第3部 永遠の影
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新しく始まった「闇の魔術に対する防衛術」の授業は、始まる前から奇妙な空気に包まれていた。
教室の扉を開けた瞬間、むせ返るような強烈なニンニクの匂いが鼻をついたのだ。
それはどこか異国の市場のような、あるいは古い薬屋のような、この神聖な学び舎には似つかわしくない、土臭くて刺激的な香りだった。
「うわっ、何この匂い…」
「吸血鬼でも出るのかよ…」
他の生徒たちも顔をしかめたり、鼻をつまんだりしながらざわざわと席についていく。
噂によると、先生があの大きなターバンの中に、魔除けとして大量のニンニクを仕込んでいるらしい。
ルーマニアでの恐ろしい体験が原因だとか…。
でも、その噂自体がどこか作り話めいて聞こえた。
やがて、予鈴が鳴り響くと同時に、クィレル先生が教室に入ってきた。
彼は相変わらず大きなターバンを目深に被り、蒼白な顔で俯き加減に歩いている。
その足取りは頼りなく、まるで風が吹いたら飛ばされてしまいそうだ。
「きょ、今日の、じゅ、授業は…」
教壇に立った先生が話し始めると、そのひどい吃音に、教室の後ろの方からくすくす笑いが漏れた。
先生はびくりと肩を震わせ、さらに縮こまるように背中を丸める。
私は、一番後ろの席でただ黙ってその姿を見ていた。
胸が、きりきりと痛む。
これが、本当にあの先生なの?
夏休み前少しだけ穏やかな表情を見せてくれた、あの人と同じ人物なの?
授業は、ひどいものだった。
先生は教科書の文章を、途切れ途切れの吃音で読み上げるだけ。
時折、窓の外で鳥が鳴いたり、廊下で誰かの足音がしたりすると、彼は心臓が止まるかのように驚き言葉を詰まらせる。
その目は虚ろで、どこか遠くを見ているかのようだ。
生徒たちの質問にも、まともに答えようとせず、「そ、それは…じ、次回に…」と誤魔わすばかり。
教室の空気は、重く、淀んでいた。
生徒たちの多くは、早々に授業を諦め教科書に落書きをしたり、こっそりおしゃべりをしたりしている。
彼の声は、ひどい吃音で途切れ途切れになり、内容を理解するのも一苦労だった。
教科書を読み上げるだけの内容は退屈で、彼の怯えきった態度も相まって教室の空気は常に重く、淀んでいた。
生徒たちの多くは早々に集中力を失い、囁き合ったり、窓の外を眺めたりしている。
私も、ノートを取るペンは動かしていても、心はそこにあらず、という状態だった。
(本当に、これが先生なの…?)
変わり果てた彼の姿を見るたびに、胸が締め付けられるように痛んだ。
あの夏休み前、少しだけ希望の光が見えたような気がしたのは、全て私の勘違いだったのだろうか。
あの「旅」で、彼は一体どれほど恐ろしい経験をしたというのだろう。
ふと、先生の視線が、私の方を向いた気がした。
目が合った、と思った瞬間、彼はまるでぎくりと身体が跳ねるように驚き体を震わせ慌てて顔を背けてしまった。
その過剰なまでの怯え方は、どこか不自然で私の心に小さな疑念の種を蒔いた。
本当に、ただ怯えているだけなのだろうか…?
授業が終わりの鐘が鳴ると、先生はまるで何かに追われるように、教科書もろくに片付けずに教室を飛び出していった。
残された教室には、強烈なニンニクの匂いと、生徒たちの呆れたような溜息だけが残った。
(…やっぱり、直接話を聞かないと)
あの虚ろな目、過剰な怯え方そして私を避けるような態度。
教室での様子を見ているだけでは、何も分からない。
私は、意を決して彼が新しく使うことになったという防衛術の教授の研究室へと向かった。
以前のマグル学の研究室とは違う、城の別の階にある、少し人通りの少ない廊下の突き当りだ。
重たい木のドアの前で、私は一度立ち止まり深呼吸をした。
ドアの隙間からは、やはりあのニンニクの匂いが漏れ出ている。
ドアプレートには、震えるような文字で「クィリナス・クィレル」と書かれていた。
緊張で指先が冷たくなるのを感じながら、私はドアを三度ノックした。
「………」
中からの返事はない。
でも、微かに物音がする。
中にいるのは間違いない。
もう一度、少しだけ強くノックする。
「……ど、どなたですか!?」
中から聞こえてきたのは、ひどく神経質で、怯えきったような声だった。
吃音が、教室で聞いた時よりもさらに強調されている気がする。
「先生? カレンです。少しだけ、よろしいですか?」
私は、ドアに向かってはっきりと名乗った。
「あの、授業のことで、少しお伺いしたいことが…」
「じゅ、授業のことなら! 質問は、授業中に、しなさいと言ったはずです!」
「あの、でも、先生、最近とてもお辛そうに見えて…心配なんです。何か、私にできることは…」
「し、心配など、無用です!」
声は金切り声に近くなっていた。
「教師の心配より、ご、ご自分の勉強でも、し、していなさい! いいですか、僕は、今、ひ、非常に、取り込んでいるのです! 邪魔をしないでいただきたい!」
ガシャン!という派手な音が響いた。
「先生!」
私がさらに何かを言おうとした瞬間、ドアの向こうで何かが床に落ちて割れるような、そして、彼の短い悲鳴のような声。
「ああもう! だ、だから、早く立ち去りなさいと言っているでしょう! 二度と、個人的な用事で、ここを訪ねてこないでください!」
それきり、ドアの向こうは静かになってしまった。
私が呼びかけても、もう何の応答もない。
まるで、厚い壁に完全に拒絶されてしまったかのようだった。
私は、固く閉ざされたドアの前で、しばらく立ち尽くしていた。
全身から力が抜けていくような、深い無力感。
彼のあの異常な怯え方。
そして最後に聞こえた物音。
拒絶されたことへのショックと、彼のあの異常なまでの怯え方への、拭いきれない違和感。
(先生は、やっぱり、何か隠してる…)
確信に近い思いが、胸の中に広がっていく。
でも、私はドアを開けることも、これ以上彼に近づくこともできない。
ただ、ドアの隙間から漏れ続ける、あの奇妙なニンニクの匂いだけが、私の不安を静かに煽っていた。
廊下の冷たい石壁に背中を預け、私はゆっくりと目を閉じた。
これから、どうすればいいのだろう。
変わり果ててしまった先生に、私の声は、もう届かないのだろうか。
重たい気持ちを抱えたまま、私は力なく、その場を後にするしかなかった。
教室の扉を開けた瞬間、むせ返るような強烈なニンニクの匂いが鼻をついたのだ。
それはどこか異国の市場のような、あるいは古い薬屋のような、この神聖な学び舎には似つかわしくない、土臭くて刺激的な香りだった。
「うわっ、何この匂い…」
「吸血鬼でも出るのかよ…」
他の生徒たちも顔をしかめたり、鼻をつまんだりしながらざわざわと席についていく。
噂によると、先生があの大きなターバンの中に、魔除けとして大量のニンニクを仕込んでいるらしい。
ルーマニアでの恐ろしい体験が原因だとか…。
でも、その噂自体がどこか作り話めいて聞こえた。
やがて、予鈴が鳴り響くと同時に、クィレル先生が教室に入ってきた。
彼は相変わらず大きなターバンを目深に被り、蒼白な顔で俯き加減に歩いている。
その足取りは頼りなく、まるで風が吹いたら飛ばされてしまいそうだ。
「きょ、今日の、じゅ、授業は…」
教壇に立った先生が話し始めると、そのひどい吃音に、教室の後ろの方からくすくす笑いが漏れた。
先生はびくりと肩を震わせ、さらに縮こまるように背中を丸める。
私は、一番後ろの席でただ黙ってその姿を見ていた。
胸が、きりきりと痛む。
これが、本当にあの先生なの?
夏休み前少しだけ穏やかな表情を見せてくれた、あの人と同じ人物なの?
授業は、ひどいものだった。
先生は教科書の文章を、途切れ途切れの吃音で読み上げるだけ。
時折、窓の外で鳥が鳴いたり、廊下で誰かの足音がしたりすると、彼は心臓が止まるかのように驚き言葉を詰まらせる。
その目は虚ろで、どこか遠くを見ているかのようだ。
生徒たちの質問にも、まともに答えようとせず、「そ、それは…じ、次回に…」と誤魔わすばかり。
教室の空気は、重く、淀んでいた。
生徒たちの多くは、早々に授業を諦め教科書に落書きをしたり、こっそりおしゃべりをしたりしている。
彼の声は、ひどい吃音で途切れ途切れになり、内容を理解するのも一苦労だった。
教科書を読み上げるだけの内容は退屈で、彼の怯えきった態度も相まって教室の空気は常に重く、淀んでいた。
生徒たちの多くは早々に集中力を失い、囁き合ったり、窓の外を眺めたりしている。
私も、ノートを取るペンは動かしていても、心はそこにあらず、という状態だった。
(本当に、これが先生なの…?)
変わり果てた彼の姿を見るたびに、胸が締め付けられるように痛んだ。
あの夏休み前、少しだけ希望の光が見えたような気がしたのは、全て私の勘違いだったのだろうか。
あの「旅」で、彼は一体どれほど恐ろしい経験をしたというのだろう。
ふと、先生の視線が、私の方を向いた気がした。
目が合った、と思った瞬間、彼はまるでぎくりと身体が跳ねるように驚き体を震わせ慌てて顔を背けてしまった。
その過剰なまでの怯え方は、どこか不自然で私の心に小さな疑念の種を蒔いた。
本当に、ただ怯えているだけなのだろうか…?
授業が終わりの鐘が鳴ると、先生はまるで何かに追われるように、教科書もろくに片付けずに教室を飛び出していった。
残された教室には、強烈なニンニクの匂いと、生徒たちの呆れたような溜息だけが残った。
(…やっぱり、直接話を聞かないと)
あの虚ろな目、過剰な怯え方そして私を避けるような態度。
教室での様子を見ているだけでは、何も分からない。
私は、意を決して彼が新しく使うことになったという防衛術の教授の研究室へと向かった。
以前のマグル学の研究室とは違う、城の別の階にある、少し人通りの少ない廊下の突き当りだ。
重たい木のドアの前で、私は一度立ち止まり深呼吸をした。
ドアの隙間からは、やはりあのニンニクの匂いが漏れ出ている。
ドアプレートには、震えるような文字で「クィリナス・クィレル」と書かれていた。
緊張で指先が冷たくなるのを感じながら、私はドアを三度ノックした。
「………」
中からの返事はない。
でも、微かに物音がする。
中にいるのは間違いない。
もう一度、少しだけ強くノックする。
「……ど、どなたですか!?」
中から聞こえてきたのは、ひどく神経質で、怯えきったような声だった。
吃音が、教室で聞いた時よりもさらに強調されている気がする。
「先生? カレンです。少しだけ、よろしいですか?」
私は、ドアに向かってはっきりと名乗った。
「あの、授業のことで、少しお伺いしたいことが…」
「じゅ、授業のことなら! 質問は、授業中に、しなさいと言ったはずです!」
「あの、でも、先生、最近とてもお辛そうに見えて…心配なんです。何か、私にできることは…」
「し、心配など、無用です!」
声は金切り声に近くなっていた。
「教師の心配より、ご、ご自分の勉強でも、し、していなさい! いいですか、僕は、今、ひ、非常に、取り込んでいるのです! 邪魔をしないでいただきたい!」
ガシャン!という派手な音が響いた。
「先生!」
私がさらに何かを言おうとした瞬間、ドアの向こうで何かが床に落ちて割れるような、そして、彼の短い悲鳴のような声。
「ああもう! だ、だから、早く立ち去りなさいと言っているでしょう! 二度と、個人的な用事で、ここを訪ねてこないでください!」
それきり、ドアの向こうは静かになってしまった。
私が呼びかけても、もう何の応答もない。
まるで、厚い壁に完全に拒絶されてしまったかのようだった。
私は、固く閉ざされたドアの前で、しばらく立ち尽くしていた。
全身から力が抜けていくような、深い無力感。
彼のあの異常な怯え方。
そして最後に聞こえた物音。
拒絶されたことへのショックと、彼のあの異常なまでの怯え方への、拭いきれない違和感。
(先生は、やっぱり、何か隠してる…)
確信に近い思いが、胸の中に広がっていく。
でも、私はドアを開けることも、これ以上彼に近づくこともできない。
ただ、ドアの隙間から漏れ続ける、あの奇妙なニンニクの匂いだけが、私の不安を静かに煽っていた。
廊下の冷たい石壁に背中を預け、私はゆっくりと目を閉じた。
これから、どうすればいいのだろう。
変わり果ててしまった先生に、私の声は、もう届かないのだろうか。
重たい気持ちを抱えたまま、私は力なく、その場を後にするしかなかった。
