第1章 新天地へ
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グラストンベリーからの短い一人旅は、エレナ・スズキの心に、予想以上の静かな充足感と、ささやかな自信をもたらしてくれた。
異国の古い石畳を踏みしめ、伝説の丘から広大な風景を眺め、土地の魔法使いたちの素朴な言葉に耳を傾けた経験は、彼女の世界をほんの少し広げ、聖マンゴでの日々の緊張を和らげる清涼剤となったようだった。
ロンドンに戻った彼女の足取りは心なしか軽く、以前よりも表情には柔らかな光が宿っていた。
日常業務に戻り数日が過ぎたある朝、エレナの下宿の窓を、一羽の小柄なフクロウが遠慮がちに叩いた。
クィリナス・クィレルからの手紙だった。最近は彼の研究が多忙を極めていると聞いていたため、予期せぬ便りにエレナの胸は小さく高鳴った。封を切ると、そこには彼らしい、少し古風で丁寧な文字が並んでいた。
『エレナへ
先日はグラストンベリーからの美しい絵葉書をありがとう。君の旅の様子が目に浮かぶようで、私も心ばかりか、かの地の空気を味わうことができた。
君が充実した時間を過ごせたことを、心から嬉しく思う。
さて、唐突かもしれないが、一つ提案がある。もうすぐクリスマス休暇が近づいているが、もし君が日本のご実家へは戻らず、ロンドンで過ごすつもりなら、私と共に過ごしてはくれないだろうか。
ささやかだが、温かい食事を用意して、君の話をもっとゆっくりと聞きたいと思っている。もちろん、君の都合が悪ければ、遠慮なく断ってくれて構わない。
君からの良い返事を、心待ちにしている。
クィリナス』
手紙を読み終えたエレナは、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。喜びが熱い奔流となって胸の奥から込み上げてくる。
クィリナスが、クリスマスを、私と。
まるで夢を見ているかのようだった。以前の手紙にあった、どこか距離を感じさせる文面とは明らかに違う、温かく、そして明確な誘いの言葉。そこには、彼女が不安に感じていた不穏な影は少しも読み取れなかった。
エレナはすぐに返事を書いた。高鳴る心臓の音で、自分の羽ペンの音がかき消されそうになるほどだった。『喜んでご一緒させていただきます』と、何度か書き損じながらも、ようやく丁寧な文字で綴り終えると、まるで大切な宝物を扱うかのように、そっと封をした。
その日から、エレナの世界は輝き始めた。セント・マンゴでの仕事は相変わらず厳しく、課題も山積みだったが、以前のような悲壮感はなかった。むしろ、クリスマスに彼と会えるという期待が、彼女に不思議なエネルギーを与えていた。難しい呪文の解読にも、以前よりずっと集中できたし、苦手だった魔法薬の調合も、なぜかスムーズに進むようになった。彼女の表情は自然と明るくなり、口元には時折、隠しきれない微笑みが浮かんだ。その内面から溢れ出るような充実感は、彼女のヒーラーとしての仕事ぶりにも良い影響を与え始めていた。
ちょうどその時、一人の少年が母親に付き添われてエレナの元へやってきた。七歳になるというその少年——トムは、数日前に自宅で原因不明の魔法暴発に遭遇し、幸い大きな怪我はなかったものの、それ以来、夜も眠れず、ほとんど言葉を発さなくなってしまったという。
母親は憔悴しきった顔で、エレナに助けを求めた。他のヒーラーが診るはずであったが上司であるホプカークはまずエレナに経験のため診察するように促した。
しかし、身体的な異常は見つからず、精神安定の魔法薬の服薬には年齢制限に引っ掛かり処方できない。
エレナは、まず母親を安心させるように優しく頷き、そしてトムの前に屈み込んだ。
「こんにちは、トム。私はエレナ。少しだけ、お話ししてもいいかしら」
彼女の声は、朝露のように澄んでいて穏やかだった。
トムは怯えたように母親の後ろに隠れようとする。エレナは無理強いせず、小さな試験管を取り出した。
「これ、見たことある?」
少年の目は初めて見るものに興味津々だ。エレナは試験間に杖から水をすっと流し込んだ。水に反応する小さな花火玉を中に入れた。
シュワッ…ぴゅーーーードンっ!!!
水に溶けた花火玉が試験管の中で爆発を起こし、小さな花火大会が始まった。試験管は花火の爆発に巻き込まれることはない。一歩踏み出した少年に、冷たいままの試験管を小さな手に持たせた。
彼とエレナの手が触れたその瞬間、バチンッと強い音が聞こえた。
瞬間、エレナの脳裏に、鮮明なイメージが流れ込んできた。
暗い部屋。
大きな音。
割れるガラス。
そして何よりも強い恐怖と「自分が何か悪いことをしてしまったのではないか」という幼い罪悪感。
それはトムの心象風景であり、言葉にならない彼の叫びだった。エレナは息を呑んだが、その感覚に導かれるように、トムの目を見つめて静かに言った。
「怖かったのね、トム。大きな音がして、びっくりしたのでしょう。そして、もしかしたら、あれは自分のせいじゃないかって、心配になったのかもしれないわね」
トムの目が、僅かに見開かれた。母親も驚いたようにエレナを見つめている。
「でもね。あれはあなたのせいじゃないのよ。魔法はね、びっくりするような形で私たちの前に現れることがあるの。大切なのは、その力と仲良くなること。あなたは何も悪いことなんてしていないわ。大丈夫よ」
エレナの言葉は、まるで呪文のように、トムの強張った心をゆっくりと解きほぐしていく。彼女の瞳の奥にある深い共感が、トムに伝わったのだろう。少年は、こらえていた涙をぽろぽろと流し始め、やがてしゃくりあげながら、その日の出来事を少しずつ話し始めた。
エレナは最後まで静かに耳を傾け、彼の言葉の一つ一つを丁寧に受け止めた。診察が終わる頃には、トムの表情はいくぶん和らぎ、母親に「おなかすいた」と小さな声で呟いた。
一連のやり取りを、マージョリー・ホプカークは腕を組み、厳しい表情を変えずに見ていた。しかし、エレナが母親と共にトムを送り出した後、ホプカークは指導ヒーラーではなく、エレナに直接向き直った。
「スズキ」その声には、いつもの厳格さに加え、微かな驚嘆の色が混じっていた。
「あなたの今の対応は、実に印象的でした。あの少年の心の奥深くにある恐怖と罪悪感を、あなたは正確に読み取り、そして言葉によってその重荷を軽減させた。教科書通りの治療法や、ありきたりの慰めでは到底成し得ないことです。」
彼女は一度言葉を切り、エレナの目を真っ直ぐに見据えた。
「あなたは、人の心と深く共鳴する稀有な才能を持っているようね。。その力は、正しく用いれば、多くの魂を救うでしょう。聖マンゴにあなたのような人材がいることは、将来への大きな希望です。これからもその能力を磨き、多くの患者のために役立てなさい」
それは、ホプカークにしては異例とも言える、心のこもった賞賛の言葉だった。
クリスマスイブの夕暮れは、ロンドンの街を魔法のような静けさと期待感で包み込んでいた。数日前から降り始めた雪は、煤けた建物の屋根や石畳を白い絹のベールで覆い隠し、ガス灯の淡い光はその結晶を無数の小さなダイヤモンドのようにきらめかせていた。エレナ・スズキは、胸いっぱいの期待と、それと同じくらいの甘い緊張を抱え、ワインを片手にクィリナス・クィレルの住むブルームズベリー地区の古いアパートメントの前に立っていた。
彼女がこの日のために新調した、深い森色のベルベットのローブの裾が、冷たい風に微かに揺れている。教えられた部屋の番号が記された、少し傾いた真鍮のプレートを見上げ、彼女は深呼吸を一つすると、震える指で重厚な木製の扉をそっとノックした。
数秒の沈黙の後、内側から慌ただしい足音と、何かが床に落ちるような小さな音が聞こえ、やがてゆっくりと扉が開いた。そこには、いつもの少し古びた教授風のローブではなく、濃紺のシンプルなセーターに身を包んだクィレルが、少し照れたような、しかし隠しきれない喜びを浮かべた表情で立っていた。彼の髪は心なしかいつもより整えられ、部屋の奥から漂ってくる暖炉の火の匂いと、何か美味しそうなものが焼ける香ばしい匂いが、エレナの鼻腔を優しくくすぐった。
「エレナ、よく来てくれた。外はひどく冷え込んだだろう。さあ、早く中へ。暖炉のそばが一番暖かいよ」
彼の声は、いつもの資料室で聞くよりも少し低く、そして親密な響きを帯びていた。
招き入れられた部屋は、エレナが漠然と想像していた通り、彼の知的な探求心と、どこか世俗から離れた生活ぶりを色濃く反映していた。壁という壁は天井まで届く巨大な本棚で埋め尽くされ、古今東西の魔法書、歴史書、マグル学の専門書、そしてエレナには判読できない古代文字で書かれた羊皮紙の巻物などが、ぎっしりと、しかしある種の秩序を保って並べられている。
空気には、古い紙とインク、そして乾燥したハーブの独特な香りが満ちていた。部屋の中央には大きなオーク材の机があり、その上には解読途中の古文書や羽ペン、拡大鏡、そして天球儀のミニチュアなどが、まるで創造的な混沌の祭壇のように散らばっていた。
「素晴らしい書斎ですね。まるで…魔法の図書館のようです」
エレナは、感嘆の息を漏らしながら部屋を見回した。
「いやいや、ただの物好きの蒐集だよ」
クィレルは謙遜したが、その目は誇らしげに細められていた。
「君が興味を持つようなものも、いくつかあるかもしれないな」
エレナの視線が、本棚の一画に吸い寄せられた。そこだけが不自然なほど埃が払われ、他の専門書とは明らかに雰囲気の異なる、黒い革で美しく装丁された背表紙に、タイトルも著者名も記されていない古めかしい本が数冊、まるで何かを秘匿するかのように奥まって置かれている。一瞬、その本から冷たい、吸い込まれるような気配を感じ、エレナは思わず息をのんだ。
「それは…?」
「ああ、それは古い時代の呪いに関する記録だよ。あまり気分の良い内容ではないからね、普段は奥にしまっているんだ。研究のためとはいえ、時折、そうした知識の闇に触れると、心が傷つくこともある」
クィレルは、エレナの視線に気づき、少し早口な声で説明した。
彼の言葉には、どこか遠回しな響きがあったが、エレナはそれ以上追求する気にはなれなかった。
机の上には、ヨーロッパの古い羊皮紙の地図が無造作に広げられていた。
その中の、特にアルバニアや東ヨーロッパの辺鄙な山岳地帯を示す場所に、濃い紫色のインクで、まるで何かを探し求めるかのように、執拗なまでに幾重もの印がつけられている。
傍らには、その地域の古い伝承や、危険な魔法生物、そして「失われた力」「不死の探求」といった、不穏な言葉が走り書きされたメモの断片が散らばっていた。
「本当に世界中を旅して研究されているのですね」
エレナは、その地図が示す未知の土地に思いを馳せながら言った。
「まあ、まだ途中だけどね」
クィレルは曖昧に微笑んだ。
「古代の魔法信仰の痕跡を追っていると、時には人里離れた、危険な場所へも足を運ばねばならないこともあるのだよ。…少し、骨の折れる旅になりそうだが」
彼の瞳の奥に、一瞬だけ、エレナの知らない炎のようなものが揺らめいたように見えた。
やがて、クィレルが腕によりをかけて(彼曰く、ほとんどぶっつけ本番だったらしいが)用意してくれたクリスマスのディナーがテーブルに並んだ。七面鳥のローストは少し焦げ目が強かったが香ばしく、ミンスパイは形が不揃いながらも甘くスパイシーな香りを漂わせている。暖炉の火が赤々と燃え、部屋全体を温かく照らし出す中、二人は向かい合って座り、熱いエルダーフラワーワインで乾杯した。
「メリークリスマス、エレナ。君とこうして聖夜を過ごせるとは、思ってもみなかった」
クィレルの声は、緊張と喜びで微かに震えていた。
「メリークリスマス、クィリナス。お招きいただいて、本当に嬉しいです」
エレナもまた、胸の高鳴りを抑えきれなかった。
会話は、最初は少しぎこちなかったが、ワインが進むにつれて、自然と弾んでいった。
エレナは、日本のクリスマスのマグル的な習慣や、幼い頃のささやかな思い出を語り、クィレルは、恵まれなかった自身の少年時代のクリスマスと、ホグワーツで初めて経験した魔法界のクリスマスの驚きについて話した。そして、話題は自然と互いの専門分野へ。
エレナが最近取り組んでいる治癒魔法の歴史についての考察を述べると、クィレルは感心したように耳を傾け、自身のマグル学研究の中から、古代文明におけるシンボルと信仰の関連性について興味深い視点を提供してくれた。互いの知識が交差し、新たな発見が生まれる。その知的な喜びに、二人は時間を忘れて没頭した。
エレナは、彼の言葉の端々に滲む深い教養と、時折見せる少年のような好奇心に、ますます強く惹かれていくのを感じていた。
食事が終わり、暖炉の前に置かれた擦り切れた革張りのアームチェアに並んで腰掛けると、クィレルは少し改まった表情で、小さなベルベットの箱をエレナに差し出した。
「エレナ、君に。ささやかなものだが、受け取ってほしい」
エレナが緊張しながら箱を開けると、中には息をのむほど美しい、紫水晶のペンダントが鎮座していた。黒銀の繊細な細工が施されたアールヌーヴォー調の台座に、吸い込まれるような深い色の、星の光を閉じ込めたかのような紫水晶がはめ込まれている。
「これは…古代ケルトの魔女たちが、危険な旅に出る際に、身を守るためのお守りとして身に着けていたものだと伝えられているんだ」クィレルは、少し緊張した声で言った。
「君のこれからの道が、安全で、実り豊かなものであるようにと、心から願っている」
「こんなに素敵なものを…」
エレナは言葉を失い、ただペンダントの放つ神秘的な輝きに見入っていた。
「ありがとうございます。大切にします」
彼女は心からの感謝を込めて微笑み、彼に手伝ってもらってそのペンダントを首に着けた。ひんやりとした石の感触が、彼女の肌に心地よく、そしてどこか不思議な重みを感じさせた。
エレナもまた、この日のために用意していた、紺色のマフラーを彼に贈った。クィレルはそれを子供のように喜び、すぐに首に巻いては、鏡の前で何度も自分の姿を確かめていた。
クリスマスの夜は、暖炉の火が静かに燃え尽きていく音と、二人の穏やかで途切れがちな会話、そしてそれ以上の意味を持つ心地よい沈黙と共に、ゆっくりと更けていった。
言葉にしなくても、互いの想いは痛いほど伝わってくる。エレナは、この温かく、満たされた時間が永遠に続けば良いと、心の底から願っていた。異国で感じていた孤独も、心の奥底にある癒えない傷も、この聖夜の優しい灯火の下では、まるで遠い昔の出来事のように感じられた。窓の外では、雪が音もなく降り積もり、ロンドンの街を清らかな白で覆っていく。
翌朝、窓から差し込む冬の白い光で、エレナは目を覚ました。隣には、まだクィレルが静かな寝息を立てている。その無防備な寝顔は、いつもの彼からは想像もつかないほど幼く、そしてどこか痛々しいほど純粋に見えた。エレナは、彼の額にかかった髪をそっと指で払いながら、この幸せな時間が終わってしまうことへの名残惜しさを感じていた。しかし、セント・マンゴでの仕事が彼女を待っている。
音を立てないようにベッドを抜け出し、身支度を整え始めると、クィレルも目を覚ました。彼は寝ぼけ眼でエレナを見つめ、小さく微笑んだ。
「もう、行ってしまうのかい」
その声は、朝の気だるさと寂しさを滲ませていた。
「ええ、残念ですけれど。ホプカークに叱られてしまいますから」
エレナは冗談めかして言った。
「昨夜のことは…本当に、ありがとうございました。決して忘れたくないくらい、素晴らしい時間でした」
クィレルはゆっくりと起き上がり、窓辺に立った。
雪に覆われたブルームズベリーの街並みが、朝日に照らされて白く輝いている。彼はその景色から目を離さずに、静かに答えた。
「記憶とは、時に我々を慰め、時に我々を縛る、不思議なものだよ、エレナ。もし…もし不都合な記憶だけを選んで消し去り、都合の良い記憶だけを残せる魔法があったなら、人は本当に幸せになれるのだろうかね?」
その声には、どこか遠い場所を見つめているような、諦観にも似た響きがあった。
エレナは、彼の言葉の真意を測りかね、胸に小さな不安がよぎるのを感じた。それでも、彼への想いを伝えたかった。
「クィリナスは、私がこれまで出会ったどの魔法使いとも違う…言葉にするのは難しいのですけれど、本当に不思議な魅力をお持ちです。あなたともっと一緒にいて、もっと知りたい、そう思います」
クィレルはゆっくりと振り返った。
その顔には、昨夜の穏やかな表情とは異なる、どこか自嘲的で、そして計り知れない深淵を覗かせるような、影のある微笑みが浮かんでいた。
「…そうかね、エレナ。だが、人は誰でも、光と影、二つの顔を持っているものだよ。あるいは、もっと多くの顔をね。君が今見ているのは、その内のどの私なのだろうね。それとも…君が見ているのは、私自身ですらない、君がそうあって欲しいと願う幻影なのかもしれない」
その言葉は、エレナの心に鋭い棘のように突き刺さった。
彼の瞳の奥に、昨夜とは違う、冷たく、そしてどこか恐ろしいほどの深さを持つ何かを感じ、彼女は一瞬言葉を失った。
彼の言う「影」とは一体何なのだろう。そして、自分が見ている彼は、本当に彼自身なのだろうか。
「…先生の全てを、もっと知りたいです」
彼女は、強い意志を込めてそう答えるのが精一杯だった。
クィレルは何も言わず、ただ悲しげに、そしてどこか憐れむように微笑むと、彼女のコートの襟を優しく直した。
「気をつけて行くんだよ、エレナ。道が凍っているかもしれないから。…また、すぐに連絡する」
その言葉を信じるしかない、とエレナは思った。
彼に見送られ、雪の舞うロンドンの街へと踏み出す。
心は、昨夜の溶けるような幸福感と、今朝の彼の言葉が残した、言いようのない不安とで、複雑に揺れ動いていた。
一人残されたクィレルの部屋では、暖炉の火がほとんど消えかかり、机の上に広げられたアルバニアの地図と、本棚の奥の黒い禁書が、静かに朝の光を吸い込んでいる。
その部屋には、エレナが去った後も、もう一人の誰かの、冷たく、そして計り知れないほど強大な意志の気配が、より一層濃く満ちていくのを、彼女はまだ知らなかった。
異国の古い石畳を踏みしめ、伝説の丘から広大な風景を眺め、土地の魔法使いたちの素朴な言葉に耳を傾けた経験は、彼女の世界をほんの少し広げ、聖マンゴでの日々の緊張を和らげる清涼剤となったようだった。
ロンドンに戻った彼女の足取りは心なしか軽く、以前よりも表情には柔らかな光が宿っていた。
日常業務に戻り数日が過ぎたある朝、エレナの下宿の窓を、一羽の小柄なフクロウが遠慮がちに叩いた。
クィリナス・クィレルからの手紙だった。最近は彼の研究が多忙を極めていると聞いていたため、予期せぬ便りにエレナの胸は小さく高鳴った。封を切ると、そこには彼らしい、少し古風で丁寧な文字が並んでいた。
『エレナへ
先日はグラストンベリーからの美しい絵葉書をありがとう。君の旅の様子が目に浮かぶようで、私も心ばかりか、かの地の空気を味わうことができた。
君が充実した時間を過ごせたことを、心から嬉しく思う。
さて、唐突かもしれないが、一つ提案がある。もうすぐクリスマス休暇が近づいているが、もし君が日本のご実家へは戻らず、ロンドンで過ごすつもりなら、私と共に過ごしてはくれないだろうか。
ささやかだが、温かい食事を用意して、君の話をもっとゆっくりと聞きたいと思っている。もちろん、君の都合が悪ければ、遠慮なく断ってくれて構わない。
君からの良い返事を、心待ちにしている。
クィリナス』
手紙を読み終えたエレナは、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。喜びが熱い奔流となって胸の奥から込み上げてくる。
クィリナスが、クリスマスを、私と。
まるで夢を見ているかのようだった。以前の手紙にあった、どこか距離を感じさせる文面とは明らかに違う、温かく、そして明確な誘いの言葉。そこには、彼女が不安に感じていた不穏な影は少しも読み取れなかった。
エレナはすぐに返事を書いた。高鳴る心臓の音で、自分の羽ペンの音がかき消されそうになるほどだった。『喜んでご一緒させていただきます』と、何度か書き損じながらも、ようやく丁寧な文字で綴り終えると、まるで大切な宝物を扱うかのように、そっと封をした。
その日から、エレナの世界は輝き始めた。セント・マンゴでの仕事は相変わらず厳しく、課題も山積みだったが、以前のような悲壮感はなかった。むしろ、クリスマスに彼と会えるという期待が、彼女に不思議なエネルギーを与えていた。難しい呪文の解読にも、以前よりずっと集中できたし、苦手だった魔法薬の調合も、なぜかスムーズに進むようになった。彼女の表情は自然と明るくなり、口元には時折、隠しきれない微笑みが浮かんだ。その内面から溢れ出るような充実感は、彼女のヒーラーとしての仕事ぶりにも良い影響を与え始めていた。
ちょうどその時、一人の少年が母親に付き添われてエレナの元へやってきた。七歳になるというその少年——トムは、数日前に自宅で原因不明の魔法暴発に遭遇し、幸い大きな怪我はなかったものの、それ以来、夜も眠れず、ほとんど言葉を発さなくなってしまったという。
母親は憔悴しきった顔で、エレナに助けを求めた。他のヒーラーが診るはずであったが上司であるホプカークはまずエレナに経験のため診察するように促した。
しかし、身体的な異常は見つからず、精神安定の魔法薬の服薬には年齢制限に引っ掛かり処方できない。
エレナは、まず母親を安心させるように優しく頷き、そしてトムの前に屈み込んだ。
「こんにちは、トム。私はエレナ。少しだけ、お話ししてもいいかしら」
彼女の声は、朝露のように澄んでいて穏やかだった。
トムは怯えたように母親の後ろに隠れようとする。エレナは無理強いせず、小さな試験管を取り出した。
「これ、見たことある?」
少年の目は初めて見るものに興味津々だ。エレナは試験間に杖から水をすっと流し込んだ。水に反応する小さな花火玉を中に入れた。
シュワッ…ぴゅーーーードンっ!!!
水に溶けた花火玉が試験管の中で爆発を起こし、小さな花火大会が始まった。試験管は花火の爆発に巻き込まれることはない。一歩踏み出した少年に、冷たいままの試験管を小さな手に持たせた。
彼とエレナの手が触れたその瞬間、バチンッと強い音が聞こえた。
瞬間、エレナの脳裏に、鮮明なイメージが流れ込んできた。
暗い部屋。
大きな音。
割れるガラス。
そして何よりも強い恐怖と「自分が何か悪いことをしてしまったのではないか」という幼い罪悪感。
それはトムの心象風景であり、言葉にならない彼の叫びだった。エレナは息を呑んだが、その感覚に導かれるように、トムの目を見つめて静かに言った。
「怖かったのね、トム。大きな音がして、びっくりしたのでしょう。そして、もしかしたら、あれは自分のせいじゃないかって、心配になったのかもしれないわね」
トムの目が、僅かに見開かれた。母親も驚いたようにエレナを見つめている。
「でもね。あれはあなたのせいじゃないのよ。魔法はね、びっくりするような形で私たちの前に現れることがあるの。大切なのは、その力と仲良くなること。あなたは何も悪いことなんてしていないわ。大丈夫よ」
エレナの言葉は、まるで呪文のように、トムの強張った心をゆっくりと解きほぐしていく。彼女の瞳の奥にある深い共感が、トムに伝わったのだろう。少年は、こらえていた涙をぽろぽろと流し始め、やがてしゃくりあげながら、その日の出来事を少しずつ話し始めた。
エレナは最後まで静かに耳を傾け、彼の言葉の一つ一つを丁寧に受け止めた。診察が終わる頃には、トムの表情はいくぶん和らぎ、母親に「おなかすいた」と小さな声で呟いた。
一連のやり取りを、マージョリー・ホプカークは腕を組み、厳しい表情を変えずに見ていた。しかし、エレナが母親と共にトムを送り出した後、ホプカークは指導ヒーラーではなく、エレナに直接向き直った。
「スズキ」その声には、いつもの厳格さに加え、微かな驚嘆の色が混じっていた。
「あなたの今の対応は、実に印象的でした。あの少年の心の奥深くにある恐怖と罪悪感を、あなたは正確に読み取り、そして言葉によってその重荷を軽減させた。教科書通りの治療法や、ありきたりの慰めでは到底成し得ないことです。」
彼女は一度言葉を切り、エレナの目を真っ直ぐに見据えた。
「あなたは、人の心と深く共鳴する稀有な才能を持っているようね。。その力は、正しく用いれば、多くの魂を救うでしょう。聖マンゴにあなたのような人材がいることは、将来への大きな希望です。これからもその能力を磨き、多くの患者のために役立てなさい」
それは、ホプカークにしては異例とも言える、心のこもった賞賛の言葉だった。
クリスマスイブの夕暮れは、ロンドンの街を魔法のような静けさと期待感で包み込んでいた。数日前から降り始めた雪は、煤けた建物の屋根や石畳を白い絹のベールで覆い隠し、ガス灯の淡い光はその結晶を無数の小さなダイヤモンドのようにきらめかせていた。エレナ・スズキは、胸いっぱいの期待と、それと同じくらいの甘い緊張を抱え、ワインを片手にクィリナス・クィレルの住むブルームズベリー地区の古いアパートメントの前に立っていた。
彼女がこの日のために新調した、深い森色のベルベットのローブの裾が、冷たい風に微かに揺れている。教えられた部屋の番号が記された、少し傾いた真鍮のプレートを見上げ、彼女は深呼吸を一つすると、震える指で重厚な木製の扉をそっとノックした。
数秒の沈黙の後、内側から慌ただしい足音と、何かが床に落ちるような小さな音が聞こえ、やがてゆっくりと扉が開いた。そこには、いつもの少し古びた教授風のローブではなく、濃紺のシンプルなセーターに身を包んだクィレルが、少し照れたような、しかし隠しきれない喜びを浮かべた表情で立っていた。彼の髪は心なしかいつもより整えられ、部屋の奥から漂ってくる暖炉の火の匂いと、何か美味しそうなものが焼ける香ばしい匂いが、エレナの鼻腔を優しくくすぐった。
「エレナ、よく来てくれた。外はひどく冷え込んだだろう。さあ、早く中へ。暖炉のそばが一番暖かいよ」
彼の声は、いつもの資料室で聞くよりも少し低く、そして親密な響きを帯びていた。
招き入れられた部屋は、エレナが漠然と想像していた通り、彼の知的な探求心と、どこか世俗から離れた生活ぶりを色濃く反映していた。壁という壁は天井まで届く巨大な本棚で埋め尽くされ、古今東西の魔法書、歴史書、マグル学の専門書、そしてエレナには判読できない古代文字で書かれた羊皮紙の巻物などが、ぎっしりと、しかしある種の秩序を保って並べられている。
空気には、古い紙とインク、そして乾燥したハーブの独特な香りが満ちていた。部屋の中央には大きなオーク材の机があり、その上には解読途中の古文書や羽ペン、拡大鏡、そして天球儀のミニチュアなどが、まるで創造的な混沌の祭壇のように散らばっていた。
「素晴らしい書斎ですね。まるで…魔法の図書館のようです」
エレナは、感嘆の息を漏らしながら部屋を見回した。
「いやいや、ただの物好きの蒐集だよ」
クィレルは謙遜したが、その目は誇らしげに細められていた。
「君が興味を持つようなものも、いくつかあるかもしれないな」
エレナの視線が、本棚の一画に吸い寄せられた。そこだけが不自然なほど埃が払われ、他の専門書とは明らかに雰囲気の異なる、黒い革で美しく装丁された背表紙に、タイトルも著者名も記されていない古めかしい本が数冊、まるで何かを秘匿するかのように奥まって置かれている。一瞬、その本から冷たい、吸い込まれるような気配を感じ、エレナは思わず息をのんだ。
「それは…?」
「ああ、それは古い時代の呪いに関する記録だよ。あまり気分の良い内容ではないからね、普段は奥にしまっているんだ。研究のためとはいえ、時折、そうした知識の闇に触れると、心が傷つくこともある」
クィレルは、エレナの視線に気づき、少し早口な声で説明した。
彼の言葉には、どこか遠回しな響きがあったが、エレナはそれ以上追求する気にはなれなかった。
机の上には、ヨーロッパの古い羊皮紙の地図が無造作に広げられていた。
その中の、特にアルバニアや東ヨーロッパの辺鄙な山岳地帯を示す場所に、濃い紫色のインクで、まるで何かを探し求めるかのように、執拗なまでに幾重もの印がつけられている。
傍らには、その地域の古い伝承や、危険な魔法生物、そして「失われた力」「不死の探求」といった、不穏な言葉が走り書きされたメモの断片が散らばっていた。
「本当に世界中を旅して研究されているのですね」
エレナは、その地図が示す未知の土地に思いを馳せながら言った。
「まあ、まだ途中だけどね」
クィレルは曖昧に微笑んだ。
「古代の魔法信仰の痕跡を追っていると、時には人里離れた、危険な場所へも足を運ばねばならないこともあるのだよ。…少し、骨の折れる旅になりそうだが」
彼の瞳の奥に、一瞬だけ、エレナの知らない炎のようなものが揺らめいたように見えた。
やがて、クィレルが腕によりをかけて(彼曰く、ほとんどぶっつけ本番だったらしいが)用意してくれたクリスマスのディナーがテーブルに並んだ。七面鳥のローストは少し焦げ目が強かったが香ばしく、ミンスパイは形が不揃いながらも甘くスパイシーな香りを漂わせている。暖炉の火が赤々と燃え、部屋全体を温かく照らし出す中、二人は向かい合って座り、熱いエルダーフラワーワインで乾杯した。
「メリークリスマス、エレナ。君とこうして聖夜を過ごせるとは、思ってもみなかった」
クィレルの声は、緊張と喜びで微かに震えていた。
「メリークリスマス、クィリナス。お招きいただいて、本当に嬉しいです」
エレナもまた、胸の高鳴りを抑えきれなかった。
会話は、最初は少しぎこちなかったが、ワインが進むにつれて、自然と弾んでいった。
エレナは、日本のクリスマスのマグル的な習慣や、幼い頃のささやかな思い出を語り、クィレルは、恵まれなかった自身の少年時代のクリスマスと、ホグワーツで初めて経験した魔法界のクリスマスの驚きについて話した。そして、話題は自然と互いの専門分野へ。
エレナが最近取り組んでいる治癒魔法の歴史についての考察を述べると、クィレルは感心したように耳を傾け、自身のマグル学研究の中から、古代文明におけるシンボルと信仰の関連性について興味深い視点を提供してくれた。互いの知識が交差し、新たな発見が生まれる。その知的な喜びに、二人は時間を忘れて没頭した。
エレナは、彼の言葉の端々に滲む深い教養と、時折見せる少年のような好奇心に、ますます強く惹かれていくのを感じていた。
食事が終わり、暖炉の前に置かれた擦り切れた革張りのアームチェアに並んで腰掛けると、クィレルは少し改まった表情で、小さなベルベットの箱をエレナに差し出した。
「エレナ、君に。ささやかなものだが、受け取ってほしい」
エレナが緊張しながら箱を開けると、中には息をのむほど美しい、紫水晶のペンダントが鎮座していた。黒銀の繊細な細工が施されたアールヌーヴォー調の台座に、吸い込まれるような深い色の、星の光を閉じ込めたかのような紫水晶がはめ込まれている。
「これは…古代ケルトの魔女たちが、危険な旅に出る際に、身を守るためのお守りとして身に着けていたものだと伝えられているんだ」クィレルは、少し緊張した声で言った。
「君のこれからの道が、安全で、実り豊かなものであるようにと、心から願っている」
「こんなに素敵なものを…」
エレナは言葉を失い、ただペンダントの放つ神秘的な輝きに見入っていた。
「ありがとうございます。大切にします」
彼女は心からの感謝を込めて微笑み、彼に手伝ってもらってそのペンダントを首に着けた。ひんやりとした石の感触が、彼女の肌に心地よく、そしてどこか不思議な重みを感じさせた。
エレナもまた、この日のために用意していた、紺色のマフラーを彼に贈った。クィレルはそれを子供のように喜び、すぐに首に巻いては、鏡の前で何度も自分の姿を確かめていた。
クリスマスの夜は、暖炉の火が静かに燃え尽きていく音と、二人の穏やかで途切れがちな会話、そしてそれ以上の意味を持つ心地よい沈黙と共に、ゆっくりと更けていった。
言葉にしなくても、互いの想いは痛いほど伝わってくる。エレナは、この温かく、満たされた時間が永遠に続けば良いと、心の底から願っていた。異国で感じていた孤独も、心の奥底にある癒えない傷も、この聖夜の優しい灯火の下では、まるで遠い昔の出来事のように感じられた。窓の外では、雪が音もなく降り積もり、ロンドンの街を清らかな白で覆っていく。
翌朝、窓から差し込む冬の白い光で、エレナは目を覚ました。隣には、まだクィレルが静かな寝息を立てている。その無防備な寝顔は、いつもの彼からは想像もつかないほど幼く、そしてどこか痛々しいほど純粋に見えた。エレナは、彼の額にかかった髪をそっと指で払いながら、この幸せな時間が終わってしまうことへの名残惜しさを感じていた。しかし、セント・マンゴでの仕事が彼女を待っている。
音を立てないようにベッドを抜け出し、身支度を整え始めると、クィレルも目を覚ました。彼は寝ぼけ眼でエレナを見つめ、小さく微笑んだ。
「もう、行ってしまうのかい」
その声は、朝の気だるさと寂しさを滲ませていた。
「ええ、残念ですけれど。ホプカークに叱られてしまいますから」
エレナは冗談めかして言った。
「昨夜のことは…本当に、ありがとうございました。決して忘れたくないくらい、素晴らしい時間でした」
クィレルはゆっくりと起き上がり、窓辺に立った。
雪に覆われたブルームズベリーの街並みが、朝日に照らされて白く輝いている。彼はその景色から目を離さずに、静かに答えた。
「記憶とは、時に我々を慰め、時に我々を縛る、不思議なものだよ、エレナ。もし…もし不都合な記憶だけを選んで消し去り、都合の良い記憶だけを残せる魔法があったなら、人は本当に幸せになれるのだろうかね?」
その声には、どこか遠い場所を見つめているような、諦観にも似た響きがあった。
エレナは、彼の言葉の真意を測りかね、胸に小さな不安がよぎるのを感じた。それでも、彼への想いを伝えたかった。
「クィリナスは、私がこれまで出会ったどの魔法使いとも違う…言葉にするのは難しいのですけれど、本当に不思議な魅力をお持ちです。あなたともっと一緒にいて、もっと知りたい、そう思います」
クィレルはゆっくりと振り返った。
その顔には、昨夜の穏やかな表情とは異なる、どこか自嘲的で、そして計り知れない深淵を覗かせるような、影のある微笑みが浮かんでいた。
「…そうかね、エレナ。だが、人は誰でも、光と影、二つの顔を持っているものだよ。あるいは、もっと多くの顔をね。君が今見ているのは、その内のどの私なのだろうね。それとも…君が見ているのは、私自身ですらない、君がそうあって欲しいと願う幻影なのかもしれない」
その言葉は、エレナの心に鋭い棘のように突き刺さった。
彼の瞳の奥に、昨夜とは違う、冷たく、そしてどこか恐ろしいほどの深さを持つ何かを感じ、彼女は一瞬言葉を失った。
彼の言う「影」とは一体何なのだろう。そして、自分が見ている彼は、本当に彼自身なのだろうか。
「…先生の全てを、もっと知りたいです」
彼女は、強い意志を込めてそう答えるのが精一杯だった。
クィレルは何も言わず、ただ悲しげに、そしてどこか憐れむように微笑むと、彼女のコートの襟を優しく直した。
「気をつけて行くんだよ、エレナ。道が凍っているかもしれないから。…また、すぐに連絡する」
その言葉を信じるしかない、とエレナは思った。
彼に見送られ、雪の舞うロンドンの街へと踏み出す。
心は、昨夜の溶けるような幸福感と、今朝の彼の言葉が残した、言いようのない不安とで、複雑に揺れ動いていた。
一人残されたクィレルの部屋では、暖炉の火がほとんど消えかかり、机の上に広げられたアルバニアの地図と、本棚の奥の黒い禁書が、静かに朝の光を吸い込んでいる。
その部屋には、エレナが去った後も、もう一人の誰かの、冷たく、そして計り知れないほど強大な意志の気配が、より一層濃く満ちていくのを、彼女はまだ知らなかった。
