第2章 賢者の石
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「スズキさん、少しは落ち着かれましたか。ダンブルドア校長があなたに一度お会いになりたいと仰せですの。お疲れでなければ、ご一緒しませんか」
「ダンブルドア校長が、私に?」
エレナは少し驚きながらも、その申し出をありがたく思った。偉大な魔法使いとして名高いアルバス・ダンブルドア本人に直接会えるということに、住む世界の違う人に直接会える興奮が全身を駆け巡った。
「はい、もちろんです。喜んで。」
だが、偉大な魔法使いの前で一体何を話せば良いのかわからず緊張してきた。
ポンフリーの入れてくれたカモミールティーをもう一度口に含む。優しい香りでエレナの心を解きほぐしてくれるかと思ったが、緊張が上回ったようで、カップをソーサーに戻す際にカチャリと音が大きく鳴った。
一息ついた二人の魔女がお茶を飲み終えると、保健室を出て、再びホグワーツ城の迷宮のような廊下へと足を踏み入れた。
夕暮れが近づき、石造りの廊下には茜色の光が窓から差し込み、壁の肖像画たちの顔に陰影を作っている。彼らは相変わらずひそひそと何かを囁き合っていたが、ポンフリーと一緒だと、どこか敬意を払っているかのように、その声も控えめに感じられた。
「校長室は、この城の西の塔の最上階近くにありますのよ。少し道のりが複雑ですが、一度覚えれば大丈夫」
ポンフリーは、エレナの緊張を和らげるように、にこやかに話しかけながら先導してくれた。 いくつかの動く階段を乗り継ぎ、大きなタペストリーの裏に隠された通路を抜け、やがて二人は一体の巨大な石のガーゴイル像の前にたどり着いた。そのガーゴイルは、威圧的な表情で二人を見下ろし、校長室への入り口を厳重に守っているかのようだ。
「ここが校長室の入り口ですわ。入るには、正しい合言葉が必要ですの」ポンフリーはそう言うと、ガーゴイルに向かってはっきりとした声で告げた。
「フィフィ・フィズビー」
すると、ガーゴイルは無言のままゆっくりと横にスライドし、その後ろに隠されていた螺旋階段が現れた。その石段は、まるで生きているかのように、ひとりでに上へ上へと滑らかに動き続けている。
「さあ、スズキさん、どうぞ。この階段は自動で校長室の扉の前まで運んでくれますから、足を乗せるだけで大丈夫ですわ」
エレナはポンフリーに続いて、動き続ける螺旋階段にそっと足を乗せた。ゆっくりと回転しながら上昇していく階段の先に、磨き上げられた重厚なオーク材の扉が見えてくる。扉には、グリフィンの形をした立派な真鍮のドアノッカーが取り付けられていた。
ポンフリーがそのドアノッカーで軽く扉を叩き「校長先生、ポンフリーです」と声をかけると、中から深みのある穏やかな声が聞こえた。
「おお、ポピー。さあ、遠慮なく入っておくれ」
扉を開けて中に入ると、そこは驚くほど広々とした円形の美しい部屋だった。壁一面には、天井まで届くほどの壮大な書棚が設えられ、数えきれないほどの革装丁の書物や古めかしい羊皮紙の巻物が、ぎっしりと整然と並んでいる。部屋の中央には、大きな爪足のデザインが施された重厚なマホガニーの机が置かれ、その上には、多くの手紙が箱の中に載せられていた。 そして、部屋の壁には、ホグワーツの歴代校長たちの肖像画が、金の額縁に収められ、ずらりと飾られていた。そのどれもが、まるで今も生きているかのように、部屋に入ってきた二人を興味深そうに、あるいは厳格な面持ちで見つめている。
部屋の奥、大きなアーチ型の窓から差し込む夕日の柔らかな光を背にして、アルバス・ダンブルドアが静かに立っていた。長く豊かな銀色の髪と髭は、夕光を受けてきらきらと輝き、鮮やかなブルーの瞳は半月型の眼鏡の奥で優しく、そして茶目っ気たっぷりにきらめいていた。彼が身に纏う深い紫色のローブには、銀色の星と三日月の刺繍が精巧に施され、まるで夜空そのものを切り取って身にまとっているかのようだ。その姿は、圧倒的な賢者の風格を備えていながらも、不思議と威圧感はなく、むしろ包み込むような温かさと、どこか少年のような好奇心を漂わせていた。
「ああポピー、エレナを案内してくれて、どうもありがとう」
ダンブルドアは、穏やかで、しかし芯のある声で言った。
「やあエレナ、ようこそ、ホグワーツへ。そして、わしの隠れ家へ。君の到着を心から歓迎するよ。マージョリー・ホプカークからの推薦状と、国際魔法協力部からの正式な推薦書を拝見し、ぜひわが校で君のような才能豊かな若いヒーラーが勉学に励んでもらえることを、大変嬉しく思っておるのじゃ」
ダンブルドアは、悪戯っぽく片方の眉を上げ、エレナに手を差し伸べた。その手は大きく、温かく、そして長年の経験を物語るように、いくつかのシミと皺が刻まれていた。
「ダンブルドア校長先生。この度は、お招きいただき、誠にありがとうございます。一年間という短い期間ではございますが、こちらで学ばせていただけることを、大変光栄に存じます」
エレナは、緊張しながらも、ダンブルドアの温かい歓迎に少し心が和らぐのを感じ、丁寧に挨拶をした。
「まあ、そんなに畏まらんでも良い。さあ、どうぞこちらへ。ポピーも一緒に、お茶でも飲みながら、ゆっくりと話をしようではないか。長旅と、新しい環境で、少しお疲れじゃろう」 ダンブルドアは、部屋の隅にある小さな円卓と、ふかふかとした深紅色のビロード張りの肘掛け椅子へとエレナとポンフリーを促した。
ダンブルドアが杖を軽く一振りすると、テーブルの上には、銀の美しいティーポットと、繊細な絵柄のティーカップが三つ、そして小さなクリスタルの皿に盛られた数種類の可愛らしいビスケットが、音もなくひとりでに現れた。ティーポットからは、ベルガモットと柑橘系の爽やかな香りがふわりと立ちのぼる。どうやらアールグレイのようだ。
すでに紅茶を一杯頂いてきたところであるが、ちらりとマダムを横目に見ると彼女は自然にカップを手に取っている。
「さて、エレナ」
ダンブルドアは、自らエレナとポンフリーに紅茶を注ぎながら、穏やかに語り始めた。
「君の聖マンゴでの目覚ましい活躍、とりわけ、その患者の心の機微に深く寄り添う共感力の高さについては、推薦状にも詳しく記されておった。君が持つ、その天性の直観力と深い共感力は、このホグワーツという場所にとっていずれ必ず必要とされる時が来るかもしれん。」
その謎めいた言葉に、エレナは戸惑いを隠せなかった。自分の能力を評価してくれるのは嬉しいが、突然見えるようになったのはあの少年トムだけだ。
「いえ、ホプカークがどのような内容をお伝えしたかわかりませんが、その能力を発揮できたのは一度だけです。ましてや、なぜ見えたのかもわかっておりません。」
「開心術とはまた違うのでしょうか。」
ポンフリーの問いかけに応えたのはダンブルドアだった。
「開心術には2種類ある。相手の心を読むこととその心に紐づいた過去の記憶を覗くこと。エレナは後者だと思うのじゃが、記憶を除かれたものは、見透かされたような強制的に心を開かされる感覚に陥る。あまり気分のいいものではないの。だが、エレナが対応したあの少年はそのような症状は無かったとホプカーク婦長が伝えてくれておる。」
エレナは瞳を大きく開いた。ホプカークが少年に対して聞き取り調査をしていたとは知らされていなかったからだ。
ダンブルドアの言葉は、まるで静かな湖に投げ込まれた小石のように、エレナの心に波紋を広げていった。
「校長先生、それは一体、どういう…」
エレナが尋ねようとすると、ダンブルドアは、人差し指をそっと自分の唇に当て、悪戯っぽく微笑んだ。
「ふむ、今はまだわからないということじゃ。天性の開心術の才能を持ち合わせているだけかも、そうでないかもしれぬ。全てを語る時ではないようじゃな」
彼はそう言うと、紅茶を一口ゆっくりと味わい、そして再び、今度はより真摯な眼差しでエレナの瞳の奥をじっと見つめた。
「エレナ、才能があるかないか別として、お主には深い感受性が宿っておるようじゃ。それは他者の痛みを感じ取り、癒しへと導く大きな力にもなるじゃろう。じゃが、同時に、その深い感受性は、時として君自身を大きな傷つきやすさにも晒すことになる。」
ダンブルドアはエレナの奥底を覗いているかのようだ。
「覚えておくといい。ホグワーツで君の相談相手であり、厳しい上司かもしれぬがマダム・ポンフリーを遠慮なく頼るのじゃ。他の教師人にもな。」
その言葉は、エレナの胸の奥深くに刻まれた、聖マンゴでの苦い記憶――全力を尽くしたにも関わらず、ヒーラーとしての無力感――を、優しく、しかしはっきりと照らし出すかのようだった。
ダンブルドアは、まるでそのことまでも見抜いているかのように、静かに、しかし力強く語り続ける。
「その感受性ゆえに、多くの人々を救うことができるじゃろう。じゃが、それ故に、道を見失いそうになることもあるやもしれん。じゃからこそ、どんな時も、自分自身の魂の声に誠実に耳を傾け、自分自身を大切にすることを、ゆめゆめ忘れてはならんよ」
ダンブルドアの言葉の一つ一つが、温かい光のようにエレナの心に染み渡っていった。目の前のこの偉大な魔法使いは、自分の過去の傷も、そしてこれからの未来への不安も、全てを理解し、受け止めてくれている。その事実に、エレナは胸が熱くなるのを覚えた。ロンドンを発つ前にアカリがかけてくれた、「あなた自身の力を信じることを忘れないで。時には自分自身を癒すことも忘れてはいけないのよ」という言葉が、ダンブルドアの言葉と不思議なほどに重なり合い、エレナの中で確かな力へと変わっていくのを感じた。
「校長先生のお言葉、決して忘れません。これから頑張ります。」
エレナは、決意を込めてはっきりとした声で言った。マダムにも頭を下げると彼女も満足そうに「いつでも頼りなさいね」と新人の肩をたたいた。
「うむ。その言葉が聞けて、わしも安心した」
ダンブルドアは満足そうに頷くと茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ他の教職員たちにも、新しい仲間を紹介するとしようかの。ポピー、エレナを職員室へ案内して差し上げてくれんか。わしも後から顔を出すとしよう。」
ダンブルドアに促され、エレナはマダム・ポンフリーと共に校長室を後にした。
螺旋階段を降りて、また迷路を通って職員室までたどり着く。
校長室よりも十分に広く、そして歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気の部屋だった。高い天井からは、いくつかのランプが吊り下げられ、柔らかな光を投げかけている。壁際には、革張りの重厚な肘掛け椅子や、使い込まれたオーク材の長テーブルが置かれ、何人かの教師たちが、羊皮紙の書類に目を通したり、静かに談笑したりしていた。しかしその中にクィレルの姿は見当たらなかった。彼はまだ到着していないのか、旅はまだ続いているのかもしれない。 マダム・ポンフリーは、エレナを伴って職員室の中ほどへ進み、そこにいた数名の教師たちにエレナを紹介した。
「皆さま、こちらが、本日より一年間、保健室のインターンとして我々と共に働くことになった、エレナ・スズキさんです。聖マンゴ魔法疾患傷害病院で素晴らしい経験を積んでこられた、優秀なヒーラーでいらっしゃいます」
過大評価だと気後れしてしまうが、エレナはできるだけ胸を張って挨拶した。
「エレナ・スズキです。まだまだ若輩者ですが、一生懸命頑張ります。よろしくお願いします・」
緊張感の残る若いインターンの言葉に、教師陣は歓迎の意を込めて拍手を送った。その場にいた教師たちは次々とエレナに声をかけ。温かい歓迎の言葉をかけた。
天文学を教えるという、物静かで知的な雰囲気のオーロラ・シニストラ先生。魔法史を担当し、まるで自身が歴史の一部であるかのような古風な話し方をするカスバート・ビンズ先生(彼は半透明の幽霊だったが、エレナは驚きを表に出さず、礼儀正しく挨拶をした)。その他にも、古代ルーン文字学のバスシェバ・バブリング先生や、数霊術のセプティマ・ベクター先生など、様々な専門分野の教師たちが、エレナの到着を喜び、短い言葉を交わしてくれた。 エレナは、一人ひとりに丁寧に自己紹介をし、教師たちの多くは、エレナの青臭さと真摯な態度に好感を抱いたようで、にこやかに頷き、激励の言葉をかけた。
ダンブルドア校長もやがて職員室に現れ、改めてエレナを皆に紹介し、和やかな雰囲気の中で、エレナは少しずつホグワーツの一員として受け入れられているという実感を得ることができた。
「新入生の対応で寮監の先生たちは出払っていますし、まだ姿を見せていない先生方もいます。名前と顔を一致させるのは大変でしょうが、全員覚えていきなさい。」
ポンフリーの言葉にうなずきながら、エレナは必至で名前と特徴を結びつけようとしていた。
多くの教師たちとの挨拶を終えた頃には、窓の外はすっかり夕闇に包まれ、遠くから始業式の宴の準備を知らせるかのような、微かな喧騒が聞こえてくるような気がした。
「さあ、エレナさん、そろそろ大広間へ向かいましょうか。今夜は、ホグワーツで最も賑やかで、そして最も大切な夜の一つですわ」
マダム・ポンフリーが、エレナの肩に優しく手を置き、微笑みかけた。 エレナは、ポンフリーと共に、再び廊下を歩き出すのだった。
「ダンブルドア校長が、私に?」
エレナは少し驚きながらも、その申し出をありがたく思った。偉大な魔法使いとして名高いアルバス・ダンブルドア本人に直接会えるということに、住む世界の違う人に直接会える興奮が全身を駆け巡った。
「はい、もちろんです。喜んで。」
だが、偉大な魔法使いの前で一体何を話せば良いのかわからず緊張してきた。
ポンフリーの入れてくれたカモミールティーをもう一度口に含む。優しい香りでエレナの心を解きほぐしてくれるかと思ったが、緊張が上回ったようで、カップをソーサーに戻す際にカチャリと音が大きく鳴った。
一息ついた二人の魔女がお茶を飲み終えると、保健室を出て、再びホグワーツ城の迷宮のような廊下へと足を踏み入れた。
夕暮れが近づき、石造りの廊下には茜色の光が窓から差し込み、壁の肖像画たちの顔に陰影を作っている。彼らは相変わらずひそひそと何かを囁き合っていたが、ポンフリーと一緒だと、どこか敬意を払っているかのように、その声も控えめに感じられた。
「校長室は、この城の西の塔の最上階近くにありますのよ。少し道のりが複雑ですが、一度覚えれば大丈夫」
ポンフリーは、エレナの緊張を和らげるように、にこやかに話しかけながら先導してくれた。 いくつかの動く階段を乗り継ぎ、大きなタペストリーの裏に隠された通路を抜け、やがて二人は一体の巨大な石のガーゴイル像の前にたどり着いた。そのガーゴイルは、威圧的な表情で二人を見下ろし、校長室への入り口を厳重に守っているかのようだ。
「ここが校長室の入り口ですわ。入るには、正しい合言葉が必要ですの」ポンフリーはそう言うと、ガーゴイルに向かってはっきりとした声で告げた。
「フィフィ・フィズビー」
すると、ガーゴイルは無言のままゆっくりと横にスライドし、その後ろに隠されていた螺旋階段が現れた。その石段は、まるで生きているかのように、ひとりでに上へ上へと滑らかに動き続けている。
「さあ、スズキさん、どうぞ。この階段は自動で校長室の扉の前まで運んでくれますから、足を乗せるだけで大丈夫ですわ」
エレナはポンフリーに続いて、動き続ける螺旋階段にそっと足を乗せた。ゆっくりと回転しながら上昇していく階段の先に、磨き上げられた重厚なオーク材の扉が見えてくる。扉には、グリフィンの形をした立派な真鍮のドアノッカーが取り付けられていた。
ポンフリーがそのドアノッカーで軽く扉を叩き「校長先生、ポンフリーです」と声をかけると、中から深みのある穏やかな声が聞こえた。
「おお、ポピー。さあ、遠慮なく入っておくれ」
扉を開けて中に入ると、そこは驚くほど広々とした円形の美しい部屋だった。壁一面には、天井まで届くほどの壮大な書棚が設えられ、数えきれないほどの革装丁の書物や古めかしい羊皮紙の巻物が、ぎっしりと整然と並んでいる。部屋の中央には、大きな爪足のデザインが施された重厚なマホガニーの机が置かれ、その上には、多くの手紙が箱の中に載せられていた。 そして、部屋の壁には、ホグワーツの歴代校長たちの肖像画が、金の額縁に収められ、ずらりと飾られていた。そのどれもが、まるで今も生きているかのように、部屋に入ってきた二人を興味深そうに、あるいは厳格な面持ちで見つめている。
部屋の奥、大きなアーチ型の窓から差し込む夕日の柔らかな光を背にして、アルバス・ダンブルドアが静かに立っていた。長く豊かな銀色の髪と髭は、夕光を受けてきらきらと輝き、鮮やかなブルーの瞳は半月型の眼鏡の奥で優しく、そして茶目っ気たっぷりにきらめいていた。彼が身に纏う深い紫色のローブには、銀色の星と三日月の刺繍が精巧に施され、まるで夜空そのものを切り取って身にまとっているかのようだ。その姿は、圧倒的な賢者の風格を備えていながらも、不思議と威圧感はなく、むしろ包み込むような温かさと、どこか少年のような好奇心を漂わせていた。
「ああポピー、エレナを案内してくれて、どうもありがとう」
ダンブルドアは、穏やかで、しかし芯のある声で言った。
「やあエレナ、ようこそ、ホグワーツへ。そして、わしの隠れ家へ。君の到着を心から歓迎するよ。マージョリー・ホプカークからの推薦状と、国際魔法協力部からの正式な推薦書を拝見し、ぜひわが校で君のような才能豊かな若いヒーラーが勉学に励んでもらえることを、大変嬉しく思っておるのじゃ」
ダンブルドアは、悪戯っぽく片方の眉を上げ、エレナに手を差し伸べた。その手は大きく、温かく、そして長年の経験を物語るように、いくつかのシミと皺が刻まれていた。
「ダンブルドア校長先生。この度は、お招きいただき、誠にありがとうございます。一年間という短い期間ではございますが、こちらで学ばせていただけることを、大変光栄に存じます」
エレナは、緊張しながらも、ダンブルドアの温かい歓迎に少し心が和らぐのを感じ、丁寧に挨拶をした。
「まあ、そんなに畏まらんでも良い。さあ、どうぞこちらへ。ポピーも一緒に、お茶でも飲みながら、ゆっくりと話をしようではないか。長旅と、新しい環境で、少しお疲れじゃろう」 ダンブルドアは、部屋の隅にある小さな円卓と、ふかふかとした深紅色のビロード張りの肘掛け椅子へとエレナとポンフリーを促した。
ダンブルドアが杖を軽く一振りすると、テーブルの上には、銀の美しいティーポットと、繊細な絵柄のティーカップが三つ、そして小さなクリスタルの皿に盛られた数種類の可愛らしいビスケットが、音もなくひとりでに現れた。ティーポットからは、ベルガモットと柑橘系の爽やかな香りがふわりと立ちのぼる。どうやらアールグレイのようだ。
すでに紅茶を一杯頂いてきたところであるが、ちらりとマダムを横目に見ると彼女は自然にカップを手に取っている。
「さて、エレナ」
ダンブルドアは、自らエレナとポンフリーに紅茶を注ぎながら、穏やかに語り始めた。
「君の聖マンゴでの目覚ましい活躍、とりわけ、その患者の心の機微に深く寄り添う共感力の高さについては、推薦状にも詳しく記されておった。君が持つ、その天性の直観力と深い共感力は、このホグワーツという場所にとっていずれ必ず必要とされる時が来るかもしれん。」
その謎めいた言葉に、エレナは戸惑いを隠せなかった。自分の能力を評価してくれるのは嬉しいが、突然見えるようになったのはあの少年トムだけだ。
「いえ、ホプカークがどのような内容をお伝えしたかわかりませんが、その能力を発揮できたのは一度だけです。ましてや、なぜ見えたのかもわかっておりません。」
「開心術とはまた違うのでしょうか。」
ポンフリーの問いかけに応えたのはダンブルドアだった。
「開心術には2種類ある。相手の心を読むこととその心に紐づいた過去の記憶を覗くこと。エレナは後者だと思うのじゃが、記憶を除かれたものは、見透かされたような強制的に心を開かされる感覚に陥る。あまり気分のいいものではないの。だが、エレナが対応したあの少年はそのような症状は無かったとホプカーク婦長が伝えてくれておる。」
エレナは瞳を大きく開いた。ホプカークが少年に対して聞き取り調査をしていたとは知らされていなかったからだ。
ダンブルドアの言葉は、まるで静かな湖に投げ込まれた小石のように、エレナの心に波紋を広げていった。
「校長先生、それは一体、どういう…」
エレナが尋ねようとすると、ダンブルドアは、人差し指をそっと自分の唇に当て、悪戯っぽく微笑んだ。
「ふむ、今はまだわからないということじゃ。天性の開心術の才能を持ち合わせているだけかも、そうでないかもしれぬ。全てを語る時ではないようじゃな」
彼はそう言うと、紅茶を一口ゆっくりと味わい、そして再び、今度はより真摯な眼差しでエレナの瞳の奥をじっと見つめた。
「エレナ、才能があるかないか別として、お主には深い感受性が宿っておるようじゃ。それは他者の痛みを感じ取り、癒しへと導く大きな力にもなるじゃろう。じゃが、同時に、その深い感受性は、時として君自身を大きな傷つきやすさにも晒すことになる。」
ダンブルドアはエレナの奥底を覗いているかのようだ。
「覚えておくといい。ホグワーツで君の相談相手であり、厳しい上司かもしれぬがマダム・ポンフリーを遠慮なく頼るのじゃ。他の教師人にもな。」
その言葉は、エレナの胸の奥深くに刻まれた、聖マンゴでの苦い記憶――全力を尽くしたにも関わらず、ヒーラーとしての無力感――を、優しく、しかしはっきりと照らし出すかのようだった。
ダンブルドアは、まるでそのことまでも見抜いているかのように、静かに、しかし力強く語り続ける。
「その感受性ゆえに、多くの人々を救うことができるじゃろう。じゃが、それ故に、道を見失いそうになることもあるやもしれん。じゃからこそ、どんな時も、自分自身の魂の声に誠実に耳を傾け、自分自身を大切にすることを、ゆめゆめ忘れてはならんよ」
ダンブルドアの言葉の一つ一つが、温かい光のようにエレナの心に染み渡っていった。目の前のこの偉大な魔法使いは、自分の過去の傷も、そしてこれからの未来への不安も、全てを理解し、受け止めてくれている。その事実に、エレナは胸が熱くなるのを覚えた。ロンドンを発つ前にアカリがかけてくれた、「あなた自身の力を信じることを忘れないで。時には自分自身を癒すことも忘れてはいけないのよ」という言葉が、ダンブルドアの言葉と不思議なほどに重なり合い、エレナの中で確かな力へと変わっていくのを感じた。
「校長先生のお言葉、決して忘れません。これから頑張ります。」
エレナは、決意を込めてはっきりとした声で言った。マダムにも頭を下げると彼女も満足そうに「いつでも頼りなさいね」と新人の肩をたたいた。
「うむ。その言葉が聞けて、わしも安心した」
ダンブルドアは満足そうに頷くと茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ他の教職員たちにも、新しい仲間を紹介するとしようかの。ポピー、エレナを職員室へ案内して差し上げてくれんか。わしも後から顔を出すとしよう。」
ダンブルドアに促され、エレナはマダム・ポンフリーと共に校長室を後にした。
螺旋階段を降りて、また迷路を通って職員室までたどり着く。
校長室よりも十分に広く、そして歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気の部屋だった。高い天井からは、いくつかのランプが吊り下げられ、柔らかな光を投げかけている。壁際には、革張りの重厚な肘掛け椅子や、使い込まれたオーク材の長テーブルが置かれ、何人かの教師たちが、羊皮紙の書類に目を通したり、静かに談笑したりしていた。しかしその中にクィレルの姿は見当たらなかった。彼はまだ到着していないのか、旅はまだ続いているのかもしれない。 マダム・ポンフリーは、エレナを伴って職員室の中ほどへ進み、そこにいた数名の教師たちにエレナを紹介した。
「皆さま、こちらが、本日より一年間、保健室のインターンとして我々と共に働くことになった、エレナ・スズキさんです。聖マンゴ魔法疾患傷害病院で素晴らしい経験を積んでこられた、優秀なヒーラーでいらっしゃいます」
過大評価だと気後れしてしまうが、エレナはできるだけ胸を張って挨拶した。
「エレナ・スズキです。まだまだ若輩者ですが、一生懸命頑張ります。よろしくお願いします・」
緊張感の残る若いインターンの言葉に、教師陣は歓迎の意を込めて拍手を送った。その場にいた教師たちは次々とエレナに声をかけ。温かい歓迎の言葉をかけた。
天文学を教えるという、物静かで知的な雰囲気のオーロラ・シニストラ先生。魔法史を担当し、まるで自身が歴史の一部であるかのような古風な話し方をするカスバート・ビンズ先生(彼は半透明の幽霊だったが、エレナは驚きを表に出さず、礼儀正しく挨拶をした)。その他にも、古代ルーン文字学のバスシェバ・バブリング先生や、数霊術のセプティマ・ベクター先生など、様々な専門分野の教師たちが、エレナの到着を喜び、短い言葉を交わしてくれた。 エレナは、一人ひとりに丁寧に自己紹介をし、教師たちの多くは、エレナの青臭さと真摯な態度に好感を抱いたようで、にこやかに頷き、激励の言葉をかけた。
ダンブルドア校長もやがて職員室に現れ、改めてエレナを皆に紹介し、和やかな雰囲気の中で、エレナは少しずつホグワーツの一員として受け入れられているという実感を得ることができた。
「新入生の対応で寮監の先生たちは出払っていますし、まだ姿を見せていない先生方もいます。名前と顔を一致させるのは大変でしょうが、全員覚えていきなさい。」
ポンフリーの言葉にうなずきながら、エレナは必至で名前と特徴を結びつけようとしていた。
多くの教師たちとの挨拶を終えた頃には、窓の外はすっかり夕闇に包まれ、遠くから始業式の宴の準備を知らせるかのような、微かな喧騒が聞こえてくるような気がした。
「さあ、エレナさん、そろそろ大広間へ向かいましょうか。今夜は、ホグワーツで最も賑やかで、そして最も大切な夜の一つですわ」
マダム・ポンフリーが、エレナの肩に優しく手を置き、微笑みかけた。 エレナは、ポンフリーと共に、再び廊下を歩き出すのだった。
