匂いと、自分を閉じ込めるようなこの空間に、異常なほどの執着を感じる自分に戸惑うだけだった。
クリスマス休暇は初めて帰らずにホグワーツにいる予定だとアバーフォース伝えた。
ホグズミードへは頻繁に外出しており、そのたびアバーフォースの元へ顔を出しているのでさみしくないだろうと考えていたが、意外とアバーフォースは落ち込んでいるらしい。
マダム・ロメスタ経由で手紙が届いたため、来年は帰ろうと決めた。
クリスマスの夜。
スリザリンの談話室は、帰省しなかった生徒たち何人かで静まり返っていた。まだ秘密の部屋は閉じられていないので、誰もが落ち着いたクリスマスとはいかなかった。
カレンは暖炉の前の特等席で、分厚い魔術書を広げていた。そこへ、ドラコ・マルフォイが、どこか様子のおかしいクラッブとゴイルを連れて戻ってきた。
「……信じられるか? ポッターが継承者だなんて。笑わせるよな。あんなマグル贔屓の家系が」
ドラコはふんぞり返りながら、カレンの顔色を伺うように喋った。そんな配慮を知らずか、ゴイルは読書に耽るカレンに話を振った。
「カレン。貴方は違うだろ? ポッターの家系に、何か蛇にまつわる忌まわしい秘密でもあるんじゃないのか?」
「おい、スリザリンの女王になんて口の利き方」
ドラコがゴイルをたしなめたが、 カレンは「いいのよ」と手で制した。
ゴイル(に変身したハリー)が、息を呑んでカレンを見つめた。 カレンはゆっくりと本を閉じ、ドラコとゴイルを射抜くような冷たい目で見据えた。
「……馬鹿げた質問ね、ゴイル」
彼女の声は、暖炉の火さえ凍りつかせるほどに淡々としていました。
「継承者? 秘密? ……そんなもの、私に関係あるはずがないわ。私はずっと、光も闇も届かない酒場の隅で、死んだように隠されて生きてきたのよ。ポッターという名前さえ、入学するまで呪いのように忌まわしいものだと思っていたわ」
ハリー(ゴイル)の顔が、わずかに強張った。
「両親がどんな人間だったかも、私を置いて生き残った弟がどんな顔をしているかも、私は何も知らずに育った。ハリーが英雄としてマグルに育てられている間、私は名前も、感情も、自分が何者であるかも奪われて、ただの人形として過ごしていたの。……そんな私に、一族の誇りや継承者の証なんて、あるはずがないでしょう?」
カレンは立ち上がり、ハリーの目をまっすぐに見つめて言い放ちました。
「私はポッターの血筋とも、あの弟とも関係ない。」
ハリーは、姉の瞳の奥に宿る、自分への拒絶を目の当たりにし、言いようのない衝撃に打たれた。 彼が知る「家族」という概念のどこにも、この冷徹で孤独な姉の居場所はないのだと、突きつけられた瞬間であった。
カレンはドラコを一瞥し、「つまらない話を振らないで」と告げると、一度も振り返らずに寝室への階段を上っていきました。 背後で、変身の解けかかったハリーが、悲しげに姉の背中を見送っていることにも気づかずに。
カレンはホグズミード駅にてトランクを足もとにおいてじっと待っていた。
ホグズミード村に住んでいるため赤い列車に乗る必要のないカレンは、少しばかり羨ましいと思いはしたものの、多くの生徒たちを前にそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
こんなにたくさんの子供たちの集団に交じれないような、疎外感を感じた。おそらくホグワーツの制服をまとった新一年生がベンチに座っていることが不自然に映ったのだろう。
カレンはうつむきがちに一年生を呼ぶ大男の元に集まり、同じような背格好の少年少女たちと、黒い湖を渡った。
小舟が城へと近づくにつれ、カレンの心臓は冷たく脈打っていた。周囲の新入生たちはホグワーツ城が視界に入っただけで歓声を上げ、城についてからも魔法の天井や幽霊たちに一つずつ声を上げていたが、カレンにはそれらがどこか遠い世界の出来事のようだった。
ローブのポケットにそっと手を入れると、オリバンダー老人から買ったばかりの「ヤギとユニコーンの毛」の杖が入っていた。
この杖に選ばれたとき、人の良さそうなオリバンダー老人が『お母さんと同じだね』 とカレンに声をかけた。付き添ってくれたスネイプ教授の手がギュッっと強く握り締められていたのにカレンは気づいていた。
ホグズミードから出たことのないカレンへ、ダンブルドアかそれともアバーフォースが考えてくれたのかは知らないが、一度はロンドンに行ってみるのも良いということで、カレンの入学用品を買いにダイアゴン横丁へとスネイプ教授の付き添いでいくことになったのだ。
ホグズミードでも道具をそろえることはできたし、カレンはロンドンにつゆほど興味もなかった。だが、ダイアゴン横丁にフルパウダーで着いた途端。
カレンはその人の多さと見たことない店の数に、考えを180度改めた。ホグズミード村には無い品物の数と洗練された石畳。子供向けの菓子店や玩具屋もあり、年相応にはしゃいだ。勿論同年代の子と比べてはだいぶ大人しく見えただろうが。
スネイプは子守など初めてのようで終始ぎこちない態度であったが、杖を購入後はより壊れ物を扱うかのようにカレンに接していた。
大きな拍手で現実の世界に引き戻されたカレンは、数千本の蝋燭で煌めいてる大広間にいることを思い出した。羽飾りのついた帽子にきっちりした眼鏡と、長いローブを纏った高潔の魔女が羊皮紙を広げ、名前を読み上げている。
「……ポッター、カレン!」
その名前が響いた瞬間、ざわめきが波のように広がりました。 「ポッターだって?」
「あのハリー・ポッターの?」
好奇の視線が、針のようにカレンに突き刺さる。表情筋が固まり、視線をどこにも合わせずに椅子に座った。
古い帽子が視界を覆い 『ほう……。これはまた、複雑な中身だ』 耳元で、小さな声が囁いた。
『勇気はある。だが、それは英雄になりたいという類のものではないな。渇望しておるな……守るための、絶対的な「力」を。そのためなら手段を選ばぬ冷徹さと、誰にも理解されぬ孤独を受け入れる覚悟がある』
帽子は一瞬悩み、そして高らかに叫んだ。
「スリザリン!!」
一瞬の静寂。 グリフィンドールのテーブルからは失望の溜息が漏れ、スリザリンのテーブルからは、まばらな拍手が返ってた。
英雄の血筋でありながら、蛇の寮へ。カレンは小さく息を吐き、静まり返った緑と銀のテーブルへと歩き出しました。
教職員席の中央で、スネイプ教授だけが、眉一つ動かさずに私を見つめているのが見えた。まるで、最初からこうなると知っていたかのように。
その夜の地下牢は、湖の底のような湿気と冷気に満ちていた。 新入生たちが寝室へと引き上げた後、カレンは談話室の暖炉の前で一人、教科書を整理することにした。
ルームメイトとどのように交流すればいいのかわからなかったからだ。
「おい、ポッター」
背後からかけられた声には、明確な敵意が含まれていた。 少女が振り返ると、上級生の男子生徒たちが数人、杖を弄びながらカレンを囲んでいた。彼らの胸には、同じ蛇の紋章。
「噂は本当らしいな。マグル贔屓の裏切り者の娘が、なぜ我が寮にいる?」 「穢れた血の匂いが移る。……出て行けよ」
一人が杖を振ると、カレンの鞄が弾け飛び、インク瓶が床に砕け散った。
――パリン。
その音が、カレンの奥底にあるスイッチを切り替えた。
黒いインクが、石床に毒のように広がっていく。まるで血が広がっていくようだ。
アバーフォースによって守られていたカレンは、人間社会の洗礼に会う機会がなく、どういったことをされるかも知らなかった。
彼からは生活魔法と防衛魔法しか叩き込まなかったからだ。
未知なるものに対する恐怖。
たった11歳の少女。
怖いに決まっている。知らない環境で誰にも助けを呼べず、声が出ない。彼らの嘲笑が、あの夜の闇の帝王の笑い声と重なってしまったのは必然としか言いようがなかった。
カレンの視界が急激に狭まり、呼吸が浅くなった。指先から感覚が消え、ガクンと膝から崩れ落ち、その場に縫い付けられたように動けなくなった。
自分で止めたくても止められない「人形」の発作である。
「なんだこいつ、急に倒れやがって…」
「おい、無視かよ。起きろよな……」
さらに杖が振り上げられた、その時。
「――何をしている」
談話室の空気が、一瞬で凍りいた。入り口の石壁が開き、闇そのものを纏ったような長身の影が現れた。スリザリンの寮監である男は床に散らばったインクと、蒼白になって固まっているカレンを一瞥し、瞬時に「リナベイト(蘇生せよ)」を少女にかけた。
マネキンのような身体は徐々に血の通った肉体となり、呼吸は正常に動き始めた。
無事を確認した男は上級生たちを睨みつけた。
「私の寮で、私闘はご法度だと教えたはずだが? ……それとも、退学をご希望か?」
「い、いえ、先生! こいつが生意気な態度を……」
「減点だ。全員、寝室へ失せろ」
氷点下の声に、上級生たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。静寂が戻った談話室に、カレンと彼だけが残された。
少女はまだ、震えが止まっておらず、なんとか体を床から持ち上げるので精一杯だったが、彼はツカツカと歩み寄り、カレンの腕を掴み無理矢理立ち上がらせた。
「来い」
冷たい声で入学したばかりの少女を談話室から出るように促す。スネイプの手には壊されたインクと鞄は元通り仕舞われた状態にあった。
就寝時刻間際のホグワーツの廊下を二人が歩き、連れて行かれたのは、薬品の匂いが充満する寮監室であった。
スネイプはカレンを椅子に座らせると、杖を一振りして服についたインクの汚れを消した。そして、気付け薬のような強い香りのする小瓶を、カレンの鼻先に突きつけました。
「吸え」
言われた通り花か吸い込み、ツンとした刺激臭に咳き込みながら現実に引き戻される。涙目で彼を見上げると、彼は腕組みをして、暖炉の炎に照らされながら冷ややかに少女を見下ろしていた。
「……期待外れもいいところだ」
その言葉は、上級生のやっかみよりも鋭く胸に刺さった。
「あの程度の威圧で人形に戻るなら、お前はここで餌食になるだけだ。ポッターの娘というだけで、お前を見る目は敵意に満ちている。それを理解してここへ来たのではないのか?」
カレンは唇を噛み締め、膝の上で拳を握りしめた。
「……怖かったんです」
「恐怖は武器にならん」
彼は即座に切り捨てた。
「ホグワーツで過ごしたいのであれば、泣いて同情を引くのではなく、誰も手出しできないほどの実力を示せ」
スネイプは黒い瞳で、私の心の奥底を見透かすように覗き込みました。
「お前の……母親は、マグル生まれというだけで蔑まれる立場にいながら、誰よりも優秀な魔女としてその名を轟かせた。誰にも文句を言わせなかった」
彼の声色がわずかに、本当にわずかに揺らいだ。
「ここには、私以外にお前を守る者はいない。だが、私も四六時中お前の後ろについているわけにはいかない。」
彼は机の上にあった、分厚い羊皮紙の束を私の方へ放りました。それは、1年生の必修科目ではない、上級レベルの魔法薬の調合リストだ。
「明日から放課後、私の準備室に来い。下拵えを手伝わせてやる。……そこで、お前の頭の中にある無駄な恐怖を追い出す訓練をする」
それは罰則のようでありながら、事実上の「避難場所」の提供であった。 カレンはゆっくりと顔を上げ、男の不器用な提案に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じました。
「……はい、先生」
カレンが答えると、彼はふんと鼻を鳴らし、「さっさと寮へ戻れ」と背を向けた。 その背中は、あのハロウィンの夜と同じように、孤独で、そして何よりも頼もしい黒い壁であった。
談話室に戻って、生活を共にするルームメイトに挨拶した夜。
カレンは全てのものに向けて誓った。
希望も目的もなくただ息をしてきただけの人生であったが、誰にも馬鹿にされることのない、1番上の存在になると決めたのだ。
勉学に励み、己の恐怖と戦う努力をすると。
カレンはまずあの上級生たちに畏れられ、誰にも後ろ指を指されないスリザリンの女王になると決めたのだ。
—————————————————
ホグワーツでの初めての年は孤独であったが、勉強に集中した結果、カレンはもう「怯える人形」ではなかった。
地下牢の教室で、少女は杖を一振りして大鍋の火加減を調整する。紫色の蒸気が完璧な螺旋を描いて立ち上るのを見て、周囲の生徒たちが感嘆の溜息を漏らすのが聞こえた。
「さすがだね、カレン。スネイプ先生の出す難題を、こうもあっさりクリアするなんて」
隣の席の、純血名家の令嬢が媚びるような笑顔で話しかけるが、カレンは視線を鍋から外さずに「分量さえ間違えなければ誰にでもできるわ」と淡々と返していた。
それが嫌味と捉えられるとわかっている分、カレンは随分とませた魔女になってしまった。
かつてカレンを囲んで嘲笑った男子は、今では彼女のノートを借りに来るか、機嫌を損ねないように遠巻きにするかのどちらかであった。スリザリンにおいて、「力」と「実績」、そして何より「寮監(スネイプ)の加護」は絶対的な盾となり、カレンの成長は止まることを知らなかった。
アバーフォースから仕込まれていた呪文の練習や、家事魔法のおかげで妖精呪文のクラスや闇の魔術の防衛術のクラスではすぐにトップになった。スネイプの個人指導のおかげで魔法薬学や薬草学は言うまでもなく、アドバンテージと先を見据えた予習のおかげでカレンはいつでも1番だった。
彼女が3年生の夏休みに入る頃には、「カレン・ポッター」はスリザリンの沈黙の女王ーと呼ばれるようになった。そのことにカレンは冷めた満足感を覚えていた。これで、誰も私を傷つけられない。
その証拠にあれ以来発作は起きていなかった。
けれど、その静寂が破られる日がやってきたのだ。
1991年9月1日。大広間の扉が開き、マクゴナガル教授に連れられた新入生の中に「彼」はいた。
大広間がかつてないほどの熱気に包まれていた。誰もが「生き残った男の子」の姿を探して首を伸ばしており、チラチラとカレンの様子を伺っていた。
同じポッターであるが、血の繋がった姉弟だとは誰も思わなかったようだ。
ただカレンはアバーフォースから自身に弟がいることだけは聞いていた。なぜ離れて暮らすことになったのかは知らなかった。初めて見る弟の姿には興味があったが、どんな顔して会えばいいのかわからず、組み分け帽子を直視できず金色のゴブレットを見つめるふりをしていた。
「……ハリー」
声には出さなかった。だが、その名前を脳裏に浮かべた瞬間、カレンの指先がわずかに震えた。忘れていたはずの、あの夜の火薬の匂いと悲鳴が蘇りそうになる。
「ポッター、ハリー!」
名前が呼ばれると、大広間はこれまでにない静寂に包まれ、ハリーが震える足取りで椅子に座る。帽子が彼の頭を覆い、長い沈黙が続く。
「グリフィンドール!!」
組分け帽子の叫び声と共に、爆発的な歓声が上がった。双子のウィーズリーが「僕たちのところにポッターが来た!」と叫んでいます。
「……あらあらカレン、数少ないポッターがライバル寮に行っちゃったわね」
友人が意地悪く、けれど気遣うようにカレンを見ていた。言われた本人は顔を上げ、グリフィンドールのテーブルで満面の笑みを浮かべる、黒髪に丸眼鏡の少年を見つめた。父親のジェームズにそっくりだと言われているが、父親の顔を覚えていないカレンにとっては本当に私たち姉弟なのか?と疑いたくなるほど容姿が似ていなかった。
カレンは、弟が自分とは正反対の「光」の寮へ、両親と同じ場所へと迎え入れられるのを、冷めた眼差しで見届けていた。
(あなたはいいわね。望まれて、愛されて、そのままで受け入れられて)
胸の奥に澱のように溜まっていた感情が、黒い嫉妬となって鎌首をもたげる。
カレンはグラスを置き、氷のように冷たい声を作った。
「そうね…でも、関係ないわ。彼は英雄で、私はただの生徒。住む世界が違うもの」
カレンが教職員席を見上げると、スネイプ教授が、憎悪を煮詰めたような目でハリーを睨みつけていた。そして、ゆっくりと視線をずらし姉と目が合った。
――余計な情を見せるな。
その黒い瞳が、そう語りかけている気がしたカレンは、微かに顎を引いた。
数日後の放課後。廊下の曲がり角で、カレンは運悪く「グリフィンドールの英雄」の一団と出くわした。
ハリーと、赤毛の少年、そして髪のボサボサな知的な少女。
「……あ」
ハリーが足を止め、カレンを凝視した。
彼は入学前にハグリットから聞かされていたのだ。『ホグワーツには、お前さんの姉がいる。だがなぁ、あの子はちぃーとばかり事情が、いや、まあ、うん、スリザリンにいる。静かな子でなぁ、あまり騒ぎ立てないようにしてやってくれ』と。
「あの……君が、カレン……姉さん、なの?」
ハリーの声は小さく、期待と不安に震えていた。
その「姉さん」という響きが、カレンの平穏を乱す。彼女は無表情を貫き、冷たい声で返した。
「……姉さん?」
カレンは、まるで聞いたこともない異国の言葉を耳にしたかのように、眉をわずかに寄せた。
「誰の許可を得て、私をそう呼んでいるのかしら、ポッター君」
「えっ……だって、僕たちは家族だって、ハグリットが……」
「ハグリットが何と言おうと、私には関係のないことよ。私の知る限り、私の家族はホッグズ・ヘッドの偏屈な老人一人だけ。君のような、礼儀も知らないグリフィンドールの新入生を、身内だと思ったことは一度もないわ」
ハリーが傷ついたように目を見開く。その「かわいそうな弟」のような表情が、カレンの神経を逆なでした。
まるで自分が悪者になった気分だった。
「そんな、寂しいこと言わないでよ」と言わんばかりの彼の瞳。何も勝ち取ったことがない者が持つ、甘ったれた光。
「二度と話しかけないで。」
突き放すような言葉を投げ捨て、カレンの背後に、長い黒衣の影が音もなく忍び寄る。
「……廊下を塞いで何をしている、ポッター」
スネイプ教授の声だった。ハリーはビクリと肩を震わせ、スネイプの峻烈な視線に射すくめられた。スネイプは、ハリーを塵か何かを見るような目で一瞥すると、すぐにカレンの方へと向き直った。
「行くぞ、カレン。準備室の片付けが残っている」
スネイプの手が、当然のような権利を持ってカレンの肩に置かれる。その瞬間、カレンは背後で呆然としているハリーの視線をはっきりと感じた。自分には決して向けられない、親密で、保護的で、特別な関係。
カレンの口元に、自分でも気づかないほど微かな、残酷な笑みが浮かんだ。
薬品の匂いが立ち込める寮監室。
スネイプはマントを脱ぎ捨てると、暖炉に火を熾し、椅子に深く腰掛けた。
カレンは手慣れた動作で彼のために紅茶を淹れ、机の端に置く。
「……あの少年は、自分の置かれた立場を理解していないようだ」
スネイプは紅茶の湯気越しに、静かに口を開いた。彼の言葉は、ハリー本人の前で見せる罵倒とは違い、どこか冷静で、それゆえに冷徹だった。
「ただ名前が売れているというだけで、己を特別な存在だと勘違いしている。……あの無鉄砲な父親と、何も変わらぬ性質だ。規律も、思慮も、自分を律する術も持ち合わせていない」
スネイプはそこで言葉を切り、じっとカレンを見つめた。
「だが、お前は違う、カレン」
その呼び声に、カレンの心臓が甘美な音を立てて跳ねた。
「お前は、自身の手で努力し勝ち取った。あのような未熟な子供と一緒にされる必要はない。」
スネイプの瞳には、ハリーに向ける憎悪とは正反対の、深い信頼と、ある種の狂気を孕んだ愛着が宿っていた。
カレンは、胸の奥から湧き上がる「悦び」に、自分自身で驚いていた。
それは、英雄の姉としての誇りではない。
「ハリー・ポッター」という世界中の誰もが愛し、特別視するはずの存在を差し置いて、この孤独な男が、自分を選び、肯定しているという事実。
母親の愛も、予言の光も、すべて弟もの。
けれど今、この薄暗い部屋で、自分はハリーが一生かかっても手に入れられない「特別」を、独占している。
「……ありがとうございます、先生」
カレンは、うやうやしく頭を下げた。
その瞳は、もはや恐怖に震える「人形」のものではない。
弟への嫉妬さえも糧にして、スネイプという絶対的な庇護者の影に寄り添い、暗い愉悦に浸る――若き女王の目だった。
弟は、グリフィンドールの太陽として、多くの友人に囲まれて生きていけばいい。
自分は、この地下牢の暗闇の中で、この孤独な男の執着を唯一の拠り所にして、スリザリンの頂点に君臨し続ける。
「…私は先生が誇れるような魔女になります」
カレンがそう囁くと、スネイプが珍しく口角を上げた。
それは、ハリーが決して知ることのない、ポッター家の「もう一人の生き残り」にだけ許された、歪な幸福の時間だった。
---------------------------
ハリーが一年生の時はクィレル先生が賢者の石を求めて戦った事件により、グリフィンドールが寮対抗杯を搔っ攫っていった。
そして、ハリーが2年生、カレンが4年生と進級した。
闇の魔術に対する防衛術のポストはギルデロイ・ロックハートが座ることになった。
ロックハートはカレンがハリーの姉であることを知らなかったが、彼はカレンを単に「成績優秀で、少し愛想の悪いスリザリンの美少女」として認識していた。
ハリーほど彼から声をかけられることもなかったが、人の目を惹きたい彼にとっては『スリザリンの女王』として称賛されるカレンを横に侍らせたかったようだ。
「ああ、カレン君! 君の変身術の腕前は素晴らしいと聞きましてね!僕の『決闘クラブ』で、模範生として僕の助手を務める栄誉を与えよう。」
ロックハートの薄っぺらな賞賛を、カレンは静かな軽蔑を込めて受け流した。
「私の変身術を評価してくださり光栄です。ですが先生、あいにく私は『実用的な魔法』を学ぶことにしか興味がありませんの。先生のような……その、舞台演出のような華やかなパフォーマンスを支えるには、私の杖は少しばかり実戦向きに過ぎるようですわ。先生の華麗なお遊戯の邪魔をしたくありませんの。失礼いたします。」
彼は嫌味を言われたことに気づいていないようで、自分の隣で歯を剥き出して「ハハっそんな謙遜しなくとも!」と笑っていたが、カレンが去っていきようやく断られたと理解したようだった。
その『決闘クラブ』に参加する気はさらさらなかったが、まさかスネイプ教授が参加するというので、カレンは談話室を出る下級生に交じって様子を覗くことにした。
カレンは壁の花を決め込み、息をひそめる様に静かにしていた。まさかハリーもいるとは思わなかったからだ。
ハリーとマルフォイが舞台に上がり、蛇が出現して場が混乱した際、ハリーが蛇語を話した途端、疑惑の目がカレンにも突き刺さった。
なぜハリー・ポッターが?もしやカレン・ポッターが継承者?
突如降って湧いて出た容疑者に、カレンも動揺を隠しきれなった。
スネイプが蛇を消滅させ、会は終わりだとロックハートが促しながら、椅子やテーブルを元に戻す呪文を振ったとき。
へたくそな呪文があらぬ方向へ跳ね返り、壁に背を預けていたカレンの頭上のタペストリーを直撃した。彼の呪文がいろんなところへ飛び散って悲惨なことになっていたので、カレン は自身の頭上から巨大な布と鉄の棒が落下していることに気づかなかった。
「危ない!」と他寮の生徒が叫び、顔を上げたころにはもう回避できる距離ではなかった。
杖を取り出す暇もなかった。
突然体が前に吹っ飛ばされ、宙を浮いたと思ったら黒い影が視界に飛び込み腕の中に抱き着くような形で引き寄せられた。後方で重たい鉄の塊が地面に落ちて鈍い大きな音を響かせていた。
カレンは、自分がスネイプ教授の腕の中に閉じ込められていることに気づいていた。
この布の感触に香り、ああ、もう少しこのままでいたい…と思ってしまった自分自身に驚き、動けなくなっていた。
「……馬鹿者が!自分の身も守れんのか、何のために防衛術を習っている。」
鼓膜を震わせる、怒りに満ちた低い声。 スネイプの心臓が、すぐ近くで激しく、早鐘のように打たれているのが伝わっていた。常に冷静沈着な男がこれほどまでに乱れた呼吸をしているのを、カレンは初めて知った。
「すみません、注意不足…でした。」
カレンはスネイプに人前で𠮟られることが無かった。いつでも授業では褒められ加点されてきたので、どうすれば良いのかわからなかった。
そんな状況はスネイプはつゆ知らず、どこか痛めたのだと早とちりしたのか、スネイプはカレンの肩を掴み、乱暴に引き離すと彼女の顔を覗き込んだ。
「……怪我はないか。カレン、答えろ」
カレンは唇を開いたが、言葉が出てこなかった。
恐怖ではありません。 スネイプの指が食い込んでいる肩の熱さ。彼の纏う、苦い薬草と冷たい冬の匂い。 それらが鼻腔を突き、脳の奥を直接刺激した瞬間、カレンの指先がピリピリと痺れ始めた。
「……あの、すみません、驚いて、わたし」
カレンは呆然と自らの胸に手を当てた。もう随分凍りついて何も感じなくなっていた「人形」の心臓が、今、スネイプの怒りに触れて、溶け出した鉄のように熱く波打っていた。
「先生……私は……」
「……立てるか」
スネイプは彼女の返事を待たず、支えるようにして立ち上がらせ、騒然とする生徒たちや、言い訳を並べるロックハートを一瞥もせず、スネイプはカレンの腕を掴んだまま、強引に大広間から連れ出しました。
その黒い瞳には、ロックハートへの殺意と、それ以上に、説明のつかない「焦燥」が渦巻いていた。
保健室へ連れてこられ、マダム・ポンフリーに状況を的確に説明する背中をぼ―と眺めながら、 カレンはスネイプの背中にすがりたい自分を抑えるのに必死だった。マダムの「念のため2時間横になってから寮に戻りましょう」という言葉と共に、白いひやりとしたシーツの間に横たわった。
今までアバーフォースから教わった「安心」や、スネイプから教わった「敬愛」という言葉では、この胸の痛みは説明がつかない。
スネイプが「落ち着くための薬だ」と苦い茶を差し出した時、カレンはその指先がわずかに触れただけで、また心臓が跳ね上がるのを感じた。
「カレン。……今日は休め。あの無能な男には、私から厳重に抗議しておく」
スネイプは背を向け、保健室を出ていった。その背中は、いつもより少しだけ小さく、そして、ひどく「男」としての生々しさを感じていた。
その夜、カレンはあの夜。
両親が死んだ日。
父の怒鳴り声
緑の閃光
母の悲鳴
ハリーの泣き声
そして、母を抱きしめる黒い…
布団から飛び起きたカレンは、まだ名前のつかないこの熱を、誰にも、そしてスネイプ自身にも悟られてはいけない、深い心の奥底へと仕舞い込む必要があった。
母の死を嘆き悲しんでいたあの男はスネイプであったことを思い出した。
今まで守ってくれたのはリリーの娘だから。
ハリーに対して優しくないのは、わからないけれど。
カレンは気づいてしまったのだ。
カレンが特別だったのは、『カレン』だからではなく、リリーの娘だからだと。
------------------------------------
決闘クラブの一件以来、ホグワーツの廊下はカレンにとって針のむしろとなった。
「ポッターの弟が蛇語を話した」
「なら、あの完璧すぎる姉がスリザリンにいるのは、彼女こそが真の『継承者』だからではないか」
そんな根も葉もない噂が囁かれ、かつて彼女を畏怖していたスリザリン生たちの中にさえ、探るような視線を向ける者が現れ始めた。
「カレン。……放課後はどこへも寄らず、私の準備室へ来い。一人で廊下を歩くことは許可しない」
スネイプのその命令は、表向きは「寮監としての管理」であったが、カレンにはそれが彼なりの保護であることを理解していた。
放課後の地下牢、薄暗い準備室。 スネイプはカレンに高度な魔法薬の濾過作業を命じ、自身は机で採点をしていた。沈黙の中に、羽ペンの走る音と薬液の跳ねる音だけが響き渡る。 ふとカレンが顔を上げると、ランプの光に照らされたスネイプの横顔が視界に入った。
厳格な寮監としての表情の裏に、あの保健室で見せた焦燥がまだ燻っているのではないか。 彼を「男」として意識してしまったカレンにとって、この静寂は甘い拷問のようであった。
彼が自分を一人にさせないのは、生徒を守る義務なのか、それとも――「リリーの娘」を失う恐怖なのか。
その答えを問う勇気は、今のカレンにはない。
ただ、彼の放つ冬の匂いと、自分を閉じ込めるようなこの空間に、異常なほどの執着を感じる自分に戸惑うだけだった。
クリスマス休暇は初めて帰らずにホグワーツにいる予定だとアバーフォース伝えた。
ホグズミードへは頻繁に外出しており、そのたびアバーフォースの元へ顔を出しているのでさみしくないだろうと考えていたが、意外とアバーフォースは落ち込んでいるらしい。
マダム・ロメスタ経由で手紙が届いたため、来年は帰ろうと決めた。
クリスマスの夜。
スリザリンの談話室は、帰省しなかった生徒たち何人かで静まり返っていた。まだ秘密の部屋は閉じられていないので、誰もが落ち着いたクリスマスとはいかなかった。
カレンは暖炉の前の特等席で、分厚い魔術書を広げていた。そこへ、ドラコ・マルフォイが、どこか様子のおかしいクラッブとゴイルを連れて戻ってきた。
「……信じられるか? ポッターが継承者だなんて。笑わせるよな。あんなマグル贔屓の家系が」
ドラコはふんぞり返りながら、カレンの顔色を伺うように喋った。そんな配慮を知らずか、ゴイルは読書に耽るカレンに話を振った。
「カレン。貴方は違うだろ? ポッターの家系に、何か蛇にまつわる忌まわしい秘密でもあるんじゃないのか?」
「おい、スリザリンの女王になんて口の利き方」
ドラコがゴイルをたしなめたが、 カレンは「いいのよ」と手で制した。
ゴイル(に変身したハリー)が、息を呑んでカレンを見つめた。 カレンはゆっくりと本を閉じ、ドラコとゴイルを射抜くような冷たい目で見据えた。
「……馬鹿げた質問ね、ゴイル」
彼女の声は、暖炉の火さえ凍りつかせるほどに淡々としていました。
「継承者? 秘密? ……そんなもの、私に関係あるはずがないわ。私はずっと、光も闇も届かない酒場の隅で、死んだように隠されて生きてきたのよ。ポッターという名前さえ、入学するまで呪いのように忌まわしいものだと思っていたわ」
ハリー(ゴイル)の顔が、わずかに強張った。
「両親がどんな人間だったかも、私を置いて生き残った弟がどんな顔をしているかも、私は何も知らずに育った。ハリーが英雄としてマグルに育てられている間、私は名前も、感情も、自分が何者であるかも奪われて、ただの人形として過ごしていたの。……そんな私に、一族の誇りや継承者の証なんて、あるはずがないでしょう?」
カレンは立ち上がり、ハリーの目をまっすぐに見つめて言い放ちました。
「私はポッターの血筋とも、あの弟とも関係ない。」
ハリーは、姉の瞳の奥に宿る、自分への拒絶を目の当たりにし、言いようのない衝撃に打たれた。 彼が知る「家族」という概念のどこにも、この冷徹で孤独な姉の居場所はないのだと、突きつけられた瞬間であった。
カレンはドラコを一瞥し、「つまらない話を振らないで」と告げると、一度も振り返らずに寝室への階段を上っていきました。 背後で、変身の解けかかったハリーが、悲しげに姉の背中を見送っていることにも気づかずに。
