第1部 チャリング・クロス・ロード
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ミランダに言われた「影」という言葉が、ずっと心の隅に引っかかっていた。
先生が抱えているかもしれない、その正体の分からない何か。
それを思うと不安になるけれど、それでも、彼を想う気持ちが消えることはなかった。
むしろそれが彼の魅力なのかもしれない。
まさに恋に恋する乙女だった。
自分でもわかっていたけど、止められない。
十二月に入り、ホグワーツはクリスマス休暇前の、どこか浮き足立った空気に包まれていた。
週末には、学年ごとにホグズミード村へ行くことが許可される。
私もミランダや他のハッフルパフの友人たちと一緒に、久しぶりの村の散策を楽しみにしていた。
クリスマスプレゼントを選んだり、バタービールを飲んだり…考えただけで気持ちが明るくなる。
当日も、ホグワーツの門を出た時は、空はどんよりと曇ってはいたものの、皆晴れやかな気持ちだった。
友人たちと他愛ないおしゃべりをしながら、雪が踏み固められて滑りやすくなった道を歩く。
村に着き、「三本の箒」で温かいバタービールを飲んで身体を温め、さあ、これからお店を回ろうかと外に出た、その時だった。
空気が、一変した。
さっきまでの穏やかさが嘘のように、風が吹き荒れ始め、大粒の雪が、まるで白いカーテンのように、空から猛烈な勢いで降り注いできたのだ。
視界はあっという間に真っ白になり、数メートル先も見えなくなる。
「きゃっ! なに、これ!?」
「すごい吹雪!」
「前が見えないよ!」
友人たちの悲鳴と、吹き付ける風の音。
「カレンっ!どこかに入ろう!」
「そうだね!!」
ほんの一先を歩いているはずのミランダや友人たちの後ろ姿さえ見えないほどのホワイトアウトだった。
私は、マフラーで顔を覆いながら、必死でミランダの後をついていこうとしたけれど、猛烈な風と雪に煽られ、あっという間にはぐれてしまった。
「ミランダ!? みんなー!?」
呼びかけても、返ってくるのは轟々という風の音だけ。
視界は白く閉ざされ、方向感覚も失っていく。
寒さが、容赦なくローブの下に染み込んできた。
どうしよう、このままじゃ凍えてしまう。
どこか、雪を避けられる場所は…。
手探りで壁を伝いながら、必死で歩く。
するとすぐ近くに、ぼんやりとしたオレンジ色の灯りが見えた。
小さな民家のようだ。
私は転がるようにして、その民家の軒先へと駆け込んだ。
「はあ…はあ…」
肩で息をしながら、降りしきる雪を払い落とす。
軒先は狭く、風は吹き込んでくるけれど、それでも直接雪に打たれるよりはずっとましだった。
早く、吹雪が止んでくれればいいけれど…。
私が来た道から同じように灰色の影がやってきた。
その人も頭上にひ光るランプに導かれて避難場所を探してきたようだった。
段々距離が近づいてくるにつれて、灰色の塊は雪に埋もれたクィレル教授だとわかった。
分厚いコートに雪がびっしり張り付いて積もっている。
「…先生…?」
思わず、声が漏れた。
彼もまた、この突然の吹雪に足止めを食らい、逃れるようにやってきたのだ。
彼は私の声に驚いたように目を見開いた。
「 カレン君…? 君こそこんなところで…」
彼の声は、驚きと戸惑いで少し上ずっていた。
「友人たちと、はぐれてしまって…。すごい吹雪で…」
私は、かじかむ手をこすり合わせながら言った。
「…そうでしたか。それは、いけませんね」
彼は、心配そうに眉を寄せた。
「この吹雪では、下手に動かない方がいいでしょう。少し、ここで様子を見ましょうか」
予期せぬ二人きりの時間。
狭い軒先。
すぐ隣にいる先生の気配。
吹雪の音だけが、私たちの間の沈黙を埋めている。
心臓が、ドキドキと大きく鳴り始めた。
寒さのせいだけではない。
「…先生は、ホグズミードに何かご用でしたか?」
私は、沈黙に耐えきれず、尋ねてみた。
「ええ、まあ…少し、調べたい本がありましてね」
彼は、少し言いよどみながら答えた。
「ですが、目当ての店は閉まっているようですし、この天気では…」
彼は困ったように溜息をついた。
その時、強い風が吹きつけ軒先にまで雪が激しく吹き込んできた。
「わっ!」私は思わず身をすくめる。
「…いけませんね。ここも、あまり長くはいられないようです」
先生がこんなに長く吃らず話すのは夏のあの日以来だろうか。
いつもの頼りげないくたびれた彼はいなかった。「すぐそこの角に、小さな書店があったはずです。あそこなら、中で待たせてもらえるかもしれません。行きましょう。」
彼はそう言うと、私を気遣うように、少しだけ前を歩き、風から庇うようにしてくれた。
私たちは、再び吹雪の中へと足を踏み出した。
凍てつく風が布に覆われていない柔らかい肌を遠慮なく突き刺し、感覚をなくす。
だけど目の前にある頼もしい背中が私を守ってくれている。
二人の魔法使いが駆け込んだ小さな書店は、幸い開いていた。
カラン、とドアベルが鳴る。
店内は薄暗く、インクと古い紙の匂いがした。
店主らしい、眼鏡をかけた年配の魔女が、カウンターの奥で静かに本を読んでいる。
私たちが入ってきたことに気づくと、軽く頷いただけだった。
「すみません、少し、吹雪が止むまで、ここで待たせていただけませんか」
先生が、丁寧な口調で尋ねる。
「ああ、構わんよ。こんな天気じゃ、誰も来やしないからね」
店主は、本から目を離さずに答えた。
私たちは、店の隅にある、少し埃っぽい椅子に腰を下ろした。
窓の外では、まだ白い雪が激しく舞っている。
店の奥からは、暖炉の薪が爆ぜる音が、微かに聞こえてくる。狭い店内に、私たち二人だけ。
まるで、世界から切り離されてしまったような、不思議な感覚だった。
「…すごい雪ですね」
私が言うと、「…ええ、本当に」と先生が答える。
「暖かい暖炉の前でココアとか飲みたいですね。」
「ココアですか…。」
ぎこちない会話が、途切れ途切れに続く。
「ブランケットもあれば完璧ですね。」
暖炉前のいつもの私を想像して一言つぶやく。
「ブランケットは持っていないですね。」
「持ってないんですか。」
それから彼は何も答えず、私も話題が出てこなかった。
互いに何を話せばいいのか分からず、視線は合っては逸らされ、また合っては逸らされる。
その時、近くの本棚から、バランスを崩した数冊の本が、ガサッと音を立てて落ちそうになった。「危ない!」
私と先生は、同時に手を伸ばした。本を支えようとした私たちの指先が、不意に触れ合う。
「あっ…!」
時間が、また止まった気がした。
触れた指先から伝わる、彼の意外なほどの温かさ。
私の心臓が、大きく跳ねる。
先生も驚いたように息を呑み、すぐに手を引っ込めた。
その頬が、薄暗い店内の照明の下でも、赤く染まっているのが分かった。
「…す、すみません」
彼の声が、また少し吃っていた。
「い、いえ…こちらこそ…」
私の声も上ずる。
気まずい沈黙。
でも、それは嫌な沈黙ではなかった。
触れてしまった指先の熱が、まだ残っている。
彼の動揺が、痛いほど伝わってくる。
もしかしたら、先生も、私と同じように…?
そんな期待が、胸の中で急速に膨らんでいく。
やがて、窓の外の吹雪が、少しずつ弱まってきたのが分かった。
「…そろそろ、行かないと」
名残惜しいがもうここに居る理由がなくなってしまった。
「寮監たちが、心配しているでしょう」
「…そうですね」
私も頷いた。
本当は、もっとこうしていたかったけれど。
私たちは、店主に礼を言い、再び外へ出た。
雪は小降りになっていたが、空はまだ暗い。
「… カレン君」
帰り道、先生が不意に私の名前を呼んだ。
「その…今日は、ありがとう。君がいてくれて、心強かったです」
「え…?」思いがけない言葉に、私は顔を上げた。
彼は、少し照れたように視線を逸らしながらも、続けた。
「一人では、心細かったものですから」
「…私もです」
私も微笑んで答えた。
「先生がいてくださって、よかったです」
彼は、私の言葉に少し驚いたような顔をし、そして、ほんの少しだけ、困ったように笑った。
あの夏に見た笑顔とは違う、もっと深くて、温かい、そんな笑顔だった。
私たちは、ホグワーツへの道を、言葉少なに、しかし以前とは少し違う空気の中で、並んで歩き始めた。
雪は、もうほとんど止んでいた。
先生が抱えているかもしれない、その正体の分からない何か。
それを思うと不安になるけれど、それでも、彼を想う気持ちが消えることはなかった。
むしろそれが彼の魅力なのかもしれない。
まさに恋に恋する乙女だった。
自分でもわかっていたけど、止められない。
十二月に入り、ホグワーツはクリスマス休暇前の、どこか浮き足立った空気に包まれていた。
週末には、学年ごとにホグズミード村へ行くことが許可される。
私もミランダや他のハッフルパフの友人たちと一緒に、久しぶりの村の散策を楽しみにしていた。
クリスマスプレゼントを選んだり、バタービールを飲んだり…考えただけで気持ちが明るくなる。
当日も、ホグワーツの門を出た時は、空はどんよりと曇ってはいたものの、皆晴れやかな気持ちだった。
友人たちと他愛ないおしゃべりをしながら、雪が踏み固められて滑りやすくなった道を歩く。
村に着き、「三本の箒」で温かいバタービールを飲んで身体を温め、さあ、これからお店を回ろうかと外に出た、その時だった。
空気が、一変した。
さっきまでの穏やかさが嘘のように、風が吹き荒れ始め、大粒の雪が、まるで白いカーテンのように、空から猛烈な勢いで降り注いできたのだ。
視界はあっという間に真っ白になり、数メートル先も見えなくなる。
「きゃっ! なに、これ!?」
「すごい吹雪!」
「前が見えないよ!」
友人たちの悲鳴と、吹き付ける風の音。
「カレンっ!どこかに入ろう!」
「そうだね!!」
ほんの一先を歩いているはずのミランダや友人たちの後ろ姿さえ見えないほどのホワイトアウトだった。
私は、マフラーで顔を覆いながら、必死でミランダの後をついていこうとしたけれど、猛烈な風と雪に煽られ、あっという間にはぐれてしまった。
「ミランダ!? みんなー!?」
呼びかけても、返ってくるのは轟々という風の音だけ。
視界は白く閉ざされ、方向感覚も失っていく。
寒さが、容赦なくローブの下に染み込んできた。
どうしよう、このままじゃ凍えてしまう。
どこか、雪を避けられる場所は…。
手探りで壁を伝いながら、必死で歩く。
するとすぐ近くに、ぼんやりとしたオレンジ色の灯りが見えた。
小さな民家のようだ。
私は転がるようにして、その民家の軒先へと駆け込んだ。
「はあ…はあ…」
肩で息をしながら、降りしきる雪を払い落とす。
軒先は狭く、風は吹き込んでくるけれど、それでも直接雪に打たれるよりはずっとましだった。
早く、吹雪が止んでくれればいいけれど…。
私が来た道から同じように灰色の影がやってきた。
その人も頭上にひ光るランプに導かれて避難場所を探してきたようだった。
段々距離が近づいてくるにつれて、灰色の塊は雪に埋もれたクィレル教授だとわかった。
分厚いコートに雪がびっしり張り付いて積もっている。
「…先生…?」
思わず、声が漏れた。
彼もまた、この突然の吹雪に足止めを食らい、逃れるようにやってきたのだ。
彼は私の声に驚いたように目を見開いた。
「 カレン君…? 君こそこんなところで…」
彼の声は、驚きと戸惑いで少し上ずっていた。
「友人たちと、はぐれてしまって…。すごい吹雪で…」
私は、かじかむ手をこすり合わせながら言った。
「…そうでしたか。それは、いけませんね」
彼は、心配そうに眉を寄せた。
「この吹雪では、下手に動かない方がいいでしょう。少し、ここで様子を見ましょうか」
予期せぬ二人きりの時間。
狭い軒先。
すぐ隣にいる先生の気配。
吹雪の音だけが、私たちの間の沈黙を埋めている。
心臓が、ドキドキと大きく鳴り始めた。
寒さのせいだけではない。
「…先生は、ホグズミードに何かご用でしたか?」
私は、沈黙に耐えきれず、尋ねてみた。
「ええ、まあ…少し、調べたい本がありましてね」
彼は、少し言いよどみながら答えた。
「ですが、目当ての店は閉まっているようですし、この天気では…」
彼は困ったように溜息をついた。
その時、強い風が吹きつけ軒先にまで雪が激しく吹き込んできた。
「わっ!」私は思わず身をすくめる。
「…いけませんね。ここも、あまり長くはいられないようです」
先生がこんなに長く吃らず話すのは夏のあの日以来だろうか。
いつもの頼りげないくたびれた彼はいなかった。「すぐそこの角に、小さな書店があったはずです。あそこなら、中で待たせてもらえるかもしれません。行きましょう。」
彼はそう言うと、私を気遣うように、少しだけ前を歩き、風から庇うようにしてくれた。
私たちは、再び吹雪の中へと足を踏み出した。
凍てつく風が布に覆われていない柔らかい肌を遠慮なく突き刺し、感覚をなくす。
だけど目の前にある頼もしい背中が私を守ってくれている。
二人の魔法使いが駆け込んだ小さな書店は、幸い開いていた。
カラン、とドアベルが鳴る。
店内は薄暗く、インクと古い紙の匂いがした。
店主らしい、眼鏡をかけた年配の魔女が、カウンターの奥で静かに本を読んでいる。
私たちが入ってきたことに気づくと、軽く頷いただけだった。
「すみません、少し、吹雪が止むまで、ここで待たせていただけませんか」
先生が、丁寧な口調で尋ねる。
「ああ、構わんよ。こんな天気じゃ、誰も来やしないからね」
店主は、本から目を離さずに答えた。
私たちは、店の隅にある、少し埃っぽい椅子に腰を下ろした。
窓の外では、まだ白い雪が激しく舞っている。
店の奥からは、暖炉の薪が爆ぜる音が、微かに聞こえてくる。狭い店内に、私たち二人だけ。
まるで、世界から切り離されてしまったような、不思議な感覚だった。
「…すごい雪ですね」
私が言うと、「…ええ、本当に」と先生が答える。
「暖かい暖炉の前でココアとか飲みたいですね。」
「ココアですか…。」
ぎこちない会話が、途切れ途切れに続く。
「ブランケットもあれば完璧ですね。」
暖炉前のいつもの私を想像して一言つぶやく。
「ブランケットは持っていないですね。」
「持ってないんですか。」
それから彼は何も答えず、私も話題が出てこなかった。
互いに何を話せばいいのか分からず、視線は合っては逸らされ、また合っては逸らされる。
その時、近くの本棚から、バランスを崩した数冊の本が、ガサッと音を立てて落ちそうになった。「危ない!」
私と先生は、同時に手を伸ばした。本を支えようとした私たちの指先が、不意に触れ合う。
「あっ…!」
時間が、また止まった気がした。
触れた指先から伝わる、彼の意外なほどの温かさ。
私の心臓が、大きく跳ねる。
先生も驚いたように息を呑み、すぐに手を引っ込めた。
その頬が、薄暗い店内の照明の下でも、赤く染まっているのが分かった。
「…す、すみません」
彼の声が、また少し吃っていた。
「い、いえ…こちらこそ…」
私の声も上ずる。
気まずい沈黙。
でも、それは嫌な沈黙ではなかった。
触れてしまった指先の熱が、まだ残っている。
彼の動揺が、痛いほど伝わってくる。
もしかしたら、先生も、私と同じように…?
そんな期待が、胸の中で急速に膨らんでいく。
やがて、窓の外の吹雪が、少しずつ弱まってきたのが分かった。
「…そろそろ、行かないと」
名残惜しいがもうここに居る理由がなくなってしまった。
「寮監たちが、心配しているでしょう」
「…そうですね」
私も頷いた。
本当は、もっとこうしていたかったけれど。
私たちは、店主に礼を言い、再び外へ出た。
雪は小降りになっていたが、空はまだ暗い。
「… カレン君」
帰り道、先生が不意に私の名前を呼んだ。
「その…今日は、ありがとう。君がいてくれて、心強かったです」
「え…?」思いがけない言葉に、私は顔を上げた。
彼は、少し照れたように視線を逸らしながらも、続けた。
「一人では、心細かったものですから」
「…私もです」
私も微笑んで答えた。
「先生がいてくださって、よかったです」
彼は、私の言葉に少し驚いたような顔をし、そして、ほんの少しだけ、困ったように笑った。
あの夏に見た笑顔とは違う、もっと深くて、温かい、そんな笑顔だった。
私たちは、ホグワーツへの道を、言葉少なに、しかし以前とは少し違う空気の中で、並んで歩き始めた。
雪は、もうほとんど止んでいた。
